第108話 中央拠点のひみつ (大規模作戦4日目)
「すまない、塚田職員…」
「いえ、気にしないでください」
現在私と塚田は、島の北西から中央に向かう途中の森の中にいた。
中央拠点に向かっていた我々に医療チームでは対処しきれない重傷者が居るという通信が入り、転送チームにその重傷者を運んでもらったのだ。
そして先ほどから、塚田は手の施しようのない職員の治療を始めている。
多少危険だったが、私が信号弾を上空に放ちそこに転送してもらうという方法を取った。
我々が急いで向かうよりも我々のところに飛ばした方が良いとの判断だ。
今のところ信号弾を見た敵が襲ってくる気配はなさそうだが。
大幹部を単騎で撃破した塚田がやられる心配はしていないが、これだけの職員の前で力を見せるのは、彼も本意ではないだろう。
それにもし襲われたとしても、ここにいるメンツなら大幹部くらいなら倒せると踏んでいる。
有り難い事に、それほどの精鋭が集まっている。
きっと各地の最前線で戦い、そして傷ついた。
己の責務を全うし、普段ならばその怪我故にそのまま殉職か、あるいは特対から去って穏やかな余生を暮らすかだった未来。
しかし塚田の能力はそんな決定した未来を塗り替えてしまう程強力な力を持っている。
考え方を変えると、塚田の能力は痛みやケガからは救ってやれるが、戦士たちにまた同じような痛みを繰り返させることになるかもしれない。
それが良いのか悪いのかは、私には分からない。
こんなことをこれから先もずっと続けたとして、果たして職員の心はもつのだろうか。
治療してくれている塚田にこんな事はとても言えないが…
「本当にすごいな、君の治療は…。右半身が吹っ飛ばされた時は、川の向こうから死んだ親父が手招きしてたよ」
「そりゃあ手招きじゃなく『あっち行け』って意味だったんでしょう」
中年職員と話をしている塚田は、手で「しっしっ」と追い払うジェスチャーをした。
「…そうかもな。まだガキも嫁さんも、おふくろも居るしな」
「じゃあ死んでる場合じゃないですね」
「……ああ」
怪我の治療だけでなく精神的なケアもさり気なく行う彼は、治療術師向きだなと感じた。
しかし一方で戦闘となると容赦のない攻撃を行う。
ここまで交戦した敵の中には若い女も居たが、彼は躊躇することなく打撃技や投げ技を使い無力化した。
戦う者においてその精神性は大変素晴らしく褒められるべき要素なのだが、一体どこでそれを身に付けたのか。何が彼をそこまでの人間にしたのかが気になるところである。
「駒込さん。対応ありがとうございます」
「いえ、治療したのは塚田さんなので。私は通信を取り次いだだけです…」
「それでも、ですよ。…それでは私は彼らを持ち場に送ってきます。お二人は?」
「我々はこのまま中央拠点を目指します。重傷者も多そうなので」
「分かりました。南東部では敵のボスと水鳥班が交戦を始めたという事なので、お気をつけて」
「はい」
ここまで私と無線でやりとりをしていた転送チームの者と二言三言会話を交わすと、塚田に声をかける。
「じゃあそろそろ行きましょう、塚田さん」
「はい」
重傷者の治療を終えた我々は、引き続き迷彩マントを被り敵の本拠地へと足を進めた。
先ほど転送チームには怪我人の治療の為と言ったが、本当は敵の戦力を削るという目的がある。
塚田と私が居れば、きっとボスでも倒し無力化できたと思う。
残念ながら水鳥班の方へ行ったという事だったが、まあ見張りや防衛のための幹部クラスがいるだろうから、それらを削っておくのが良いだろう。
私たちはFLHとして"治療"と"排除"の両方を引き続き行うべく歩みを進めるのだった。
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「ユキナ様…!」
CBの一般メンバーの男が、慌てた様子で部屋に入って来た。
そこは中央拠点内にある"趣味の部屋"で、中はそれほど広くなく、そして薄暗い。
部屋の中心には床屋や歯科医院にあるようなリクライニング式シートが置いてあり、"お楽しみ"を共有する相手を座らせる。
今も一人の女が座らされ、口には喋れないよう猿ぐつわをされ、体は動けないようしっかりと椅子に固定されていた。
