第112話 最後の打合せ (大規模作戦4日目)

『CBの手によって、これまで多くの仲間や罪のない一般人の尊い命が犠牲となってしまった…しかし今日、CBリーダーの身柄を確保した事で…』



 島の南東部。

 先遣隊の乗って来た船やこの島に乗り込む際に使用した転送ポイントの近くで、鬼島さんが本日の作戦の締めの言葉を述べている。

 そしてこの島に突入した数百人の特対職員が、三島職員の土の能力で作られた土台の上で話に耳を傾けていた。


 3日間の進攻作戦。

 調査期間を含めるともっと前からだが、実際に拠点を攻め始めた一昨日から数えて3日間。

 CBのボスである上北沢を始め、幹部・大幹部全員と多くの一般構成員の拘束を以て今回の作戦は無事終了を迎えることが出来た。


 しかし今日の作戦でも多少なりと特対側に死者が出てしまったため、一昨日のC班の締めの時のような和やかムードで挨拶というわけにはいかなかった。

 とは言え以前から手を焼いていた大規模犯罪組織の一つをようやく壊滅させることが出来たので、周りの職員も安心したような表情をしている。

 俺も表のミッションが終わり、一先ず肩の荷が下りた事を実感していた。



 俺は上北沢確保の通信を聞いた後すぐに駒込さんと南東部ここに帰還し、医療チームに混ざって負傷者の治療にあたっていた。

 俺が拠点で治療をしている間も残党との戦闘や島の調査は同時進行しており、新たな負傷者がどんどん運ばれてきていたので、結構忙しかった、

 そして、特に重傷な人間の治療を優先に担当していた俺は治療中も様々な目線を感じ、何とも居心地の悪い時間を過ごしたのは言うまでもない。


 ちなみに駒込さんは、帰還直後に無線で俺が医療拠点に居る事を転送チームに知らせると、すぐに鬼島さんの居る司令部へと行ってしまった。

 その後は特に話す機会もないまま今に至る。

 鬼島さんの側近ともあろう人間がただの目くらましの能力なハズはないと思うのだが、隠された能力を見られなかったのが残念だった。


 他にも数少ない見知った顔である美咲・なごみ・黒瀬・鷹森たちは、負傷することがなかったのか医療拠点には顔を出さず、話すことも無かった。

 ただ所々で視線を感じたので、何か言いたい事があるのかもしれない。

 美咲となごみに関しては後ほど伊坂の件で打合せをするので、その時にでも言ってくるだろう。



「…えーそれと、明日の12時から、大ホールにてちょっとした慰労会をやろうと思っている。軽食も出るので、作戦に参加した者は是非とも顔を出してほしい」

「慰労会…」


 最後に鬼島さんの口から出た情報に俺は驚いた。

 なんと明日、今回の作戦に関わった職員を一堂に集めてのパーティを開催するというのだ。

 これは僥倖だ。俺が密かに立てていた"伊坂救出作戦"に役立ちそうな予感がしていた。


 周りにいる職員も慰労という言葉を聞き、作戦が終わった実感がわいたのだろう…一気に弛緩した空気が立ち込めてきた。

 参加は自由らしいので、犯人が参加していなければ不発に終わってしまうが、このチャンスにかけてみる価値は十分にある。

 明日の慰労会が、俺が特対に居る間に伊坂にしてやれる最後の手助けだ。


 帰ったら、作戦内容をみんなに話そう。








 _________________










「やぁ、お疲れさま塚田くん」

「おす」


 指定された時間に訊ねると、4課の和久津古森屋が俺を笑顔で出迎えてくれた。

 本部に戻り夕食を済ませた俺は、和久津からの伝言を受付の職員から聞き彼女の部屋を訪ねて来ていたのだ。


 時刻は20:30

 日はとっくに沈み会社員であれば家路につく時間帯だが、特対本部では今日出撃していた者もそうではない者も含め皆、A班が持って帰って来た『CBボスの拘束』のニュースを聞き盛り上がっていた。

