第91話 答えは最初から (大規模作戦2日目)

「警察が警察を殺してたのか?」

「ええ、そうよ」


 伊坂が見たのはにわかには信じられないような光景だった。

 1人の警察官が数人の仲間を"斬殺"し、バラバラになった人間の体が辺りに散乱している様子。

 そしてむせかえるような鉄の匂い。

 その中で、静かに佇む警察官が居たというのだ。


「顔はどんなんだか、見ていないんだよな?」

「ええ、一目散に逃げたから、ちゃんとは見えなかったわ」

「まあ、無理もないか」

「そこは『見てないんかい』って突っ込まないのね」

「いや、そこでしっかり顔を確認して精巧な似顔絵まで用意できてたら普通の女子高生じゃないだろ…」


 まあ冤罪を晴らすために独りで潜入してくるあたり、普通では無かったワケだが。


「話を戻すわね。私はその時恐怖と焦りで一目散に逃げだしたの。家に帰って自分の部屋で怖くて震えていたわ。でもそこからはあっという間だった。警察官がそのあと、1時間後くらいかしら…家に訊ねてきてね」

「マジか…早いな」

「ああ。私も当時はいくらなんでも動きが早すぎると思ったよ。最初から彼女が犯人だと分かっているような動きだった。多分だが、何らかのトラブルで犯人が同僚を殺さなくてはならなくなり、そこに丁度現れた彼女を身代わりにしようと動いたんだろう。ご丁寧に監視能力者の画像データまで持ち出されていてね。特対の案件だから一般人には報道されていなかったが」

「…それで家まで訪ねてきた警察官は強引に部屋まで押しかけて来ようとしたの。私は咄嗟にクローゼットに隠れたわ。でも正直、私の人生終わったと思ったわ…」


 何も分からない彼女からしたら相当の恐怖だっただろう。

 ただでさえ警察官のスプラッター映像だけでも卒倒モンなのに、そのうえ自分が逮捕されると来たら普通なら耐えられない。

 しかも、その時捕まっていたら口封じに殺されていたかもしれないな。


「でもその時だったの。私に不思議な力が宿ったのを自覚したのは」

「それが誤解の能力か。なにか予兆みたいなのはなかったのか?」

「いいえ、本当に突然よ。体が光ったりとか、熱くなったりとかせず、最初からポケットに入っていたのを思い出したみたいに、『あ、この能力を使おう』って思えるくらいにね」

「そうか…」

「それで私は能力を使って、部屋を"誰もいない部屋"にしたの。そしてその後に"私の居ない家"と誤解させたわ。そしたら家に来た警察は帰っていったの」

「上手くやり過ごしたもんだな」

「自分でも驚くくらいにね。でもそこで悟ったのよ…私は罠に掛けられたんだって。そう思ったら居てもたってもいられなくなって。ママには心配しなくていい、何とかしてくるって言って家を出たわ」

「行動力よ」

「あとはこの能力を上手いこと使って、新入職員のフリをしつつ、中途のフリをしつつ、色々な場面で使い分けて、なんとか懐に潜りこんだの」

「で、私が開泉者じゃないことを見つけて…ってことさ」

「担当が沙羅さんで良かったわ。他の人だったら上に報告されてたかもしれないし、色々と能力者や警察の事についても聞けなかったかもしれないもの…」


 結構な綱渡りだったんだな。

 でもそのか細い綱を渡り切って、今ここにいる。


「しかし私が協力をしても、もう1年も進展がないわけだがね…」


 和久津は手でヤレヤレといったジェスチャーをする。

 確かに、和久津か偽りの死を遂げてから1年だ。

 未だに二人が潜伏しているという事は、事件が未解決である証拠だ。



「これが今の私たちの状況よ。他に隠していることは無いわ」

「なるほどね…大体わかった」



 2人のこれまでをまとめると


・1年ちょい前に伊坂が"警官殺し"の現場を目撃し、そのままその容疑をかけられる。

 現在"警官殺しの女子高生"として能力者の指名手配となる。


・警察から逃げている途中で"誤解を植え付ける能力"が発現、それを利用し姿を変え特対の4課職員として入職する。


・伊坂が入職した際の能力検査担当に和久津が割り当てられ、伊坂が"開泉者"ではない事がバレる。

 伊坂は和久津に事情を全て話し、協力を依頼。和久津はそれを請ける事に。


・伊坂に協力するのに"能力"と"立場"が邪魔になった和久津は、自身の死を偽装する。

 その際遺書にこっそり仕込みをし、流れを変えてくれるかもしれない人物をおびき寄せようと画策。


 ・1年経った今も、犯人の尻尾を掴めていない。


 こんなところだろう。



「どうだろう…もしよければ、キミにも協力をしてもらえるとありがたいのだが…」

「…」


 俺が清野から受けた依頼は、今終わった。

 和久津の死の真相、それは冤罪をかけられた女の子を助けるために行った偽りの死。

 本人は今も元気に4課の職員として働いている。

 そう伝えるだけだ。


 だが彼女たちはどうだろう?

 俺がここを去り清野に報告をして達成感を得られた後も、彼女たちの戦いはまだまだ終わらない。

 伊坂は既に、人生においてとても貴重な青春時代の1年間を捧げて、それでも手がかりすら得られていない。

 和久津も、これまでの1課のキャリアを一旦捨てて事件に集中しているのに、成果が得られていない。


 そんな彼女たちを放っておけるのか?俺は。


(ご主人よ。その葛藤、意味あるのか?)

