第64話 参ったね
◯報告書の確認
警察庁 刑事局 特殊犯罪対策部、通称「特対」内部は朝からとある話題で持ちきりだった。
犯罪組織【全ての財宝は手の中】のメンバーが、昨日と今日で6人も確保されたからだ。
(内2人は死亡している)
この組織には半年前くらいから非常に手を焼いており、既に同胞を何人も失っている。
その後民間の組織と手を組んでも何の成果も得られなかったところに、ここにきて一気に複数のメンバーを捕らえたともなれば盛り上がるのも仕方のない事だ。
4人を捕らえ2人を仕留めたのは、四十万と言う職員だ。
彼は特対の中でも警察官から能力者になった者たちで構成される【第2課】に所属しており、ひときわ出世欲の強い男だと聞く。
今回の手柄で、彼は特対内でもかなりの地位を得ることになるだろう。
本件の一連の動きを確認する為、電子報告書ファイルを開く。
・土曜日の夜に四十万職員から、組織の組員4人を拘束したとの連絡が入る。その後拘束した4人を品河の収容施設に搬送。
・明けて日曜日。朝、四十万職員が4人を事情聴取するため収容施設内にて待機していたところ、敵の能力者に連れ去られる。
・四十万職員より、移動系能力者に連れて行かれた先で2人の組員を討伐したとの連絡を受け、現地職員が現場に向かう。
報告書はここまでで終わっていた。情報共有のための簡易版だが、大体のいきさつは把握できる。
時間的に、横濱に配置した職員と四十万職員が合流している頃だろう。
報告書を閉じると、座っていた椅子を90度回転させ先ほどよりも深く背もたれに体を預ける。
1週間前から横濱への人員配置やらなんやらで根を詰めていたツケが、若くない私の体に襲い掛かったようだ。
目頭を押さえ、淹れておいたコーヒーを一口すする。
「ふぅ…」
一息ついて改めて考える。
この報告書だけ見ると、四十万職員が非常に優秀で、今回の逮捕劇は彼の独壇場であるように思える。
しかしここに"あるピース"を加えると、完成する絵は途端に変わって来る。
玄田さんの依頼で横濱に行っている塚田くん。
突如休暇を取った清野くんと藤林くん。
これらのピースもそれぞれ単体で見ると、なんて事の無い要素だ。
塚田くんに至っては警察内部の多くの人間は知らない。
いち民間組織の人間が、護衛任務で横濱に来ている。
ただそれだけの認識で終わるような内容だ。
しかし彼の持つ不思議な魅力と、物事の中心になる資質。
後者は勝手に私が思っているだけだが。
そしてそんな彼の友人の突然の休暇…関係ないと思う方が無理な話だろう。
それらを把握していると、最初の現場となったホテルの配備エリア外にいるハズの四十万職員の突然の『組員4人逮捕』や、転送からの『2人討伐』はそのまま呑み込めない報告だ。
四十万職員の実力を疑うわけでは決してない。彼は非常に優秀で、2課内での実力の高さも折り紙付きだ。
とはいえ、彼だけでは今回の偉業は絶対に達成できないだろうと思う。何せ相手はこれまで我々に対し一切尻尾を掴ませなかった相手だ。
流石に探知系能力者もなしに過半数の組員確保は、ありえない。
だからと言って別に今回の報告書に異議申し立てをするつもりは毛頭ない。
部下をコントロールする能力にも優れている彼は、もっと出世した方が良いと考えているからだ。
椅子をさらに90度回し、パソコンデスクとは反対側にあるホワイトボードにペンで『マル』と『矢印』を書いていく。
室内にはキュッキュと小気味よい音が鳴り響き、10個以上のマルと矢印を書いたところでマーカーのキャップを一旦しめる。
「こんなとこかな…」
ボードの中心に「
10個のうち6個の(全)にはバツ印が付けられている。
(塚)からは(清)と(藤)に矢印が伸びており、(清)からさらに(四)に矢印が伸びていた。
(四)から出た線はバツが付いている(全)を囲っている、という図を書いた。
「うーん…どうして塚田くんは狙われたんだろうね」
独り言を言いながら、(塚)の横に(?)と付け加えておく。
狙われる理由は彼自身かもしれないし、彼の同行者かもしれないし、彼の持ち物かもしれない。
このあたりは想像の域を出ないので、現状クエスチョンマークにしておく。
この図もあくまで私の想像なのだがね…しかし、探し出すのが困難な連中を捕まえるには、"狙われる"のが一番だ。
