第63話 MAJIでkillする5秒前

◯虎賀天陽という男



 虎賀は、どこにでもいる普通のメンタリストである。

 所謂中流家庭に生まれ、幼少期から甘やかされるでも厳しくされるでもなく伸び伸びと自由な環境で育てられた。

 また、彼は非常に要領がよく大学時代には心理学を専攻し、そこで人心掌握術を身に付けていく。

 言葉の抑揚や所作、相手に合わせた話などで、友人を意のままにコントロールしたり級友の女子を自分に惚れさせるといった事は彼にとってお茶の子さいさいだった。



 小さな世界で、彼は支配者だった。



 大学三年になり、進学か就職かを考える時期に差し掛かると彼は悩んでいた。

 この自分の力を十二分に発揮するにはどの進路に進むのが良いのかと。

 就職面接はハッキリ言って楽勝だと考えていたし、SPIテストも問題ない。

 院進学も、進学自体は全く問題ないと感じていた。何故なら彼は勉強が出来るからだ。


 考えすぎて「どっちでもいいかな」と思い始めていたときに、思いもよらぬ人物から声をかけられた。

 それは芸能事務所のスカウトマンだ。

 スカウトマンは、見た目がよく勉強もできる『クイズ番組の素人代表』を求め偏差値の高い大学を回っていたところ、虎賀の噂を聞きつけやってきたという。

 そして彼は芸能界に入った。


 しばらく彼は現役大学生クイズタレントとして各局のクイズ番組に出演していたが、心理学を学んでいることに目を付けた事務所がやがて彼を心理学系タレント「エンタリスト【Taiga】」として世に送り出した。

(エンタメ+メンタリスト=エンタリスト)

(虎賀=虎=タイガー=Taiga)


 ちなみに、以前までテレビ出演するときは本名ではなく"相川大河"名義で活動していたので世間的にはこちらの名前の方が通りが良い。


 その後Taigaは多くのクイズ大学生の一人としてではなく、エンタリストとして一人でテレビ出演することが増えた。

 彼は著名人や大物俳優を相手にカード当てや色当て、ジャンケンなどの勝負を仕掛けそれにことごとく勝利していき、またその他にも様々なパフォーマンスを行い心理掌握の能力を世に知らしめていった。


