第57話 情報
「うっ…なんだ…!?」
水を頭からかけられて、ガタイの良い男は目を覚ました。
無理矢理、しかも中々無い方法で起こされた男は不快感と驚きに包まれた顔をしている。
そして目の前の水をかけた張本人の顔を確認すると、みるみると怒りの表情に変わっていった。
「てめぇ…」
「起きたか?お寝坊さん。他の皆はとっくに起きてるぞ」
「あぁ?」
男が左右を見ると、自分と同じように手足を縛られ体の自由を奪われた同胞が近くに座っていた。
男は他の仲間に対し起きてるなら反撃のひとつもしないのかよという顔をしたが、自分が泉気が全く湧いていない状態だという事に気がつき、仲間も自分と同じような状態であることを理解した。
そこで男は一旦動くのを止め、様子を伺うことに切り替える。
他の三人も、同じ行動に行き着いていた。
「へっ、一人で俺らを捕まえるとはやるじゃねーか」
「そりゃどうも」
「で、どうする?俺らを警察にでも引き渡すか?」
「そうだなぁ…お前ら【全ての財宝は手の中】なら、首を高く買い取ってくれる人間も居そうだけどなぁ」
「…」
「分かりやすいことで」
卓也は男の目の前に、彼から拝借したカードをピッと指で飛ばした。
知る人ぞ知る、彼らのシンボルカードだ。
このカードのおかげで卓也の中にあった予感が確信へと変わったのだった。
そこで卓也は清野の言う特対の仲間がくるまで、彼らから情報を引き出すことを決め、こうして話をしている。
「アンタはもう黙ってな。目を閉じて、何も考えるな」
「ぐっ…」
メンバーの一人、渡会しのぶがペラペラと喋り続ける男に釘を刺した。
流石に情報を口に出すとは考えていないが、口以上に表情に出やすい彼へ、これ以上会話を続けさせるのは危険だと判断しての事だ。
「いやいや、こっちは喋って貰わないと困るぜ、しのぶさんよ」
「…」
突然のターゲット変更。
人に釘を刺すだけあって、彼女は一切のリアクションを取らない。
だが、表面だけ繕っても、心の乱れは隠せなかった。
(なんで名前を…って驚いてるわ)
(そうか、ありがとう)
そんな心の乱れは、別室に待機させているいのりの能力で狙い撃ちだった。
「とりあえず、お前ら【全ての財宝は手の中】が俺たち…いや、白縫を襲った理由を聞かせて貰おうか」
卓也は質問を投げ掛けたあと、四人をじっくりと見回した。
無論、素直に答えるなどとは思っておらず、これは言わば"ポーズ"だった。
そして数秒の間の後、別室のいのりから回答が届いた。
(ダメ…この人たち、なにも聞かされてないみたい)
(なんだって…?)
(私たちの中に心を読む能力を持つ者が居ると予め知っていたから、リーダーがあえて情報を持たせていなかったみたい)
(まじかよ…)
心を読んで情報を奪い四人を驚かせてやろうと思っていた卓也は、逆に自分達の情報が既に漏れていた事実に驚かされた。
まだ会ったこともない人間に自分達の情報が筒抜けな事に戸惑いながらも、卓也はタダでは転ぶまいと反撃の手を打つことにする。
「何故俺の、心を読む能力の事を知っていた?」
先ほどのポーズの理由は、自分こそ心を読む能力者だと思わせることで四人にいのりたちの死を完璧に偽装することだった。
これは外部にいのりのようなテレパシーを使える仲間がいる可能性を考えての保険である。
いのりたちを堂々と四人の前に登場させて能力でこっそり生きていることを伝えられてしまうよりかは、騙したままの方が都合が良いと判断したのだ。
もちろん卓也自身の心を読まれていた場合は意味が無いし、渡会には腕を治療するところを見せているので、あくまでも保険なのであった。
(予知…というより情報探索系の能力者がいるみたい)
(なるほど…)
四人は一切表情には出していないが、内心ではやはり驚きを隠せなかった。
卓也の飛び飛びの質問が平常心を激しく揺さぶり、咄嗟に心のガードを下げさせるのだ。
渡会も治療とテレパシーの二つの能力を見せられ、混乱している。
だが卓也の方も情報量の差は心理戦でかなり縮めたが、肝心の"白縫を襲う理由"が未だに見えていなかった。