「さてさて、このまま彼らが黙って待つとは思えないな…」
次の展開は、恐らくこうだ。
私はマーカーで、塚田くん清野くん藤林くんからそれぞれ残りの(全)に矢印を伸ばした。
そうなると、最善の手段はーーー
「鬼島部長代理、いらっしゃいますか?」
男性職員が私の居る部屋を訪ねてきたので、私はその職員に部屋に入るよう促した。
すると「失礼します」と言い、部屋の中の私のもとまで歩いてきた。
「どうしたのかな?」
「は。頼まれていた観測映像の解析が終了しました」
「どうだった」
「横濱市内に6か所ほど、泉気を纏った人間が数日前から出入りしている今は使われていない建物がありました。さらに今日の時点で出入りがあったのは3か所で、現在各建物を複数の職員で見張っております」
「よくやった。その建物の位置情報を、一旦私に送ってくれ」
「かしこまりました、すぐに送信致します。失礼いたします」
男は素早く回れ右すると、自分のデスクに戻っていった。
「さて、と」
これまでの半年間は敵さんからの不意打ちだったため、事前の潜伏先調査などは行えなかった。
だが今回は横濱に来ると仮定して、人員の配置と同時に観測能力による探査網を張っておいた。
もちろんこの短い期間で何日分もリアルタイムで解析するのは現実的ではないので、最初の4人が捕まった昨日の夜から何日か遡って観測能力者の映像出力を解析させ、怪しいところを探っていたのだ。
ビデオでいう所の、録画だけしておいて後で必要な番組だけ抽出したというわけだ。
範囲が広大でウチの術者はかなり疲弊してしまったが、数日間網を張っていたおかげで泉気を消す前の敵を映像に押えることが出来、解析の早期完了に繋がったと言える。
泉気を纏っている人間は組員以外にもいるので、判断材料としては"途中で泉気を消した人間"に絞って調べさせた。
そうこうしているうちに、私のPCに先ほどの職員から潜伏先リストが届いた。
なるほど、この3点のどこかに組織のリーダーが居るんだな。
あとはこの報告を、間違えて関係ない休暇中の職員に送信しないようにしないといけない…
____________________________
「ヤツらの居場所、突き止めたぞ…」
清野から驚きの発言と共に、スマホの画面を見せられた。
画面には地図が表示されており、その中に赤いピンが3つほど打ってある。
「ここにやつらがいるのか?」
「たぶんな」
「残りの人数に対して、拠点の数が合わないみたいだけど」
「ひとり一ヶ所じゃないんだろ。最初は全部で六ヶ所だったらしい」
なるほど。
まあ合流の手間だけを考えると固まっていた方がいいわな。
特に最初の4人は打ち合わせなんてするならバラバラの拠点は非効率か。
「で、虎賀はどこよ」
「さぁな」
「さぁなって…」
「仕方ねーだろ。この情報だって本来俺には開示されることの無いモンなんだからよ」
お前は"透明なパイプ"を警察内に沢山持っているな。
思わず感心してしまう。
「俺らなら映像をよく見りゃどれが虎賀か分かりそうだが、生憎そんな時間も権限もねえ。ここは博打だな」
「映像があったのか」
「ああ。観測者の能力でな」
位置情報ですら普通には貰えないなら、映像を見るなんてもってのほかってことか。
「攻めるとこ、特別にお前から選ばせてやるよ。俺は余ったところに行く。藤林は3人の護衛を頼む」
「分かりました」
「さっき見てたから分かると思うが、こいつの防衛力は俺が保証するぜ。心配すんな」
「ああ、頼りにしてるせ、藤林くん」
「光栄です。あと僕のことは呼び捨てで構いませんよ」
「そうか。頼んだぞ驟雨介」
「!…はい」
若干の間があったのが気になった。
いきなり下の名前は馴れ馴れしすぎて気に触ったかと心配したが、特段怒ってもないようで良かった。
「じゃあ俺はこのアジトに行くぜ」
俺は海沿いの倉庫を指さす。
如何にも悪いやつらが根城にしてそうだからな。
「じゃ、俺はこの廃工場だな」
清野は市境の使われていない工場に決めた。
「ではお三方は僕と一緒に避難しましょう。申し訳ありませんが、南峯さんのテレパシーを引き続き頼らせて頂きたいです」
「悪いが頼むぞ、いのり、愛」
「ええ」
「お任せください」
頼もしい2人の返事を聞き、心が軽くなる。
「白縫もあと少しだけ待っててくれ…白縫?大丈夫か」
見ると顔色の悪い白縫が座りながら苦しそうにしている。
まさか敵の能力による攻撃を受けたのか。
「平気よ…いつもの貧血だわ。ちょっといつもより重いけど…」
「手を貸してくれ」
俺は白縫の手を取ると、意識を集中させる。
見ると血液量がかなり減っていたので、すぐさま能力で血液量を増やした。
「ふう…ありがとう。もう楽になったわ…。すごいのね、能力って」
先ほどよりも顔色は良くなっているが、どこかダルそうな白縫。
だがライフも血液ももう減っていない。完璧に治した。
「あまり元気そうには見えないけどな」
「大丈夫よ。アナタも過保護ね。パパみたい」
月一で娘にMRI検査をさせる父親と一緒にされるとはな。
苦笑いが出る。
「それよりも、私を狙う連中をやっつけてくれるんでしょう?早く私を安心させてよね」
このままじゃ明日の夏フェスを満喫できないわ、と微笑みながら呟く白縫。
言葉とは裏腹に、心配の色は見られない。
「…そうだな。行ってくる」
「ん。行ってらっしゃい」
俺は目的地へ向かう為、先ほどの画面を写真に撮ろうとスマホを取り出した。
俺の頼みで清野は再びマップを表示させた。
「あ、そうだ」
自分のフォトアルバムに表示されたマップの"誰も選ばなかった点"を見てあることを思いだした。
「どうした?」
「この点の場所、四十万さんに行ってもらおう」
「…はあ?」
俺は昨日貰った名刺を取り出すと、裏に書かれている携帯番号を自分のスマホでダイヤルした。
スマホのスピーカーに耳を当てると、コール音が鳴っている。
「おい、なんでお前が四十万の番号を知ってんだよ」
「昨日教えてもらったんだよ。"何かあったらかけろ"ってな」
「チッ…余計な事を」
どうでもいいことでカリカリしている清野を尻目に四十万の応答を待つ俺だが、一向に電話に出ない。
「つかなんでアイツに頼むんだよ」
「いや、同時に攻め込みたいじゃん、どうせなら。途中で敵に合流されたくないし…でも驟雨介は手が離せないから、もう頼れそうな知り合い四十万さんしかいねーもん。さっきの2人を回収するのをあの人の部下がやるんなら、品河に帰る前にもう一仕事頼もうかなと。強いんだろ?あの人も」
どんな能力かは知らないけれど、何となく強そうだった。態度は…
「ま、いいけど。四十万がやらなくたって別の特対が割り当てられるだろうよ」
清野は投げやりにそう言い放った。
Prrrr…
そして、先ほどから一向に出る気配の無い電話。
「んー…立て込んでんのかなぁ」
________________________________
ヴーーヴーー…
静かなフロアに、スマホの振動音だけが聞こえている。
しかし持ち主は、一向にその着信に出る気配がない。
気付いているが、それどころではないのだ。
「出ないの?おじさん」
電話の持ち主の向かいには、若い女子が抹茶ラテを片手に座っている。
所謂今どきのギャル女子高生が腰を掛けているのは、首から上の無い警察官の遺体だった。
3人の警察官の遺体を重ね高さを確保した上に、片方の足を折りたたんでもう片方の足は伸ばした状態で座っている。
辺りにはおびただしい量の血液が水溜まりを作っており、鼻をつんざく強烈な鉄の匂いが周囲に立ち込めていた。
「あー、マヂ美味しかった」
女は空になったプラスチックカップを空中に放り投げると、右手を一度振る。
すると空中に舞ったカップは細切れになり、飲み物の器だったことが分からないほどの姿に変化してしまった。
「さて、と。じゃ、そろそろ殺るね」
そう言うと女は人間椅子から立ち上がり、臨戦態勢に入る。
気付けば先ほどまでずっと鳴っていたスマホは鳴り止み、いつもの薄い板へと戻っていた。
合流した警察官に人払いや運搬の指示を出し、その間にヤニを補給していた四十万は現場に戻ると、目の前にとてつもない光景が広がっていた。
警察官は皆殺されており、先ほどまで話をしていた多目的トイレ周辺は真っ赤な世界へと様相を変えている。
そして四十万はーーー
「いやー、参ったね」
と呟いた。
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