第84話 優先順位 (大規模作戦2日目)
「ホラ、医療チームさん…早く兄貴を治してくれよ…!!ベッドまで運ぶからさぁ…!」
男は特定の誰かに向かって言うのではなく、医療チーム全員に向かって懇願している。
体の約半分を失い、今にも息絶えそうな兄を背負いながら。
兄から流れている血はモールからここまでを点で繋ぎ、生々しい跡を描き出していた。
「4課の…
「4課…」
隣にいる田淵が惨状に言葉を失いながらも俺に説明をくれた。
4課というと開泉者の集まりだったな。見ると2人とも若い。
それに装備が基本的な物だ、まだキャリアの浅い職員なのだろう。
「みなさんも、見てないで手伝ってくれませんか…!?ねえ…」
「…」
治療を終えてこれから戦線に復帰しようとしていた攻撃チームの者にも絡み始める宗谷弟。
治療術師ですらない彼らは、何と言葉をかければいいか分からずただその様子を見る他無かった。
だが攻撃チームの職員の表情が、背負っている兄はもう助からない事を語っている。
この中で回復の見込みがあると思っているのは、弟だけであった。
もう皆助からないと思っていながらも、さっさと切り捨てることができない。
医療チームの面々は回復処理の手が止まり、治療を終えた者も恐らく戻れと命令を受けているが足が止まってしまっている。
一種の停滞状態となってしまっていた。
「…仕方ないな」
いきなり二日目から目立つ行為をすることになるとは思わなかった。
潜入捜査をしたい立場としては平平凡凡な嘱託職員を演じる方が、変に目立つことなく自分の時間も取れて自由に動けるのだが…。
そしてこの数分間の皆の様子を観察して、あの怪我では本来もう助からないと諦めるレベルなのだというのも分かった。
指を再生するだけでも相当な労力を使うのだ。下半身丸々なんて再生している間に死んでしまうのだろう。
その上で、今から彼を助ける。
元より俺に見捨てるなんて選択肢はあり得ない。
医者ではないが、救える命が目の前にあってそれを見過ごすなんて論外だ。
潜入プランは少し変更すればいい。そうだな…もし注目されれば情報を色々集めやすくなるかもしれない。
今日からはフレンドリーに、皆が接しやすく振る舞ってみよう。
そんな脳内会議を手早く済ませると、俺は兄弟に近づいていった。
「おい…無理だ…!塚田くん」
後ろからリーダーの制止が聞こえたが無視をする。
いいから早く手当を続けてくれ、と言いたいがこの状況では難しいか。
まあそれほど緊急性の高い怪我人を受けているわけではないし、いいな。
「………すまねえな、ニイさん…」
手伝おうとしている俺に兄の方が礼を言う。
弟の背中から宗谷兄をゆっくりと下ろすと、地面に横たわらせる。
軽いな…ガタイはかなり良いみたいだが、体の半分を失っているので手に感じる重みが少ない。
「兄貴…医療チームの人が治してくれるからよ…!もう大丈夫だ」
「ありがとよ…でも、もういいんだ。もう助からねえのは自分が分かってる…」
「何言ってんだよ!!」
兄弟での人生最期の時間を過ごす二人。弟が叫び、兄がそれを笑って諫める。
どうか、任務が終わってからゆっくり続きをやってくれ。
「ニイさんも、もういいよ…悪いな…嫌な役をやらせちまって。泉気が勿体ないから、俺のことは放っておいて、もう…」
「っつ…!お前…!!医療チームだろ!?だったら早く治せよ!!」
勢いに任せ俺の胸倉を掴んでくる宗谷弟。近いし…落ち着け。
「よせ…!なぁキミ……悪いけど、俺を邪魔にならない所へ…」
「ほら、治しましたから。おかしなとこないか確認してください」
「「………は?」」
宗谷兄はすっかり元通りになっている足を見て、フリーズしている。
助けろと訴えていた弟までが、信じられない物を見るような目で兄の足を見ていた。
