第106話 拳と拳 (大規模作戦4日目)

『ボス…助けてください…!!ば、化物がいます!!』

「あぁ…?何言ってやがンだ?もっと具体的に…」

『ぐわぁ…!!!』


 無線はそこで切れた。

 今のは島の各所に配置されている拠点の一つから、島の中央にある本拠地への無線連絡だった。

 CBのボスである【上北沢かみきたざわ 敏文としふみ】は、部下からの要領を得ない報告に内心イラついている。


「チッ…何が起きてやがんだぁ?」

「特対の鷹森か水鳥ではないでしょうか?」


 上北沢に側近の男が可能性の一つを提示する。


「報告があったのはヤツらが付いた南東じゃなくて、北西の基地の方からだ。歩けない水鳥がそこまでわざわざ移動しているとは思えねえな」

「では鷹森ですか?」

「ヤツのこたぁ皆知ってるから、今更『化物がいます』とか言わねえだろ。他に誰か居やがんのか…」


 上北沢はここ何か月かの特対の動きから、CBが直近のターゲットにされていることを予見していた。

 なので、普段は使わないような拠点に気軽に幹部が行き来できるよう用意をしたり、いきなり本拠地ここが爆撃されないように一般人を引き入れるなど相応の準備をしていた。

 他にも、島の各拠点には対空砲や機関銃や地雷など闇のルートから仕入れた対人兵器をいくつも設置している。

 そしてそれらが一定の効果を上げている事は、無線の報告からも承知していた。


 数こそ違えど優れた能力者がいるのはCBも同じであり、それに加えて地の利を生かした戦術や多くの兵器を準備したことで当初の戦況は互角だった。

 しかし上北沢にとって誤算が少なくとも2点存在している。

 1つは"化物"と呼ばれる正体不明の存在の事。そしてもう1つはリタイアしたはずの特対職員の事である。


 前者もそうだが、後者は上北沢にとって非常に厄介な問題であった。

 手や足をふっ飛ばした敵がそうほいほいと復活されては、CBはホームにいるにもかかわらず消耗戦で不利になってしまう。

 まるでゾンビを相手にしているかのように上北沢は感じていた。


「チッ…仕方ねぇ、俺らも行くぞ」

「はっ」

「俺とセイヤは水鳥班を殺りに行く。お前とケンとリョージは部下を連れて鷹森班の対応だ。対応は分かってるな?」

「任せてください!」

「ゴウキは北西に行って、その化物とやらを狩れたら狩れ」

「わかった」


 CBのボス、上北沢は重い腰を上げ自らの手で特対を始末すると宣言する。

 それに続き部下も敵を迎え撃たんと立ち上がったのだった。








 _________________








「本部からの連絡によると、このまま真っ直ぐ進んだところに負傷した隊員が居るはずです」

「分かりました。急ぎましょう」


 私が本部から受けた無線内容を話すと、塚田は快く了承した。

 彼はここに来るまでに既に20人は敵を倒している。

 ブリーフィングで鬼島さんが水鳥を説得した際の『極力隠密行動』はやはり果たされることは無かった。

 今のところ指示した地点までずっと最短距離で移動している。

 そのおかげで、重傷者を迅速に治療することが出来ているので、文句は全くないが。



 治療しに来た対象の小隊が戦闘中の場合は、こっそり息を潜めて敵の数を減らすのに協力していく。

 その手際も非常によく、離れた相手には投石で顎やこめかみに攻撃し、接近したらヘッドロックと、相手の意識を的確に刈り取っている。

 何より、移動がとても静かなことに途中で気が付いた。

 私の能力は姿を消すことはできても、移動の際の音や熱、呼吸などまで隠すことはできない。

 彼はそれを熟知しており、極力音の立たないルートで一呼吸の間に近づき敵を倒している。

 こんな人間が普段はサラリーマンって、何かの冗談みたいだ。


 移動中も彼への考察は尽きることが無かった。

 しかししばらく走っていると、急に


「待った」


 と先を進んでいた彼が手で私を制した。


「どうかしましたか?」

「少し先に誰かいます。気を付けて」

「ん…?」


 目を凝らすと、男が仁王立ちしているのが見えた。

 あれは…


「…塚田くん、気を付けてください。敵の大幹部です…足元にいるのはーーー」

「ええ。治療依頼のあった班でしょうね」


 CB大幹部のゴウキと言ったか。組織の中でも武闘派の男だ。

 能力は不明だが、腕っぷしの強さだけでも並の人間では対処できないほど強い。

 ここに来てしまったか…


 そしてゴウキの周りには特対の人間が四人倒れている。

 目立った外傷は無いように見えるが、生きているか死んでいるかは不明。

 見た所、ゴウキ一人にみな倒されてしまったようだ。



「そっちのガタイの良い方。お前が化物か?」


 ゴウキは塚田を指さし問いかける。


「あ?どう見ても人間だろうが」


 対して塚田も、強気に答えていた。


(俺がヤツを引き付ける間に、生きている職員を離れた場所に動かしてください…あとで治します)

(分かりました)


 小声で打合せを行った次の瞬間


「っ!」

「っぐ…!」


 全身に重い何かが圧し掛かって来たような感覚が襲う。

 重い…!

