第56話 横暴

『今すぐ手を引け』

「え?」



 俺が冗談っぽく【全ての財宝は手の中】の人間を捕まえた話をすると、清野はすかさず返答してきた。

 てっきり俺の突拍子もない発言に対して呆れたツッコミでも入ると思っていたので、少々驚いてしまった。


「…信じるのか?」

『そうだ。そもそもその名を知っていること自体がありえない。だから手を引け。今すぐ横濱からも離れろ』

「待て待て、そこまで知ってるのか」

『こっちにも上から通達が来てんだよ。何でオメーがそんなとこにいて、そんな事になってるかは知らねーが、とにかく奴らの近くから離れろ』


 やはり警察にも横濱が危ないという情報はあったか。そりゃそうか。

 しかしこちらもおいそれと逃げられない事情があるから、まずはそれを清野に話して協力を求めたい。


「実はな…」


 俺は清野にこれまでのいきさつを簡単に話した。

 とある少女の護衛任務で横濱にいること、そしてその護衛対象がなぜか連中に命を狙われており、やむを得ず戦闘になったこと。

 返り討ちにしたのは良いが捕まえた連中の処分や護衛対象の安全の確保、部屋の惨状など俺たちだけではどうにもならなくなってしまい助けを求めていることなどを説明した。


『なるほどな…、そういうことか』

「ああ、だから離れたくてもできないんだよ」

『分かった』


 簡単な説明だったが、理解してくれたようで良かった。流石は心の友だ。


『まずオメーが倒した連中の処分は、俺の知り合いで今横濱に配置されている特対を向かわせる。そしてオメーらはたまたま警察と組織のドンパチに居合わせた運の悪い一行という設定でホテルから連れ出す。事情聴取やらで多少時間は食うが、そのほうが目立たなくていいだろ?』

「ああ。でもよ、そもそも盗賊団絡みで個別に来てくれる警察なんていんのか?みんな避けたい存在らしいじゃねーか、コイツら」


 気絶している4人の男女を見る。

 おっちゃんの言う通り、確かにヤバい連中だった。

 人を殺すのに躊躇いが無く、いきなりハメ技を撃って来るようなヤツらだ。

 しかも能力がどれも強力で、ここまで名前以外の情報を掴ませないというのも納得の強能力だった。

(特に変身と転送)


『心配すんな、向かわせるのは出世欲の塊みてーなヤツだ。盗賊を捕まえた手柄をくれてやると言えば、小躍りで来るだろうよ。お前の手柄は無くなるが、いいよな?』

「そんなことは構わないぜ」


 元々戦うことになるなんて思ってもみなかったんだからな。

 途中からはのんびり旅行の感覚だったし、油断していた。

 だが、運良くなんとか切り抜けることが出来た。


 これで一安心…だよな?白縫も安全に…


『じゃあ直ぐに向かわせるから、少しそこで待ってろ。他にも敵がいるかもしれねーから、用心しろよ』

「ああ、わかった…」


 スピーカーモードにしておいたので、俺と清野の会話を聞いていたいのりと愛もホッとしたような表情を浮かべている。良かった。

 だが白縫は…まだ俯いたままだ。


『そろそろ切るぞ』

「あ、ちょっと待ってくれ」

『あ?』

「護衛対象の方はどうなる?」


 俺は最後に残った心配事を解決するため、電話を切りかけた清野を呼び止め問いかけた。


『そっちもちゃんと保護させるよ。それでお前の任務は無事終了だ、よかったな』

「保護って警察にか?」

『ああ、能力者だから安心しろよ』

「そう…だな」

『じゃあもう切るぞ』


 清野は横濱にいるという警察と連絡を取るために電話を切り上げようとしている。

 俺も増援は早急に欲しいところではあるので、同じくスマホを切ろうとしていた。だが。


「…」


 いつの間にかこちらを見ていた白縫とたまたま目が合う。


 彼女もようやく死の恐怖から開放され穏やかな表情を…していなかった。

 彼女の目は、「命を諦めた人間」の目だ。

 命を諦めて、逆に穏やかな表情をしている。

 介抱していた人間が急にそのような状態となり、いのりも愛も戸惑いを隠せずにいた。


 彼女からしたら、訳の分からない力を使う連中が自分の命を狙ってきているのに、警察に保護されたからどうした、と思うところだろう。

 もちろん彼女は警察内部に能力者がいるということを知らないが、逆に俺たちは『警察の能力者じゃこれまで歯が立たなかった』事を知っている。


 それなのに、ここに来た警察に白縫を引き渡して、それで依頼達成だね、上手く行ったね、万事解決だねと本気で言えるのか?

 東京に戻っていのりたちとちょっとしたお祝いを、なんて出来るか?

