第86話 帰還 (大規模作戦2日目)

『4階全フロア、クリア』

『了解。細心の注意を払いながら帰還せよ』

『はっ!』


 攻撃チームリーダーと衛藤班長のやり取りが無線から聞こえてきた。

 C班攻撃チームは、敵将を討ち取ったあとのモール内で残党が居ないか等の調査を入念に続け、とうとう最後のフロアの確認が完了した。

 これでこのショッピングモール内部に【CB】のメンバーは1人も居なくなったことになる。


 それと、読み通りショッピングモール3階の一角には転送能力を使う為の用意がしてあった。

 CBのメンバーは転送能力を使いこのアジトと別のアジトを行き来していたので、事前調査でこのモールは人の出入りがほとんどない【廃棄された拠点】として認識されてしまったのだ。

 今はもう転送能力が使えないよう、発動条件を潰してあるそうだ。


 転送能力と言っても術者によってやり方が色々とあり、【手の中】のヤツはカメラでのリアルタイム映像で出入り口を作る方法だし、【Neighbor】のしまじろうくんは一度行った事のある場所への時間限定移動だ。

 CBの転送能力者の場合は泉気を込めた"マトリョーシカ"との【交換型テレポーテーション】だったらしく、部屋に大量のマトリョーシカが設置されていた。

 また、施設内にマトリョーシカの残りが無いかを調べるのに多くの時間を割くことになってしまった。

 迷惑な話だ…ちょっと不気味だし。



「竜胆さん!!ごめんなさい!!!」


 モールの外では本日一番の功労者である志津香に、同じ小隊の女子職員が大声で謝っていた。

 俺は二人の会話に聞き耳を立てていたのだが、どうやら志津香はあの子を庇って大幹部の攻撃を受けて体の半分を失い外まで吹っ飛ばされたのだと。


 彼女曰く「もうダメかと思った」らしく、1階に下りてきた時の青ざめた表情は俺も忘れられないくらい印象に残った。

 そして俺の治療を受け思いの外ピンピンとしている志津香を見て泣き崩れ、今に至る。


「もういいから」

「でも…!」

「私は平気。卓也のおかげ」

「…はい」


 名指しされ女子職員が俺に視線を移す。

 聞き耳を立てていることが悟られぬよう、俺は治療に専念した。


 今医療チームは怪我をした職員の治療がようやくピークを超え、落ち着き始めたところだ。

 大幹部を倒した後も作戦は終わりではなく、施設内のCBメンバー掃討はしばらく続いた。

 施設内部にいる敵が概ね居なくなると、比較的軽傷の者はそのまま細かい確認に移り、ダメージや疲労が大きい者は確認作業を一旦止めて医療チームの拠点に来る、という動きをしていた。

 なのである瞬間から医療チームの拠点には職員が大勢来たのだった。



「すっげえんだよ!俺なんかココ(腰)から下がなくなってたのによぉ!塚田の能力で、ホレ、この通りよ」

「すげえ…」


 衛藤班長の指令と宗谷兄が吹聴しまくったおかげで、俺のところには職員が殺到した。

 特に、普段なら緊急手術が必要だったり退職を迫られるほどのダメージが完璧に治るとあって、希望者が爆増した。


 何でも、自然治癒力の強化による回復は見たことがあっても、「腕が生える」ような治り方というのは誰も見たことが無く、の治療は大勢に見られながら行う羽目になった。

 本人も治る様を見て喜んでいたという緊張感の無さでな。


 そして、最後に戻って来た小隊の治療も全て終わり、いよいよC班の作戦終了の時が来た。



「えー諸君…まずは無事に作戦の終了が迎えられたことを嬉しく思う」


 衛藤班長が班員たちの前で話し始める。

 C班全チームが集合し、耳を傾けていた。


「想定外の敵戦力、そして大幹部の出現と状況は極めて悪かったが、竜胆職員をはじめ多くの班員の尽力もあって最終的には死亡者はおろか怪我人ゼロの状態で帰る事ができる。これは奇跡と言っても過言ではない」


 班長の表情は依然変わらないが、話を聞き班員たちはそれぞれ近くの者と顔を合わせ口々に「やったな」「よかった」等と達成感を共有していた。

 しかしざわめきが大きくなりそうなタイミングを見計らい、班長が咳払いをする。

 それを合図に再び静寂が訪れ、話を聞く環境が整った。


「えー、間もなく特対本部から回収班、そして調査班が到着する。それと入れ替わりで我々は特対本部へと帰還する。最後まで気を抜かず、本部に帰るまでが任務だという事を忘れずに」


 班長のジョークにドッと笑いが起きる。

 あれ、こういうこと言う人なんだ…。意外だ。

 そして周りも「またまたー」とか「遠足かよっ!」と囃し立てている。

 昔からの付き合いがある正規職員は班長の事をあまり怖がっていないのか。


 ちなみに間もなくここに到着する"回収班"とは、今回の作戦で捕まえたCBメンバー総勢85名を品河の収容施設に送るための班である。

 数が数なので当然車だけでの運搬は現実的ではなく、転送能力者を中心に組まれた班がアサインされた。

 現在炎使いを始めとした全てのメンバーは泉気の発生を抑える特殊な薬を打ち込まれ、体を拘束具で包まれている。

 これらを転送した後、向こうでそれぞれ処理されることになっていた。


 もう一つの"調査班"とは、ショッピングモールからCBの情報を調べるための班である。

 先ほどまでC班が行っていた調査は、潜伏している敵や罠の有無など、調査班が安全に調査をするために邪魔な要素を排除する、言わば"調査の前の調査"に過ぎない。

 本格的な情報の収集はこれから調査班の手によって行われるのだ。


 そして程なくして、複数台の車両がショッピングモール内に入って来た。


「…っと、言っている間に到着したようだ。それでは引継ぎがある各チームのリーダー以外の職員は先に車に乗り込んでいて構わない。作戦内で起きた事で、何か伝え忘れた事のある者は速やかにチームリーダーに報告するように。以上」