 稼いだ金で手に入れた高級マンションの一室で、虎賀はこう呟く。


「懸命に学んだことで、やるのが手品の真似事とはな…」



 虎賀は辟易としていた。

 金は手に入るが、自身の能力の使い方に疑問を抱き続けているのだ。


 彼は番組でヤラセや仕込みなど一切行わず、常にゲームには本気で臨み勝ち続けていた。

 始めは番組のスタッフ側から仕込みの提案をされたが、丁寧に断っている。

 その代わり対戦相手を事前に調べることに手を抜かなかった。


 相手は素直に戦うタイプなのか、こちらの裏をかいてくるタイプか、目線などを逆手に取るような人か、それとも何も考えていないのか、など。

 それを踏まえた上で相手の一挙手一投足を観察し、心を読み、ゲームに勝ち続けていた。


 しかし彼のヤラセを疑う声は番組出演が増えれば増えるほど多くなっていき、番組スタッフや関係者が「あれはガチ」だとヤラセを否定しても、収まる事は無かった。

 しかし虎賀にとってそんな声は取るに足らない雑音でしかないのだ。

 何故なら、自分がテレビカメラの前で披露している芸を、自分が一番下らないと思っているからだった。


 テレビ局のスタッフや事務所の人間にはこれまでずっと支えられお世話になっていたので、虎賀はとても感謝している。

 良い暮らしが出来ているのも周りの人間の力があってこそだと本気で思っているし、そこに驕りはない。

 だが、それでも自分の仕事に嫌気を感じるのは止められなかった。




 __________




 彼がエンタリストとして芸能活動を始めて二年が過ぎた頃、彼は都内にあるビルのガス爆発事故に遇ってしまう。

 9人もの死者を出したその事故で彼は救急搬送され、事故の二日後に病院のベッドで目を覚ました。


「ここは…?」

「あら、目を覚ましたのね。ここは順地堂病院よ」

「病院…?何で…」

「ビルでガス爆発があって、貴方はその現場にたまたま居合わせてたのよ。覚えてない?」

「…」


 虎賀は必死に思考を巡らせるが、目を覚ます前のことが思い出せずにいた。

 まるで記憶に靄がかかっているように目的の記憶に辿り着くのを邪魔されているような、そんな感覚に陥っていた。


「あなたタレントさんでしょ?大変ねぇ。幸い怪我は大したことないから、すぐに復帰できると思うけど」

「はぁ…」


 お喋り好きの看護婦が虎賀に矢継ぎ早に話しかけている。

 それを虎賀はまだ完全に覚めやらぬ頭で必死に対応していたが、やがて看護婦が


「あら、先生呼んで来ないといけないんだったわ。ごめんなさいね、ちょっと待っててくれる?」


 と、虎賀の意識が戻ったことを医者に伝えるため、病室を出ていこうとした。

 そこで虎賀は看護婦に


「あの、すいません…」

「ん?」

「さっきから天井に書いてある【ストレージ】って文字…これは何ですか?」


 と先ほどから気になっていたことを質問した。

 ただの好奇心だった。

 こんな綺麗な大学病院に落書きなんてあるとは思えないが、ではなんの意味があって書いてあるのか…それが気になっていた。

 ベッドに寝たままの状態で、天井を見ながら話す虎賀に看護婦はーーー



「なぁに、それ?なんも書いてないわよぉ」


 と答えた。




 ___________







 彼は事故後程なくして退院した。どこにも異常が無いからという理由で。

 だが視界に常に表示されている文字を確認し、虎賀は自分の頭か目がおかしくなってしまったと感じていた。

 そして自分を診察した医者の診断が誤っているとも思っている。


 文字は最初、病室に書かれているものだと思っていた。

 しかし目線を移動させても、病室の外を歩いていても消えないところを見て、「ああ、自分の目に

 映っているのか」と理解する。

 目に現れる症状として、視界がぼやけるだとか黒い点が浮かぶようになるというのは分かるが、ハッキリ文字が浮かんでいるというのは明らかに普通ではない。

 今のところ「鬱陶しい」以外の弊害がないのが幸いだが、ずっとあっても邪魔だと感じていた。



っ…!」


 その時、虎賀の頭に軽い痛みが走る。

 思わずブロック塀に手を付き、何事かと頭を押える。

 そして数秒の後ーー


「……そうだ。これは、この文字は…俺の能力だ」


 突如として自分の視界に映る文字と、自身に宿った能力を理解する虎賀。

 何故だかは彼自身にも分からないが、自分に宿った"ダウンローダー"の能力の全容を把握した。


 ダウンローダーは、術者が食らったり説明を受けたりし理解した能力がまず"ライブラリ"に保存される。

 以降術者はライブラリにある能力を泉気を消費してダウンロードし、ストレージに保存する。

 するとその能力は"術者の能力として"好きに使用することができるようになる、というのがこのダウンローダーの能力の内容だった。


 能力とストレージには"数値"が存在し、術者はストレージの数値いっぱいまで能力をダウンロードし同時に使用することができる。

 数値が小さい能力=弱かったり単純な能力なら、いくつも同時に使用できるが、強力だったり複雑な能力は1つか2つしかストレージに置いておけないようになっていた。

 また、ダウンロードにかかる時間も数値の大きさに比例する。


 ダウンロード、ストレージ維持、能力行使、どれも多量の泉気を使うので、戦闘の前から予め能力を用意しておくのは現実的ではなく、一人で複数能力を使えるメリットの対価と言える。

 もちろん長期戦や連戦にも余り向いていない。



 まるで初めから知っていたかのような知識の流入に若干戸惑いながらも、自身に発現した超常なる能力を分析した。


(っつーか…そもそも他の能力者がいないとダメだなコレ…)


 虎賀はこの能力の根本的な弱点に気がついた。

 一人の人間が複数能力を扱うというのは確かに強力だが、ライブラリに能力が複数ないと意味をなさないということに。


 この時虎賀は、世界には同じように超能力に目覚めている人間が多くいるということをまだ誰からも聞いていないので、自身の能力が無価値だと思うのも無理からぬことだった。

 泉気を纏う事で身体能力が向上しているというそもそもの効果にも気づいていない。


 とりあえず虎賀はダメもとでライブラリを確認することにした。

 もしかしたらゲームで言う初期能力みたいなものが入っているかも。

 そういう願いにも似た期待で視界の隅のライブラリを開いてみた。

 するとーーー


(あれっ…?)


