第72話 エマージェンシー

「一応、直したけど、コレ」


 公園での親子の一幕が終わり、俺たちは横濱駅へと来ていた。

 ようやく長い二日間が終わり、帰路につく。

 あの後、親子で抱き合い泣いている間に清野と驟雨介は帰ってしまったようだ。

 いのりに「卓也貸し10な」と伝言を残し。


 確かにそれくらい大きく借りを作ってしまったという自覚はある。

 しかし怖いな。いくらのモンをご馳走をすれば返済できるだろうか。


 そして離れた場所で待機していたいのりと愛が合流するまでに、砕け散った純潔の輝石を能力で直しておいた。

 借金があるという事だったので、これを売ればいくらか足しになるかもしれないと思ったのだ。

 しかし


「それはアナタにあげるわ」


 と、受け取りを拒否されてしまった。


「いやいや、こんな高そうなモン、貰えないよ」

「いや、貰ってやってくれないか。塚田くん」

「白縫の親父さん…」

「娘の命を使って作ったそれを金銭にしてしまったら、仮に娘が生きていても私は人間に戻れない気がするんだ。こんなのはただの自己満足で、私の犯した罪が消えないというのは分かっている。だがこれは使えないから、せめて恩人である君に受け取って欲しい」


 2人はこれから一緒にやり直していくことにしたらしい。

 いのりの父親の知り合いに頼んで債務整理をし、これからは新しい一歩を踏み出すという。

 駅への道すがら、親父さんにはずっと平謝りされた。

 正直最初に事実を知った時は怒りが込み上げてきたが、白縫が殴ったのと、命を使われた彼女が許しているというので俺ももう親父さんに対して怒りの感情は持っていなかった。


「じゃあ、まあ。ありがたく頂くよ」

「そうしてちょうだい」

「今回の即売会は辞退してしまったけど、最低でも20億の値が付くモノらしいから、よかったら足しにしてほしい」


 20億…足しってレベルじゃねーぞ…五生は遊んで暮らせるじゃねーか…

 でも売れないよな…これの作られる経緯を知ってしまうと。

 本人たちはいいって言っているが、木彫りのクマみたいもんだ。

 高いもんらしいが捨てづらいでお馴染の、迷惑土産元ナンバー1の。

 あれとは金額のケタが段違いだが。



「…ん?」


 改めて宝石を見てみたら何か結晶の中で動いたような気がしたので、俺は宝石を上にかざし駅のライトを当てて確認しようとした。

 その時


「痛って…!」


 覗こうとした右目に痛みが走った。

 ゴミでも入ったか、強い光にさらされてダメージを負ったかは分からないが、俺は右目を咄嗟におさえる。


「卓也さん、大丈夫ですか?」


 愛が俺の様子を見て声をかけてきた。

 痛みは思いの外すぐに引いたので、俺は「ゴミが入ったみたいだ」と誤魔化すことにした。

 愛は安心したように「そうですか」と言い、再び元の場所に戻る。

 何だったんだ、一体…


 そして再び宝石を見た時には、もう動くような何かは確認できなかった。

 俺の気のせいかもしれないな。

 一先ず俺は、霊的アイテムとして使えるらしいコイツをカバンにしまい、白縫親子を見送る事にした。



「じゃあ三人とも、本当に世話になったわ」

「ありがとう。そして済まなかった」

「気にしないでいいわよ、白縫さんのお父様も。後で債務の事について連絡するわね。待っててちょうだい」

「その件についても助かるわ。じゃあまた」

「さようなら、お二人とも」

「元気でやれよー」


 俺たち三人は白縫親子を見送ると、一旦改札から離れた。


「…終わったわね」

「ええ、初仕事…とても大変でした」

「ヤバかったなぁ、マジで」


 俺たちは、ようやく現実感が出てきたところで今回の依頼の感想を話し出す。

 といっても現実離れし過ぎており、ヤバイとかスゴイとか語彙力が完全に低下しきっているが。

 誰か一人欠けていたら、今ここでこうして話し合うことが出来なかったかもしれないと思うと、本当に良かった。

 いのりももう、責任感と後悔で潰れそうな様子は全く見えない。

 愛も、能力者でないにもかかわらず平然としている辺り本当に頼もしい。

 俺たちはもしかしたら良いチームなのかもしれないと思った。



 一息ついて、そろそろ俺たちも電車に乗ろうかと思った矢先、いのりのスマホに着信があった。


「クレアからだわ…なにかしら」


 いのりは連休中の面白話でも聞かせるために掛けてきたのかと、少し呆れた様子で電話に出た。

 しかし受話器から聞こえてきたのは切羽詰まった東條の声だった。


『いのりちゃん!スミマセン、突然…!』

「いいけど、どうしたの?何かあったの?」

『もし塚田さんに連絡が取れるのでしたら、急いで伝えてほしい事があります』

「卓也くん?今一緒にいるけど」


 俺はいのりの言葉を聞いて、無言で自分を指差した。

 いのりも無言でうなずき、電話の内容が俺に関係しているらしいことを肯定した。


『伝言をお願いします、今、塚田さんが以前訪れたNeighborのアジトが…』


 一呼吸おいて、東條が話す。



『能力者に襲撃されているんです…!!だから助けてください、と…!』


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