俺は自分にかかっている弟の手を丁寧に外し、時間の無駄にならないようにもう一声かける。
「ホラ、体に異常が無いなら無線で報告してください。今も中で戦ってるんですから」
俺の声を聞いた兄弟以外の職員も、皆一斉に動き出す。
現場復帰を指示された者は現場へ。
重傷だったのが早く完治して、上から"無理をしている"と勘違いされている者は、必死に完治した事を自分の小隊の隊長に説明している。
連絡を取りながらも、走りながらも、目線はこちらを向いていた。
たった今宗谷兄に起きたありえない出来事を反芻するように、何度も何度も。
「塚田さん…」
医療チームの皆も、俺の方を揃って注視している。
驚きと戸惑い…そんな感情が見えた。
そして同じことを言う重傷者が四人現れた事で、指令チームも動き出したみたいだ。
アンテナ車両から一人の男が下りてくる。C班班長【
衛藤班長は車両を降りるとまっすぐこちらへ向かってきた。
その途中に居た、指を切断されていた男をチラッと見て一言呟く。
「確かに、完璧に治っているな」
無線での報告が本当かどうか、実際に自分の目で確かめに来たようだ。
そしてもう一つの確認をする。
「誰かね?君を治療した職員は」
「あ、あの人です…」
男は俺を指さす。
すると、衛藤班長は俺の方を鋭い目で見ながらゆっくりと近づいてきた。
年齢は40代後半くらいだろうか…非常に強い圧を放っている。
鬼島さんとは違い、自分にも他人にもとても厳しそうだ。
人によっては正面に立つだけで委縮してしまいそうなほどの迫力をしている。
「君が、彼や向こうの職員を治療したのかね?」
「ええ、そうです」
「では君は、どれくらいの怪我なら治せるのかね?」
「生きてさえいれば、治します」
「…………そうか」
溜めるなー…この人。
なんというか、間が怖い人だ。
リアクションが遅いから、それを待つ時間が嫌だろうな、部下は。
衛藤班長はヘッドセットでなにやら指示を飛ばし始めた。
『全班員に告ぐ。重傷者の短時間での完治は本当だ。小隊長は医療チームに向かった隊員から復帰の報告を受けたら速やかにそれを受け入れるように。そして転送チーム。息のある者はどんな重傷者でもこちらに送れ。トリアージは"ゼロオンリー"とする。以上!』
衛藤班長の指示に次々と『了解』という応答が聞こえてくる。
話せる余裕のある者が返事をしているのだ。
そして話に出てきたトリアージとは、転送チームがこちらに患者を送る際に行っている優先順位決定のことで、ゼロオンリーは"死亡者以外は全員送れ"の意味だ。
今モール内を駆け回っている転送チーム二人は闇雲にこちらへ人を送っているわけではなく、一定の基準に基づいて転送を行っていた。
先ほどまでは、"死亡者"もしくは"治療しても即時戦線復帰の見込み無し"という者は後回しにし、独歩で医療チームの拠点へは戻れないが戦線復帰の見込み有りの者を最優先に転送している。
その判断基準が解除されたという事は、今まで以上にこちらに送られてくる職員が増えるという事だった。
「塚田さん、来ました!」
早速ひとり、重傷の女性職員が転送されてきた。
手足は右足以外全て折れていて、無数の刺し傷切り傷もある。
呼吸もほとんどしていない。これはもう絶命寸前だ。
これまでの基準なら絶対に転送されてこない職員だった。
「治療の様子を見させてもらってもいいか?」
「もちろんです」
衛藤班長は俺に一声かけると、横で立って見始めた。
他にも医療チームの皆や手当てを受けている軽傷者も、固唾を飲んで俺の治療の様子を見守っていた。
俺は転送されてきた職員の横にしゃがむと、額に手を当てた。
やはり、もうライフがほとんどない。放っておけば5分もたたずに死ぬ。