 虎賀は見つけた。


(あるじゃん、能力…)


 自分のライブラリに9格納されていることに。





 _______________








 事故後、虎賀は事務所に退所の意思を伝えた。

 契約があるので直ぐにとはいかなかったが、1年の期間をおいてエンタリストTaigaと相川大河はこの世から居なくなった。

 引退を発表した時は一瞬世間を賑わせたが、半年もすれば落ち着き、一年もすれば皆の記憶から消えていった。

 これは虎賀のタレントとしての力云々ではなく、世間の興味などそんなものだという事に過ぎなかった。


 かくして虎賀は有名人と言う肩書を捨て、一般人の中に再び身を投じる事になった。

 しかし本当はこれまでが一般人で、今はもう超人という領域に入っているのだ。

 彼は既に能力者組織からの接触も受け、"異世界"の事情や能力者についての事を概ね把握していた。


 さらに、ある人物から"純潔の輝石"の情報を聞き、これの入手を最大の目標とした。

 虎賀は、この宝石に金銭的価値以上のものがある事を知ってしまったのだ。


 財宝を狙うという目的の組織を組んだのも、本命を入手するための体裁に過ぎない。

 だが彼の人心掌握術と、ライブラリに入っていた"聞くとリラックスする声を放つ能力"の組み合わせで賛同する同志が集まった。

 あとはひたすら、輝石を探した。

 そしていよいよ探し当て、彼は動いたのだ。







 ________________________________








 とある公園のベンチに、俺たちは四人で座っていた。

 先ほどの広場から離れろという事で、辺りを警戒しながらこの公園に移動し清野たちを待つことに決めたのだった。

 海を望めるロケーションに人通りの少なさ、そして視界の広さが今の俺たちに丁度よかった。

 また、ベンチは三方を壁で囲まれており、強化してやればちょっとした防壁にもなる。

 田舎のバス停みたいだ。


 清野たちが上手く対処してくれていれば、残る敵はあと4人。

 その内、渡会たちから得た情報によるとイイヌマとかいうやつはハガキでの情報収集能力だから、戦闘向きの能力者の可能性があるのは3人。

 ようやくこちらの戦闘要員と頭数が揃いそうだ。

(さっそく藤林くんを数に加えているのもどうかと思うが)


