第90話 誤解と冤罪 (大規模作戦2日目)

4章 人物紹介その2


 竜胆 志津香…特対1課に所属する植物系能力者。口数が少なく自分の感情を表に出すことがほとんどない。冗談を言うのが好きなお茶目な一面があるが、知っている人間はほとんどいない。


 水鳥 美咲…特対1課に所属するサイコキネシス使い。10年前の訓練時に能力が暴走し自爆。以来ずっと目と足が使えない状態だった。周りからは尊敬と畏怖の念を込めて"姫"と呼ばれるが、根っこの性格はとても純粋。


 和久津 沙羅…元特対1課で今は古森屋夏美と名乗り4課で働いている。能力探知の能力を有しており、内容まで知ることが出来る。1年前に自殺したと思われたが生きていた。興味本位で動きすぎるという悪癖がある。結構よく喋る。


 伊坂 離世…元普通の女子高生。今は葛西 芹と名乗り和久津同様4課で働いている。ある目的の為特対に乗り込んで来た。






______________







 警官殺しの女子高生…確か交番の手配書に書いてあったやつだ。

 85万円の賞金首。

 それがまさか、警察内部に潜入していたなんて。


「あ、そうそう。言っておくけど彼女は無実だよ」

「ん?」

「彼女は警官なんか殺していないという事さ。警察内部の誰かに罪を被せられたんだよ」

「…それは」


 気の毒に…

 というか、結構な事実じゃないか。早く誰かに言った方が良いのでは?


 いや、伊坂に罪を被せたのが警察の人間なら、そんなに簡単な話じゃないか。

 もし誰か犯人を守るために関係のない人間伊坂 離世を身代わりにしたのなら、その"誰か"とやらが警察のお偉いさんだった場合、のこのこ「私は無実です」なんて出ていけば口封じに消されてしまうかもしれない。

 ドラマや映画なんかじゃよくある話だ。


 もしかして自分が消されないように秘密裏に、犯人が居ると思われる警察に潜入し調査を続けているというワケか?

 随分と大胆な事をやるもんだな。


「…ちょっと」


 俺が考えていると、伊坂が和久津の腕を引っ張る。


「ん…?ああ、大丈夫。彼は敵じゃない。私のちょっとした"仕込み"に気付いた、この停滞した状況を変えてくれるかもしれないお助けキャラさ。お互いの身元はある職員を通じてハッキリしたから信用していいよ」

「私はまだ彼の事を何も知らないんだけど…?」


 伊坂は至極真っ当な指摘をする。


「そりゃそうだな。俺だって同じさ。伊坂が警官殺しだという事も、それが冤罪だという事も何もわからないよ。名前も、年齢も、確証が得られる物はお互い何もない」

「…ふむ、そうだね。正直伊坂くんとキミを繋げる物は何もないかな。だからキミにはこれから私が話す事を聞いて、信じてもらうしかないのだけど…。そして伊坂くんには私が信じた男ということで、これから私たちの事を打ち明けるというのを納得してほしいんだが」


 伊坂は真剣に考えている。

 まだ味方かどうか確証もない相手に自分の事を話してもいいのかどうかを。

 俺も和久津の件を探りに来ただけであって、彼女の事を消そうだとか助けようだとかそんな意図は全く無い。しかしそれを証明する手段も無い。

 期待できそうなのは、清野を通じて俺の事を信用してくれた和久津を伊坂が信じてくれるかどうか、だ。


「…わかった。私の為に1年近くも死んだフリをしてくれている沙羅さんだもの。信じるわ」

「キミの為と、私の興味本位というのもあるがね。まあいい、これで晴れて私たちの事をキミに話すことが出来るよ」


 どうやら一旦は俺の事を敵じゃないと信じてくれるようだ。


「俺の名前は塚田 卓也だ。普段は一般の会社で働いているんだが、今回清野っていう警察官の頼みで、死んだ和久津の調査をするために嘱託職員としてここに入って来た。今は大規模作戦のC班医療チームとして活動している。よろしくな」

「よろしく」

「よろしく塚田くん。では自己紹介がてら、私のこれまでの経緯いきさつから話し始めるとしよう。まず知っての通り、私は表向きは1年前に自殺した事になっている。ではなぜそのような事をしたかというと、彼女…伊坂くんと出会ったからなんだ」


 和久津が偽装自殺をしたキッカケは、伊坂との出会いか。


「私は4課に新しく配属されることになった彼女を見て、履歴書に記載の開泉者という事を自分の能力で知ったのさ。新しく入る職員には能力チェックや身元の確認などが行われるのだが、たまたま私が彼女の能力確認の担当だったんだ」

「なるほど」

「開泉者が完醒者だと偽って自分を良く見せようとするのは分かるが、その逆をやっている彼女に興味が沸いてね…。直ぐには上に報告せず、個人的に接触を試みたんだ。するとどうだろう。彼女は一月前に特対を騒がせた警官殺しだと言うじゃないか」

「冤罪だけどね…」

「そう。彼女は無実の罪を着せられ逃げ回っていたところ"ある能力"に目覚め、自分に掛けられた冤罪を晴らすためその能力を駆使し単身この特対に乗り込んで来たのさ。見た目を変え、身分を変え、自分を陥れた相手に復讐を果たすためにね!」


 和久津はとても饒舌だった。

 部屋に俺を出迎えた時のやる気の無さはなんだったんだろうっていうくらい、鼻息が荒くなっていた。


「彼女と会ったのは私が自殺をしたとされる日のおよそ1か月前だ。彼女の事情を知った私は協力をお願いされてね。それで偽りの死を演じることに決めたのさ」

「まさかそこまでしてくれるとは思わなかったけどね…でも本当にあの時は助かったわ。この世界に味方なんて居なかったから、本当に…」

「ま、私も事件の事には興味があったからね。彼女の話を信じたのは半分が好奇心という所さ。そしていざ協力するとなると私の能力は邪魔だったから、死んだことにする方が都合がよかったのさ」


