第81話 出撃前夜 (大規模作戦1日目)
「ここが塚田さんの部屋ですね」
入職手続き時に教えられた部屋番号を田淵に伝え、案内してもらった部屋の扉には確かに【塚田 卓也】と書かれたプレートが付けられていた。
特対専用施設、その6階603号室が作戦中の俺の住まいのようだ。
この施設、5階から上が宿泊・居住スペースとなっており、低層階に俺みたいな嘱託や、外に家はあるが任務で長期間帰れない正規職員が一時的に住むホテルのような部屋がある。
その為部屋の中には家具やベッドといった最低限居住に必要な物が最初から揃えられていて、利用者は着替えさえあれば滞在が可能になっていた。
高層階は外に家を持たない職員、主にピース(特対訓練施設)出身の者などが住まう、マンションのような部屋になっているらしい。(清野談)
部屋の家具や内装などは利用者の好みによって変えて良いらしく、人によって個性が出るのだとか何とか。
風呂やトイレはもちろんキッチンも付いていて、自炊する事も出来る。広さも低層階の部屋より広い。
田淵も実際に高層階の部屋には入ったことが無いらしく、その話が本当か確かめる手段がなかったが、まあ清野がそんなウソを言うとは思えないしきっとそうなんだろう。
手続き時に受け取ったカードキーを使って部屋へと入ると、俺が持ってきた荷物がテーブルの上に置かれているのが見えた。
朝預けてから誰かがこの部屋へ運んでくれていたようだ。
荷物は着替えと、ちょっとした文房具。そして鍵や財布などの貴重品くらいだ。
警察外部の人間である嘱託職員は、スマホやPCといった電子機器・記憶媒体の類の持ち込みは禁止されていた。
他にも情報漏えいに繋がるような物を誤って持ってきてしまった場合、手続き時に預けなくてはならない。
俺は事前に清野から何が持ち込みOKで何がNGかを聞いていたので、今回は最初から余計なものは一切持ち込んでいない。
おかげで、武器であるパチンコ玉も花火も持ち込めなかったがな…。
仕方ないから武器は現地調達するか…というか、支給品みたいなのありそうだよな。警棒とか。
もしも調べものがしたい場合は共有スペースや談話室にフリーのPCが置いてあるので、そこで済ませる。
ただしそのPCはフィルターがガチガチにかかっていて、メールなどは当然できず最低限の検索しかできない仕様になっていた。
いかがわしいサイトの閲覧も当然NGだ。
ここに来る前に定期連絡はどうするのか清野に聞いたところ、4日目にこちらへ来る用事があるらしくそこで口頭で伝えろとのことだった。
ちなみに、正規職員は普通にスマホもPCも持っているそうだ。(購入の際に検査はあるが)
考えてみりゃ、そりゃそうか。住み込みでネットが使えないなんてキツイもんな。
「中は、私の部屋とほとんど変わらないですね」
「そうなのか?」
部屋の中はベッドが1つに40型の液晶テレビ、そしてテーブル1つと椅子が2脚。
入り口の方にはユニットバス、クローゼットに姿見と、まるで広めのビジネスホテルみたいなつくりだった。
キッチンはないので自炊はできず、洗濯は各階のランドリースペースで行う。
電話機はあるが使用できるのは内線のみで、内線表が横に置かれていた。
しかし○○号室の内線番号とは書かれているがその部屋に誰がいるかまでは書かれていないので、仲良くなったら部屋番号をその人から直接聞いて、それから内線しろということらしい。
ぶっちゃけ4泊5日の滞在ならかなり快適なんじゃないかと思う。
ご飯も食堂があり3食そこで食べることができる。
施設内での支払いはほとんど部屋のカードキーで済ませることができ、最終日にキーを返却すると期間中に使用した分が報酬から天引きされるようになっていた。
報酬は、まず基本給が1日40,000円入る。
俺の場合は今回居るだけでも40,000円×5日で200,000円も貰えるのだ。
加えて"出撃手当"というものが付く。
これは作戦で敵地などに出向いた際に支払われるもので、ポジションによって金額も変わる。
俺は後衛の医療チームなので、1回の出撃手当が40,000円。
最も危険な攻撃班などは出撃するごとに100,000円も貰えるらしい。
俺は1、2回出撃するだろうから、40,000~80,000円の出撃手当が付き、そこからカードキーの精算分が引かれても最終的な報酬は5日間で250,000円前後の予定だ。
清野への借りを返すついでにちょっとした小遣い稼ぎも出来て嬉しい。
報酬に関しては他に"作戦外手当"というものがあり、期間中今回のメインである【CB掃討作戦】以外の、例えば誰か正規職員にお手伝いを頼まれて出撃後や出撃の無い日にすると貰える事があるそうだ。
金額も内容も頻度も不定期で、しっかりとした定義もない。
最終日にこちらが申告した内容と依頼した職員が申告した内容が一致したら、そこからどれくらい予算を割いてくれるかが決まり振り込まれる。
こちら側は振り込まれるまで金額は分からない。
手続き時に言われたのは、正式な手伝いじゃない"ちょっとしたお願い"で済ませる職員もいるらしいので、目安として2時間以上、できれば1時間以上その作業に時間をかけたら申告してほしいとのこと。
俺の場合は、足を挫いたとか、家族のケガをちょっと治してとか、そんな小間使いが発生する可能性があるらしい。
「よっと…」
俺の部屋に入り、椅子に腰かける田淵。
そしてーーー
「ランドリースペースとか大浴場とか案内したら、そのまま夕飯一緒に行きません?」
と提案してきた。
「うん、いいよ。むしろ案内してくれるのはありがたいし」
「決まりですね!じゃあ15分後に行きましょうか。色々と部屋の中見たり荷物の整理とかありますもんね」
「そうだね」
「私ココで待っててもいいですか?部屋に戻るの面倒で…えへへ」
「もちろん。テレビしかないけどくつろいでいてよ」
「はーい」
そう言うと田淵は背もたれに思い切り寄りかかり、伸びをした。
体を仰け反らしているため、とても胸部が強調されている。
男の部屋で無防備な姿を晒してまあ…リーダーもこれの虜になったワケか…罪な子だ。
俺はアルプス山脈を横目に、荷ほどきと部屋のチェックをしたのだった。
________________
田淵に使いそうな施設の案内をしてもらい、そのまま夕食を2人で済ませた。
俺は塩ラーメンを食べたが、クオリティが非常に高く驚かされた。
あの味で600円なら、家の近くにあれば滅茶苦茶通っちゃうぞ。
今日食べた塩ラーメンは"中華コーナー"で提供されており、他にも醤油や味噌、とんこつ、担々麺など他の味の麺から、さらにチャーハンや天津飯や中華丼のご飯ものや回鍋肉や青椒肉絲などの定食系も取り揃えていた。
しかもしかも、和食コーナーと洋食コーナーもあり、それぞれが中華と同じくらいの品目数だった。
常時これだけのクオリティと品目を備えているなんて信じられない。
力の入れようがハンパないぞ…
あと4日間では到底食べきれないのが非常に悔しい。
食べていて気付いたのだが、食堂には若い職員が多いように感じた。
食堂を利用しているのが主に俺みたいな嘱託と、ここに住み込んでいるピース出身者だと言っていたので、若い連中の多くは後者の職員だろう。
彼らは18歳になるまで施設で地獄のトレーニングを受け、そこから正規警察職員へとなる。
能力に覚醒した者は1課か4課に配属となり、覚醒しなかった者は特対以外の組織へと行く。
ピースの歴史がどれだけなのかは知らないが、ここに住み込みしている者の年齢が低くなりがちなのはその仕組みがあるからだ。
情報収集をするなら年上のおじさんとかの方が取り入りやすかったのだが…
明日は少し夕食の時間をずらしてみよう。
「ふぅ…」
俺は田淵と別れ自室に戻ると、そのままベッドに仰向けに倒れる。
いつもと違う天井、壁、ベッド…
だが、考えをまとめるのに支障はない。
C班は明日ショッピングモールへ行き、大規模組織【CB】の情報収集と末端構成員を狩る。
班の内訳は攻撃チームが40人・転送チームが2人・医療チームが5人・指令チーム3人の計50人。
重要拠点ではないということであまり力は入っていないみたいだが、どうなることやら。
そして医療チームの仕事は怪我人をとにかく治す。それだけ。
先ほど田淵から聞いた話も合わせて、ここはかなり適当なチームだ。
大きな要因はリーダーの都築の管理のせいだが、他の二人も意識はそれほど高くない。
能力の練度は明日実際に見ることが出来れば分かるが、とても能力犯罪者と相対する覚悟があるようには見えない。
これまでの仕事で危険な現場に行かなかったからだろうか。
まあそうは言っても、表向きの仕事の方は問題ないとは思う。
肝心の"1年前に自殺した清野の同僚:和久津の調査"の方がよっぽど重い。
コモリヤナツミという人物の名前が隠されていた遺書の謎を解くための潜入調査。
手がかりは今のところその名前だけ。
そして一定条件を満たした者にかかってしまうという"思考阻害"の能力。
これにより清野は自分で調査をすることが出来ず俺に頼んできた。
和久津の自殺に疑問を抱かせる一番の要因が、この認識阻害能力。
発動中ということなので術者が生存している可能性は高く、そんな術を使う理由があるのは"自殺に見せかけたい殺人犯"か、"死んだという事にしたい本人"のどちらかだと踏んでいる。
前者だと和久津はもう死んでいるが、後者であればまだ生きてどこかに潜んでいるということだ。
だが前者の可能性を考えると、コモリヤナツミについて聞く相手も慎重に選ばなければならない。
後者だと、和久津は能力探知能力のハズなので協力者がいるハズだ。
どちらにせよ、今の時点では何も分からなかった。
「はぁ…」
深く呼吸をする。
清野も中々ハードな事を頼むもんだ。
まあ横濱ではそれだけ助けてもらったから文句は言えないが。
『あたしも手伝おうか?ご主人』
突如聞こえた声の主は、霊獣:ユニコーンだ。
ひょんなことからマスターとなり普段は俺の瞳の中に住まい、こうして話し相手にもなってくれる。
今ではすっかり仲良しで、大事なパートナーだ。
「…いや、大丈夫。やるだけ自分でやってみるよ」
『そう?しかしご主人も変なヤツだよなー。霊獣のマスターになったなら、色んな事ができるのに。全然あたしの力を使おうとしないんだもん』
「何回言うんだよ、ソレ」
散々繰り返された会話。
ユニコーンが言うには霊獣とはどの種も凄まじい神秘の力を持っているらしく、手に入れたのに力を使わない俺は相当おかしい!今まで見た事無い!と何度も言われている。
俺はユニコーンが何が出来るかすら聞いていないのだ。
というのも、便利な力・過ぎた力は時に人を狂わせる。
数値の能力ですら凄い力なのに、その上で短期間にユニコーンの力まで得てしまっては一体どうなることやら…
俺がこの力に負けずにいられるかをまだ俺自身が見極められていないので、当面は頼るのを禁止にしていたのだ。
一応、ヤバイ時は助けてねと情けない保険をかけてはいるが。
「こうして話し相手になってくれるだけで楽しいし、悩みを解決する助けになってもらっているよ」
『…そ、そうか?』
ちょっと照れているユニコーン。かわいい。
「それより、どう思う?あの遺書」
『…うーん、そうだなぁ…あの画像からは泉気の残滓は確認できなかったぜ。能力がかけられているとしたら遺書の原本か、あるいは…』
「警察内部に、清野に直接能力をかけたヤツが居るか…」
『だな』
ちなみに、清野にかかっている能力を解除しようと試みてはみたものの、俺は認識阻害能力に関する"数値"を捉えることが出来ず失敗している。
まあ命に危険があるわけではないし、一旦後回しにした。
『一先ずはご主人の予定通り、例の人物を探すところから始めるので良いと思うぜ。もし同名の職員が居れば、そいつが犯人か本人だな』
「…だな」
果たしてコモリヤという人物は、文面通り亡くなった和久津のことなのか。
それとも真実に近づこうとする者をおびき寄せたい別の人物なのか。
結局ユニコーンと相談しても、現時点では分からないことだらけであった。
これ以上は考えても埒が明かないので、明日に備えて今日は寝る事にした。
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