(はは…俺もそう思っていたところだ)


 ユニちゃんに突っ込まれてしまう。

 毎回似たような脳内会議をしているが、答えはとうに出ている。

 もう二つ返事してしまえばいいだけだ。


 いや、返事と信頼を得るための秘密の共有、この二つをいっぺんにやったろう。

 先ほどの意趣返しの意味も込めてな。



「なあ伊坂」

「なに?」

「これは何だ?」


 俺は先ほど伊坂が俺にやって見せたみたいに、ボールペンを差し出す。


「何って、ボールペンじゃない」

「そうか?持ってみ」

「何なのよ…」


 伊坂は文句を言いながらも俺が差し出したボールペンを手に持った。


「!? なにこれ…!重い…!?」

「何だって?」


 和久津は伊坂から"重さ2kg"のボールペンを受け取ると、同じように驚いた。


「これは…一体何をしたんだ?」

「重さを変えたんだ」

「重さを?それがキミの能力か…しかしキミは先ほど医療チームと…」

「慌てるなって…次はこのペンを…」


 俺は和久津からペンを返してもらうと、そのまま半分にへし折った。

 そして次は、ペンのライフポイントを全快にし元の状態へと戻した。


「…どういうことなの?」

「キミは…その能力は…」

「俺の能力は触れたモノ、認識したモノの数値を変える能力だ。最初はペンの重さを増やし、次にペンの耐久力を戻した。人間の耐久力を戻してやれば生きてさえいればどんな怪我も治すことが出来る。俺はこれで、医療系能力の振りをして嘱託職員になった」


 明日…いや今日にも多くの職員の耳に入るであろう俺の治療能力のレベル。

 しかし二人にはそれが能力の一部にすぎないことを打ち明けた。


「数値を操る…今まで聞いたことも見た事もない…信じられないな…」

「そんな大事な事、私たちに言ってよかったの?」

「伊坂に俺の事を信頼してもらう為に必要な事だと判断した。俺はさっきの話を信じるよ。その上で、俺に何か出来る事があれば手伝おう」

「…ありがとう」


 能力の事は、和久津の調子が戻ればいずれ知られていた事だ。

 あと3日間でどこまで出来るか分からないが、やれるだけの事はやろう。

 明後日には清野もここに来るみたいだし、可能なら協力してもらおう。



「おっと…本当はもっと色々話したり能力を見せてほしいところだが、私と伊坂くんは明日B班で出撃するんだ。今日はそろそろお開きにしたい」


 時計を見ると、もう既に23時を回っていた。

 確かにこれ以上は明日の作戦に支障が出そうだし、何よりいつまでも女子職員の部屋にお邪魔するわけにもいくまい…


「じゃあ明日の夜、また私たちでこれからのことについて打合せをしましょう。進攻作戦が終わったら塚田さんの部屋に連絡するわ」

「了解。じゃあ夕方以降はなるべく部屋にいるようにするよ」

「そうしてもらえる?私の部屋番号は…」


 俺たちはお互いの内線番号と部屋番号を交換した。


「じゃあ、明日の夕方にまた…」

「あ…!」


 ヤバイ…大事な事を忘れていた。


「どうした?」

「俺、もしかしたら明日で嘱託クビになるかもしれん」

「はぁ?なんでそうなるのよ!?」


 俺はこの部屋に来る前の、水鳥の部屋での一件を二人に話した。

 目と足を治療した事、そして黒瀬を思い切りぶっ飛ばしてしまった事を。

 するとーーー


「ぷっ…あっはっはっはっはっは!!」


 と、和久津に大笑いされてしまった。


「笑い事じゃねえって…」

「いやぁ済まない…ぷっ…いや、面白い事をするもんだからつい…クク…。いやしかし、美咲くんを完治させるなんて、その能力は本当に大したもんだ」

「水鳥を知ってるのか?」

「彼女の事を知らない特対は居ないと思うが、まあ私と彼女は同期だ。同い年の頃ピースに連れて来られ…あ、ピースっていうのはね」

「それは知ってるよ」

「ム、そうか…一応社外秘なのだが…まあいい。連れて来られた時には我々は完醒者になっていたから、同じ時期に後期課程を始めた同期ってことになるのさ」

「なるほどね(今、自分も社外秘言おうとしたよな)」


 10年以上の付き合いって事か。



「…しかしアレだ、多分クビにはならんよ」

「そうなのか?」

「そもそも清野くんが推薦人の時点でキミには手出ししにくいし、何より美咲くんが自分の事を助けてくれた人間をみすみす追い出したりはしないさ」

「そうだといいが」

「明日あたり礼でも言いに来るんじゃないかー?良かったな、1課のマドンナとお近づきになれるなんてそうそう無いぞ?」

「そうはならんやろ」


 楽しそうに茶化してくる和久津に呆れながら、俺は明日の打ち合わせを二人と約束し、部屋を後にした。

 クビにもならずに済みそうで、少しホッとしていた。



 部屋に戻ると、俺は風呂に湯を張りながら二人に貰った番号を電話の近くに置いてベッドに倒れ込んだ。

 今日はなんだか大浴場には行く気になれず、さっさと湯に漬かってサッパリして眠りたかった。


 今日は朝から晩まで色々あった。

 作戦での出来事、水鳥の件、そして和久津と伊坂。

 特に伊坂の件はまだまだ根の深いものになりそうだ。

 気を引き締めて、焦らず、しかし急いで取り掛からなければならない。



タララン タララン タララン タン♪ タララン タラタララララン♪

『お風呂が入りました』



 女性の声で湯船にお湯が溜まったことを告げられ、俺は明日からの調査に備え今日の疲れを落とすことにしたのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る