「なるほど、いい探索能力者がいるのか。それなら能力も、宿泊先も、バレているのは当然だな?なぁ、矢井田?」
「…」
卓也の揺さぶりはまだ終わらない。
「お前は実際の口数とは逆に、心の声は饒舌だなぁ?ええ、オイ」
もちろん、これは卓也のブラフである。
いのりからは誰の心の声が聞こえたなどという情報は聞いていないので、あくまで四人を揺さぶるためだけについた嘘だった。
しかし当の四人も誰の心の声がどのように読まれたかは確かめようがないため、この嘘は彼らの中で真実に近いものとなるのだった。
「ふむふむ、ハガキに書くと答えが届く?ふーん、面白いじゃあないか、タイムラグはあるけども」
じりじりと追い詰めていく卓也。
未だかつて、彼らにここまで近づいた人間はいなかった。
彼らは幾度もの襲撃を乗り越え、チーム全体でちょっとした百戦錬磨という状態だった。
それが今回、簡単な任務と思われていた一度の襲撃で、組織の崩壊にも繋がりかねないほどの窮地に陥っている。
銃撃も、高濃度の酸素も、体術も効かない"個人"。
しかも彼らの中では卓也の能力は"心を読むこと"となっている。
それゆえに、卓也の得体の知れなさがどんどん四人から余裕を奪っていった。
清野の知り合いの特対が来るという事は知る由もない彼らには、今ここで、自分たちが知りうる全ての情報を引き出され殺されるというビジョンも見えているくらいだ。
「じゃあ、次は…お前らのリーダーが誰か、教えて貰おうか」
長らくメンバーの名前すら割れなかった組織の、いよいよ核を暴くという段階に差し掛かった。
名前を入手することが出来れば、そこから見た目や素性といったヒントを調べることが出来、壊滅への道がぐっと広まる。
当然卓也はリーダーの後に他のメンバーの名前も全員聞き出すつもりでいた。
仲間にすら情報を与えず秘密の漏洩を防いだほど慎重な男なので、普段から偽名を使っている可能性もあったが、この四人が本名で呼びあっているところを見ると、リーダーも普通に仲間に本名を明かしていると考えられる。
最悪なのが"本名っぽい偽名"を使われていることだが、それならそれで調べる労力が無駄になるだけで損失は軽微だと判断し、とりあえず聞いてみることにした卓也であった。
(どうだ…?いのり)
(リーダーの名前は…コガ テンヨウという男みたい)
(ん、サンキュー)
「ありがとうな、しのぶ」
「は?」
「次はコガくんの能力を教えてくれるか?」
「くっ…!」
もはや卓也の前で黙り込みや白を切るといった行為は無意味であり、どれほど頭で拒否をしても情報が奪い取られていくことに抗う術はなかった。
しかしそれは、普段から"心を読まれないようにする"ということに対して備えをしていないので無理もない。
かろうじて出来た事は知られたくない情報を与えないでおくという事だけだったが、虎賀にとっても四人が全員やられてしまう事は想定外であり、その油断が『白縫を狙う理由』以外の情報漏えいに繋がった。
「ふっ…ぐぅふ…ゴァ…!!」
卓也が順調に【全ての財宝は手の中】の情報を得ていく中、ここにいる皆にとって予想外の事が出来事が起きた。
正確には、ある一人の男によってその予想外の出来事が引き起こされた。
「お、おい!矢井田…!」
「アンタ…」
「ぅぐ…!」
メンバーの一人、矢井田が口から血を流し苦しそうにしている。
一見すると先ほどまでの卓也たちと同じ症状、高濃度の酸素による毛細血管の破壊等を想起させるが、実際は全く違った。
矢井田は"自分で自分の舌を噛み切った"のだった。
映画などで、捕まった人間がよくやる自決方法。
流れた血液が気道に入るか、あるいは痙攣した舌が喉に詰まることで起きる窒息死。
手足の自由がきかない者が唯一取れる自殺の手段だ。
矢井田はこれ以上卓也に情報が漏れる前に自ら命を絶ち、虎賀の足を引っ張らないようにする狙いがあった。
リーダーのためなら自分の命もいとわない、覚悟に満ちた行為であった。が…。
「……はぁ」
卓也は冷めた目で、悶え苦しむ矢井田を見下ろしていた。
