第77話 みちしるべ
○魅雷の独白
『ねえ魅雷さん。弟さんに学校来るように言ってあげてよ』
そんなの、アタシに言われたって困る。
冬樹は、警察から能力があると知らされ両親に見放されて以来、学校にあまり来なくなっていた。
そして冬樹の担任は弟の様子を、同じ学校であり姉であるアタシに毎回聞いてくるのだ。
でも、アタシも冬樹と状況は全く同じだ。学校だって本当は行きたくない。
しかしアタシまで急に学校に行かなくなったら、周りから"我が家に何かあった"と思われてしまうのでそれを避けるために我慢しているだけだ。
警察からの勧誘を断り、一方で昔のように家に居られなくなったアタシ達姉弟は、アタシがあと1年、冬樹が2年で家を出なくてはならない。
中学を卒業したら出ていくという約束をしたからだ。
正直、お先真っ暗だ。
自分で生活費を稼がなきゃならないし、普通の進学や就職もかなり厳しいだろう。なにより、もう一般人とはあまり一緒には居られない。
どうしてアタシ達がこんな目に
どうしてアタシだけが我慢をしなくちゃいけないの?
お父さんもお母さんも簡単に私たちを諦めたくせに
それも全てこの能力のせいだ。
氷を操る能力・冷気を司る能力。呼び方は色々あるが、頼んでもないのにこんな能力が発現したせいで、世界から追い出されたんだ…
ある日、冬樹が夜に顔を隠して超能力者を襲撃している事を知った。
危ないから止めろと言っても、ちょっと電気で脅かすだけだからと言って聞かなかった。
そしてアタシは、弟がやりすぎないよう監視するという名目で付いて行く事にした。
正直アタシもこの胸のモヤモヤを解消したかったから、見ているだけでも少し気が楽になった。
警察は多分この事を知ってて、でも能力者のことをあまり大っぴらにできないから見逃しているだけだったんだと思う。
能力者組織の護衛なんかに貴重な人員は割けないだろうし、なにより一般人への被害はゼロだから。
しかしこんなことをやっていたらいつかは破滅が来るのは、アタシも冬樹も分かっていた。
強い能力者にケンカを売ったり、警察が見過ごせなくなったら流石のアタシ達も無事ではいられない。
もしかしたらもう正体がバレてて、捕まる一歩手前かもしれない。
でも、どうでも良かった。
捕まっても捕まらなくても、アタシ達は終わっている。
もう、元の生活には戻れない。
家族も、友達も、学校のみんなも、近所の人たちも、住む世界が変わってしまった。
『親に見放されて、生活が一変して、辛いのは分かるけどよ。少しだけ頑張って生きてみようぜ。案外こっちの世界も、悪いことだらけじゃねえって』
初めて手を差し伸べてくれる人が居た。
第一印象は"爽やか"だった。
冬樹にふっ飛ばされたのに全然効いて無いようで、いきなりアタシの名前を呼んできたりして只者じゃなかった。
その人は自分の命を賭けてまで弟に向き合い、そして止めてくれた。
悪い事はちゃんと叱って、それでもアタシ達を許してくれた。
したことを一緒に謝ってくれた。
自分はこの二日間死ぬような思いをしてクタクタなのに、アタシたちの話を聞いてご飯までご馳走してくれた。
(ご飯中にしてくれた宝石をめぐる任務の話は壮絶だった)
先も見えない大海原に漂うだけの、沈むだけのアタシたちを救ってくれたこの人に、アタシは付いて行こうと決めた。
この人と居れば、正しい道を歩いて行けるような、そんな気がした。
向き合ってこなかったアタシにとってまだまだこの世界は知らないことだらけだけど、これから段々と知っていこうと思う。
________________
○冬樹の独白
舎弟って…イマドキそんなこと言うか?