 夕飯を食べに食堂へ行った時も、この4日間で最も賑やかな雰囲気だったと思う。

 ある者たちは酒を酌み交わし、またある者たちはデザートを思い切り並べ食すなど、それぞれのスタイルで今日という日を祝福していた。


 俺も色々なグループから酒の誘いを受けていたが、伊坂の件があるので後ろ髪を引かれる想いで丁重にお断りしたのだった。

 ビール…日本酒…ハイボール…飲みたい…

 ちなみに、酒類は普段は食堂では扱っていないが、こういう時だけ仕入れ担当が外部から調達してきて販売することになっているらしい。

 食堂のおばちゃんが教えてくれた。

 アルコールの誘惑を振り払うように、俺は定食を速攻で平らげ部屋に戻った。



 和久津に部屋の中へと通されると、中には俺以外のメンバーが全員揃っていた。

 皆随分と早いんだな。

 そして、その中の一人に声をかける。


「よぉ、清野。遅くまでご苦労さん」

「…テメ、こりゃあ一体どういう事だよ…!」


 清野はご機嫌ナナメだった。


「どうって…和久津から聞いたろ?」

「君の居ない間に私からちゃんと説明は済ませておいたさ」

「つか、俺が行くって言った日に出撃してんじゃねーよ。もう八時過ぎだぞ」

「しょうがねーだろ、鬼島さんから直接頼まれたんだから。なあ、みんな」


 昨日鬼島さんからの依頼の電話がかかってきた時、清野以外の皆はここにいたため「うんうん」と頷いてくれた。


「ほら見ろ」

「…ちっ」


 流石の清野も鬼島さんが出てくるとおとなしくなるようで、舌打ち一回で黙ってしまう。

 確かにこんな時間まで待たせてしまったのは悪いと思うが、仕方ないだろう。


「ていうか、お前からの依頼はちゃんと達成したんだから、文句言うな。あと借りもこれでチャラだよな?」

「そして私からは、塚田くんを寄越してくれたことで桜餅の件はチャラにしようじゃないか」

「だってさ」

「……わーったよ。確かに俺から依頼した和久津の件は完璧に解決した。お前への貸しはゼロにしてやるよ」

「そうこなくっちゃな」

「でもよ、こうやって作戦会議をやるってことは、伊坂ソイツに罪を着せたヤツまで炙り出すってことだろ?」

「当たり前だろ。じゃなきゃ和久津も伊坂も元の生活に戻れねぇんだから」

「相手は警察のお偉いさんかもしれねえんだろ?」


 和久津が話したのか自分で辿り着いたのかは分からないが、伊坂に罪を着せて今も何食わぬ顔で過ごしている警察となると上層部の人間が関与している可能性があることを口にした。

 いくら身内の恥同胞殺しとは言え、一般職の警察の罪ならばここまで大げさに隠したりはしない。

 目撃しただけの何の関係もない人間を身代わりにしたという事は、そこまでして庇う必要のある人間の犯行というのが濃厚だ。


 だがそんな理由、俺や清野には関係のないことだ。


「お偉いさんだろうが関係ない。無実の伊坂を身代わりにするようなヤツは警察でも人間でもねえ。ただのクズだ。お前だって許すつもりはないんだろ?」

「当然だ。仮に誰も裁けないくらいの大物だとしても、俺が後でこっそり殺す」


 ニヤリと笑う清野。なんとも頼もしい事で。

 俺も恐らく悪い顔をしているに違いない。


「まあとにかくまずは捕まえなきゃならんってことで、この会議を開いたわけだが…」


 俺は部屋にいる皆を見る。


「なんかさっきから静かじゃない?みんな」


 先ほどから俺と清野と和久津以外全然喋らない。

 そろそろ『いつまで関係ない話をしているのか』とツッコミが入って来てもおかしくないのだが。

 そんな勝手な期待をしている俺に、なごみが恐る恐る話した。


「いや、ホントに卓也くんと清野さんって、友達なんだなって…」

「そうですね…清野さんが誰かと対等に話しているところを、初めて見ました」

「…そこ疑ってたのか。まあ、10年来の腐れ縁だわな。つかお前評判悪いぞ、もっと愛想よくしろよ」

「はあ?余計なお世話だ。てか借りが無くなった途端随分と偉そうだなおいこら」

「当たりめーだろ。てかいつも俺は謙虚だタココラ」


 またしても話がズレてやいのやいのと騒ぎ出すのだった(主に俺と清野だが)