 だが、イイヌマが矢井田のように銃で武装していたら当然こちらの脅威となる。

 ヤツらなら、多くの銃火器を用意していても不思議ではない。

 それに他に助っ人がいないとも限らない。

 そうなるとあと4人という計算も安易に受け入れない方が良いのかもしれないな…


 とは言え、自分たちの正体をひた隠しにしてきた連中に、正規メンバー以外の助っ人を用意しているというのもしっくりこない。

 仲間が増えればそれだけ情報漏えいのリスクも高まる。

 助っ人の方も、警察を敵に回している連中に好んで力を貸したりするだろうか。

 よほどの見返りがないと、ヘタしたら今後の人生を棒に振るかもしれないような依頼を受けたりはしないだろう。


 とまあこれ以上埒のあかぬ想像をしていても仕方ないので、一旦「連中は10人」、そして「残りの敵は4人」ということにしておこう。


 もし次に俺たちを襲ってきたやつがコガ テンヨウの事を知らないのであれば、そいつは金かなんかで雇われた追加の脅威であるということ。

 あるいはコガのことを知っているヤツが本人を除いて4人以上いるようなら、組織の人数が10人と言う前提が崩れる事になる。

 まあその時はまた考えればいいか。

 どちらにせよ、俺が目で見て名前を確認するのと、いのりが心を読んでコガというキーワードを拾わなければならない為、この先何度かの接触は避けられない。


 できれば早いところコガを確保し、白縫が狙われる原因を取り除きたい。

 コガ以外の連中は白縫を狙う理由を知らされていないところを見ると、コガさえ捕らえれば残りのヤツは白縫を狙わないのかもしれない…というのは楽観的過ぎるかな。



 海の上を進む遊覧船を見ながらそんなことを考えていると、ポケットの中のスマホが振動した。

 確認すると、清野からもうすぐここに着くという内容のメッセージが届いていた。

 どうやら無事にあの2人を捕らえたみたいだ。

 このスピード感だと、また手柄あとしまつを誰かに譲っおしつけたんだろうな。


「何ですって?」


 横に座る愛が俺に聞いてくる。

 送信者が誰なのかは分かっているようだ。


「清野から。もうすぐ着くって」

「そうですか」


 少し安心したように答える愛。

 2人の無事もそうだが、俺以外に戦力が増える事に安心したのだろう。

 やはり戦えるのが俺しか居ない状況が続いたことで、精神的な負荷をかけてしまっていたに違いない。

 これでようやく連中とやりあえる人材が増えたのだから、過度な緊張感から解放されるかな。


(愛は卓也くんの護衛に不安なんか感じてないわよ)

(いのり…?)


 先ほどから周囲の警戒をしてもらっているいのりに俺の心の声が聞こえていたらしく、突然話し掛けられた。心の声で。


(あの2人の無事を確認できたことに安心していただけで、さっき卓也くんが考えていたような不安なんかこれっぽっちも感じていなかったわよ)

(そうなのか?)

(そうよ。だってもう連中には指一本触れさせないんでしょ?それは白縫さんだけなのかしら)


 いのりの顔を見ると、楽しそうに微笑んでこちらを見ていた。


(…まさか。誰一人触れさせないって)

(でしょう。だから私たちはその言葉を信じているわ。白縫さんもね)

(そう…か)


 そこまで信用されているなら、何が何でも応えないとな。

 敵が10人じゃないなら、何人だって捕まえてやる。

 そして俺たち全員無事に帰ろう。


(まったく、いのりには敵わないな…)

(あら、惚れ直したかしら?安心して、両想いだから)

(はいはい)

(ふふ…)


