第68話 手の中から零れる

 14:25

 横濱市内 巨大廃倉庫前


「来たか」


 既に到着していた清野が、俺を見つけて声をかけてきた。

 辺りには清野以外の警察官も大勢おり、バタバタと何かを準備している。

 この倉庫に近づくまでに一度警察官に止められたが、鬼島さんの口添えのおかげで通してもらうことができた。


「お疲れ」

「おう。外れだったな、そっちも」

「あーまあ、そうだな。虎賀は居なかったな」


 こちらは得るものはあったので、まるっきり外れというワケではない。


「ここに虎賀が居る事は上にも伝わっていて、近くの警察が招集されてこの騒ぎだ。絶対に捕獲しろってな。やりづらくなっちまったぜ…あっちには四十万もいる」


 清野が自分の後ろを親指で差すと、その方向に四十万さんもいた。

 部下と思しき数人と話をしている。色々と大変だな、あの人も。


「しかしこんなに囲んじまっても、ワープされたら無駄になっちまうな」

「ああ、一応それ対策…って程じゃないが、中の人間の様子を観測する能力者が来ている。消えたらすぐ追跡できるようにな。藤林にもすぐ警戒するよう伝える」


 白縫が狙われていた以上、その可能性は十分あり得る。

 だがそんなことをしても、仲間を全員失った虎賀にもう助かる見込みはないと思うがな。


 周りでは人避けの能力、防音の能力などが展開されていき、時間が近づくにつれて準備が着々と進んでいった。

 俺も清野も準備こそ加わらなかったが、いつ虎賀が動き出してもいいように警戒を続けている。

 しかしとうとう時間になるまで倉庫の中の虎賀に動きは見られなかった。



「そろそろ突入だ」


 清野がそう告げると、俺も清野も四十万さんもその他の職員も倉庫前面の巨大シャッターの前に集合した。

 重機や大型車両もそのまま入る程の巨大なシャッターだ。

 もちろん倉庫の横にも後ろにも職員は配置されているが、メインである正面側に一番多く人員を割いた布陣となっている。


「清野職員、頼んだ」

「へいへい…」


 1人の男性職員が指示をすると清野は水で触手を何本も作り、それをシャッター目がけて伸ばしていった。

 触手の先は鋭い刃となっており、何度か振る事でシャッターをいとも容易くバラバラにした。

 清野のおかげで中の様子が目視で確認できるようになり、中には男が1人立っているのが見える。

 その男は、先ほど俺たちの前に姿を現した虎賀天陽で間違いない。

 衣服には血液と思しき赤いシミが付いており、既に誰か人を殺していると思われる。



「確認する。お前が 【全ての財宝は手の中】のリーダーで間違いないな」


 先ほど清野に指示を出した職員が、目の前にいる男に問いかける。


「そうだ。生憎身分証はないけどな。世間一般では【エンタリスト Taiga】なんていう下らない名前の方が通りが良いかもしれないな」


 道理で見覚えのある顔だと思ったら、一時期テレビに出てタレント活動をしていたTaigaだ。

 引退したと思ったら能力者犯罪組織のアタマをやっていたとは驚いた。


「キサマの仲間は全員捕まえたが、キサマはおとなしく捕まる気はあるか」

「まさか。ちゃんと抵抗する」


 こちらは多くの職員が銃や警棒を構え、能力者が発動準備をしているというのに、虎賀は強気な姿勢を崩さない。


「そうか…ならば仕方ない」

「フッ…。ん…?」


 虎賀が一瞬驚いた様子を見せた。

 もしかして、能力で辺りの酸素濃度を10%以下に下げたはずなのに、それを俺が戻したことに気が付いたからだろうか?


