第92話 騒がしい朝食 (大規模作戦3日目)
部屋に備え付けられている時計のアラームが鳴り響いた。
手を伸ばしアラームのスイッチをOFFにすると、俺はゆっくりと上体を起こし時計を確認した。
時刻は8:03。
「…」
ボーっとする頭でなんとか状況を確認する。
俺は特対施設の部屋に泊まっていたんだ。
で、今日は非番で昨日よりも遅めに起きた。
出番だった昨日よりも(起きる時間は遅いのに)寝覚めが悪いのは、昨日一日で色々と起きすぎたせいかな。
まあ問題は和久津・伊坂の件だけだが…
「めしくおう…」
俺は誰も居ない部屋でボソッと呟いた。
腹が減っては調査はできん。まずは腹ごしらえだ。
俺は顔を洗い髪を整え部屋着から着替えると、食堂へ向かう事にした。
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俺は購入した朝定食を持って、食堂の適当な空いてる席に座った。
朝定食の内容はご飯、味噌汁、納豆、海苔、香の物、ヨーグルト。これで200円だ。
どこぞの牛丼屋を彷彿とさせる内容だが、かなり安い。
職場でこの内容の朝食が食べられるなら、週に3回は早く出社してもいいかもしれない。
まあ欲を言えば、自宅以外での朝食というならオレンジジュースと牛乳が入っているドリンクサーバーなんてのがあれば、旅行感が出てもっと楽しめたかもしれないな。
旅行じゃないんだが。
「…今日もうまい」
焼き鮭でも追加しておけば良かったかもな…なんて思いながらご飯を食べ進める。
昨日に引き続き白飯の炊け方もグッドだ。
味付け海苔と納豆で茶碗二杯はご飯が食える。
味噌汁も、玉ねぎと油揚げの俺好みな具材でテンション上がるぜ。
「…隣、いいかな?」
俺が定食に舌鼓を打っていると、突如隣の席に飯を置いてきた人物が現れた。
そいつは記憶に新しい顔だ。
「よく俺の前に顔を出せたな」
昨日水鳥の部屋にいた女子職員が、馴れ馴れしく話しかけてきたのだ。
直接何かをされたわけではないが、治療中の俺を攻撃してきた黒瀬に対して止めもしなかった下種どもだ。
話すことなどない。
「…ごめん!!」
「…何がだ?」
「折角治療してくれたキミにお礼どころか怪我までさせてしまって、本当に申し訳ない!」
彼女は思い切り頭を下げて、俺に謝罪してきた。
てっきり謝るにしても、上から目線で"謝罪にならない謝罪"をしてくるもんだとばかり思っていた俺は少し面食らってしまう。
しかも周りには決して少なくない人が居るにも関わらず、だ。
B班は早朝に出かけているので、この場にはいないようだが。
「…もういいよ、頭を上げてくれ。注目されっぱなしじゃ食いづらい」
「許してくれる…?」
「…はぁ。許すよ…。止めなかったのはムカついたけど、アンタが何かしてきたわけじゃないしな」
(ご主人ちょろいナー)
俺もそう思う。
でもまあ、クビにはならなさそうだし、昨日黒瀬をぶん殴ってやったことで結構溜飲は下りたしな。
それに今は和久津たちの案件に集中したいから、これ以上黒瀬の件を引っ張っている場合ではない。
(女の子には弱いからな、ご主人は…近くにあたしというセクスィーーな女の子がいるっていうのに…)
(どこがセクシーだ。つるぺただっただろ)
(なはは)
それに本来の姿は角の生えた馬だしな。
以前見たユニの"人間態"は小っちゃい女の子だった。
背丈はいのりよりももう少し小さい感じか。
守備範囲とかそういう話ではなく、収容所行きだ。
「アンタじゃなくて、【
「そうか。俺は塚田卓也だ。よろしく、なごみ」
「ん、よろしく卓也くん。美咲の件とか諸々ありがとね」
「いいさ。秒で終わったしな」
俺たちは一応(?)和解を果たしたのだった。
「あのね…言っておくけど」
「なんだよ…いきなり」
「美咲の症状は普通秒じゃ治らないのよ?今まで何人もの凄腕治療術師が挑んだってのに…」
「そりゃ根本が違ってたんだよ。彼女の場合は見えない・歩けない状態がデフォだった。内容的には先天的な疾患と一緒だったんだ。だから"回復"じゃダメなんだよ。元から手が無い人に治療能力を施しても意味が無いだろ?」
「……なるほどね。それで卓也くんはそこからどうやって治療を?」
「アプローチを変えて、視力の強化、脚力の強化をしてやったんだ。そうすることで結果的には視力と脚力の回復になったってワケだ」
嘘は言っていない。
水鳥の数値を弄って視力と脚力を向上させたが、その過程は俺流の強化と言っていい。
強化系能力者が居たとして、同じような治療が出来たかは分からないけど。
「ふーん…治療能力じゃないあたしには理解できないけど。ま、いいわ」
完全にスッキリはしていないようだが、話題を終了させるくらいには納得してくれたようだ。
「それより、早く食っちまえ。不味くなるぞ」
「それもそうね」
俺が促し、ようやくなごみは持ってきた親子丼を食い始める。
それにしても朝からボリュームのあるモン食ってるな…
俺は持って来ておいたお茶をズズっとすすり、時計を見る。
時刻は8:45。穏やかな朝だ…
今日は丸一日自由に使えるというので、少し楽しみにしている。
もちろん事件について出来る範囲で進めておくのも良いが、この特対内部にある充実した設備を使わない手は無い。
ジムには行こう。あとサウナとプールもいいな。
体を動かしたらランチはボリュームのあるものを食べたいな。
トンテキと…チャーハンもいっとくか。楽しみになって来た…
数時間後の飯の事をもう考えていると、またしても俺に近付いてくる人影があった。
視線をそちらにやると、意外な人物と目が合う。
「志津香じゃん」
「おはよう、卓也」
昨日一緒に戦った竜胆志津香が俺の方に来ていた。
彼女も俺と同じで今日は非番か。
個別な仕事とやらも入っていないらしい。
「志津香も飯か?」
「違う、もう食べた」
「そっか。ここへは何しに?」
「卓也に渡しに」
「え"!?」
「…ん?俺に何かくれんの?」
志津香は俺に何かをくれるためにわざわざ食堂まで足を運んだらしい。
ていうか、隣のなごみがやけに驚いているのは何なんだ?
