第67話 兄と倉庫と呪われし妹君

 目の前で地べたを這いずりながら、新見は妹を助けてくれと俺に言った。

 さっきまで戦っていた相手にするようなお願いでは無いが、表情からは真剣さが伝わって来ているのも事実だ。

 俺は真意を確かめるべく、もう少し探ってみる事にした。


「さっきも妹がどうとかって言っていたな」

「ああ…僕は妹の"呪い"を解くために、ヤツらに協力した。飯沼の能力で、一番近くにいる"妹を助ける事の出来る能力者"の名前を調べさせたんだ」

「それが俺だったと」

「みたいだな…君がどういう能力なのか、ますます見当が付かなくなったが」


 呪い…そんなものをかける能力があったのも初耳だが、それを解除することができるのが俺というのも信じがたい。

 かと言って、そんな切り口で俺をこっからどうにかしようという風にも見えないが。


「それを聞いて、俺がハイそうですか、じゃあ助けよう、となると思っているのか…?」

「…思わない。だからこれはお願いであり取引でもある。さっき言ったように、僕の事は好きにしてくれていい」


 いらねー…野郎を好きにしろと言われても…


「全財産もやる。1千万円くらいはあるハズだ…」


 金もなぁ…そういう事じゃないんだが。


 うーん。こいつから貰えるもので、欲しいモノか。

 体は当然いらない。金もまあ、ありゃ貰うがそれが理由と言うのもなぁって感じだ。

 それ以外にはコイツのことをほとんど知らないから、何とも言えんが…


「あ…」

「…?」


 少し考えて、俺は1つコイツの持つもので欲しいものが思いついた。

 それは体術だ。

 コイツの格闘技術は相当高い。もしこれを教えてもらえるなら、俺にとって相当なプラスとなる。

 そろそろ映像学習じゃ限界を感じていたところだ。

 いい機会かもしれない。


「一つ聞こう」

「ああ…」

「お前のその格闘技術、それは誰に習った?」

「…師匠が居る。妹も僕も、同じ師匠から教わった」

「もし俺が妹を助けたとしたら、それを俺にも教えてもらえるのか」

「!ああ、師匠が嫌がっても、僕が必ず説得する…!だから…」


 新見は興奮した様子で話し出す。


「落ち着けって。いいか、お前がただの囮役で、俺の護衛対象に直接の被害を及ぼしてなくて、"手の中"の正式メンバーではない。ここまでが真実だという事を一旦信用して、取引に応じるんだからな。もしこの中で嘘があったり、妹を助けた途端反抗的な態度を取ったら、妹も含めて警察に突き出す。いいな?」

「わかった…嘘はないし、必ず受けた恩は返す」

「よし」


 俺は床に倒れている新見に触れ、最低限の身体能力を戻した。

 新見は立ち上がると、体を確かめる。


「どこかおかしなところはあるか?」

「能力が…使えない」

「そりゃまだ返せないな。不満か?」

「いや、妹が助かるなら一生使えなくてもいい」

「そうかい」


 妹を助けるために、かなりの覚悟をもって動いていることがうかがえる。

 それだけ酷い呪いと、強い兄弟愛ということか。


「じゃあまずはお前をここから出して妹のところに…」

「いや、その必要はない」

「ん?」

「妹はここの倉庫の地下に居る」







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「こっちだ」


 先ほど戦っていた場所の奥の扉を開けると、下へと続く階段が伸びていた。

 手すりや壁は所々錆びており、明かりもほとんどないので、かなり気味の悪い雰囲気だった。

 お化け屋敷と言っても信じてしまうくらいのシチュエーションだ。


 少し歩くと、ある扉の前に着いた。

 鍵はかかっておらず、新見はそのまま扉を開ける。

 すると中には一人の女の子が横になっていた。


「兄さん…?」

「優芽!」


 妹さんは新見 優芽ゆめと言う。

 歳は20歳で大学生。兄は24歳。どちらも能力者だ。


「優芽!しっかりしろ。今お前を治せるかもしれない能力者を連れてきたぞ!」

「本当…?」

「ああ」


 優芽は兄遠流の後ろにいる俺を見て、弱弱しい声で


「ありがとう…」


 と笑いながら言った。

 これは相当弱っているのが分かる。


「この呪いは対象者の生命力を徐々に吸い取って、ゆっくりと死に至らしめるというものだ。能力者で泉気を持っていた優芽は死なないギリギリのラインにいるが、何かのキッカケでいつ死んでしまってもおかしくない状態だ。頼む、視てやってくれ…」

「わかった…」


 俺は優芽のそばに近づき手を取ってみる。

 生命力は確かに無くなりかけており、残り5%が増えたり減ったりしている。

 しかし俺の能力で解呪なんてどうすればいい…

 一旦生命力を満タンにして、そこから…


「色々な解呪師に頼んでみたんだが、呪いが強力で歯が立たなかったんだ。君が頼りなんだ、頼む…」


 そんなことを言われても、数値を操る能力に呪いを解くなんていう効果はないと思うんだが…


 ……いや、待てよ…確かに俺のTunerには呪いを解く効果なんてない。

 が、呪いの"効果"に作用する事はできるんじゃないか…?


