第85話 ユニコーンの力 (大規模作戦2日目)

「塚田さん!!」


 俺は猛スピードで駆け出し、空から落ちてくる女の子をキャッチするために走っていた。

 後ろから田淵の声が聞こえてきたが今は気にしている余裕はない。

 映画などと違い竜胆はゆっくりと落ちているのではなく、自由落下をしている。

 空から女の子が!と指を差している時間もないのだ。


 見た所、体の半分ほどを失っているがまだ生きている。

 しかしこのまま頭から落ちれば即死してしまう危険性が高い。

 気を失っているようで、自分の力で頭からの落下を防ぐのは難しいだろう。

 俺は速力全開で彼女の元へと向かった。



「よっと…!間に合った…!」


 地面に激突する前に竜胆をキャッチすると、俺は一緒に降って来る瓦礫から彼女を守るように覆いかぶさり、回復を行った。

 俺の頭や背中に瓦礫がガシガシぶつかって来るが、全身を強化しているのでダメージは無い。


「……うっ…」


 竜胆は右半身の多くをくり抜かれたように失っていた。

 さらに建物の壁際には遠くからでも分かる程凄まじい炎熱のオーラを纏っている男が一人立っている。

 最初に聞こえた爆発音はそいつのビームのような攻撃によるもので、その時に竜胆は体の多くを持って行かれ、さらに追い打ちで男のタックルを食らい吹っ飛んだようだ。


 だが今は治療し終わり、竜胆の体はすっかり元通りになった。

 本当に間にあって良かった。


「おい、しっかりしろ」

「ん…」


 俺は竜胆の上半身を支えながら起こし、右手で頬をペチペチと軽くはたく。

 するとゆっくりと目を覚ました竜胆が俺を見る。

 非常に整った顔立ちに綺麗な銀髪・碧眼が印象的な子だ。

 とても前線で戦うような感じには見えないが、これでエース級だというのだから驚くべき組織だ、特対は。


「……貴方は…?」

「医療チームの塚田卓也だ。どこか体に異常はないか?」

「…怪我」

「怪我はもう治した。それ以外でおかしいところはあるか?」

「…平気」

「そうか、よかった」

「……」


 口数少なっ。

 表情を変えずただじーっとこちらを見ているだけなので、心境が分からない…

 しかし本人が大丈夫と言っているのだから大丈夫なんだろう。

 それより問題は…


「おいおい…傷が治ってるじゃねーか…どういうことだァ?」


 俺たちの近くへ降りてきている、例の大幹部さんの処理についてだ。



「おかしいな、確かにその女は俺がぶち殺してやったハズなんだがなぁ…お前が治療したんだな」

「…」


 竜胆は素早く立ち上がると俺を庇うように前に立ち、再び男と対峙した。


「止めとけ。いくら強くてもお前の植物の能力じゃ俺の炎にゃ勝てねぇよ。おとなしく死んどけ」

「…」


 挑発的な態度を取り続ける男と、沈黙を続ける竜胆。

 しかし植物系か…男の言う通り確かに分が悪そうだ。


『セキ君の小隊はまだか!?現在1階正面入り口で交戦中だ。応援頼む』


 無線から衛藤班長の声が聞こえる。

 増援がまだ来ないらしく、声に焦りが含まれていた。

 中は中で余裕が無い様だ。


「チョロチョロされても面倒だな。おら」


 男が手をかざすと辺りにドーム状の"炎の壁"が発生し、俺と竜胆、そして男の三人以外近づけないよう区切られてしまった。


「安心しろ。他の連中も後で炙ってやる…」


 ますますイキり散らしている男。

 しかし都合よく外部からは見えなくなったし、やるか…

 俺はこの絶好の機を逃すまいと、戦闘態勢を取る。

 だがーーー


(なあ、あたしにも手伝わせてくれよ)

(ユニコーン?)


 突然ユニコーンが俺に話しかけてきた。

 もちろん竜胆や相手に聞こえないよう、頭の中に直接語り掛けてきているが。


(急にどうしたんだ?)

(だってご主人、これからアイツを倒すんだろ?)

(ああ、そのつもりだ)

(防御力と耐性を上げて、突っ込んで接近戦を仕掛けるんだろ?)

(そうなるな。まともな道具もないし)


 いつもの投擲武器や剣とか槍でもあれば使ったが、残念ながら今は手元にない。

 とはいえ師匠に鍛えてもらった今の俺なら、回復術師だと高をくくっている相手の鼻っ柱をへし折るくらいワケない。

 ユニコーンの言う通り、強化した腕やナイフで相手の炎を受け止めながらの猛チャージ、からの肉弾戦で一気に決めるつもりだ。


(それはじゃないなぁ…)

(…スマート?)

(アイツを倒したのは目の前にいるお嬢ちゃん、ってことにするんだろう?だとしたらご主人がすすで汚れてたり血を浴びてたら色々と都合が悪いんじゃないか)

(……まあ、一理ある)


 相手の能力の強さからするに、どうしても腕などを犠牲にしながら接近という形を取らざるを得ないだろう。

 そうなると確かに"戦っていない"と言い張るには汚れが目立つか…


(そこであたしの出番よ)

(…と言うと?)

(あたしが相手の攻撃は全部防いでやるよ。あとはご主人が相手を無力化して、お嬢ちゃんに口裏を合わせて貰えば万事オッケー!っていう作戦だ。どうだ?)