 そして数分後


「…とまあ関係ない話はこれくらいにして、作戦会議始めるぞ」

「…作戦って言っても、どうすんだよ。お前なんて明日で最後だろ」

「そうだな」

「「「………」」」


 清野が明日で俺がここを去るという事実を告げると、幾らかみんなのトーンが下がってしまう。

 チームが出来上がってこれからだという時に抜けてしまうのは心苦しいが、俺が居るうちに解決できるよう、こうして集まってもらったのだ。


「卓也、特対に入って」


 志津香が突如自分の要望を口に出した。

 清野にも以前聞かれた、俺を特対へ誘う言葉だ。


「それ、いいですね」

「うん。卓也くんが入ってくれたら1課も楽しくなるよねー」

「なんで1課なんだよ。来るならウチ3課だろうが」

「もうこの際、課の隔たりを見直してみるというのはどうだろうかね?」

「私は、卓也と一緒がいい…」


 俺と伊坂以外の5人が俺の所属について勝手に盛り上がり始めた。

 またしても作戦会議どころではなくなってしまっているので、俺は話題を断ち切るためにハッキリと発言する。


「盛り上がっている所悪いんだけど、特対に入る気はないんだ」

「「「……」」」


 意気消沈してしまう面々。

 だが変に期待を持たしてしまっても悪いので、強めに意思表示をする。

 後々「あの時は…」なんて事になっても面倒だしな。無いとは思うが…


「ま、そうだよな」


 一度断っている清野はすぐに切り替えてくれたようだ。


「今の会社にはカレンちゃんもいるしな」


 1つ爆弾を置いていった。


「…誰ですか?そのカレンチャンというのは…」

「いや、篠田っていう同僚で、別にそいつがいるから特対に入れないってワケじゃ…」

「どんな娘なんだい?清野くん」

「卓也の同い年で美人の巨乳」

「おやおや…」


 清野と和久津はわざとらしく聞こえるように情報を垂れ流し反応を楽しんでいる。

 覚えとけよ…てか何で和久津はなんだよチクショウ。


「ウチにもかわいい娘いっぱいいるよー?入りなよ卓也くん」

「おめーは路上のキャッチか、なごみ」

「そんな女、私が忘れさせてあげる」

「無表情でコエー事言うな志津香」


 いよいよ収拾がつかなくなりそうだ。

 そろそろ話を戻さないと、マジに何も出来ないまま帰宅だぞコレ。


「まあ冗談っぽく言ってるけどよー」

「ん?」


 突如真剣な口調で話し始める清野。


「これからお前の獲得に向けて動き出すぜ、がよ」

「上?」

「ああ。受付のヤツに聞いただけでも今回お前の立ち回りが凄かったてのは分かる。推薦した俺としては鼻高々…と言いたいところだが、お前の事を考えるとそうもいかねえな。ウチも一枚岩じゃねえから、今後色んなヤツが自分の派閥に引き入れたくてお前に声をかけるだろうよ」

「派閥とかあんのか、ここも」

「ああ。今は出自によって1課とか2課ってくくりになってはいるが、派閥は必ずしもその通りではないぜ」

「うへー」


 どこにでもあるから当然と言えば当然だが、面倒なことやってるな。

 更に同じ派閥の中でも1課は3課を下に見てるとかがあるんだろ、清野の話では。

 疲れそうだ。


「今回の任務で分かったと思うが、出撃の際は必ずしも課で動くわけではない。そうなると、その時に指揮をとる人間が自分の動かしやすい人間をメンバーに加えるのは自然だから、なるべく自分の派閥を強化したいって思うのも当然だ。成績にもつながる」