 彼女の能力探知能力は日常的に酷使されていたらしく、出るわ出るわの不満。

 出撃はしないので命の危険は無いものの、休みもあまりもらえなかったとか。



「で、私は死んだことにしてこっそり姿と身分を変えて再び特対に戻って来て、伊坂くんと一緒に真犯人を探している、というワケだ。そして次にお待ちかね、伊坂くんの能力についてだが…」

「説明するよりも、見せた方が早いわね」


 そういうと伊坂は近くにあったボールペンを手に取り、俺の前に差し出した。


「これは何かしら?」

「何って、そりゃボールペンだろ?」


 俺も職場で愛用している、『バーストストリーム』のボールペンだ。

 書き味が滑らかで使いやすいんだよな。


「そうね。じゃあこれは?」


 もう一度同じペンを指さし俺に訪ねてくる。


「いや、だからシャーペンだろ?Mr.GRIPのーーー」


 ………あれ?

 今俺は何て言った?シャーペン?これが?

 俺はペンを手に取り確認する。

 一度カチッとノックをすると、先からボールペンが出てきた。

 あれ、何でこれがシャーペンなんだ?別に見なくてもこれがシャーペンだって…んん??


「混乱しているようね。無理もないけど」

「どうなっているんだ?」

「最後にもう一度聞くわ。これは、何?」


 さらにもう一度ペンを指さす伊坂。

 これはもちろん…


「…ボールペンだ」

「正解よ。見たまんまね」

「ああ…。見ればわかるよな」

「そうね。でも貴方には何故かこれがシャーペンに思えた。それは私の能力が【対象を見た者に誤解を与える能力】だからよ」

「誤解…?」

「塚田くんはただのボールペンが、彼女の能力によってシャーペンに思えてしまったんだ。『これはシャーペンだ』と、そう誤解してしまったんだ」


 なんて能力だ。

 俺は見て分かる物を、分からなくされてしまったのか…


「とんでもない能力だな」

「そうでもないわ。私の能力は催眠術や幻術なんかと違って、無いものを在るように見せる事はできないの。誤解は現実には勝てない…今あなたにはボールペンをシャーペンに見えるよう能力を使った。でも実際にはボールペンを見ているから、混乱した。あのままだといずれボールペンだという事に気づかれてしまってたわ」

「そうなのか」

「私は周りに自分の事を【炎を出す能力者】だと"思わせる"ことは出来ても、『炎を出してみろ』と言われた時、出ていない炎を手から出しているようには見せられないの。【炎を出している私】と誤解を付ける事は出来るけど、実際には出ていないという事にやがて気付かれるわ。当然よね、出ていないんだから」

「なるほど…」


 誤解よりも実際に見た物、感じた物が上位に来る。

 そういう意味では上手く使わないとウソがバレてたちまち窮地に陥ってしまうワケか。


「補足説明してもいいかい?」


 隣で伊坂の説明を聞いていた和久津が挙手をし、話に入って来た。


「ああ、構わないけど」

「誤解させたままにできるか、混乱しやがて解けるか、の他にもう1パターンの症状が存在する。それが清野くんのパターンだ」

「考えられなくなるっていう?」

「そう。私は伊坂くんに頼んで私の遺書に【何の変哲もない遺書】という誤解を付けてもらったんだが、知っての通り文面に縦読みを仕込んでおいたんだ」

「私は聞いて無いけどね…」

「許してくれ、一応理由は後で説明するから」

「いいけど…」


 あのタテ読みは和久津の独断だったのか。

 伊坂が少しむくれている。


「それで?」

「ああ。普通の文面、だけどどこかおかしい…こう感じると脳が混乱してしまう。しかしボールペン・シャーペンの時と違いハッキリとおかしな点に辿り着くことが出来ない。このような状態が繰り返し続くと、脳が考えるのを止めてしまうんだ」

「隠されたものを見つけることができないで、諦めると」

「そう。彼女の付けた誤解が解けるのは"明らかに違った時"だけで、どこかおかしい・何かが隠れているものを"至って普通の"と認識させると簡単な縦読みでも暴けず、脳に負荷をかけないよう諦めて忘れる。これがパターンその3だ」


 清野曰く、他にも変な文章に違和感を覚えたものは居た。

 しかし皆、おかしいと思うが謎が解けず忘れてしまった。

 清野も自分で『もうすぐ忘れそうだ』みたいなことを言っていたし、俺がここに来られたのはギリギリだったようだ。


「私がこのような仕掛けをしたのは、今説明したような能力が施してあり尚且つ滅多に人目に触れる事の無いような文章を読み解くことが出来、その上でわざわざ接触してくるような人間なら、私たちの力になってくれるかも…と思ったからなんだ。もちろん味方か敵かは賭けだったが、敵が内部に居る以上、外部から助けを呼ぶしかないからね…。ある種の保険のようなものだったんだよ。現に1年もの間、私たちは何の成果も得られていないのだから、塚田くんが何か状況を変えてくれる要素になってくれればと、切に願っている」

「…そうね」

「ま、あまり期待されても困るけどな。まあでも、伊坂の能力は分かった。それでキミはここに来るまで、どういう感じだったんだ?」


 全体像や何となくの流れは見えてきた。あとは伊坂が和久津に接触する前のことだな。

 そこをもう少し詳細に聞いておかねばならない。



「…私はある日、学校帰りに普通に街を歩いてたの。それで近道をしようと思って入った路地で見てしまったの。警察の人が、同僚を殺している所を…」


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