 そもそも本当の意味で依頼達成したと思うか?

 警察に引き渡して、その警察も白縫もまとめて敵に殺られて、仕方なかったで済むか?


 ありえないな。

 今この状況で、白縫を手放すのは彼女を見殺したのと一緒だ。


 4人捕まえたからって、自惚れているかもしれない。

 しかし敵がこちらを狙っている今が、根本的な解決敵の全滅のチャンスだ。

 でなきゃ白縫は安心して外を出歩くことが、今後ずっと出来ない。



 よし…。

 やるべき事は決まった。後は清野に伝えるだけだ。


 もう一度白縫を見る。

 表情こそ違うが、西田の最期の目にそっくりだ。

 西田は笑って泣いていた。

 白縫は乾いた笑いを浮かべている。

 今の白縫を、見捨てられるわけがないな…。


「あー、待ってくれ清野」

『んだよ、まだ何かあんのかよ』

「俺の護衛している人なんだがな、やっぱり保護はいいや」

『はあ?』

「俺が最後まで責任持って守る。てか盗賊団は全員捕まえる」

『はぁ!?』


 今日イチのはぁ、が出た。まあ仕方ない。

 ここまで、盗賊団とこれ以上ぶつからないようにするための段取りを組んでいたのに、いきなりひっくり返されたのだ。相当ご立腹だろう。

 この提案を当然飲まない清野。


『ザケたこと言ってんじゃあねーぞ』

「ふざけてない、真面目だ。ふざけたことなんて今まで言ったことない」

『あのな、勘違いしてるようだから言っておくが、連中を4人捕まえられたのはまぐれだからな。まぐれは2度は起きないんだよ。残り全員捕まえるなんてできるわけねーだろ』

「できるできないじゃない、やるんだ」

『なんでそんなにこだわる?金か?そんなに困ってんのか』

「金なわけないだろう。俺の能力ならもっと効率よく稼げる」

『じゃあ何だよ。何でそんなに護衛対象に執着してんだよ!』

「執着なんてしてないぜ。ただ、みすみす警察に渡して見殺しにはできないってだけだ。これまで何人もの特対が殺られてんだろ?それに、家に送った途端に殺られる可能性だってある。だったら

 連中を全員捕まえないと安心できないだろ」


 彼女の安全を完璧に確保するのが、本当の意味での護衛達成だ。

 ここで警察に任せるってのは、ただ目を逸らしているに過ぎない。


 そんな俺の言葉に思う所があったのか、これまで掛け合いをしていた

 清野の口が止まった。しかし少しして。


『じゃあ、さっき言った知り合いに加えて腕の立つのを何人か…』


 折衷案を用意していただけだったようだ。

 いい加減埒が明かないな。


「しつこいな、清野」

『何だと…?』

「いいか、清野。そんなに俺に死なれたくなかったら、お前が俺を守りに来いよ!」

『---------!』


 我ながら酷い事を言っているとは思う。

 勝手に頼って電話した相手に自分のわがままを突き通して、挙句の果てに『ごちゃごちゃ言うならお前が来い』と来たもんだ。


 しかし、良く知らない警察を同行させることにして色々と詮索されたりするくらいなら、清野が居てくれた方がまだよい。

 俺は巻き込まれただけの一般人という事にしておきたいからだ。


『…プッ』

「?」


 唐突に受話器の向こうからくしゃみというか、空気が漏れたような音がした。

 そして次に清野の声がする。


『笑ってんじゃねーぞ藤林ふじばやし

『っと…すみません、つい』


 誰かいたのか。

 清野がこれまでの会話を聞かせていたという事は、少なくとも能力者であることは間違いないようだが…。同僚か何かか。



『…………はあ…わかったよ』


 俺が清野の近くにいるもう1人に考えを巡らせていると、スマホからため息と共に諦めたような清野の声がした。


『まず連中の回収と部屋の後処理やらお前らの避難に何人か向かわす。で、その狙われているってヤツと一緒に今日一晩はどっかで隠れとけ。俺が横濱に行けるのは明日の10時近くになっちまうから、それまで何とか乗り切れ』