「なるほど…厄介だな」


 笑う虎賀。その表情は…余裕から来る物でもないように感じる。

 何か様子がおかしいな。何だろう…


 ちなみに俺は人目もあるので、今回はサポートに回りつつ、隙を見てヤツを弱体化する立ち回りで行こうと思う。


「撃てー!」


 合図を機に、弾丸やビームなどあらゆる飛び道具が虎賀目がけて放たれた。

 しかし虎賀も手から鎖の様な物を伸ばし、飛び道具の雨を素早く躱す。

 あれもヤツのコピー能力で呼び寄せたものだろうか。


「倉庫内に潜んだぞ!別の出口から外に逃げないよう警戒しつつ、追撃しろ!!」


 男の指示で近接用の武器を持った職員は倉庫内に突入し、飛び道具を持っている職員は散開して倉庫の包囲を強化した。

 四十万と清野はゆっくりと倉庫内に入っていく。

 俺はどうするかな…



「ぐあっ!」


 悲鳴と共に職員の一人がシャッターのところまで吹っ飛んできた。

 どうやら虎賀は逃げずに中で迎え撃つつもりらしい。

 そういうことなら、俺も中に入ろう。


 巨大シャッターの残骸を踏み越えていくと目の前には巨大な空間が広がっており、壁に沿ってぐるりと作業用の足場が2階部分・3階部分に設置されている。

 構造的にはNeighborのアジトに近かった。

 そして現在、そのアジト内部を縦横無尽に飛び回り警察からの攻撃を避けている虎賀がいた。

 攻撃を躱し、たまに反撃するというヒットアンドアウェイ戦法だ。


 しかし倉庫内には清野も四十万さんもいる。

 いくらコピーした能力を使えるとはいえ、消耗戦では圧倒的にこちらに分がある。

 それをひっくり返せるとしたら、倉庫内にがあるハズだ。


「……あれか…?」


 瞳力レベルを引き上げた所で、倉庫内のある個所に泉気の溜まった場所を発見した。

 勿論どういう仕掛けかまでは分からないし、もしかしたら警察側の能力かもしれないが、誰も存在に気が付いていない以上消しておいた方が良いだろう。


 俺は素早くその場所に移動して、手をかざす。

 するとそこに溜まっている泉気の量を認識することが出来たので、いつものように能力でゼロにした。

 直後ーーー


「お前を真っ先に消しておくべきだったな!!」


 虎賀が空中から俺に迫って来た。

 鎖を器用に使い倉庫内を移動し、素早く距離を詰めてくる。

 丁度いい。俺もお前をぶん殴ってやりたいと思っていたんだ。

 握り拳に力が入り、迎え撃つ姿勢に入る。

 全身の強化はこの倉庫に入る前からとっくに済ませている。

 さぁ来い…!