 私は立っていられず片膝をついてしまう。

 この攻撃は…【重力】だ。ゴウキは重力使いだったのか…


「塚田くん、相手は……え?」


 気付いているだろうけど、私はゴウキの攻撃が重力を操る能力によるものだと伝えようとした。

 しかし先ほどまで隣にいた彼の姿はどこにもなく、次に敵の方を見ると、猛スピードで距離を詰めている彼の姿が目に入ったのだった。


「はぁ!!」

「ぐぉッ…!!」


 そして彼の右拳がゴウキ目がけて繰り出される。

 敵も咄嗟にガードしていたが、凄まじい衝撃に何メートルか後ろに吹き飛んでいった。


 彼はこの重力下で、どうしてあのスピードで動ける…?しかも判断が早い…

 私は重力に抗いながらも何とか顔だけは上げ、彼の背中を見ながらそう思った。


「てめェ…効いてねえのか…」


 塚田の拳を受け後方に飛んでいった男は、怒りと驚きの入り混じった表情で戻って来た。

 私と同じ疑問、いや私よりもヤツの方が驚いているに違いない。

 ヤツをCBの大幹部にまで押し上げた要素の一つが機能していないのだから。


 しかしそんな男に、塚田はこう告げた。


「……その鍛えた体は、まさか飾りか?」


 返答にもなっていないし、意図も不明な彼の発言に私は内心戸惑った。

 その煽りは必要なのか、と。

 ところがーーー


「クックック…ハッハッハッハ!!」


 私の前に立つ塚田が今対峙している男、ゴウキ。

 ヤツには彼の言葉の意味が通じたのか、大声で笑い始めた。

 そして次の瞬間、ゴウキは何と重力の能力を解除したのだった。


「面白ぇ。久々にガチの喧嘩ができる相手が現れたな」

「良かったな。シャバでのいい思い出作りができて」

「ハッ!ぬかしやがる」


 圧力から解放された私は立ち上がり、肉体派同士の談笑を眺めるしかなかった。

 彼の言葉がヤツに重力解除をさせたというのなら、彼には何が見えているのだろうか…

 特対の誰にも当てはまらない考えを持っているのは間違いない。


「さて、お楽しみの前に、邪魔なモンを片さないとな」


 そう言うと塚田は倒れている班員を二人ずつ小脇に抱え、私の元へ運んできた。

 地面にそっと下ろしたたくと、すぐに皆意識を取り戻し始めた。

 彼の狙いは最初からコレだったのか。


 生きていると分かった仲間をさり気なく、そして安全に回復させること。

 その為にガチンコバトルを装い重力を解除させ、敵から遠ざけた。

 そうなると、私が出来る事は…



「ん…」

「気が付いたか、皆」

「駒込…さん」

「私たちが敵の足止めをしている間に、皆は急いでここから離れろ」

「え…?でも敵がまだ…」

「見た所武器もなにも壊されているみたいだし、一旦退いて体勢を立て直すんだ。応援要請は既にしてある。さあ、早く向こうに!」

「……分かりました」


 私の説得で四人は急いでこの場を離れた。

 私たちが通って来たルートを使えば、何もなければしばらくは敵と遭遇しなくて済むはずだ。

 その間に本部に指示を仰ぎ、適切なリスタートが切れるであろうと願う。


「オイオイいいのか?みんなでかかってくりゃあワンチャンあったかもしれねえのに」

「良かったな。勝てる確率が0.01%上がって」


 相変わらず肉体派同士の舌戦が続いている。

 四人が見えなくなったところで、私は塚田に声をかけた。


「塚田くん、露払いは済ませました。君の実力、私に存分に見せてください」


 塚田はこちらを見て一瞬だけ驚いたような顔をすると、またすぐに敵の方へ向き


「ありがとうございます」


 と言った。

 敵の主戦力が現れたのに仲間を遠ざけた私が、まさか礼を言われる日が来るなんて夢にも思っていなかった。

 鬼島さんが正体不明な彼にワクワクする気持ちが、私にも少し理解できた気がする。

 今の私は、笑っているかもしれない。



「じゃあ…早速おっぱじめるとするか。なあ!」

「ああ」


 ゴウキと塚田、お互いが同時に走り出し、そして


「オラぁ!!」

「ふんッ!!」


 お互いの拳がぶつかり合い、辺りが震えたのだった。



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