兄さんは、誓いのアミュレットを使って、俺を舎弟にした。
でも具体的な命令にはなっていないので、有耶無耶のままアミュレットは元に戻った。
兄さんは最初から俺をどうこうする気など無かったのだ。
こっちは結構頭に血が上ってて、ヘタしたら危ない事を命令してたかもしれないのに、大した度胸だと思う。
しかも超ハンデもあって。
『舎弟の不始末は、兄貴分である俺の責任でもあるからな』
今回襲撃したNeighborにはすごく謝った。
そして兄さんは会って間もない俺の愚行に対して、一緒に頭を下げてくれたのだ。
俺と姉ちゃんはどうしてこんなことをしたのか、その経緯を皆に話して今後もう二度としないことを約束した。
Neighborの方も兄さんには借りがあるみたいで、思ったよりもあっさりと許してくれた。
多分、大半は俺たちに同情してくれたからだと思うけど。
一番怖そうだったアオヤギって人は許してくれないかと思ったが、『それよりも…』と言って兄さんにしつこくスラブレのテクニックについて聞いていた。
…まあ、水に流してくれて助かったけど。
というか、兄さんスラブレ強すぎ…
バグも、仕様も、攻略サイトに載っていないコンボも、何でも知っていた。異次元の強さだ。
道理でハンデを付けても堂々としていたわけだ。まんまとノセられたな…
その後、姉ちゃんと兄さんと3人で遅めの夕飯を食べた。
そこで兄さんの身の上話を聞いた。兄さんは事故で死にかけて能力に目覚めたって。
しかも俺らと会う少し前まで命を賭けた任務を遂行してたって…俺らよりも過酷じゃん。
なのに、生きる事に前向きだった。
俺たちに、簡単に自分を捨てるなって教えてくれた。
俺は、この人の舎弟になって良かったって思う。
そしてこれからもこの人と一緒に居ようって、そう思った。
あと姉ちゃん、今まで迷惑かけてゴメン。
自分だけ勝手してゴメン。
これからは、姉ちゃんも我慢しないでいいように、俺が頑張るよ。
_____________
「くぁー…!勝てねー!」
俺と冬樹は我が家のベッドを背もたれにし、朝からレトロゲームに興じている。
結局昨日は俺がスラブレ対決を制し姉弟の襲撃を止めることができた。
そしてその後彼らと一緒にNeighborの面々には謝罪し、姉弟には今後Neighborに限らず一切の辻斬り行為を禁止するようきつく言っておいた。
平さん達も姉弟の境遇を鑑みて、不問としてくれた。ありがたいことだ。
そしていのり達とはそこで別れ、俺と姉弟はそのまま飯を食いに行きお互い腹を割って話し合った。
大変な事になっちまったが助け合って頑張ろうと励まし、何かあったら頼ってもいいぞと俺の携帯番号と家の住所を教えておいた。
そしたら早速3連休の最終日である今日、二人して遊びに来たというわけだ。
本音を言えば今日くらいゆっくりしたかったのだが、まあ戦うわけじゃないしゲームをしてのんびり過ごす分には良いかと思った。
そしてさっきから俺がスラブレで冬樹をボコっている。
「くっそ、なんで手も足も出ないんだよ…!」
「歴の違いだな」
「冬樹ー、がんばんなさい」
「あの、魅雷さんや…」
「呼び捨てでいいわよ」
「じゃあ魅雷…暑い」
魅雷は俺のベッドに座り、先ほどから俺の背中にくっ付きながら携帯を弄っている。
正確にはベッドを背もたれにしている「俺の背中と頭を背もたれに」くつろいでいるのだ。
「アタシの能力で冷やしてほしいの?」
「凍るわ」
「やーねぇ、冷気だけ出すくらい出来るわよ」
「離れれば済むだろうが」
「それはイヤ」
出会って二日でワガママ。なんという子供だ…
まあ、それだけ早く打ち解けられたのは良かったのかもしれないがな。
冬樹も、今日は純粋にゲームで親睦を深めている。そこに賭けなど存在しない。
単に遊びたいから遊ぶ、友達のような関係だ。
「次の勝負終わったら、昼飯行くか」
「俺回らない寿司がいいー!」
「アタシは高級フレンチが良いわ」
「千年はえーよ。駅前の中華料理屋で十分…っと、そうだ」
「「?」」
宝来に報告に行かなきゃな。
恐らく白縫の親父さんから連絡は行っていると思うが直接俺の口から今回の件を報告しておきたい。
そして、コイツらも登録してもらおう。
年齢的に可能かどうかは不明だが、今後生活費を自分たちで稼がなくてはならない時に宝来から仕事を斡旋してもらえれば相当足しになるはずだ。
コイツらほどの実力なら受けられる仕事も多岐に渡るだろうし。
見た感じと話を聞く限りでは、正面からガチンコでやり合えば【手の中】の連中よりもよっぽど強そうだ。
「うっし、昼食は中華だ。少し離れてるから、もう出るぞ」
「はーい」
「やった、俺チャーハンとラーメンね」
「はいはい」
俺たちは神多にあるおっちゃんの店へ向かう事にした。
________
神多駅から少し歩いて細い路地を進み宝来へ向かっていたところ、意外な人たちに出くわした。
「おや、塚田くん」
「鬼島さん、大月さん」
「…」
スーツ姿の鬼島さんと大月さんだ。祝日なのに仕事だろうか。
大月さんの方は特に返事はなかった。
というより何か、俺よりも姉弟の事を見ているのか?