 班長の号令で多くの職員はゾロゾロと自分の乗って来た護送車に入っていく。

 リーダーたちは今到着した班の代表に現在の施設の状態や中にいた敵の情報などを伝え、調査に活用してもらうよう報告した。

 代表以外の者はテキパキと調査や転送に必要な準備を進めていっている。


 時刻は現在16:30を回ったところだ。

 夏なのでまだまだ外は明るいが、暗い中での作業が出来るよう大型の照明の設置や、転送能力の為の謎の道具が準備されていった。

 俺はすぐには護送車に乗らず、しばらく準備の様子を見ていると田淵から


「塚田さん、乗りましょう」


 と声をかけられたので、一緒に車の中へと入っていった。


 少しして報告を終えたリーダーたちがそれぞれの車に戻り、17:00少し前に俺たちはショッピングモールを後にした。

 帰りの車内では、転送チームと医療チームから俺の事を色々と聞かれ、気付けば大勢でワイワイと雑談になっていた。

 俺の事は適当にはぐらかしながら…


「…」


 しかしリーダーだけが特対本部までの道すがら、一言も発さなかった。






 _________________







 20:40

 東京にある特対本部に戻った俺たちC班は、ここでも簡単な打合せをした。


 内容は、個別で仕事の無い者は明日は出撃無しで一日フリーだということ。

 リーダーは今日の報告書を明日の正午までに班長にメールすること。

 その他簡単な事務連絡が何点か伝えられた。


 俺に関係する内容は、明日がフリーという事だけだった。

 ようやく明日はメインの【和久津 沙羅】の死の真相についての調査ができそうだ。

 何も頼まれないといいが…

 あと、この施設内にはトレーニング器具とかプールのあるジムがあるらしい。

 是非とも行ってみたいな。


 明日の予定を脳内で考えながら、俺は食堂で一人とんかつ定食を食べていた。

 今日は田淵からの誘いは無く、俺から誘う理由もないので打合せが終わったその足で食堂へと来た。

 周りを見るとやはり若い職員が多くいるように感じる。同じ班の人間は…ほぼいないな。

 今ここにいるのはA班・B班所属のエリートばかりなのか、それとも今回の作戦にはアサインされていないだけなのか…見た感じでは当然分からない。


「ごちそうさまでした…」


 俺は夕食を済ませ、部屋へ戻ろうと食堂の入口へ向かった。

 すると


「塚田くん、ちょっといいか?」

「…リーダー」


 医療チームのリーダー、都築が俺を呼び止めた。


「なんですか?」

「…何も聞かずにこれから俺と一緒に来てくれないか…頼む」

「はぁ…」


 突如一緒に来いと言いながらも、何故か理由を言わないリ-ダー。

 何を言っているんだ…訳がわからん。

 もちろんこんなお願いは断って然るべきだ。


 べきなのだが…もしコイツが"和久津 沙羅"の関係者だったらどうする?という可能性が浮かんでくる。


 これは渡りに船ではないだろうか…と。

 都築は俺の目的が和久津であることを何らかの方法で知って、俺を消しに来た刺客だった…としたら真実に一気に近づけるチャンスだ。

 あえて敵の懐に飛び込むというのは危険だが、俺にはユニコーンもいる。

 余程のことが無い限り、やられることは無いだろう。


(もちろん、あたしがご主人を守るぜ)

(頼もしいよ)

(へへ…)


 ユニコーンもこう言ってくれているし、ここは飛び込もう。


「まあ、じゃあ…いいですよ」

「本当か!?」


 俺は渋々引き受けたふりをして都築に付いて行く事にした。


「じゃあ、俺に付いて来てくれ。行こう」


 そして都築は足早に俺をどこかへ案内し始めた。







 _________________








「ここは…?」


 俺は都築に連れられ、特対本部の12階に来ていた。

 本部の高層階は確かピース出身者の居住区だったはず。

 ということはこの部屋も職員の誰かが住んでいるということになるのか。


 ドアには【水鳥みずどり 美咲みさき】という名前のプレートがかけられていた。

 1課か4課の職員ってことだよな。

 今のところ、この名前に聞き覚えはない。


「ここはね…"1課の姫"が住んでいる部屋なんだよ…」


 リーダーは俺に、この部屋の住人について告げた。

 姫…何かの愛称か、それとも蔑称か。

 情報が少なすぎて分からないな。



「スミマセン、嘱託の都築です!先ほど話した職員を連れてきました!入室の許可を頂けますでしょうか!」



 リーダーがドアをノックし外から部屋の中へと確認する。

 果たしてこれは罠か、それとも別の何かか…


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