第76話 お前、舎弟決定
「次はコイツを使うぜ」
次戦で弟が選んできたのがアックスメンというキャラだった。
斧使い、リーチは短いが攻撃力・防御力ともに高く、最重量故に浮かしがほとんど入らず必殺斬りにはスーパーアーマー(無敵時間)も付いているというシンプルに強キャラだ。
今のニンジャのコンボを見て選んだんだろう。
「んじゃ、俺はこれ」
俺が選んだのは軽量級のエルフだ。
飛び道具が3種類もあり、少しの間空中を動ける"舞空"が使えるものの、耐久力が非常に低い。
多分アックスメンの攻撃2発でほぼ動けなくなる。
「おいおい、相手は強キャラだぞ…大丈夫かよ…?」
「問題ありませんよ」
何故か参謀役みたいなカタチで定着している青柳が、またしても俺のキャラ選択に不安を感じていた。
まあ、この中で分かるのが彼しかいないので仕方ないと言えば仕方ないのだが。
「次で決めるからな」
「楽しみだ」
第2試合が開始された。
「あ、え?クソっ!なんっ!?」
開始直後から俺の飛び道具ラッシュになす術なく行動不能になる斧使い。
そして空中からの下必殺斬りで2本目のKOを頂いた。
エルフの3種類の飛び道具は直線・放物線・ホーミングである。
これに舞空による位置調整で、どの場所に居ても敵に攻撃を当てることが出来るのだ。
対して斧使いの方は最重量故にスピードが遅く、良い的だ。
弟はそんなにエルフを上手く使える相手と戦ったことが無かったのだろう。
相性で言えば確かにエルフは斧使いに有利ではない。
しかし普通の相手や、CPUの最高難易度で練習したくらいで良い気になられては困るな。
俺が使うのは、最強のロングレンジエルフだ。
「すげーな!相手、何も出来なかったぞ!」
「ですね」
「これなら行けるぞ!」
「チッ…」
いいぞ青柳。
ナチュラルに相手を軽く煽っていく感じ、効いてる。
今の一方的なボコられで弟は相当頭に来ているはずだ。
一見冷静に振る舞って見せても、怒気が体から漏れている。
そうなるように誘導しているが。
ここで、仕掛けさせるか。
「じゃあ、俺はこれにしようかな」」
今度は弟より先に、俺が選択する。キャラは農民だ。
このキャラは、ハッキリ言ってネタキャラだ。
技もショボく飛び道具もない。攻防力も貧弱で目も当てられない。有効なコンボも特にない。
本当に間合いとタイミングをちゃんと取らないと闘うことが出来ない最弱キャラなのだ。
ある一点を除いて…
「…っは!何を使うかと思えば、それかよ!」
弟が喋りはじめた。
俺のチョイスを心底馬鹿にしている様子が見て取れる。
「手加減してあげようとでも思っちゃった?ナメすぎだよね」
そうして弟が選択したのはブレイブナイトだ。
このキャラはハッキリ言って壊れキャラだ。
重量級の中では最も軽いが、パワースピードガードともに一級品で飛び道具も持っている。
スーパーアーマー技もあり隙がまるでない。昔のゲームらしいバランス崩壊を起こしている。
俺が農民を選べば、必然そうなるよな。死にたくないんだから。
そしてステージを選択して開始ボタンを押したとき、それは起きた。
カチッ…
画面が暗転した直後、弟がボタンを押す音が聞こえた。
すると横の青柳が大きい声で俺に伝える。
「不味いぞ塚田…コイツバグ技をやりやがった!」
「バグ技…」
青柳が分かりやすく狼狽えている。
「ああ。このゲーム、ゲーム開始を押して画面が暗転している間、実は必殺斬りの入力判定が発生しているんだ。だから、開始カウントが終わったと同時に技を繰り出すことが出来るんだ…ホラ!」
見るとゲーム画面ではスタート位置が一番近くになっている。
そして弟のキャラが必殺斬りの構えを取っていた。
「スタート位置も俺に味方しているみたいだぜ!終わったなぁ兄さん!!」
「ああ…最悪だぁ…!」
「青柳さん、良く知っていましたね」
「え…?あっ!」
弟の構えに遅れる事少し、俺のキャラクターも必殺斬りの構えを取り出した。
俺もこのバグ技を繰り出すため、ボタンを押していたのだ。
「今更遅いんだよ!」
「どうかな…」
ゲームが開始したと同時に、目の前のブレイブナイトの必殺斬りが炸裂する。
しかしーーー
「え?」
「そんな!!」
斬撃は農民を通過し、ヒットすることは無かった。
代わりに時間差で構えていた農民の必殺斬りが空振り後隙だらけのブレイブナイトにヒットし、この試合は開始僅か2カウントで終了となった。
画面には3-0の文字が浮かんでいる。
残り2勝で俺の勝利であることをデカデカと弟に見せつけているようだ。
「い…インチキだ!何かやったんだろ!?」
「そんなわけないだろ。そもそも、先にバグ技仕掛けてきたのはそっちだ」
「ぐっ…!」
「それさえやらなきゃ、アレを出すつもりは無かったんだがな」
弟が訴えてくる。まあ、知らないヤツからしたらインチキだと思うだろうな。
「なあ、どういう事なんだよ」
青柳もたまらず聞いてくる。
「次の勝負で分かりますよ。というか説明してあげます。俺はこのまま農民を使う」
「はぁ…!はぁ…!」
「どうした弟くん。具合が悪そうだが?」
「うるせえ…!次もブレイブナイトだ」
「そうか」
先ほどと同じキャラでの対決。
そして画面が暗転したと同時に再び弟がボタンを押している。
だが、残念ながら意味が無い。
「あーよかった…次の初期位置は離れてるな」
開始直後に繰り出された必殺の斬撃は空を斬った。
そして普通に対戦がはじまる。