 虎賀との距離が4m、3mと近づいていく。

 そしていよいよぶつかろうとした瞬間、俺の視界に"青い線"が走った。


「ゴぁっ…!!」


 目前に居る虎賀は苦しそうに悶え、口から真っ赤な血を吐き出した。

 それもそのはず。俺の足元から伸びた水の触手が、虎賀の手や足、そして体を貫いているからだ。

 特にボディに深々と刺さった一撃は、このまま放っておけば数分もしないうちに虎賀の命を奪うだろう。

 少し離れた場所にいる清野は相変わらずポケットに手を突っ込んで、鬼気迫る表情で虎賀を見ている。


「死ね」


 俺の足元ではなく清野のすぐ横から発生した触手が、空中で串刺しになったままの虎賀目がけて伸びていく。


「っと…!」


 だが俺は反射的にその攻撃を手で止める。

 衝撃は走ったものの強化された俺の手を貫くことができず、触手はその動きを止めた。

 続けて虎賀を串刺しにしている数本の触手も蹴りや手刀で壊し、宙に放たれたヤツの体をキャッチする。


 そのまま弱体化・泉気封印・傷の治療を手際よく行い、組織のリーダー虎賀天陽の無力化に成功したのだった。

 だが同時に、虎賀の体の異変に俺だけが気付くこととなる。


「…チッ。まあいい、どうせ後で処分する」


 離れた場所で清野がそう呟いた。

 その表情からはもう虎賀に対する殺意は消えている。

 これ以上続けるなら俺が立ちふさがると悟ってくれたんだろう。


 こちらも、白縫を狙う理由が知りたくて必死なんだ。

 悪いが今すぐとどめを刺させるわけにはいかない。

 それに…虎賀はもう…。



 俺が無力化し倉庫の床に力なく横たわっている虎賀を、清野が刃になっていない触手で手足を縛り、そのまま乱暴に倉庫の外へと放り投げた。


「ぐっ…!」


 衝撃で短い呻き声をあげるが、無様に悶えたりはしなかった。


「対象を確保!繰り返す、対象を確保!!」


 拘束された虎賀を見た警察の男が、興奮した様子で周囲に知らせる。

 ついに、あの凶悪犯罪者集団【全ての財宝は手の中】のリーダーが捕まった。

 そしてメンバー全員の確保が確認され、組織は壊滅となったのだ。


 突撃した者、倉庫の周りを囲んでいた者、サポートをしている者など様々な役割の職員が協力して成し遂げた最後の逮捕劇。

 人払いなどが施されているのをいいことに、勝利の雄たけびをあげる者や涙を流す者など現場は歓喜に満ち溢れていた。


 こうして、横濱の大規模な作戦は幕を閉じたのだった。








 __________








 少しの間現場は興奮冷めやらぬ状態が続いていたが、やがて指揮を執っていた男が虎賀を搬送するよう段取りを進める。

 それに伴い、現場をの状態を直す係や人払いを解除する係などがそれぞれの役割をこなし始めた。

 俺はチャンスとばかりに、護送車に乗せられようとしている虎賀に近づく。


 虎賀は怪我こそ治っているが、能力は使えず身体能力も子供並みという状態だ。

 だが会話なら問題なく行えるので、俺は一番知りたかった事を尋ねてみることにした。


「おい、虎賀。どうして白縫を狙う?」


 突然質問を始める俺に虎賀を運んでいる警察官は何かを言いかけるが、四十万さんがそれを手で制して少しの間待つように計らってくれた。


「…フッ」


 俺の顔を見て、虎賀が笑う。


「何がおかしい」

「お前さんは彼女の父親に頼まれて護衛をしているんだろ」


 俺の経緯を当ててくる虎賀。


「それがどうした」

「いやなに、可哀想だなと思ってな…」

「なに…?」

「あんな父親にいいように操られて、お前さんも、あの子もな…」

「それはどういう…」

「…」


 虎賀は俺の質問には答えようとせず、あとはうなだれてしまうばかりだった。

 それを見て、これ以上この場で情報は引き出せないと感じ、四十万さんが虎賀を護送車に運ぶよう指示を出した。

 結局俺は脅威を取り除くことはできたが、白縫が狙われる理由を聞き出すことはできなかった。



「まあいいじゃねーか。どうせもうメンバーは残っていないんだからよ」


 護送車が走り去っていき、現場には片付けの職員だけが残された中で清野が俺に話しかけてきた。

 殺そうとしたところを俺が妨害した事は特段気にしていないらしく、普通のトーンだった。


「そうだな。取りあえず一旦、合流するか」


 もう白縫を狙う者は居ないだろう。

 その事を伝えて安心させるため、まずは彼女らと合流することにした。

 それと、清野にはある事を伝えなければならない。


「ああ、清野」

「あん?」

「虎賀のヤツ、もう放っておいても長くなかったぜ」

「なに…」


 俺が弱体化や回復をするために虎賀を調べて分かった事。

 もう"ライフの上限値"がほとんどゼロに近かったことを清野に伝えた。

 原因は分からないが、きっとそう遠くないうちに死んでしまう。

 病気か、あるいは先ほどの優芽のような呪いなのかまでは調べることが出来なかったが、ヤツ自身も死を悟っていたのだと思う。

 だから最後に無謀な戦い方をした。


 死に際まで何を求めていたのかは、本人にしか分からない…

 今日から今まで、俺たちは分からないことだらけだな。



 Prrrrrr


 虎賀の状態を知って言葉が出なかった俺たちの間に、電話の着信音が鳴り響いた。

 どうやら清野のスマホに、誰かから着信が来ているようだ。

 清野はポケットからスマホを取り出すと、相手が誰かを確かめた。


「藤林だ」


 着信の相手を確認すると、清野はそのまま電話に出る。


「先輩、塚田さん。虎賀を確保したみたいですね」

「おお、耳が早いな。それでどうした」

「ええ。実はずっと"純潔の輝石"のことを独自に調べていたんですけれど、さっきとんでもないことが分かりました」


 純潔の輝石は今回【手の中】の連中が当初狙うとされていた宝石だ。

 結局俺は一度も関わらないまま、連中が全員捕まってしまったが。


「何が分かったんだ」


「…純潔の輝石、別名"ユニコーン・ルージュ"は、実はだったんです」



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