(まあ……雑だが…それで行くか)

(やった!ようやくご主人の役に立てるぜ♪)

(別にいいのに…)


 まあでも、これで作戦は組みあがった。作戦と言えるかは微妙だが。

 竜胆にも事前に言っておかないと。


「なあ竜胆」

「…下がって。危ない」

「今から俺がソイツを倒してもいいかな?」

「……何言ってるの?」


 表情は変わらないが、きっと変なやつだなと思われているに違いない。

 医療チームが急に"大幹部は俺が倒す"なんて、イキがるのも大概にしろとでも言いたくなるだろう。


「呆れてるかもしれないが、ここはどうか俺を信じてチャンスをくれないか?」

「…」


 どうだ…?

 駄目なら2人の交戦中に横槍ブスリと行くプランにするけど。

 少しの間俺と竜胆は見つめ合い、そして


「…分かった。アナタの言う通りにする」

「助かる。倒したら竜胆がやったことにしてくれるとありがたいが、それもいいか?」


 黙ってうなずく竜胆。それじゃあありがたく…

 俺は竜胆を下がらせ、男と対峙する。



「…無駄な作戦会議の結果、お前が捨て駒に決定したのか?」

「待たせて悪かったな。キャンプファイヤーは終わりだ」

「キャンプファイヤーだと…?」

「いや、温すぎてサウナかと思ったわ。整うわ~」

「…消し炭決定だ、ボケ」


 男から大量の泉気が吹き出す。

 同時に熱波も放出され、ドーム内を埋め尽くしていく。


(じゃあ頼むわ。あ、竜胆も守ってな)

(分かってるって。むんっ!)


 そう言うと、俺からも大量の気が放出される。

 ユニコーンの術が発動する合図だ。


「おおー…」


 大幹部など目じゃないほどのユニコーンの気が俺を通して放たれ、空間を埋め尽くしていく。

 流石は霊獣の力…この世ならざる存在のパワーは、完全に相手を圧倒している。


「お前…!?」


 男はユニコーンの術が発動する予備動作だけで驚愕している。

 相手が悪すぎたな…南無。


(行くぜー…【断界だんかい天衣てんい】)


 ユニコーンが術を発動させると、俺と竜胆の体を神秘のヴェールが覆った。

 断界・天衣…この世の全てから隔絶する衣。

 これを纏った俺にもうヤツの炎が届くことはないだろう。


 俺は男目がけて駆け出した。


「…っ!消えろォ!!!」


 高密度の炎のビームを放つ男。しかし残念ながら俺には当たらない。

 ビームは俺の後ろの竜胆も素通りし、自分で作った炎のドームを突き抜け外へと出ていった。

 角度的にはショッピングモールの立体駐車場に行ったかな。

 多分職員は誰も居ないと思うが。


 「なに…!?」


 俺は男の攻撃に一切足を止めることなく近づくと、目の前まで迫った。

 その瞬間、ユニコーンが衣を解除する。


「くっ…グボぁ…!!」


 素早く左ジャブを顎に当て、右拳をボディに叩き込んだ。

 男はたまらず口から胃液と思われるものを吐き出した。

 更に間髪入れず左手で男の襟を掴み引き寄せる。

 そして男を一本背負いで投げ、背中を思い切り地面に叩きつけた。


「っは…!!」


 ボディと背中に立て続けにダメージを受け肺の空気を全て出し尽くした男が、声にならない声をあげ沈黙した。

 俺は立ち上がり少しの間様子を見るが、男はピクリとも動かない。

 どうやら無事に無力化できたようだ。

 ジュウドー万歳。



「よしっ」


 竜胆の方を見る。

 俺は念のため彼女の身に何事もないのを確認し、一安心した。

 だが次の瞬間、炎のドームが天井からゆっくりと崩壊していくのが目に入る。


「やばい…!」


 術者を失い維持が出来なくなり、ドームの崩壊が始まっている。

 早くこの男から離れないと、炎の外にいる皆に俺が何かしたように見えてしまう。


「…」


 俺が竜胆の元へ走り出そうとした時、俺の足元から植物のツタのようなものが生えてきて、俺の体に巻き付いた。


「お、おお…おおお!?」


 俺の全身をすっぽり覆うように巻き付くと、竜胆の後ろまで俺を運んだ。

 同時に男の体にもツタが巻き付き、そちらははりつけのようにして男の体を拘束した。

 なるほど…竜胆が俺を守りながら戦い男を倒したように見せる演出か。

 ナイス機転!


「ありがとな、竜胆!」


 ツタで手が動かせないので、俺は笑顔で竜胆に礼を言う。


「お礼を言うのは私…ありがとう」


 表情を変えずに言う竜胆。クールすぎる。


「それじゃあ悪いけど、さっきのは黙っててくれな?」

「分かった」

「助かるよ、竜胆」

「志津香でいい。苗字だと余所余所しい」


 いや、まあ初対面ですけどね、我々。

 本人が良いって言うなら別にいいけどさ。


「分かったよ、志津香」

「…ん。私も卓也って呼ぶ」


 距離の詰め方エグイな。表情1個しかないのに。


(ユニコーンもありがとな。助かったよ)

(なんのなんの!)


 嬉しそうに答える彼女は、やはりすごい霊獣なんだなと改めて実感した。

 虎賀が命を賭けて手に入れようとしたもの。

 俺はその凄さの片鱗を感じたのだった。


「竜胆君!塚田君!」


 炎が解除され、外にいる衛藤班長の声が聞こえる。

 大幹部のコイツを仕留めたってことは、他に強いのが居なけりゃC班の作戦、これにて終了だ。


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