第107話 それぞれの戦い (大規模作戦4日目)

「よォ。目も足も回復したんだな、水鳥さんよぉ…」

「ええ、おかげさまでね」


 島の南東から中央の拠点へ向かう道の途中で、特対1課のエースとCBのボスが対峙している。

 CB側は三人、特対側は四人の能力者がおり数の上では特対が有利だが、勝敗はまだ分からない。

 皆それなりの修羅場をくぐって来た手練れであり、一瞬の油断や時の運で勝敗が覆るくらい高いレベルで拮抗していたのだった。


 しかし、ここでの出会いはお互いにとって予想外であった。

 特対側は上北沢は拠点で待ち構えていると思っており、また上北沢も歩けない美咲が既に拠点からここまで離れた場所にいるとは思っておらず、初めはわざわざ能力を使って飛んできたのかと疑った。


 だが、自分の足で歩いている美咲を見て、ここにいる理由が分かった。


「大変だったろ?この島はほとんど鬱蒼とした森になってるからな」

「ご心配なく。ハイキングには丁度良い地形でしたから」

「そうかよ」


 軽い舌戦から始まる二人の能力者。

 お互い何度か戦っており、既に顔見知りであった。

 しかし美咲は上北沢の顔を見るのは今回が初めてなので、内心『こんな顔をしていたのか』と思っていた。


「セイヤ。てめーは日本刀男と遊んでやれ」

「はい」

「ケアは他の二人を始末しとけ」

「わかりました」


 上北沢は部下に特対の対処を指示した。

 美咲と黒瀬にはそれぞれ自分とセイヤと呼ばれるメンバーが一人ずつ付き、残りの二人をケアと呼ばれる部下に任せたのだった。

 実際に彼の指示は的確で、水鳥隊の美咲と黒瀬以外の二人はこのメンツの中では実力が少し劣るため、ケアを二人がかりでも倒せるかどうかという状態だった。


 しかし特対側もこの分かれ方が最も勝率の高い布陣であると考えていたため、両者の思惑は一致していると言える。



「さて…やるか」


 上北沢が泉気を漲らせると、辺りが震え出した。

 それに対応するように美咲も能力を発動させる。

 "同じサイコキネシス"同士の戦いは言うなれば"支配権の取り合い"であり、地面や空気、そこいらに生えている樹木や転がっている石をいかに相手より多く支配して攻撃を行うかの勝負である。