 昨日落ち込んでいた少女に、いい感じに背中を押された。

 精神的にも能力的にも支え合って、俺たちはこの絶望的な状況から抜け出していく。

 それが何だか楽しく思えたのだった。

 よし―――


「オ…オレ…神多に帰ったら会社行くよ…アツアツのピッツァも食いてえ。ナラの木の薪で焼いた故郷の本物のマルガリータだ!ボルチーニ茸ものっけてもらおう!」

「あの、突然変なフラグ立てるのは止めてもらえますか卓也さん。あと、あなたの故郷には本物のマルガリータはありませんよね」

「来週ですね、神多に帰ったら結婚するんす私たち…」

「いのり様まで変なフラグを立てないでください。あと、するんすって何ですか?そんな口調初めて聞きましたよ」

「バカじゃないの…」


 突然変な事を言い出す俺と、それに乗っかるいのり。

 そしてツッコミが追いつかない愛と、呆れたように笑う白縫。

 昨日の時点では想像も出来なかった変化が俺たち4人の間に起きていた。

 これからもずっと、こんな風にふざけあっているような関係で居たいと思えるほどに。




「よぉ」

「清野」


 それからすぐに、清野と藤林くんが俺たちのいる場所にやってきた。

 2人は俺らが座るベンチの前に立ち、清野は待たせたなと一言告げた。


「早かったな。あの2人は?」

「始末したよ。また昨日の四十万ってヤツに任せてきた」

「…そうか」


 清野の口から、あっさりと先ほどの連中を殺したことを報告される。

 まあ命のやり取りをしている相手に手心を加える方がおかしいか…

 追加の情報を得られないのが少し残念だ。


「無事で何よりだ」

「たりめーだろ。能力使えないヤツに後れなんて取るかよ」

「…だな」


 だったら生きたまま捕まえろよ、とは言わない。

 今回の件でかなり借りを作ってしまっているからだ。

 過ぎた事は置いておいて、今後の方針を話すことにしよう。



「で、早速だが残りの4人を―――」


 俺が早速敵の残りについての対策を話そうとしたところ、肌を刺すような空気が辺りを包んだ。

 続けて、座っている俺たちの前、立って俺たちに向いている清野と藤林くんの後ろ5メートルの辺りに、強烈な"泉気のうねり"が発生していた。


「藤林」

「はい」


 俺と清野と藤林くんがほぼ同時に動き出していた。

 俺は立ち上がると、カバンから耐火ブランケットとアルミ毛布を重ねたものを取り出し広げる。

 それを座っている俺以外の3人が隠れるように覆い被せ、能力で硬質化を施す。

 そして硬くなった布の端をベンチの壁に刺して、即席の耐火シャッターを完成させた。


 この布は先ほどカフェからこの公園に来る途中にあったキャンプ用品の専門店で購入した。

 多人数をまとめて攻撃から守るためにはどうすればよいか考えたとき、大きな布を被せて強化すれば良いという答えにたどり着いた。

 そして素材は硬度を上げやすい金属が理想で、かつ熱に強いもの…

 そうなるとそれぞれの特性の布を二枚重ねで使おうという発想に至り、それらを入手できそうな場所としてキャンプ用品店に寄ってみたところ見つけることができた。

 まさかこんな早く使うことになるては思わなかったが。


 一先ず3人を守る用意を終え後ろを振り向くと、そこには異様な光景が広がっていた。


「これ…は」


 先ほど泉気が発生していた場所を覆うように、"水と粒子"が殻を形成していく所が見えた。

 素早くて細部はハッキリと分からないが、一番内側が水の殻でそれを包むように砂?の殻が作られ、一番外側をさらに水が包み鏡のように周りの景色を反射している。

 これで一見すると何もないように思える、見事なカモフラージュが施された。


 2人を見ると、どちらも手掌で対象を操っているような素振りはない。

 それどころか、清野はポケットに手を突っ込んでいる始末だ。

 しかも最低限の声掛けで瞬時にこれだけ的確に対応するあたり、場馴れ感が凄かった。

 1つ分かったのは、藤林くんの方が砂などの粒子状の構造物を操る能力者だということだ。

 かなり応用が利きそうだし、清野が信頼を置いているだけあって精度も凄まじい。


 そして数秒後、小さく低い衝撃音が殻の中から響いた。

 爆発が起きたと思われるが、殻が傷ついている様子は一切ない。

 やがて2人が能力を解除したのか、殻が崩れると中からは煙と泉気の残滓が空気中に広がった。

 誰かが爆発で俺らをまとめて始末しようとしたようだ。



 誰かって、そんなのは分かっている。


 ベンチから500メートルくらい離れたところに、光の塊が見えた。

 俺はその形に見覚えがある。

 最初に捕らえた【全ての財宝は手の中】のメンバーが持つ瞬間移動能力の出入り口だ。

 そこに今まさに、入っていこうとする人物の姿が目に映る。


 俺の目には、ハッキリと【虎賀 天陽】という文字が映っていた。


 虎賀はこちらを微笑みながら見ており、まるで挨拶だと言わんばかりの態度だった。


「虎賀ァ!!!」


 俺は虎賀に向けて叫んでいた。

 果たして声が届いていたかは分からないが、虎賀は例のカードを取り出すとその場に落とし、そのまま扉の中に消えていった。

 一瞬だが、カードには宝石を掴む右手が描かれているのが見え、虎賀の勝利宣言のように思えた。

 わざわざ挑発しに姿を晒したんだ。



「ふぅ…あの野郎…」


 俺は即席シャッターを解除しながら、挑発に対して上りそうな頭の血を抑えようと深呼吸をする。

 キレてる場合じゃない事態が起きた。


「清野」

「ヤツは能力をコピーして複数使用する能力の可能性が高いな」

「ああ」


 最初の爆発だけならともかく、あの移動系能力は明らかに小野ってヤツのものだ。

 そうなると虎賀はそいつのをコピーしたのだろう。

 しかも近くに泉気を纏った人間の気配が無かったということは、最初の爆発も虎賀がやったと見ていい。

 清野の言う通り、虎賀はコピーと複数同時使用の二つを行える能力を持っている術者である可能性が高い。


 こんな厄介な能力、ますます放ってはおけないが、どうやって居場所を割り出せば…


「卓也」

「ん…?」


 俺が頭を悩ませていると、スマホを弄りながら清野が話しかけてきた。


「ヤツらの居場所、突き止めたぞ…」

「…は?」



 友人の顔は、またしても悪い顔だった。

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