「おいおいおい、普通にやられてるじゃねーか!やばいぞ塚田」
「まあまあ…」
開始からこちらの攻撃は当たらず、逆にブレイブナイトの通常技がどんどんヒットしていく。
そしてあっという間に農民は動けなくなってしまう。
これが本来の最強と最弱のスペック差ともいえる。
「トドメだ!」
そして最後に必殺斬りを発動させる。
こちらも、相手の必殺斬りに合わせて技を発動する。
そして、相手の斬撃が当たる…ことなく、またしても空振りしこちらの必殺斬りだけが当たった。
「なんだなんだ…!さっきと一緒だ」
「これが、農民の無敵時間ですよ」
「無敵時間?」
「ええ。農民の必殺斬りは、斬撃が繰り出されるコンマ数秒前だけ、どの攻撃も当たらなくなる無敵判定があるんですよ」
「そうなのか!?」
「だからさっきソイツが暗転時間の必殺入力をしたあと、ブレイブナイトの斬撃に無敵時間が合うようにこっちもボタン入力したんです。あとソイツが"開始位置も味方した"って言っていましたが、別に味方したワケでもなんでもありません。そういうパターンが来ただけです。だから俺は"次、最も近い位置から開始する"と思って先に農民を選んだんです。万が一にでもコイツが暗転攻撃を知っていた時に対処ができるように」
「マジかよ…」
暗転攻撃の判定が始まる最速で入力すれば、弟よりも早く攻撃する事はできたけど。
そこはさっきも言ったように、使う気は無かった。
相手がやってさえ来なければ。
「まあ即死コンボとか暗転時の判定とか無敵時間とか、レトロゲーならではのガバり具合がいいですよね」
「お、おう…確かにな」
4勝した時点で青柳の顔から険しさが消えた。
俺と弟の力量差を理解したのだろう。
余裕と言う程ではないが、笑顔が垣間見えていた。
俺と青柳の会話は、ファミレスでふと昔のゲームの話題になった同級生同士のように、ノスタルジー感溢れる呑気な内容に聞こえる。
一方でーーー
「はぁ…はぁ…」
「どうした弟くん?大分具合が悪そうだな」
「はぁ…はぁ…」
「勝負はまだ五分五分…次もお互い頑張ろうぜ。それともアレか?自分の首にかかる死神の鎌でも見えちまってるのか?」
「くっ…!」
弟の顔は血の気が引いて真っ青だ。
さっきまで俺に対して散々匂わせていた"負けると死ぬ"という恐怖を自分がモロに食らっている。
俺が五分五分と言ったが、本人も気付いているハズだ。
例えあと100回やっても勝ち目がない事に。
俺はこのゲームを隅から隅までやり込んでいる。
例え相手が誰であろうと、どんなバグ技を使って来ようと負ける気は一切なかった。
東條の過去視でコイツが古いゲームをやっていると聞いて、平和的に解決するにはこれで遊ぼうと思いついたまでは良かったのに。
調子こいて変なルールを強制させたのが運の尽きだったな。
今このアミュレットは完全に俺を守ってくれている。
恐らく姉が能力で少しでも妨害しようとすれば、何かしらの守りが発動すると思われる。
「次は何使おうかな。オススメとかあります?青柳さん」
「え?俺?いや、何使っても勝てるだろ…お前なら」
「そうですね。じゃあ、まあ折角ならブレイブナイトでも使いますかね」
俺はブレイブナイトを選択した。普通に遊ぶならやはりコイツが一番強い。
「10秒だ」
「え…?」
「ブレイブナイトなら10秒で勝てる。ホラ、早くしなよ」
俺に急かされて、結局弟が選んだのは俺と同じブレイブナイトだった。
開始を押し画面が暗転する。もう弟はボタンに手をかけてすらいない。
どのみち開始位置は離れている。下手に暗転必殺などやろうものなら斬撃後の隙にボコり放題だ。
そして開始後、俺は宣言通り10秒で勝利した。
相手は目も当てられないくらいガタガタで、可哀想だった。
もう覚悟を決めていたようだ。
__________
「姉ちゃん…ゴメン…俺」
「っ…!ちょっと待ってお兄さん、弟も悪気があってやったわけじゃ…」
「ないわけないだろう。憂さ晴らしに関係の無い人を襲っておいて」
「それは…」
茫然自失の弟と、必死に擁護する姉。
ゲームが終わったあと倉庫の広いところに行かせ、Neighborの面々と一緒に姉弟を囲んでいる状態だ。
壊された物やケガを負った人は俺とNeighborの治療班で回復したので、元通りにはなっている。
だからといって彼らがやったことは、許されることでは無い。
「最初は遊びで親睦を深めて諭してやろうかと思ったけど、こんなものまで持ち出して…冗談じゃ済まされねえよな?」
俺の右手には誓いのアミュレットが握られている。
俺が血を注いだ方の騎士が剣を相手の首に突き付け、相手の騎士の剣は消えてしまっていた。
勝敗が付いたということなんだろう。
「今後同じような犠牲者が出ないように、ここはキッチリとしねえとな」
「お願い…もうしませんから、どうか弟の命だけは…!」
「塚田くん…」
平さんは表情で「やりすぎでは…」と言いたそうだが、自分の組織の人間が襲撃を受けた手前、言葉にはできないようだった。
他の人も、先ほどまでは怒りを表していたが今では複雑な表情をしている。
心の底では誰も子供の死ぬところなんて見たくないんだろう。
俺だってそうだ。
だからーーー
「塚田卓也が命ずる…」
「姉ちゃん…!」
「冬樹…!」
「お前、舎弟決定」
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