第62話 名優
清野の目の前のスマホには「通話終了」の文字が表示されている。
今しがた能力者組織のリーダー虎賀と会話をしていたが、お互いに言いたいことを言ったので、お開きとなった。
虎賀は良いことと称して何やらヒントらしき言葉を残していったが、現状ではノイズでしかないと判断し早々に思考を打ち切った清野。
そしてスマホの画面表示が消える前にそのままどこかへ電話をし始めた。
水で象った触手は、通電式のタッチパネルを易々と操作する。
しばらくコール音が鳴っていたが、やがて誰かが応答した。
『誰だ…?』
「俺だよ俺」
『詐欺か?』
「何でだよ。清野だ」
『何だお前か。知らねー番号だから誰かと思ったぞ』
「何だとはご挨拶じゃねーか、四十万さんよォ」
電話の相手は昨日清野が卓也のために寄越した特対の四十万だった。
『何だよ…こっちゃあ昨日収監した連中の取り調べが今からあんだよ。用がないなら切るぞ?』
「いいのかそんな事言って?」
『あぁ?』
「もう二人分、手柄を追加してやろうってのになぁ」
『…また捕まえたのか…?』
「今度はもう死んでるけどな」
足下を見て、二つの体と二つの首を確認する。
鋭利な水の刃で切断された断面は非常に綺麗で、また抵抗する間もなく処された二人には首以外に傷らしい傷がなく綺麗な状態で倒れていた。
切断面からの出血を抑えるため、清野は能力で"血液の蓋"を作り、現場を綺麗に保存している。
清野は今朝から今に至るまでの経緯をざっくりと四十万に説明した。すると―――
『お前は友達と違って、スマートじゃねえなぁ…何で殺す?別に生け捕りにもできただろう?』
「余計な情報を話すところだったんだよ。別にいいだろ。それよりも来るのか?来ないのか?来ないなら適当に通報して消えるからな」
『……わーったよ…、とは言え時間かかるぞ。こちとら"自分で捕まえた"ホシほっぽりだして何故か横濱にもっかい行くんだからな。これでその二人も俺の手柄にすんのハードすぎねえか?』
渋々清野の提案に乗るも、厳しい状態にあると愚痴る四十万。
というのも昨日は卓也たちが捕らえたメンバーを四十万に引き渡すのに、「匿名の通報があり近くにいた四十万が駆けつけた」という偽のシナリオを用意した。
しかし今回四十万たちは品河におり横濱に駆けつけるという条件が厳しい状況にある。
手柄は欲しい。しかし自然に品河から抜け出す理由が欲しいという四十万に清野が進言する。
「"竜"に乗って来いよ。30分くらいだろ」
『
「交換型テレポーターのあいつは?何て言ったっけ…」
『あいつは今九州だよ』
いくつかの能力者を列挙し、四十万が横濱に来るための案を出す清野だが、中々ハマらない様子であった。
さっさと四十万に来させて卓也たちと合流したい清野もあの手この手を考えていた。
そして―――
「じゃあタイナカだっけ?アイツでいいだろもう。今日は出番だったろ」
『あん?コピー能力なんてなんの役に……』
少しの沈黙。しかし程なくして。
「イケるだろ?」
『…これで行くか。貸しにはなるが、ヤツは口が堅いしな』
「そうと決まりゃ段取りを組むぞ。んで、用意できたら"テレビ電話"をかけてこい」
『ああ』
二人の警察官による、四十万横濱転送作戦が開始された。
_________________________
「あっ…四十万さん、そろそろ取り調べ始めますよ…って、多伊中さん、珍しいですね。どうしたんです?」
四十万の部下である男が、中々取調室の前室に来ない四十万を探し歩いていたところ、目当ての人物と一緒にいる珍しい同僚を見て思わず声をかけた。
「ちょっと事務処理があって品河に来たらそこで四十万さんに会ってね」
「ああ、たまたまな」
「じゃあ、僕は失礼しますね」
「おう」
「お疲れ様です」
同僚が去っていくのを見守った男は、改めて四十万に声をかける。
「四十万さん、そろそろですよ」
「わーってるよ。ヤニ補給しようとしたらアイツとたまたま会っちまったんだよ。ちょっと吸うから、ここにいろよ」
「え、ここにですか?」
男はなんの変哲もない収容施設の廊下を指差す。
そこには、「前室に行きたいんですけど」という感情がたっぷりと込められていたが、四十万は無視して廊下を歩きだし、男から離れ通路の角を曲がった。
男の「ちょっと…」という声が聞こえたが、その声は廊下の角を曲がれず空気中に霧散した。
「はぁ…」
男は律儀にその何もない廊下で待つため、壁に寄りかかり天井を仰いだ。
綺麗に掃除しているものの経年劣化で汚れてきた天井には、床や壁と同様に人間の興味を惹くようなものは何もなかった。