魅雷も冬樹も彼らに気付くや否や、俺の後ろに少し隠れてしまった。
「今回は大変だったね、塚田くん」
今回…鬼島さんは【手の中】の話を俺に振ってきた。
恐らく全ての事情を知っているだろうから、四十万さんのおかげという"てい"でとぼける必要もないだろう。
「何回か死にかけましたが、組織を全滅させられたのはよかったです。これでもう白縫も安心して暮らしていけますからね。警察の方の動きはどうです?」
「署内はお祭り騒ぎさ。たったの2日で、我々が手を焼いていた組織の人間を全員捕らえることが出来たからね。3人ほど死んでしまっていたが…。立役者である四十万くんは出世間違いなしだ。ただ…」
「ただ?」
「取り調べをしたところ、塚田くんによく似た人物にやられたと証言している者がいてね。それを揉み消すのに少し手間がかかっているよ」
「…そうですか。それは申し訳ない」
顔をバッチリ見られているワケだし、白状されれば報告と話が食い違ってくるのも致し方ない。
四十万さんと俺じゃ見た目は似ても似つかないし。
「お礼と言っては何ですが」
「うん?」
「捕まえた連中の中で"ハガキの能力"や"転移能力"といった警察で使えそうな能力者が居たと思いますが、必要であれば能力を使えるようにしますから呼んでください。清野経由でいいんで。今は抵抗しないように気泉を使えないようにしていますんでね」
「…そうか。道理で気を感じないハズだ…彼らも何故か能力が使えないと言っていたが、キミの仕業だったんだね」
「ええ」
酸素使いや空間隔離は何をしでかすか分からないからアレだが、ハガキなんて利用価値が高そうだからな。
警察の為に働くっていうなら元に戻そう。
「もしそうなったら是非ともお願いしたい。が、礼を言うのはこちらの方だ。今回は本当にありがとう」
鬼島さんは深々と頭を下げる。そこからはとても誠意が伝わって来た。
隣にいる大月さんは少し驚いている様子だ。
「頭を上げてください鬼島さん。俺も鬼島さんのフォローに助けられましたし、気にしないでください。誰も死なずに帰れただけで万々歳ですよ」
「そうか…そう言ってもらえると助かるよ」
頭を上げた鬼島さんの表情は、嬉しそうな少しホッとしたような感じだった。
「ところで、気になっていたんだが…後ろの二人はもしかして…」
「え…」
ヤバイ…やはり警察はコイツらの辻斬り行為に気付いていたか…?
先ほどから姉弟の、俺の腕を握る手の力が強くなっているのが分かった。
コイツらの方は完全に鬼島さん達を知っている。
恐らく、二人に能力者であることを伝えに来たのが鬼島さん達だからだ。
いのりの時と同じパターンだな。
そして聡明な鬼島さんの事だ。
辻斬りの能力の内容とか背丈とかで、過去に自分が訪問した人物である事くらい掴んでいてもおかしくない。
ここで咎められてしまっては、折角前を向いて歩き出そうとしている姉弟の妨げになりかねない…
先手を打つか。
「いやー、コイツらは昨日俺の舎弟になった姉弟なんですよー。可愛いヤツらでね?もう俺の言う事は素直に何でも聞いちゃって。な?」
嘘は言っていない。あとは鬼島さんがどうジャッジするかだが…
俺がこの場を乗り切るための芝居を始めたところ、後ろにいる姉弟も話し始めた。
「…俺たちは今まで悪さしてきたけど、これからは兄さんに一生ついていくよ。そして人の為になるよう努力する…!」
「アタシも、お兄さんには助けてもらったから…これからはアタシがお兄さんの力になれるよう頑張るわ。能力も、お兄さんと冬樹の為に使う」
「………そうか」
鬼島さんはフッと微笑んだ。そしてーーー
「塚田くんが保護者なら問題ないね。全て任せるよ」
と言ってくれた。
「じゃあ我々はこのへんで失礼するよ…今回は2つも朗報が聞けたなぁ。財宝と辻斬り、2つの案件が同時に解決したからね。いや、めでたい」
「鬼島さん…」
「じゃ、行こうか。大月くん」
「…はい」
二人は立ち去っていった。
口ぶりから察するに、姉弟の件は不問にしてくれるということだよな。懐深くて助かった。
ただ大月さんが最後の方、元気が無かったのが気になるな。
何か思う所があったのだろうか。
今の俺にはわからなかった。
「…しかしよかったな二人とも。ナイス演技だったぞ」
「本心だから」
「え?」
「アタシたち、お兄さんに感謝してるから。そこ、誤解しないでね」
「そうだよ」
「…そうか。じゃあ、とりあえず飯行こ飯」
新しい出会いがあった。
危ない目には何度もあったが、こうして白縫や姉弟と絆を深めることが出来、誰も失わずに済んだ。
終わりよければというやつだ。
超濃密な7月の連休が終わる。
宝石をめぐる死闘、そして二人の迷える子羊を救い、また宝来ののれんをくぐる。
「よォ、遅すぎんだよ卓也ぁ。待ちくたびれちまったじゃねーか」
先週と同じくおっちゃんが店の中でニヤリと笑い、俺たちを歓迎したのだった。
【純潔の輝石】編 終
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます