第80話 C班医療チーム (大規模作戦1日目)
『えーそれではC班の全体ミーティングは以上。この後"各チーム"ごとに分かれて細かい打合せを進めるように。チームリーダーはメンバーを各会議室へ誘導。それでは一先ず解散』
C班の班長が合図をし、全体での会は終了となる。
結局清野に頼まれ俺は今年の夏休み3日間を今日から取得し、合計5日間の休みで特対の潜入捜査をする事に決めた。
そして清野と、恐らく鬼島さんの手引きで、俺は治療能力持ちの嘱託職員として今回の大規模作戦に潜り込むことが出来たのだった。
俺はこれから"C班:医療チーム"として動くことになる。
期間も短い上に、自由な時間もどれだけあるか分からないが、出来るだけの調査はやろうと思う。
1年前に起きた清野の同僚の不可解な死…その謎を解くため。
清野は僅かな手がかりでも良いと言っていたが、やるからには解決に至りたいものだ。
「医療チームは俺に着いてきてくださーい」
30代前半くらいの男が呼びかけ、大会議室にいた何人かがそれに続いて部屋を後にした。
俺もはぐれないように急いでその後を付いて行く事にする。
途中までは他のチームと行き先が一緒だったようで同じ方向に進む人が多く居たが、どんどん周りから人が減っていき最終的には5人になった。
チームリーダーは30代前半くらいの男、もう1人の男は20代前半くらいかな?やせ形の少し気弱そうな感じだ。
女子はかなり若く見えるのが1人いて、もう片方はおばさんだ。40代…後半くらいか。一番年上だろう。
そして最後に俺の、全部で5人という内訳になっている。
俺がみんなの一番後ろを歩いていると、若い方の女子が速度を落とし俺の隣に並び話しかけてきた。
「はじめまして。お兄さんも治療系能力なんですか?」
「そうですね。そういうあなたも?」
「はい、同じ治療系です。私は嘱託として入るのは3回目ですけど、お兄さんはこれが初めてですよね?見た事無いですもん」
「ええ、初めて参加させてもらいます。色々分からないことがありますが、よろしくお願いします」
「こちらこそ…あ、敬語じゃなくていいですよ。私の方が年下だと思いますし。私は【
「そっか。じゃあ遠慮なく。俺は塚田卓也、年齢は26歳だ。よろしく」
田淵と名乗る女子はかなりフランクに接してきた。
その後もミーティングルームに到着する少しの間で彼女の事について色々と話してくれた。
話の中で分かった事は、彼女は大学に通う費用をこういった仕事で稼いでいるのだという。
能力者だと発覚してからも親御さんとの関係は良好で、特定の組織には所属しておらず、"一般人寄り"の生活を続けているようだ。
俺とはスタンスが似ているなと思う。
彼女の話は、無機質な廊下を移動するだけの時間に多少の彩りを添えた。
そして程なくして医療チームが打ち合わせをするための会議室へと到着する。
リーダーに続き部屋へと入ると、中には2人がけの長テーブルが縦に2つ横に1つの長方形に配置されていた。
一番奥にはホワイトボードが1台あり、その横には電話機が配置されている。
よくある簡素な会議室という感じだ。広さもそんなに無い。
リーダーが一番奥のテーブルに座り、気弱そうな男とおばさんがリーダーの一つ手前のテーブルに左右それぞれ座る。
俺は気弱そうな男の隣のテーブルに座ると、田淵が俺と同じテーブルの隣の席に座った。
そしてこっそりと耳打ちでーーー
「分からない所は補足説明しますんで、安心してくださいね」
と言ってくれた。
俺は礼を言うと、リーダーが打合せの進行を始める。
「えー、医療チームは全員揃っているようなのでこれから打合せを始めます。ほとんどいつものメンツですが、一人新しく入った人が居るので自己紹介から。俺はC班医療チームのリーダーをします【
リーダーの都築は簡単な紹介を終えると、自分の次におばさんを指名した。
「えー、アタシは【
「じゃあ河合くん」
「あ、はい。ボクは【
「彼は薬学部の5年生なんだ。じゃあ次、田淵さん」
「はい。田淵凛、大学2年生19歳です。能力はリーダーと同じ治療系です。よろしくお願いします」
ほぼ皆俺の方を向いて自己紹介をしていた。
リーダーが言うように俺以外の皆は既に何度か一緒に仕事をしていて旧知の仲らしく、勝手知ったるという雰囲気である。
まるで俺が新入社員として入って来たような気分だ。
そして俺の自己紹介の番が回って来た。
「じゃあ最後に、塚田くん」
「はい。塚田卓也です。お二人と同じ治療系能力です。参加するのは今回初めてですが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