男はスマートフォンを取り出し業務連絡などが入ってないか確認しようとしたが、画面には日時と愛車の赤いスポーツタイプの車が表示されているのみで、メールも電話も入っていない。
「ふぅ…」
丁度、男が2度目の溜め息を吐いたとき―――
「うおおおおおおぉぉぉ!!」
と聞き慣れた男の悲鳴が廊下の奥から聞こえてきた。
「! 四十万さん!?」
男は脱力している状態から素早く廊下を駆け抜け、声のする廊下の角を曲がった。すると
「くそっ!グゥ…!」
「四十万さん!!」
男の視界に飛び込んだのは、四十万が廊下に現れた光の扉に今まさに引きずり込まれようとするところだった。
男は瞬間ヤバイと感じたのか、泉気を身体中に巡らせ臨戦態勢を取る。
「来るな!」
まさに駆け出そうとした男に四十万は物凄い剣幕で指示し、男は思わずビクッと体を強張らせた。
「【全ての財宝は手の中】の連中の仕業だ…!来たらお前までやられるぞ!」
四十万は光の扉の縁に捕まり、必死に抵抗していた。
そして抵抗しながらも、何とか必死にといった様子で男に指示を出す。
「ヤツら、報復しようって腹らしい。恐らく横濱に俺をこのまま飛ばすようだ…」
「そんな…!」
「いいか、横濱だ!横濱に来い!こっちはヤツラをできるだけ減らしておくから、なるべく早く応援に来るんだ!」
四十万は抵抗むなしく、光の扉に吸い込まれてしまった。
「…こうしちゃいられない」
男はすぐに仲間のいるところに向かい、今の出来事を報告しようとしたのだった。
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「…」
「…」
「ぐっ…!離せタココラ…っ!」
多目的トイレでは、光の扉から肩より上以外を出している四十万が扉の縁を掴みながら自分で顔を扉の向こう側に出したり引っ込めたりしていた。
足はトイレの床についており、さながら横懸垂のごとく腕の力を使い運動を行っている。
時折暴言を吐きながら…
「横濱だぞ!いいな!!」
そう言うと四十万は扉から手を離し、ゆっくりとトイレに移動した。
そして能力で具現化していた光の扉を閉めると、スーツの襟を正し、一息ついた。
「よぉ…千両役者」
「よせよ、ハハ」
清野の皮肉を難なく受け止め、四十万は笑った。しかしすぐに真面目な表情に戻ると
「コイツらか、組織の連中ってのは」
と清野に床に倒れている男女の遺体の身元を確認をする。
「そうだ。止血と血液循環はしてあるから、死亡時刻が合わないことはないぜ」
見ると、まだ遺体は心臓が稼働し生きているときのような血色をしている。
これは清野の能力で体の血液を操り、筋肉への酸素供給や皮膚の鮮度維持を行っているのだった。
「大したもんだな」
四十万は素直に驚きを口にした。
警察内部に他に水や液体物を操る能力者は居るが、ここまで器用な事ができる者を四十万は知らない。
ふと昔そこにいる藤林から、清野がここまで能力を精密に操れるのは『間違って一般人を自分の能力で傷付けないようにするため』だと聞かされたことを思い出した。
「別に。それより、ナイフかなんか持っているか?」
「ナイフ?んなもん持ってねぇよ。急きょここに来たんだからな」
「そうか。なら男の方が持っていたナイフを使うか」
そういうと清野は水を操り倒れている男のズボンからナイフを取り出すと、四十万の手に持たせた。
そして今度は二人の血液を操り、ナイフに軽く付ける。
「もうそれは捨てていいぞ」
「俺が二人を殺ったと」
「そうだ。敵から奪ったナイフで反撃し、敵の殺害に成功…とまあそんなとこだな」
シナリオまで用意し、四十万に手柄と事後処理を押し付ける準備が完了した清野(と藤林)はーー
「じゃあ、俺らは卓也んとこに向かうから、あとよろしく」
「四十万さん、よろしくお願いします」
と、ここから離れようとした。
「なぁ」
「ん?」
多目的トイレから出る為、「開」ボタンを押そうとしたその時、四十万からふいに声が掛けられる。
「ホントにやるのか、連中の全滅を」
「アイツがやるってんだから、やるだろ。仕方ねえけどな」
「そうか…」
「ああ。できるできないじゃねえ。やるんだってよ」
「はは…」
「もういいか。行くぞ」
「ああ。何かあったら手伝うからな」
「おう、もう十分助かってるけどな」
右手を振り、藤林共々トイレを後にする清野。
残された四十万は、仲間に自分の安否と二人の能力者を始末した旨を伝え、迎えを待つことにしたのだった。
清野は、卓也から送られてきた移動先に藤林とともに急いで向かった。
【全ての財宝は手の中】
静間裕太
杉内歩夢
死亡
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