まあいいか。
「コレ…」
「これは…」
「お弁当」
「弁当?」
志津香が渡してきたのは、可愛いパステルブルーのハンカチに包まれた弁当だった。
結構大きい箱だ。重さもまあまあある。
男の俺が食っても割と満足できそうな量だぞこれは。
しかし俺は根本的な疑問を口にする。
「何故俺に弁当?」
「お礼」
「お礼…って昨日の怪我の治療の件か?」
「そう」
なんと志津香は、律儀に怪我を治したお礼に弁当を作ってプレゼントしてくれるというのだ。
よくできた子だ…他の人からは全く何もないのに。
だからこそ逆に申し訳ないな…。
「ありゃあ仕事だからさ、わざわざ良かったんだぞ。お弁当なんか作ってくれなくても」
「…迷惑だった?」
「いや、スゲー嬉しい」
「………そう」
いつだって女の子の手作り弁当は嬉しいもんだ。
しかもこんなかわいい子が作ってくれたのなら、喜びもひとしおよ。
俺も真里亜には弁当を作ってもらった事はあるが、アレはこういうのとは違うからな。
(真里亜の学校の男子が貰ったら泣いて喜ぶのだろうが)
トンテキとチャーハンは夕飯だな、うん。
「どうぞ」
「おう、ありがとうな…ん?」
俺は志津香から弁当を受け取ると、志津香の指に絆創膏が巻かれている事に気が付いた。
「指、怪我してるじゃないか。貸してみ」
「あ…」
俺は志津香の両手を取ると、能力を使い治療を行った。
もしかしなくても、弁当を作るために負った怪我だよな。
済まないな。
「治ったぞ」
「………ありがとう」
志津香は自分の両手を抱え込んでお礼を言った。
何やら顔が赤いな。流石にここで手を取っての治療は恥ずかしかったか?
「いや、俺の方こそ怪我してまで作ってもらっちゃって悪いな」
「私がやりたかっただけだから」
「どうしてまたお礼を弁当にしようと思ったんだ?作り慣れてはいないようだけど」
「なごみが…男の人にするお礼なら弁当以外に無いって」
「え”!?」
なるほど、志津香に入れ知恵をした張本人は俺の近くにいたのか。
だが先ほどから挙動不審だ。
別にアドバイスは隠すような事でもあるまい。
志津香本人がバラしたんだから、いいだろう。
「どうした?さっきからキョドって」
「い、いやいや、別に何でも…!ただ、渡す相手が卓也くんだったなんて思わなかったから…」
「俺だと何か不都合があるのか?」
「いや、そうゆうワケじゃ…ただ美咲が…ゴニョゴニョ…」
先ほどまでの積極的なお喋りと違い、何とも歯切れが悪いな…
あと美咲がどうのこうのって。
「なごみも、もしかして水鳥も今日は非番か?」
「あ、え、ええ。あたしも美咲もA班だから、今日は出撃は無し。明日の大本命の出撃がメインね」
「そうか」
水鳥たちはA班か。
昨日の和久津の話では、水鳥は既に10年前からピースで訓練を受けていたという。
ここにいる2人も、やはり歴は長いのだろうか。
同じくらい強そうだもんな。
一見すると普通の若者に見えるが、警察学校よりも厳しい訓練とやらをずっと受けてきたのか。
「ていうか、ピースでは料理は教わらないんだな」
「よく知ってるわねぇ…機密なのに」
「教わってない」
俺たちはなごみが食べ終わるまでの間、雑談に華を咲かせたのだった。
そして、志津香がふと俺に聞いてきた。
「卓也は、この後は?」
「俺か?一応施設内の見学をしつつ、ジムとかサウナで汗を流そうかなと」
「なら、私も行く。案内してあげる」
「案内か…」
ふむ…これは受けるべきか…?
トレーニングなら一人の方が気が楽だが、調査という意味ではここの施設に詳しい人間が一緒の方がいいかもな。
こっそり内部事情も聴けるかもしれないし。
もし志津香が敵ではないと確信できれば、そのまま仲間に引き入れる事も検討したい。
よし、ここはお願いするか。
「いいのか?ならお願いしようかな」
「わかった」
「それじゃあ弁当を部屋に置いてくるから、志津香はここで待っててくれるか」
「うん」
「あ、じゃああたしはこれで。お昼もここでお弁当食べるなら一緒になるかもね。それじゃ」
「おう」
俺はなごみに手を振り見送る。
そして俺も部屋に戻るため、朝食のトレーを持って立ち上がった。
「じゃあ、すぐ戻って来るからここで待っててくれ」
志津香は無言でうなずくとその場で俺を見送った。
俺は片手で空いた食器などを乗せたトレーを、もう片方の手で志津香から貰った弁当を持ち、食堂の出口へ向かって歩き出したのだった。
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