第60話 ヤバい刑事がイン!

「なんで…命狙われてるってヤツが…ホテル併設のカフェテラスの一番目立つ席で朝食にエッグベネディクト食ってんだァ…」

「大胆ねぇ…もう昨日の襲撃で終わったと思ってるのかしら」

「警察が四人を拘束していったって事は、"カード"も見られているハズだ。それで終わったと判断したとは思えねぇ…」


 双眼鏡を覗きながら呟く男と、その横で腕を組み感心した様子の女。

【全ての財宝は手の中】のメンバー静間裕太と、朝方合流した【杉内すぎうち 歩夢あゆむ】だ。

 彼らは白縫たちのいるホテルから離れた場所で彼女たちの様子を見張っていた。


 昨晩静間は、白縫らが最初のホテルを離れた所から尾行をし、次の滞在先をつき止めることが出来た。

 しかしボスである虎賀の言いつけを守り、杉内と合流するまでは手を出さずに再びの移動をしないかに気を配りながら待機していたのだ。

 そして杉内と合流してからも、ターゲットが外に出るまで根気強く見張っていた。


 ところが、白縫たちは虎賀の言う通り横濱から離れる事は無かったが、多くの人が行き交う中、一番目立つ席で堂々と朝食をとるという暴挙に出た。

 その行動に静間は驚きを隠せないでいる。


「いくら心が読める能力者がいるからって、あれじゃあ狙ってくれって言ってるようなもんよね」

「どう見ても罠だろ、ありゃあ…」


 あまりにも無警戒に食事をする四人に、静間は逆に襲撃の決断ができずにいた。


「あたりに特対が潜んでいるかもしれねぇ…絶対に泉気は出すなよ」

「分かってるわよ」


 静間は昨日、白縫が特対と一緒にホテルから出てくるところを目撃している。

 なので、あの時特対の協力を得ることが出来ていたとしたら今まさに自分たちに対して罠を仕掛けているかもしれない、と考えていた。

 そうなると例えターゲットが無警戒でもすぐには動けない。

 能力を発動する為に泉気を出した瞬間、どこかに潜伏させている特対に攻撃されるかもしれないからだ。


 特対はこんな人通りの多い場所でも警察と言う立場と、国民を守るためという大義名分があるので静間たちに堂々と攻撃が出来る。

 対して静間たちは正体を隠しながら、さらに殺したターゲットのという制限がある。

 空間転移や空間隔離があった時と違い、達成の難易度は格段に上がっている。

 彼らは白縫たちを追い詰める側であり、また同時に白縫たちに追い詰められてもいた。


 その時、カフェテリアを見ながら攻めるタイミングを計っている静間と杉内に一人の男が近づいた。



「あの、スミマセーン」

「「っ…!」」


 白縫たちに集中していて男の接近に気付かなかった二人は肩を掴まれた事に驚いた。


「っと…スミマセン、驚かせちゃって。コレ、落ちてましたよ」


 振り返ると、サングラスと白Tシャツにアロハ風の上着を着た"夏の浮かれ"という風体の男が、二人に五千円札を見せるように立っていた。


「…え?あー…それ、俺らのじゃないっすねー」

「え、ええそうね。多分違うヒトじゃないかと」


 さっさと会話を切り上げたい二人は、男の問いかけに対し即座に答えた。

 実際は誰が落としたかなんて知りもしないが、自分かもしれないと名乗り出てしまうと白縫から目を離す時間が更に増えてしまい面倒くさくなると考えての即時辞退だった。

 しかし―――


「あれー、おかしいなー。お二人さんから落ちたと思ったんだけど…」

「はは…」

「じゃあー…いいですかね?」

「いい…というと?」

「ボクが貰っちゃっていいですかね?この場合」

「さぁ、いいんじゃない?」

「ああ、早く貰っちゃいな」

「ですかね?いやぁ、儲かっちゃったなぁ…」


 二人は男の間延びした話し方に苛立ちを覚えながらも、少しでも早く解放されるため会話に対応していた。

 少しでも早く、ターゲットである白縫の監視を再開させねばならないと焦っていた。


 そんな時、男の後ろから足早に近づいてくる女が一人いた。


「いつまでデレデレしてんのよ、この助平!」

「イデデデデデデデデ!」


 女は男の後ろに付いたと思うと、突如男の耳を引っ張りあげ叱り付けた。

 まるで浮気現場を目撃した彼女のように。いや、子供を叱る母親のようでもある。

 とにかく女は容赦なく男の耳を削ぎ落とさんばかりに捻りあげた。

 男は痛みに顔を歪め、必死に抵抗している。

 先ほどまでの胡散臭い態度が嘘のように、「やめっ」とか「チョマテ…!」と必死に呟き、見事に女の

 ペースに呑まれていた。


「お姉さんのことをいやらしい目で見ていたでしょ!」