「何よ…もう。今いいところなのに」
ユキナと呼ばれた女は自分の趣味の時間を邪魔され少し不機嫌だったが、入って来た男も緊急事態故に遠慮などしている場合では無かった。
しかめっ面でこちらを向く女に、何とか現状を報告する男。
「お楽しみのところ申し訳ありませんユキナ様…!特対の迎撃に出られたボスから『コードEFI』の準備をしておけと連絡が入りました!」
「あら…そうなのね。それは急がないとだわ」
秘密のコードを聞いた女は不機嫌な顔から一転驚きの表情を見せ、すぐに緊張感のある表情へと変化した。
そして少し考えると、行動へと移した。
「連絡ありがとう。アナタはボスのサポートをお願い。ここに残っている全員にもボスを援護するよう伝えてもらえる?」
「はいっ!」
女の指示を受け、一目散に部屋を出ていく男。
それを見送ると女は椅子の上で息も絶え絶えな女に向けて語り掛けた。
「楽しかったわよ、アナタ。凄いのね、全然苦しそうにしなくて。私もついつい力が入っちゃったわ」
「…」
CBの大幹部・ユキナの趣味は見目麗しい女性を拷問する事だった。
そしてこの部屋は彼女の拷問部屋であり、様々な道具が備え付けられている。
これらを使い相手から情報を引き出すときもあれば、今回のように何の目的もなくいたぶるときもあった。
この部屋の椅子には決して男は座らせず、情報を引き出す相手が男の場合は別の部屋で別のメンバーが行わなければならない。
それほど自分の趣味にこだわりがあったのだった。
「本当は泣くまで続けたかったけど、時間切れみたい。いつかお互い生きてたら、また続きをしましょう。じゃあね」
女は喋れない相手に一方的に再会の約束と別れを告げ、部屋から去っていったのだった。
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「…ちっ」
男の舌打ちが聞こえる。
CBのボス上北沢は、自分を取り囲む特対職員を見回すと
「…流石にキツイか」
と呟いた。
少し離れた所には水鳥班討伐の為に連れてきた自分の部下が倒れている。
先ほどのオーダー通りに分かれてしばらく戦闘をしていたが、黒瀬とのタイマンでセイヤというメンバーが倒れ、もう一人のケアという男も水鳥班二人の前に倒れたのだった。
二人の不甲斐なさもそうだが、水鳥美咲を仕留めきれなかった自分に対して驚きを隠せないでいた。
これまでの上北沢と美咲の戦力差は、上北沢が100だとしたら水鳥が90くらいのものであった。
今まで何度か対峙し、上北沢の能力の練度の方が若干上を行っている自覚はあったし実際に圧していた。
ところが今日に至っては美咲が120くらいの力を発揮し、上北沢は受け手に回る事の方が多かった。
単純に目と足が回復したからだけではない、何か別の精神的作用が働き逆転されたと上北沢は分析している。
そして決着が着かないまま時間が過ぎていき、各拠点を制圧したであろう他の特対職員が"無傷"でここに駆けつけ、取り囲まれてしまったというワケだ。
「ここまでです…おとなしくしなさい」
「へっ、抜かせよ」
美咲が忠告するも聞く耳持たない様子の上北沢。
彼の頭の中では既にこの状況を抜け出すための算段を組み立てている。
が、どの方法で脱出を図っても無傷で切り抜けるのは非常に難しいという結論に辿り着いてしまう。
特にネックなのが、鷹森の存在であった。
彼の能力のスピードとパワーは、上北沢と言えど簡単にはいかない。
「ボスー!」
上北沢がダメージを最小限に抑えるルートを構築していると、包囲網の外から銃声と共に部下の声が聞こえた。
先ほど中央拠点へ能力で送信した伝言を受け取ったメンバーが、ここへ加勢しに来たのだった。
手にはアサルトライフルや爆弾を持ち、次々と特対へ攻撃している。
「反撃開始だ!!!」
上北沢が叫び、部下たちを鼓舞する。
それに反応するように、部下たちも攻撃の手を強めていく。
銃火器や能力で特対職員に猛攻を加え、それに乗っかるように上北沢も攻撃の手を強めた。
だがこの時、上北沢は全く別の意図で動いていたのだった。
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「誰も居ませんね、この拠点」