「入る側も、強い派閥に入りたがるワケだしな」

「その通りだ。だからまあ、気を付けろよ」

「気を付ける、ね…」


 出世とかってどうなってるのか…興味が沸いて聞きたかったが、止めておいた。

 まるで入りたいように聞こえてしまうからな。



「…さて。話はズレてしまったが、今日みんなに集まってもらったのは、ある作戦を聞いてほしくてなんだ」

「作戦、ですか?」

「ああ、伊坂の能力を聞いた時にふと思い浮かんだんだが。それを明日実行しようと思ってな。で、内容なんだが…」


 俺は明日の慰労会で行う予定の"犯人炙り出し作戦"の概要を伝えた。

 途中で茶々が入る事無く、一旦最後まで静聴してくれたので助かった。

 そして、全部伝え終わるとーーー



「面白いじゃねーか…」


 清野は悪い顔で微笑んだのだった。










 _________________











 ■A班 報告書作成


 A班の指揮をとった鬼島はPCで今日の簡易報告書を作成しながら、あるビデオを見ていた。

 そのビデオは、卓也に一日同行した駒込が密かに撮影していた、いわゆる『活動記録』である。

 島への上陸から始まり、移動中の敵への対応、重力使いとの戦闘。

 そして最後にCBのボス上北沢との決戦の様子が収録されていた。

 ユキナと卓也のやり取りは、卓也がものすごいスピードで行ってしまったのと、秘密の入り口を見つけるのに手間取ったために、あまり撮影されていなかった。


 鬼島は最初にこの映像を見て、卓也の底知れなさに驚愕した。

 見る前は昨日の駒込とのやりとりでも話したように、卓也が直接戦っている所を見るのは初めてなので『どんなもんかな』と軽い気持ちでワクワクしていた。

 ところが最初の一般兵複数人との戦闘からその浮ついた気分は剥がれてしまう。


 戦闘における所作の一つ一つの鋭さが、既に一般職員のそれを遥かに凌駕している。

 加えて状況判断力、機転、対応力などなど、格闘技術ではない部分も突出していた。

 しかも重力使いや上北沢の隣にいたメンバーまでは"ほぼ体術のみ"で倒しているのだから、鬼島も思わず変な笑いが出てしまう。

 鍛えればここまで強くなるのかと、鬼島はピースのカリキュラム担当者に体術プログラムの強化を進言しようと思うくらいに感心した。


 そしてなにより、上北沢戦だ。


 卓也と接触する前まで彼は中央拠点と特対本部の中間くらいの場所で、美咲と勝負をしていた。

 以前まではまともにやり合えば美咲の方がやや劣勢であると認識していたので、今回の作戦で互角以上の勝負をした事で、鬼島は彼女の力の成長を喜ばしく思った。

 ところが映像の終盤に見た卓也の圧倒的なパワーは、モニター越しの鬼島でさえ少し鳥肌が立つほどであった。


 彼の優れた格闘技術の大半を犠牲にした戦型は、大組織のボスの守りを容易く破り完膚なきまでに叩きのめしていた。

 同時に駒込の口から語られた"数値を操る能力"の特異さにも、まだまだ知りたい情報が山ほどある事を感じさせる。



「……」


 報告書作成の為、静かにキーボードを叩く鬼島。

 これほど衝撃的な映像を前に、何故そのように冷静でいるのかというと。


「ホラ、鬼島さん。今のとこ見ました!?凄いですよね」


 駒込からもうかれこれ5回は映像を見せられていたからであった。


「…そこはもう見たからさ。ありがとう、駒込くん」

「いえ、さっき一瞬鬼島さんが目線を下にやった時が凄いんですよ。ホント一瞬なんです。ホラここ!石を蹴り上げる際に土も多めに飛ばしてるでしょう?これが目くらましになって、ココ!ホラ、もう後ろに回り込んでるんですよ。二人の目線を見てください!全然反応できていないのがわかりますよね…蹴った時の軸足でそのままあんなところまで移動しているんです。あと逃げ回っている時も凄くて、速すぎて映像にちゃんと収まっていないのがヤバイんですけど、木の上のあんな体勢からもしっかり敵に石を投げられているのが凄いですよね。それから…」


 すっかり卓也のファンになっていた駒込が映像解説をするので、報告書作成が中々進まない鬼島なのであった。


「これ、勁を撃った時に衝撃でここのところが…」

「…」


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