第71話 弱い心

「白縫…?」


 突然叫び、ムカツクとこぼした白縫に俺だけではなく周りもみんな驚いていた。

 もっと落ち込んで、泣いて、それをどうケアしようかと考えていたのだが、ここまで気持ちを声にして吐露されてしまうと、それほどダメージはないのではと思ってしまう。


「何よ?」

「大丈夫なのか?」

「大丈夫なように見える?」


 確かに白縫の目には涙が浮かんでいる。

 だが、同時に強い怒りの色も浮かんでいた。


「どっちにも見える」

「ふっ…なによそれ。まあでも、死の危険が一気に来すぎて、感覚がおかしくなっちゃったのかもね」

「そりゃあ、まあ…」


 年端もいかない少女が経験するにしては多すぎるくらいここ二日は死と隣り合わせだった。

 しかも白縫本人に関しては、最後の最後で"最初から依頼人である父に殺される予定だった"と来たもんだ。

 とんだ詰みゲーだ。大げさでもなんでもなく、このメンバーじゃなければ死んでいた。


「ここで泣き叫んで失意のどん底に落ちて、メソメソ泣いて悲劇のヒロイン気取ってあげてもいいけど、それじゃ命がけで救ってくれたあなたたちに申し訳が立たないわ…!」

「ふっ…そうかもな」


 精神が逞しすぎて、笑ってしまう。


「それにね、結果的にこんな選択をせざるを得なかった弱いパパには、一発ぶん殴って一言言ってやらなきゃ気が済まないわ。それで今度は、二人で力を合わせてやり直すのよ」

「親父さんと、やり直すのか?」

「当たり前よ、お互いたった一人の家族だもの。私も目を背けてた責任もあるしね」

「そうか…」


 自分の事を殺そうとした父親とやり直すというのは、なんとも肯定しづらいが、本人がここまで決意を固めているのなら横やりを入れるべきではないのか…?

 その目を背けていたっていうのが何なのかは分からないが。


「あとは、大けがさせないようにね。下手したら死んじゃうかも…」

「ん…?」


 自分の握り拳を見つめる白縫の様子に違和感を覚え、サーチを使ってみると、驚きの光景が目に入った。


「白縫、泉気が…!」

「そうみたい。さっきから、何か力が漲ってるのよね…」

「目覚めた時から、徐々に彼女の纏う泉気が増えていってましたよ」

「マジか…」

「恐らくですが、霊的なアイテムを体内に宿していた事で、彼女の気泉が刺激を受け開泉に至ったのだと思います。本来であれば心臓がそのまま宝石化し死に至るようなので、彼女はレアケースだと思いますがね」


 そうか…輝石の影響で開泉したというのか。

 そんなこともあるんだな…

 あと、さらっと観察していた驟雨介すげえ。流石は警察。

 俺も、サーチをするクセ付けとこうかな。


「じゃあ、パパに会いに行きましょう」

「わかった。手紙では午後8時に電話をしたら合流する場所を教えてくれるそうだ」

「待ってなさいよ…!」


 白縫は揺るぎない決意を胸に、約束の時を待った。








 ________________








 土曜日 20:35

 横濱市内 公園


 20時の時点で手紙に書かれた番号に連絡し、指定された合流場所は市内の広い公園だった。

 ここに、白縫本人と俺の二人で来てほしいとのことだったので、他の4人には近くで待機してもらい、俺は白縫とシンボルとなる大きい木の下にやってきた。

 既に白縫の親父さんは到着していたようで、俺たちの存在に気付くと、こちらに少し近づいてきた。


「君が今回娘の護衛を引き受けてくれた者かね?」

「はい。アナタは白縫和十郎さん、で間違いありませんか」

「娘から聞いたのかな。そうだ、私が千歌の父の和十郎だ。今回はご苦労だったね。感謝するよ」

「いえ。とても勉強になりました」


 簡単な挨拶を済ませている間も、白縫は一言も喋らなかった。


「では後程、宝来を通して報酬金額を送金させてもらうよ。他に掛かった経費があれば、今ここで領収書やレシートを渡しなさい」

「ええ。ですがその前に。千歌さんからお話が」

「話?」


 俺のパスを機に、白縫がもう一歩親父さんに近づいた。


「パパ…」

「千歌…横濱は楽しめたかい?」

「ええとっても…」

「そりゃあ良かったね」

「それよりも、コレ…なんだと思う…?」


 白縫は持っているカバンから赤い宝石を取り出した。


「…!それ…は…」


 親父さんが驚愕している。

 実物は見た事無くとも、心当たりは当然あるだろう。

 なにせ娘の命を使ってまで手に入れようとしたモノなのだから。


「驚いた?私が生きててこの"純潔の輝石"を手にしている事に」

「う…いや…」

「これを明日のオークションで売って、借金返済をしようとしたんでしょ?アタシの命と引き換えに、ママの事業を立て直そうとして…」

「!?」

「こんなものっ!!」

「! よすんだっ!!千歌!!」


 白縫は持っている輝石を振り上げると、思い切り地面に叩きつけた。

 そして地面に叩きつけられた輝石はバラバラに砕け散ってしまった。


「あ…ああ!」


 親父さんは覚束ない足取りで近づき、地面に散った輝石の欠片を名残惜しそうに拾い上げる。

 しかし、もうここまでバラバラな輝石にそれほどの価値は出ない事は明白だった。

 そしてーーー


「…千歌ァ…!」


 親父さんは輝石を砕いた白縫の肩を掴んだ。


「何てことを…!千歌ぁっぶ!!」


 しかし、白縫は肩に置いてある親父さんの手を弾くと、顔に一発拳を叩き込んだのだった。

 手加減しているみたいだが、思いのほか強い力と不意打ちにより親父さんは尻餅をついて倒れる。

 なにより白縫の意外な行動に、親父さんは呆気に取られていた。


「千歌…?」

「いつまで居なくなった人の影を追ってるの!」

「っ!」

「確かに早くにママが病気で亡くなったのは辛いよ…アタシよりもきっとパパの方がずっとずっと大変な思いをしていたと思う。ママの大事な家業も継いで、悲しむ暇もないくらいにがむしゃらに働いてたよね。アタシはそういったところには目を向けなかった。でもね…」


 泣きそうな声をぐっと堪えて、白縫は言葉を続ける。


「借金で首が回らなくなって、それでアタシの命と引き換えに一時凌ぎでママの大事な家業を残して…それでパパに何が残るの!」

「…」



「ママじゃなくて、アタシを見ろ!!」



「!…………千歌…すまない…!」



 夜の静かな公園に声が響き渡った。

 そしてお互いが寄り添い、抱き合う。

 どちらも泣きながら、真の意味でようやくお互いの存在を確かめ合った。

 父親のしたことは到底許せるような行いではないが、親子は欠けることなく、また二人で歩き出すことが出来そうだった。


 それもこれも、精神的に強くなった白縫が居たからこそだろう。



 こうして、俺たちの横濱での初仕事はなんとか無事に終わりを迎えることが出来た。



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