周りから、よろしくと声が聞こえた。無難に終わってよかった。
「キミ、何か格闘技やってるの?ガタイいいね」
リーダーが質問をしてきた。
「ええ。護身術を少し…」
「そうなんだ。じゃ、明日の作戦について説明するね」
「はーい」
「は、はい…」
リーダーはそれほど興味も無かったらしく早々に会話を切り上げ、明日行われる大規模作戦についての説明を始めた。
俺としても深堀されなくて良かったと思うが、多少感じは悪い印象だった。
「…都築さん、いつもあんな感じなんで…気にしないでいいですよ」
「そっか」
着席した俺に隣に座る田淵が耳打ちで補足説明をしてくれた。
どうやら彼女もリーダーにはあまり良い印象を持って無さそうだ。
「さて、先ほどの全体ミーティングでもあったように、明日は【CB】の拠点の一つをC班で叩きに行く。そこで我々医療チームは後ろで負傷者の治療などを行う…が、明日向かう場所にはおそらく敵はほとんど居ないと思われる。何か月か前まではメインで使用されていた拠点のようだが、今はもう放棄されているというのが組織の見解だ」
「か、観測系能力で視てても、ここ数カ月出入りがほとんどなかったんですよね」
「ああ。居るとしてもそこを宿代わりにしている末端構成員が何人か居るくらいだろう。敵の本命の拠点には明後日A班が攻めに行く」
リーダーの話している最中に隣の田淵が補足説明をしてくれる。
「A班ていうのは、特対の1課っていうエリート集団を中心に構成された今回の主力部隊なんですよ」
「…へぇ。そうなんだ」
もちろん1課の存在は知っているが、知らないフリをする。
「ですです。ちなみにC班は今回1課の職員は1人しかいなくて、あとは2課と3課と4課と…このチームみたいな嘱託職員がほとんどです」
「あれ、ここにいる全員嘱託なの?」
「そうですよ」
知らなかった。
リーダーとかめちゃ偉そうだけど、嘱託だったんだな。
別に先輩であるから立場はどうでもいいんだけど、正職員が一人もいないチームで大丈夫なのか、という不安はあった。
まあここでどんなに考えていても仕方がないので、俺はリーダーの話に耳を傾ける事にする。
「ぶっちゃけてしまうと、明日の調査は、まあそんなにヤバイ連中もいないから、俺たちみたいなチームでも問題ないと判断してのことだ。だからそんなに気を張らなくても大丈夫だ」
「よかったわ」
「う、うん」
「あと明日は珍しく転送チームが居るから楽だぞー」
「やった」
打合せと言うよりも雑談に近い形でリーダー、おばさん、気弱が話を進めている。
とても弛緩した空気となっていた。
ていうか、何だ転送チームて…俺にもわかるように説明しろ。
「転送チームって言うのはですね…」
俺の心を読んだのか、田淵がまたしても補足説明をしてくれた。
「独歩で戻れない怪我人を医療チームの拠点に送ってくれる転送系能力者のチームの事なんです」
「あー、なるほどね」
「明日行くショッピングモールは広いので、怪我人を回収しに行くのが凄い大変なんですけど、転送チームが居てくれると常にその人たちが施設内を動き回って必要な人や物を拠点に飛ばしてくれるんで大助かりなんです」
回収班か。そりゃ便利だ。
そしてリーダーの口ぶりからするに、普段は転送チームが居ない中で仕事をしているって事か。
まあ、あまり期待をされていないっぽいからな、
「まあ連絡事項はこんなところかな。他に何か聞いておきたい事ある人ー?」
もう終わりか…
なんかあまり大したこと話していないような気がするが。
「じゃあ無いみたいだから解散で。明日は7時半にさっきの大会議室に集合だから遅れないでね。あと田淵さん」
「はい」
「塚田くんをさ、施設とか部屋とか案内してあげてよ。わからないだろうからさ」
「…はい」
「じゃ、解散~」
リーダーの号令で会議は終了となり、真っ先に退出したリーダーに続いておばさんと気弱もこの部屋を出ていく。
そして会議室には俺と田淵の二人が残されたのだった。
俺はとりあえず部屋に備え付けられている紙ナプキンとアルコールでテーブルと椅子を拭き始める。
部屋の壁に『使ったらキレイに』と張り紙がしてあるからだ。
田淵も半分を担当してくれ、俺たちは黙々と掃除をした。
だが少しすると、田淵がポツリと漏らす。
「ほんとムカつきますよね…」
「…リーダー?」
「です。全然仕事しないくせに、『俺はリーダーだぞ』って顔しちゃって…」
確かに、嫌われるタイプの上司ではある。
態度云々はいいとして、必要最低限の情報共有はしてもらわないと俺も困る。
それに戦いは何があるか分からないのに、リーダーが率先して緩い空気を作るのはどうかと思う。
敵は、こっちの予定通りに動いてはくれないのだから…