「誤解誤解…!」

「あー…」


 静間は思わず杉内を見て、納得する。

 彼女の今日のコーデは、上はチューブトップにデニムのジャケット、そして下はショートパンツというかなりセクシーな装いだった。

 男が杉内に見とれていると思った彼女が嫉妬して激怒している、という状況なのだと静馬は理解した。


「ほら、もう行くわよ!」

「わかった!わかったから耳は…!耳は…!」



 そうこうしている内に、女がそのまま強引に男を引っ張っていってしまい、静間たちが待ち望んだ白縫らの監視が再開出来るようになったのだった。


「…なんつーか、スゴかったな…」

「そうね」


 嵐のように現れ消えていった二人に圧倒され、静間たちは少しの間男女の消えていった方を眺めていた。

 しかし、静間がふと思い浮かんだ疑問を口にする。


「しかし、女の方もわからんな…」

「何が?」

「いやだって、お前よりもあの女の人の方がよっぽどスタイル良かったじゃん。なのに何であんなに"見た"って目くじら立ててんのかなってさ」


 そう、耳を引っ張っていた女、かなりの長身に加えダイナマイトボディを引っ提げていた。

 にも関わらず他の女の事を見ていたと誤解し、男に当たっていたのだ。

 それが静間には出来なかった。


 自分が女の立場なら、自分のツレが自分以外に目移りするなんて思うだろうか、と。

 しかも目が覚めるような美人ときたら、尚更男が他に現を抜かしていたと誤解するなんて変だなと感じていた。


「はぁ…」

「…なんだよ?」


 静間の感想を聞いた杉内が、露骨なため息を吐いたので、静間はその理由を聞いた。

 すると


「アナタは女心ってもんが分かってないわね…」


 と、意味ありげなセリフを言われてしまった。

 多分ダメなのは自分なんだろうというのは理解したが、相変わらず答えが出せずにいるのが悔しいので


「生憎、男心しか持ち合わせてないもんでね…」


 と、返すのが精一杯だった。



「それより、早く監視に戻らないと…ん?」


 男女に気を取られて中断していたターゲットの監視に戻ろうと、静間が手にした双眼鏡でカフェテラスの方を見てみた。

 すると丁度動きがあったようで、静間は反応を示した。


「どうしたの?」

「ターゲットと背の高い女以外の二人が席から離れていく。どうやら、別行動を取るらしい」


 双眼鏡の先、カフェテラスではこれまで四人で朝食をとっていた白縫らが別行動になるところだった。

 席には白縫と真白が残され、二人ともスマホを操作している。

 ショッピングの行き先が異なったのか、はたまた自分たちを吊り上げるエサかは分からないが、護衛の人数が減ったのを静間たちはチャンスととらえた。


 ターゲットともう一人しかいないという状態。

 仮にもう一人がテレパシー使いなら、視界には迎撃する人間が居ないという事になる。


「どうするの、やるの?」

「…行くか…!」


 意を決した静間と、それに頷く杉内。

 ホテルの客と従業員が全員特対という罠の可能性は排除しきれないが、ターゲット襲撃に向けていよいよ動く素振りを見せる二人だった。

 二人は能力発動の瞬間、厳密には泉気の解放を見られぬよう適当な建物の影に隠れる。


「頼む」

「わかったわ」


 杉内は全身の気を充実させようと目を瞑り、精神統一を図った。

 その間に、静間は短く手筈を確認する。


「お前の【変色家オーバーライト】で俺が一気に近づいて、ターゲットを始末する。

 混乱に乗じてターゲットの死体をここに運んでくるから、透明にしてそのまま撤退だ。いいな?」


 杉内の能力【変色家オーバーライト】は触れた物の色を変える事の出来る能力であり、それは"無色"にすることも出来る。

 そしてこの作戦のキモは、自分たちと白縫を透明にすることで敵の目をかいくぐり、この場から立ち去る事であった。


 懸念材料としては、白縫を殺害しその死体を杉内の元まで運ぶ間、透明の静間が抱えて走る様を一般人は"白縫が宙に浮いて動いている"ように見えることである。


 しかしそれも静間の能力【暴走紅魔エクスプロージョン】の爆発が周囲の人間ごと吹き飛ばすので、大きな問題にはならないだろうと読んでいる。



「おい、まだかよ…!」


 気持ちが出来上がり、あとはターゲットまで猛チャージという状態の静間だが、一向に自身の体から色が無くならず後ろの杉内に確認する声に思わず怒気が混じってしまう。

 しかし、催促されたにも関わらず尚、能力を発動させない杉内に思わず振り返り確認をした。


「どうしたんだよ、一体」