覚悟だとか意思だとかに燃えている四人を見ながら、気持ちがどんどん冷えていくのを感じ、卓也は苦しむ矢井田の前に立つと頭を右手で掴んだ。
その間も矢井田は喉からガガっ、と声ではなく効果音を発しながら満足そうに卓也を見る。
「何を勝ち誇ってんだ?この状況でお前だけ自決しても仕方ねーだろ」
矢井田は"自分は裏切っていない"、"自分だけは忠誠心を失わずに居た"と思いたいだけの極めて自己中心的な行動を取ったのだ。
四人が一斉に自決するならまだしも、一人だけ居なくなったところで尋問は続く。
むしろ一人居なくなった分、残りの人間への当たりが強くなることだってある。
そして、何の罪もない人々を手にかけ白縫まで平然と殺そうとした矢井田の、身内に義理を立て勝ち誇ったような顔が卓也は許せなかった。
なので卓也は触れている右手から相手のライフを読み取り、ケガを回復させた。
「ぐっ…!ごほっごほっ!」
矢井田はさらに咳き込み、喉に溜まった血液を高級ホテルの綺麗な床に吐き出した。
ただし、先ほどまでと異なりもう苦しみは無くなっている。
出血も、舌が巻き込むことも無くなっているからだ。
「これ…は…?グあ!?」
卓也は頭に触れていた右手でそのまま矢井田の後頭部を壁に思いきり叩きつけた。
強い衝撃に矢井田はあっけなく気を失ってしまい、そのまま床に横たわった。
「…ちっ」
卓也は思わず舌打ちしてしまう。
胸糞の悪さに加え、自分の能力の一端を晒してまで敵の命を救わざるを得なかったことに怒りを覚えた。
矢井田の行動は愚の骨頂であったが、結果的には卓也を少し攻め立てることに成功したと言える。
「さて、じゃあ教えて貰おうか?コガの"能力"を…」
渡会以外の二人に、矢井田に施した治療の事を考えさせないよう即座に質問をする卓也。
お互いに予想外のアクシデントは、果たしてどちらに有利に働くのか、誰もまだ分からない。
(どうだ?何か情報は掴めたか…?)
(だめ…ずっと心の中で叫んでる…)
(…そうか)
まるで映画や小説のタイトルのようなフレーズを伝えるいのり。
矢井田の行動は、残りの三人に僅かばかりの覚悟を決めさせたのだった。
拘束されて取れる行動が限られている三人は逆に、"心を読まれない"という事に徹する事が出来た。
先ほどから目を瞑り口を閉ざし、ここからは1つの情報も漏らすまいとしている様子がうかがえる。
(ちっ…少し遅かったか)
(ごめんなさい…)
予想外のいのりの謝罪。
それを聞いた卓也は自身に対する叱咤が、いのりに向けたものだと誤解させてしまったと思った。
(ああ、いや…すまない。別にいのりを責めているんじゃないよ。俺がモタモタしていたから)
(…うん)
(…?)
単なる勘違いではない、もっと別の原因でいのりの態度が少しおかしい事に気付いた卓也だが、この場での早期解決は難しいと判断し
(とりあえず、能力はオフにしていいよ。耳障りだろう)
(ええ、そうね…そうするわ)
(ありがとう、助かったよ)
いのりに礼を言い、情報収集は切り上げる事にした。
「どうやら、口も心も固く閉ざしてしまったみたいだな」
「…」
「どうしてお前らほどの強力な能力を持っているヤツらが、泥棒なんてことするかねぇ…?」
情報収集が目的ではなく、単純な興味。
彼らほどの能力であれば、警察でも能力者組織でも引く手数多だ。
もちろん実入りの話で言えばコイツらが今まで盗んで来た金銀財宝を売った金と普通に働くことで得られる報酬では比べるまでもないだろう。
だが、その代わりに身柄や命を狙われるのはどうなんだろうと卓也は感じている。
その辺りの答え合わせができればいいなと、それくらい気軽に投げかけた質問だった。
「…冗談言わないで」
「冗談?」
これまでだんまりを決め込んでいた渡会が、卓也の質問にようやく口を開いた。
「私たちは普通の人間よりも優れた人間なのよ?それがどうしてコソコソと自分達より劣る人間の為に働いて、日銭を得るような生活をしなくちゃならないワケ?」
「………へぇ」
素の顔が、見え隠れした気がした。
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