「おかしいですね…」
中央の拠点に到着した卓也と駒込は、敵や負傷した味方が居ないか探すため1階から捜索を続けていた。
しかし2階の全フロアを探し終えた時点で、誰も居ないし気配すらも感じない事に奇妙な感覚を覚えていた。
拠点は3階建ての豪華な洋館のような造りをしており、これまで見てきた部屋は普段から人が住んでいるような生活感があった。
生活感はあるのに誰も居ない。
最後の3階を見ても誰も居なければ、全て出払ってしまったということで無駄足が確定してしまう。
「誰か倒れています…!」
階段で3階に上がりすぐ目の前にあった大きな扉を通ると、大広間が広がっていた。
そして大広間の奥に、自分たちと同じベストを装着した職員が三人倒れているのを駒込が発見したのだった。
二人は急いでそこへ駆け寄ると
「大丈夫ですか?」
駒込が声をかけ、卓也がすぐさま治療を行う。
傷が治った男性職員は喋れるようになり、ゆっくりと口を開いた。
「…ありがとう。世話をかけたね……」
「落ち着いて…ゆっくりと何があったか話してください」
「俺たち小隊がここへ突入して、この部屋で誰かいないか探している時に、女が一人立ちはだかったんだ…」
「女…?」
「そいつが手をかざした瞬間、体が痺れて動かなくなって、俺たちは倒れてしまって…そこの二人はその場で…殺されてしまった…!」
この部屋へ入って来た時に、今話している彼以外の二人の職員は首がハネられており、命が失われている事は明らかだった。
こうなってしまうと卓也にはどうすることもできず、二人はただ彼らを悼むことしか出来なかった。
それでもせめて綺麗な状態にしてあげようと、既に卓也は切り離された首を体にくっ付けて目を閉じてあげた。
「それで俺は…見逃されたのか、忘れられたのか分からないが、命までは取られずに済んだ。でも、風祭職員が…」
「風祭?なごみが居たんですか?」
突如出てきた聞き覚えのある名前に卓也が反応した。
知り合ったばかりだが既に何度か食事を一緒にとり、共に和久津の事件を解決しようと動いている、友人の名前だ。
その彼女が先ほどまでここに居て、今この場には居ない事に嫌な予感がよぎる卓也だった。
「敵が風祭職員を見て何故かハシャぎだして、彼女を連れて"地下"へと行ってしまったんだ…」
「地下…そこに何かあるんですか?」
「そこまでは…その女と別のヤツの話で、地下へ連れて行くとだけ…」
話の途中だったが、卓也は駒込に
「すみません、その人をお願いします!」
と言って、一人地下にあると思われる部屋へと向かって行ってしまった。
駒込は制止する暇もなく、仕方ないので生き残った職員が調子を取り戻してから後を追うことにしたのだった。
_________
建物の1階の奥、物置のような部屋の床に地下への扉があった。
一見すると床下収納の蓋のように思えるそれを開けて、出てきた階段を下るとさらに一つ扉が見えた。
そこまでは一本道で他に入れるような部屋や隠れたりするスペースもなく、もしなごみが居るとしたらこの扉の奥以外には考えられない。
卓也がドアノブを捻ると鍵はかかっておらず、すんなりと扉が開いた。
「…」
扉の先には8畳ほどの部屋が一つあり、照明は天井から吊るされた裸電球一つしかないため非常に薄暗かった。
コンクリートの壁に沿っていくつか木製の棚が置かれており、ペンチやハサミ、瓶に入った液体など様々なものが並んでいる。
壁と同じ素材の床は所々赤く、また部屋の隅には排水溝があり、汚れなどを水で洗い流せるよう予め設計された造りとなっていた。
部屋の真ん中に置かれた椅子は座った者の顔が上を向くくらい背もたれが倒されており、ここに入ってすぐには誰が座っているか分からなかった。
しかし、両手はひじ掛けに固定され、その指は折られたり切られたり、爪がはがされていたりしている。
足は何かでズタズタに切られて血まみれになっていた。
卓也は椅子の横から回り込んで顔を覗くことで、ようやく座っているのが風祭なごみだということが分かったのだった。
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