 目には見えない能力の応酬が繰り広げられており、互角のぶつかり合いが大気を震わせていた。


「美咲」

「何ですか?」

「親友に治して貰いたいからって、わざと怪我するなよ?」

「ふふふ。良いところを見せたいのに、そんな無様な真似をするわけないじゃありませんか」

「ふっ、違いない」

「そっちこそ、卓也さんが活躍されているのに情けないところは見せられませんよ?」

「ああ」


 黒瀬は腰に掛けた刀に手を置き構えると、泉気を漲らせた。

 その瞬間、辺りの温度が下がったような感覚にさらされる。

 美咲や上北沢の激しい気の奔流とは対象的に、静かな気が黒瀬を纏った。


「では皆さん、他の二人をお願いしますね」


 美咲は声をかけると、上空へと昇っていった。

 それに続くように上北沢も上昇し、大きな衝撃音が鳴りはじめた。


「さぁ、可愛がってやるぜ、日本刀ヤロー」

「ふ…キミに出来るかな…?」


 サバイバルナイフを二本構えたCBの大幹部が黒瀬と対峙している。

 張りつめた空気の中、いよいよ戦いが始まるのだった。










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 島の南西部

 CBの拠点の一つがあるエリアでは、既にある戦いの決着が着いていた。


「強…すぎる…」


 ケンと呼ばれる男が倒れた事で、このエリアにいるCBのメンバーは全て掃討された。

 上北沢の命令で鷹森隊の対処に当たっていた大幹部三人を含む総勢三十人のメンバーは、たったの六人の隊員にやられてしまったのだ。

 1課最強との呼び声も高い鷹森光輝と、その友人たち五人で編成された隊。通称【鷹森隊】

 今回の大規模作戦に限らず様々な任務でも基本的にこの隊で動いており、能力者界隈では有名なチームだった。


 全員が強力な完醒者であり、身体能力も極めて高い。

 そんな中でもリーダー・鷹森の強さは頭一つ抜けていた。

 大幹部を相手にほとんどダメージを受けずに倒すことが出来、まだまだ余力を残している。


「リーダー、拘束するの手伝ってよー」

「ん…ああ、済まない」


 倒した敵はそのまま放置ではなく、捕縛用魔道具【ケッソクン】により拘束する。

 特に幹部以上の人間には入念に拘束を行いしっかりと収容施設へ持って帰らなければならないため、倒したからと言って次から次へと移動するわけにはいかないのだった。

(卓也ペアは例外中の例外)