いつも通りライフを全快にしつつ、他に妙な数字などが無いかを念のため確認した。
が、どうやら問題ないようだ。
「これ…は…!」
顔は見えないが、隣の衛藤班長がとても驚いているのが分かる。
「さあ、治療は終わりましたよ。起きてください」
「ん…」
俺は肩をゆすり、職員の覚醒を促した。
すると徐々に閉じていた瞼が開き、近くにいる俺を確認した。
「あれ…私は?」
「酷い怪我でしたが、治療しました。どこかおかしなところはありますか?」
「え…と…?はい…」
上体を起こし自分の体で悪いところが無いかを確認している。
そして立ち上がり手や足の可動域、全身の傷の有無を確認し、そして
「異常ありません…」
と答えた。
「では速やかに報告と戦線復帰の準備をしなさい」
「あ、は!?分かりました班長!」
動揺する女性。
起きがけの衛藤班長の顔は辛かろうに…
俺は心の中で、つい先ほどまで死にかけていた彼女を悼む。
「何か失礼な事を考えているような顔だが、まあいい…君の力は凄まじいな。事前に練度の報告がされていれば本来ならA班に配属されているような人材だが、今日ばかりはC班で助かった…。見ての通り想定していた以上の敵の数と質で、こちらの被害が大きい。君が居なければ全滅していたかもしれない」
「しばらくこの施設に出入りが無かったと仰っていましたが、転送装置でもこさえていたのでしょうか」
「その可能性が高いな。観測班の見通しが誤っていたようだ。既に応援と、プランの変更は打診してある」
流石動きが早いな。
「しかし攻撃チームからの報告では、施設の5割は制圧できたそうだ。君の治療のおかげもあって、消耗戦ではどうやらこちらに分がある」
作戦開始から1時間あまり。
これだけの広さの施設で想定外の戦力を持つ敵と対峙しているにしては、かなりスムーズな進行具合と言える。
C班とはいえ流石は精鋭部隊だ。
「それでは引き続き班員の治療に当たります。何かあれば指示を」
「うむ。それでは…」
俺と衛藤班長がそれぞれ持ち場に戻ろうとした時、全員に無線が入る。
『指令チームならびに全班員に報告!施設内に【CB】"大幹部"の炎使いを確認!!現在1課の【
「大幹部だと!?本当か!」
『間違いありません!』
隣の衛藤班長が驚いている。
敵組織の大幹部…ということは相当な手練れか。
しかし1課の職員…竜胆さんと言ったか、その人がいれば何とかなるだろう。
できれば師匠や新見兄との修行の成果の、実験台にしたかったのだが…惜しい。
「セキ君の小隊は急いで向かってくれ。水能力で援護するんだ。怪我で動けないなら転送チームは急いで医療チームに送ってくれ。直ぐに治療をする。連絡を取りあって迅速に対応するんだ」
衛藤班長の様子からは、とても余裕があるようには見えない。
その竜胆さんとやらの小隊でかかれば楽勝ではないのか?
「【CB】の大幹部は1課のエース級にも匹敵する戦力を誇る…」
衛藤班長は俺の疑問を察して答えてくれた。
「竜胆君ももちろん強力な能力者だが、相性が悪い…それに炎使いはかなり卑怯な手を使うと聞く。もし他の班員を狙われたら、竜胆君でも庇いながら戦うのは難しいだろう」
「それは…」
俺が言葉を続けようとした瞬間、モールの方から大きな爆発音がする。
「なんだ?」
音のした方を見ると、建物の4階部分の壁に直径1メートルくらいの大穴が空いていた。
さらに続けざまに轟音が響き、大穴の空いていた壁全体が崩壊する。
「竜胆君!」
崩壊した壁の瓦礫と一緒に、宙に投げ出された一人の少女…
1課の竜胆が凄まじい炎熱のオーラを纏った男に吹き飛ばされ、4階から地面に真っ逆さまに落ちていった。
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