「…!」


 思った通りだ…呪いは解かなくていい。

 しかし、呪いの効果で"吸われていく生命力"をゼロにしてやれば…!


 俺は集中して数値を認識し、能力を行使した。

 するとーーー



「!? 優芽!!」

「兄…さん」


 ベッドから起き上がる優芽。

 呪いの効果だけが消え体力を全快にしてやった今、彼女のコンディションは最高のはずだ。


「…どこも悪くないよ…兄さん」

「優芽!!」


 抱き合う2人。

 死の淵まで行った妹の体温を確かめ、無事に戻ってきたことを確信しているようだ。

 俺も、無駄に人が死ぬところを見なくて済んで良かった。



「あのっ!」

「ん?」


 優芽が突如俺を呼ぶ。

 ショートカットでボーイッシュな元気っ娘という感じだ。

 先ほどまで衰弱していたのが嘘のように、エネルギッシュだ。


「ありがとうございますっ!」

「っと」


 突如俺も抱き着かれる。

 俺の体には柔らかいゴムボールが二つ、密着している。

 うん、悪くない報酬である。


「私、毎日毎日ずっと不安で…本当に死んじゃうかと思って…」

「よく頑張ったな」


 軽く頭を撫でると、涙を流し始めた。

 仕方ないので、俺の胸を貸してやることに。

 優芽は声を出さずに、泣いていた。

 うんうん、良かった良かった…


「ありがとうっ」


 後ろから遠流に抱きしめられる。お前もかい!

 そして遠流も泣き始めてしまう。まあ、妹の事でずっと気を張っていたのだろう。

 気持ちは分かる。

 仕方ない、背中を貸してやろう。


 こうして、俺は兄妹に挟まれ5分程過ごした。

 なんだこの絵面は…






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「さて、それじゃあこの倉庫から出るぞ」


 ひとしきり泣いた2人を連れて、俺は1階の倉庫部分に来ていた。

 この中に敵が居ない以上、長居する理由は無い。


「でも、外には警察が居るんでしょ?どうしよう」


 優芽が心配そうにする。

 確かにこのまま出ていけば、俺以外は警察に連行されてしまうかもしれない。

 そうなると俺も格闘技を教えてもらうという約束が果たされなくて困る。

 なので、せいぜい事情聴取をする程度に留まらせるよう誤魔化さなければならない。


「2人には妹を人質に取られた兄キという設定で、無理矢理協力させられたことにする。口裏を合わせてくれよ?」

「わかった」

「事情聴取で一時的に警察に身柄を確保されるとは思うが、捕まったりはしないようにするからさ」

「本当に、何から何まで済まない…」

「いいさ。ちゃんと格闘技教われるように頼むぞ。これ連絡先な」


 俺は遠流に自分の連絡先を書いた紙を渡し、ここからの脱出を試みる。







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「おっ…出てきたぞ」


 俺は肩に気絶している飯沼を担ぎ、倉庫の扉を開けて外に出た。

 すると周囲に潜んでいた先ほどの4人の警察官が俺を出迎えてくれた。

 時間にして1時間弱は経ったところだ。


「そいつが…」

「ええ、"手の中"のメンバーで飯沼というらしいです。今は気絶しているので拘束しました。品河に運ぶんでしょう」

「あ、ああ…それより、後ろの彼らは?」


 警察官は当然俺の後から出てきた遠流たちが気になっている。


「彼らは被害者です」

「被害者?」

「ええ。男の方は見覚えがあるはずです」

「もちろんだ。彼がここを出入りしているのを目撃している」

「横にいる女性は彼の妹で、実はずっと連中に人質に取られていたようです。それで仕方なく、囮役をさせられていたんです」

「囮役?」

「そう。いかにも怪しい倉庫に能力者を出入りさせて、警察の目を引き付けるという、囮。その間に実行部隊が動く手筈だったのでしょうが、四十万刑事の活躍でそれも失敗に終わる、というのが事の顛末ですね」