「わかった、助かる」

『合流したら、改めて横濱に潜伏してるっていう他の仲間を狩る。一応警察も厳戒態勢で調査はしているから、そこで捕まえられりゃそれに越したことはないよな』

「ああ、誰が捕まえるかとかはどうでもいい。ヤツらが全滅すればそれで」

『そうだな。別に死んでもいいしな…』

「ん?なんだって?」


 最後の方が聞き取れなかった。電波でも悪いのか。


『なんでもねーよ。じゃあ今度こそ切るぞ。色々と手配せにゃならんからな』

「ああ、恩に着る」

『特 大 の貸しだからな。覚えとけよマジで』


 そういうと、今度こそスマホを切る清野だった。

 俺もスマホの電源を落としポケットにしまうと、傍らで聞いていたいのりと愛に話しかけた。


「悪いな、勝手に決めちまって」

『いえ、私たちは卓也さんの判断に従います』

「二人は家に戻っていいんだぞ」

「ご冗談を。ここまで来たら最後までお付き合いしますよ。ねえ、いのり様」

「ええ…そうね」

「いのり様…?どうかなさいましたか」

「平気よ…。安心したら少し疲れが来たの」

「そっか、ちょっと別室で休んでおけ。リビングは汚れてるから」

「そうするわ」

「それと、後でちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど、いいか?」

「ええ、もちろんいいわよ」


 いのりにしか出来ない仕事がある。

 けどその前に…。


 俺はリビングにあるソファまで近づくと、膝を抱えて座っている

 白縫に話しかけた。


「というわけで、もうしばらく宜しくな、白縫」

「…」

「俺が甘かったせいで怖い思いをさせちまったが、もう指一本触れさせねえからよ」

「……バカじゃないの」


 いきなり罵られた。

 顔は膝に当ててるせいで、その表情はうかがえないが。


「アンタたちだけでも逃げれば良かったじゃない。狙われてるのはアタシだけなんだから…」

「そんなわけにはいくか」

「みんなで死ぬことなんてない…!」

「死なないし、死なせない。白縫は無事に親父さんのもとに送り届けるし、狙ってる連中は全員捕まえる。絶対許さない」

「!…」


 白縫がようやく顔をあげる。目には多少なりと気力が戻っていた。

 あと一息ってところかな。


「信じて…いいのね?」

「勿論。白縫がもう怖くて歩けないー!って言うなら、おぶったまま戦ってやるよ」


 白縫を軽く挑発してみる。

 すると、ゆっくりとだがソファから立ち上がり、こちらを真っ直ぐ見て。


「バカにするんじゃ…ないわよ。アンタなんかにおんぶされるくらいなら、警察に保護された方がマシよ」


 悪態をつく白縫だった。


「言うじゃねーか。だったらしっかりと歩けよ。邪魔するヤツは俺達が排除してやる」

「…しっかりやんなさいよね」


 白縫の悪い微笑みが戻った。

 目にはしっかりと力が宿っている。やはり彼女は強い。

 強がりもあるだろうが、いのりと同じで芯が強いのだ。

 だからそんな彼女に火をいれてやるには、プライドを刺激するのが一番だ。


 そんな復活を遂げた彼女が、最後に一言。


「ありがと…アンタが護衛で良かったわ」


 と、ツンデレな台詞を吐いたのだった。












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 いけない いけない

 ついつい、笑いが堪えられなかった。

 あんな圧されて、狼狽える先輩見たのは初めてだなぁ。

 途中からマンガを読む手も止まっちゃったよ。

 いや、【全ての財宝は手の中】の連中を捕まえたって聞いた時からほとんど会話の方に集中してたかも。


 塚田 卓也さん

 どんな人なんだろ…。先輩の高校時代の友達で、最近力に目覚めた人。

 1人で能力者組織の1つを壊滅に追い込んだとかなんとか。

 それくらいしか知らない。ちょくちょくこの交番に来ているらしいけど運悪く会えてない。



 こういうと何だが、先輩は特対の中でもかなり浮いている。

 浮いていると言えば聞こえはいいが、忌み嫌われている。

 理由は先輩の異常なまでの「能力犯罪者憎さ」からくる。


 まだ先輩が能力者犯罪の捜査に頻繁に参加させてもらえてた頃に、犯人を大体殺していたという話だ。

 事情を聞いたり証言を取りたい相手だということを事前に伝えているにも関わらずだ。

 あと割りと態度が悪く、殺気を放っていることが多い。


 そのおかげで、今では先輩より弱い職員は恐れる余り近寄らず、同じかそれ以上に強い職員も腫れ物に触れるような扱いをする。

 特対全体で集まらなければならない時に先輩と喋るのは、僕と鬼島さんと、言い争いだけど大月さんくらいだ。


 僕は先輩に恩があるし尊敬もしている。だがヤバい人っていう認識はちゃんとある。

 そんな先輩を困らせる塚田さんは、もしかしてもっとヤバイ…?会ってみたいなぁ…。

 ていうか、今がチャンスなのでは?


「ねぇ、先輩」


 即断即決。


「あん?なんだよ、今俺は手配で忙しいんだ」


 聞いていたからそれは知ってる。


「僕も横濱に一緒に行っていいですか?」


 ついでに先輩の手伝いもしてあげるとしよう。



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