「転送チームに引き渡したら、どーする?」

「…このまま北上しよう。北西の拠点はまだ制圧したという連絡が来ていない」

「りょーかい」


 鷹森隊は一休みした後、卓也の居る北西へと向かう事に決めたのだった。









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 ゴウキと卓也の拳がぶつかり合ってから数十分が経った。


「ハァ…ハァ…中々やるじゃねえか…!」

「鼻血ドバドバで何言ってるんだか」

「…」


 幾度となく攻撃を受けボロボロの敵大幹部と、傷一つない塚田。

 二人の間には悲しいくらいの実力差が存在していた。

 私から見れば二人の格闘技術はどちらも達人の域に達しているように感じるが、塚田の技術は敵の数段上だった。


 敵が技を繰り出すと塚田がそれに対処してカウンターを食らわせ、次に敵が別の攻撃を行うとさらにそれに対してカウンターを出す。それの繰り返し。

 結果、敵はいたるところに打撲や擦り傷を負い、先ほどの塚田の膝蹴りを顔面に受けた事で鼻血まで出ている。

 塚田の方は全く攻撃を受けていないので傷付いておらず、息も切らせていない。

 あのCBの、あのゴウキに対して、能力ありの戦闘ならともかく肉弾戦でノーダメージなんて、他の特対の誰にそんな真似ができるのだろうか。


「へっ、こんなもんはただ出てるだけだ。全く効いてないぜ」

「あっそ」


 一見すると強がりのように思える言葉だが、確かに敵の頑丈さも異常だ。

 先ほどからこめかみや鳩尾、顎など急所に強烈な一発を貰っているハズなのに一向に意識が飛ぶ気配が無い。

 何かの能力的効果なのか、それとも気力がすごいのか…

 いくら圧倒しているとはいえ、ここでいつまでも足止めを食らっては我々の役割を果たすことが出来ない。


「こっちはいつまでもここでノンビリしているワケにはいかないんでね。次で終わりにさせてもらう」

「…何だよ。つれねーこと言うなって。もっと楽しんでいけよ!」


 私と同じように思っていた塚田が、「次で終わらせる」と宣言した。

 対して敵はもっとこの戦いを続けたいようで残念がっている。

 しかしそのような事を言うという事は、塚田には何かキメ技でもあるのか。



「…確かに、中々の格闘技術ではあったな」


 塚田はゆっくりと歩きだし、敵に近づきながら会話を続けている。

 今までの高速移動や飛翔といった攻撃の起点となる動きではなく、堂々と、正面から距離を詰めていっている。

 そして敵の目の前に到達すると、そこで動きを止め直立した。


「そうだろ。俺はお前みたいな強いヤツと戦う為にCBに入ったんだ。そして今、俺の目的が達せられている瞬間なんだ。終わりだなんて寂しいこと言うなよな」

「バトルマニアか。気持ちは分からんでもないが、迷惑をかけ過ぎだ。おとなしく捕まっとけ」

「そうかよ…!」


 急にゴウキが拳を振り上げ塚田目がけて放つ。

 常人がまともに食らえば一撃で再起不能になりえるほどの威力だ。

 だが塚田はそれを難なく躱し、敵の背後に回ると右手を背中にピタッと当てた。

 速度もなにもない、攻撃というよりただ触れているだけのソレに意味などあるのだろうか。


「おいおい、何のつもりだ…」


 何のダメージもない事で、敵は振り向き次の攻撃に移ろうとする。

 しかし次の瞬間



けいしょう…!!!!』



 塚田の叫び声が聞こえ、すぐ後にズドンッと凄まじく重い衝撃が辺り一面に響いた。

 例えるなら、超巨大な和太鼓が思い切り叩かれたような、内臓全体に響くような衝撃が体に走る。

 見た目は今までの塚田のどんな攻撃よりも地味なのに、これまでで最大の一撃だというのが直感で伝わった。



 攻撃が決まってから5秒くらいだろうか。

 静寂の中、ゴウキが塚田に話し始めた。


「…………なあ、アンタ」

「なんだ?」

「強ぇな、マジで…」

「徒手空拳なら俺の兄弟子や師匠は、俺よりも数倍強いぞ」

「マジか…」


 マジか…


「そりゃあ、出所後が…楽しみ…だ…な…」


 そこでゴウキは意識を失い、倒れたのだった。

 口や鼻から血ではない体液を出しながら、しかし満足げな表情で気絶した。

 塚田も眼下の男が沈黙した事を確認すると、歩いてこちらへと向かってくる。


「…お待たせしました。思ったよりもタフで時間がかかっちゃいました」

「ああ……いや…それよりも、今のは"発勁"ですか?」

「すごい。ピースじゃそれも教わるんですね」

「いや、そういうモノがあるっていうのは習いましたが、使い方までは教わっていません。そもそも教えられる人間がいませんでしたから」

「そうでしたか。まあ奥の手ってヤツです。兄弟子よりも強く撃てる数少ない技なんですよ。これをまともに食らって倒れない敵は居ないでしょうね」


 それを聞き、私はもう一度倒れているゴウキを見る。

 表情こそ満足気だが、中々に酷い有様だ。

 頑丈なこいつがここまでになるんだから、そりゃあ皆倒れるだろうなと思った。


 私はケッソクンでゴウキを拘束すると、本部に要救護者がいないか確認した。

 すると緊急の重傷者の報告はないとのことで、私は動いて交戦中の現場に駆け付け援護と治療を行う事に決めた。


「じゃあ、このまま中央の拠点に向かいませんか?敵のボスが居るのもここでしょうし、交戦してそうじゃないですか?」

「そうですね…少し危険度は増すでしょうが、治療の必要がある人もここに居そうですね」


 こうして私たちは北西のエリアから中央に向かう事にしたのだった。











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特対本部


「あ、清野さん」

「よぉ」


 雑務をこなすため特対本部に訪れた清野は、受付に居る顔なじみの男に声をかけられ近くに向かった。


「今日はちょっと用があってここに来たんだよ」

「知ってますよ。実は塚田さんって方から清野さんに伝言を預かってまして」

「伝言?」

「ええ。清野さんがいらっしゃったらこの部屋に来てほしいと…」

「ふーん…まあ行ってみるわ。サンキュな」



 卓也が指定したのは、彼が泊まっているであろう一時滞在用の部屋ではなく定住者用の部屋である。

 しかも古森屋という4課の職員が既に住んでいた為、清野は奇妙な予感を感じずにはいられなかった。

 しかし調査を頼んだ手前無視するわけにもいかず、渋々指定された部屋へと向かう事にした。


 部屋の前に着くと、ドアをノックして中にいる人間を呼び出す。

 数秒の後、ドアが静かに開かれて中から一人の女性職員が顔を出した。


「塚田ってヤツいる?」


 初対面だというのに挨拶も交わさず、清野は目的だけをその女性に告げた。


「フッ…キミは相変わらず不躾だねぇ」

「あ?」


 いきなり知らない女性に態度を指摘された清野は不快感を全く隠さずに睨んだ。

 彼の評判が良くない理由の一つである。

 だが女性はそんなこと全く気にせず話を続けた。


「おいおい、睨まないでくれよ。桜餅の借りを返してくれるんだろう?」

「! お前…まさか……」


 限られた人間しか知らない情報を聞き、流石の清野も驚きの表情を見せた。

 卓也以外で知っているとしたら、自ずと目の前の女性が誰なのかも分かってくる。



「やあ、1年ぶりかな。清野くん」



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