「今だって、案内も説明もこっち任せで…!全く…」
「…あのさ」
「はい?」
「間違ってたらごめんなんだけど…リーダーとなんかあった?」
「…」
沈黙。
どうやら俺の予想は当たっていたらしい。
リーダーは確かに嫌な態度をしているが、普通にしていたら普通に接してくるように思えた。
おばさんと気弱に対する態度が良い例だ。
かと言って田淵が積極的に仕事を押し付けたくなるようなイヤな子でも無い。
悪いが、どちらかと言えば仕事を押しつけるなら気弱の方がやりやすい。
とすると、過去に何かあったとしか思えなかった。
「あー…分かりますか?」
「まあ…なんとなく」
「はぁ…。実はですね、前回の大規模作戦の時も一緒のチームだったんですけど…」
「うん」
「私あの人に言い寄られまして。丁重にお断りしたんです」
「あー…」
そりゃあ何とも、可哀想に。
女子が自分に脈が無いと知って、急に冷たくなる人いるよね。
田淵からしたら災難以外の何物でもないけれど。
「それまではすごく優しかった?」
「当たりです。でもお断りしてから、急に冷たくなって…今回みたいにちょっとした仕事を押しつけてきたり、そっけなかったり…。いや、そっけないのはいいんですけどね。私も別に楽しく喋ってたわけじゃないので。ありえないですよね、おじさんが女子大生を狙うとか…!」
田淵はかなりご立腹の様だ。
「まあ、おじさんという部分は耳が痛いな」
「え、塚田さんは全然そんなおじさんじゃないですよ!」
「でも多分、キミよりリーダーの方が歳が近いよ、俺」
「うーん、何て言うんでしょう…私あの人のスタンスがイヤで」
「スタンス?」
偉そうな態度の事だろうか。
「あの人、正規職員の前ではすっごいヘコヘコするんです。特に1課。で、手柄は全部自分の物だーって感じで。あわよくば正規職員にしてもらおうとでも思ってるんですよ」
「頑張ればなれるんだ」
「どうなんでしょう?でも媚び売りまくってるんですよ、常に。後藤さんも河合さんもそれぞれ社会人と学生っていう立場があるからそういう手柄とか興味ないみたいで、リーダーに何も言わないんです。私も学生なんで手柄とかは全然関係ないですけど、でも腹立つんですよね…!」
「なるほどね」
正規職員になろうとチームの働きを全て自分の手柄にしようとするリーダーと、手柄はいらないけどその姿勢が気に入らない田淵。
そして、お金さえ貰えればいい気弱とおばさんはそれについて無関心…
そういう関係性の4人か。
俺は全員とはまた違う目的があってここにいるが、しいて言えば気弱やおばさんと近い立場にある。
別にリーダーは媚でもなんでも売ればいいし、調査をする時間さえ貰えれば自分の評価はどうでもいい。
しかし田淵がこのままモヤモヤを抱えたまま仕事に臨んで、思わぬミスやトラブルに繋がったら事だ。
ここは少しだけフォローをしてやろう。
「これは俺の個人的な意見だけどさ」
「なんですか?」
「多分どんなに媚を売っても、リーダーは正規にはなれないと思うよ」
「え?」
「だって、優秀な能力者だったら、媚なんか売らなくたって向こうからお願いしてくるハズだろ」
現にいのりや七里姉弟は鬼島からスカウトを受けている。
三人とも強力な能力だからな。
こんな即戦力、どこの組織も欲しいだろう。
「みんなの能力の程度を知らないから憶測だけど、河合さんや後藤さんやキミみたいに仕事とか学校というものが無いから、リーダーはすぐにでも来れるわけでしょ。誘えばさ。ところが何回も嘱託で仕事をしてて、リーダーに正規職員になりたい意思があるにもかかわらず未だ誘いが来ないってことは、特対にとって彼が必要な存在じゃないって事じゃないかな?」
まあ、色々な事情があるからただの憶測に過ぎないんだけど。
「確かにそうですね…リーダーはこの仕事をするようになって2年は経つって言ってましたから、正規になれないってことは、大規模作戦時以外は必要のない人だって事ですよね!」
少し声に活力がみなぎっている。
どうやら田淵の溜飲が下りたようだ。
「…なんかそう思ったら、別に大したことないように思えてきました。どうせ学費を稼いだら私も二度と会わないような人ですしね」
「そうそう、ビジネスライクってやつだよ」
「お、社会人っぽいですねー、あはは」
田淵の機嫌はすっかり直っていた。
できればこのままさっさと部屋や施設を案内してほしいもんだ。
「じゃあ、塚田さん。塚田さんのお部屋と、簡単な施設の案内をしますね」
「ああ、助かる」
こうしてご機嫌になった田淵に連れられ、俺は自室へと向かったのだった。
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