「うーん…」


 頭を悩ませる刑事。まあすぐに信じろと言うのも難しいだろう。

 しかしこのエピソードの中でほとんど嘘はない。

 事実と違う点は遠流が嫌々協力をしたという部分のみだ。

 それも妹を助けるという目的があったからなので、嘘と真実の間くらいには薄まっている…といいな。


「…」

「…?」


 一度こちらをチラリと見る刑事。

 俺は何食わぬ顔でとぼけて見せた。


「…わかった、信じよう。但し、事情聴取のために一度一緒に来てもらう事になるがそれでもいいか?」

「もちろんです。ありがとうございます。彼女の方は疲弊しているでしょうから、休ませてあげてください」

「承知した。君も協力感謝する」

「いえ、鬼島さんの頼みですし。それに」

「それに…?」

「連中は絶対に今日、全員捕まえなきゃですし」


 これは白縫と、必ずやりきると約束した。


「そうか」

「はい。私は次のポイントに向かいます」

「気を付けろよ」

「はい」



 兄妹と飯沼を連れて、警察たちは離れていった。

 鬼島さんもいるし、悪いようにはしないはずだと思いたい。

 俺は祈りながらも、次のポイントに向かうべくスマホを取り出した。

 すると清野から一通メールが届いていた。


『こっちはメンバーを一人倒した。四十万も一人倒したそうだ。さっきのポイントの内、お前のとこじゃなけりゃ最後の1点にコガがいる』

『最終地点は15:00に突入作戦を開始するらしい。俺は先に向かう。そっちも終わって間に合いそうなら現地で落ち合おう』


 時計を見ると14時ちょいだった。

 ここからポイントまでは20分ちょいで行けるはずだ。

 間に合いそうで良かった。


 しかし、清野も四十万さんも無事でよかった。

 四十万さんは分からないが、ほぼ同時にポイントに向かった清野は俺よりも随分早く敵を倒している。

 メールの着信は今から30分も前だ。


 虎賀に襲われた地点から今俺が居る場所よりも近い場所を選んでいたが、にしたって早いな…

 まあいいや。それよりも最終地点に向かおう。

 俺はスマホで住所を確認し、現場へと駆け出した。







 ________________






 13:20

 横濱のとある廃工場。



「ぐっ…あああああああああ!」

「おらおらどーした?さっきまでの威勢はよ。俺をぶっ殺すんじゃなかったのか?オイ」

「うううう…」

「何か言えよ」

「あああああああああああああああ!」


 清野が、水で出来た刃を使い【手の中】のメンバーである【海部かいふ 了一りょういち】を切り刻んでいた。

 最初こそ海部も清野に向けて攻撃を仕掛けていたが、清野の圧倒的な力を前に成す術なく倒れてしまう。


「チッ…こいつも目的を知らねーのかよ。使えねえ…」


 清野は、虎賀が電話口で話していた白縫がターゲットである理由を、彼なりに探ろうとしていた。

 今回の騒動の発端である宝石と、中心である白縫千歌。

 この二つを繋げる物は何なのかを。

 しかし、目の前の男も詳細を知らされておらず不発に終わってしまい、これが清野に若干の苛立ちをもたらしていた。


「はぁ…はぁ…!ひ、人殺しめ…!」

「はぁ?」


 死にかけの海部は清野に向けてそう吐き捨てた。


「お前、自分が人みたいな物言いをするなよ」

「はぁ…はぁ…」

「いいか?罪もない人を殺した一般人は"殺人犯"だ。法に裁かれて罪を償う。だがな…」


 清野は鋭い目で海部を睨みつける。


「罪もない人を殺した"能力者"は人じゃねえ。"化物"だ。そうなるともう生きる価値はない。法でも裁けない。つまり俺がやってるのは"化物退治"なんだよ。分かったか?化物」


 清野は水で作った刃で、地べたを這いつくばる海部に最後の一撃を加える。

 それにより工場内に完璧に沈黙が訪れたのだった。

 彼の異常なまでの能力犯罪者嫌いは、今回も発揮された。


 彼が相対すれば、生きていられる能力者はいない。

 例え上司に生かせと命令されても、それは変わらない。


 清野は一仕事を終え、ポケットからスマホを取り出した。


「お、また"漏えいメール"か。なになに…四十万が商業ビル内で組員の一人を確保。ってこれ、さっきのトイレのとこじゃねーか。もう一人来たのか。っつーことは、卓也んトコか最後の一点にコガがいるじゃねーか」


 最初の4人。トイレで倒した2人。目の前の1人。四十万の1人。

 この8人を除くと、残り2人がポイントにそれぞれ1人ずついる計算になる。


「げっ、残りのポイントはみんな来るのかよ…まあ仕方ない。卓也に共有しとくか…」


 清野は卓也に情報を伝えると、外にいる同僚に後処理を任せて一足先に最終地点へと向かったのだった。




【全ての財宝は手の中】


 ・飯沼 真人 確保

 ・海部 了一 死亡


 残りメンバー 1人


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