「こないのよ…」

「何が?」


 杉内の普通ならざる様子に熱気が冷めた静間は、幾度も疑問をぶつける。そしてようやく口を開いた杉内からは驚きの言葉が飛び出した。


「湧いてこないのよ!体から泉気が…!」

「…………は?」








 _______________________________









 静間と杉内のいる場所から少し離れたところで、一組の男女が建物の壁に寄りかかり、男はスマホで誰かにメッセージを送っていた。


「『作戦は完了した。他にそれらしい"声"を発している輩もいないから、二人は解放してOK』と…」


 男の横ではスタイルの良い美女が疲れた様子でひと息ついていた。

 その様子を横目で見ていた男は、労いの言葉をかけた。


「お疲れ、この人混みでキツかったろ。いのり」

「そうね、ちょっと疲れたわ」


 メッセージを送りサングラスを胸ポケットに差した卓也は、能力でスタイルを変えたいのりと拳を突き合わせる。

 二人の表情からは勝ち誇ったような、一安心したような様子が見て取れた。


 これは卓也が考案した、いのりの能力を使って敵が攻める前に無力化するという大胆な作戦だった。

 二人はカップルのフリをしてホテルの周囲を歩き回り、同時に敵のメインターゲットである白縫を目立つところに座らせる。

 それを見て反応を示した者に卓也が近づき能力で泉気を止める、という内容だった。


 敵はいのりの能力の存在は知っているので警戒して近づいてこないと思われる、

 なのでその警戒を1ランクでも下げるために、ホテルの従業員に無理を言ってその場には居ない卓也といのりの身代わりをさせた。


 もちろん危険な作戦である事は卓也も重々承知していた。

 護衛対象をむざむざ分かりやすいところに置くのだ。

 罠を警戒して直ぐには攻めてこないだろうと読んではいても、絶対ではない。

 それに警戒している間と言ってもこの人の量だ、

 二人がカップルの振りで自然に回って敵を見つけ出すのにもかなりギリギリだと予想していた。

 もちろん敵が周辺には居なかったらそれに越したことは無かったが、逆に残りの6人が全員いたら対処しきれないかもしれない。


 と、このようにやれるだけの事をやっても危ない橋を渡ったことに変わりはない。

 それでも卓也の背中を押したのは、昨晩のいのりの心境を聞いたからに他ならなかった。

 いのりが感じていた自身への無力感と皆を巻き込んでしまった罪悪感を、それを上回る危険な

 攻めの一手とその中心にいのりを置くことで上書きするよう謀ったのだ。


 ちなみに、今のいのりのスタイルは本人の強い希望で書き換えた結果だ。

 相当気に入っているようだったが、天然モノ(杉内)を前にどうしてもコンプレックスが出てしまった。



「あ、二人が建物の影に隠れたわ」

「来たな…」


 いのりが卓也に、静間と杉内の動向を伝える。

 卓也は、愛に先ほどメールで指示したことで"卓也といのりの身代わり"が持ち場に戻ったことを、強化した視力をもって直接確認した。

 それを好機と見て敵が動くであろうことは容易に想像できていた。


(問題はここからだな…おそらく能力が使えない事には間もなく気付く。それを受けて必ずアジトに戻るなりコガとやらに連絡をするのにこの場所からは離れるハズ。それを追うかどうか…)


 本来であれば能力の使えない二人を追わない選択肢はない。

 アジトまで道案内させてもいいし、仮に戻らなくても今の二人なら拘束する事は非常に簡単だ。

 再び有益な情報を得られるチャンスでもある。


 しかしそうなるとカフェテラスの白縫たちからは完全に目を離すことになってしまう。

 周辺に心の中で敵意を漏らした人間がいないだけで、敵が一人も居ないとは限らない。

 構成員二人と引き換えに護衛対象がやられたのでは目も当てられなくなってしまう。


「卓也くん、あの二人が離れていくわよ」

「ふむ…」


 時間が無い。卓也は決断する為、脳をフル回転させ考えていた。

 情報を取るか、確実な安全を優先するか…。



「よォ…」


 丁度その時、神がかったようなタイミングで、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。


 それはまぎれもなく、ヤツだ。


「楽しそうな事、やってんじゃあねーか…」


 そこには私服を纏った不良警官が歩いてきていた。


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