第44話 はじめてのおつかい
「そのダサい名前の連中はそんなにヤバイのか?」
「ああ。コイツらは価値の高い絵画や宝石などを好んで狙う強盗集団でよ。邪魔をするヤツは一般人、能力者問わず殺害する危険な連中だ」
「随分と過激だな」
「その危険性から警察はヤツらを
「捜査依頼対象外?」
これまた新しい単語が出てきた。
「平たく言えば、危ないから関わるなってこった。現在コイツらに関する情報は一般の組織には公開されてないし、依頼もしない、懸賞金もかけていない状態だ。今も警察が血眼になって探しているんだが、ヤツら、"組織名"と"人数"以外の情報はほとんど掴ませやがらねえ。相当な手練れであるし。良い能力を揃えているらしい」
これまでの何件かの強盗の際も、厳重な警備や保管体制をしていたにも関わらず、何処からともなく現れ、華麗に対象を盗み、颯爽と消えていったそうだ。
そして過去に1回だけ、優秀な捜査能力と強力な戦闘能力を有す組織に【全ての財宝は手の中】の討伐依頼をしたらしい。
しかし結果はその組織の能力者の半数以上を殺されて終了。
代表も失い組織は自然に解散したということだ。
返り討ちにあったという事は相手に近づけた事を示すので、始めから警察が協力体制を取っていれば今頃壊滅に追い込めたかもしれないと悔やんでいたそうだ。
その件で警察が(厳密には一般の組織所属だが、依頼できるという意味で)管理している優秀な捜査能力者も失い、現在の進捗芳しくない状態に至るという。
正体を掴ませない敵の優秀さもさることながら、同時に優秀な捜査・探索系統の能力はそれほど貴重で替えが利かないという事を示していた。
「何とか入手できた情報が人数と連中の名称だけ、ってことか」
「それもちょっと違う」
「ん?」
そう言うと、どこからか写真を数枚取り出してきた。
「ちょっと見てみろ」
「ん」
俺はおっちゃんから写真を受け取り、目を通す。
写真には名刺サイズのカードが1枚写されていた。
カードの真ん中には広げられた右手と左手があり、そして二つの手の間に青いひし形の
結晶のようなものがある。恐らく宝石が手の中にあるという事を示唆している。
カードの上部にコイツらの組織名である【全ての財宝は手の中】という文字が書かれていた。
他の写真も見比べてみたが、どれも同じようなデザインだった。
違いと言えば、カードによって折れている指の場所が違っていることくらいだ。
1枚目の写真のカードは右手の親指・中指・小指、そして左手の小指が折れている。
2枚目の写真では右手の人差し指・中指、左手の親指、薬指が折れている等、広げられた手の状態がカードによって若干異なっていた。
「…なぁおっちゃん」
「なんだ?」
「コイツらってさぁ、組織の人数は10人?」
「良く分かったな」
「やっぱり」
ということはコイツら、相当アレだな。
「卓也。それ見てどう思うよ?」
「どうって…まずそもそも、コレは強盗の現場に残されてたんだろ?」
「ああ、その通りだ」
「じゃあまずコイツらは相当な自信家だな。でもって自己顕示欲が高い。わざわざこんな痕跡を残していくくらいだからな。そして次に、この指は参加したメンバーを表している、と思われる。コイツらの中では役割が決まっていて、それを両手の指になぞらえている。人数が10人だと思った根拠がそれだ。その都度カードのデザインを変える手の込みようから相当なこだわりがあり。痕跡を残しても捕まらない、やれるもんならやってみろというような警察に対する挑発のような意図を感じる。そんなとこかなぁ…」
「そうか…」
「まあ、何となくだけどな」
俺はプロファイラーでもなんでもないからな。あくまで直感で、というやつだ。
大学の全学共通(どの学部でも取れる)授業で心理学を履修していたが、あまり覚えていない。
そんな似非プロファイラーの俺の推理は果たして当たっているだろうか。
「コイツが答えだ」
俺の推理を聞いたおっちゃんは、1枚の紙を取り出した。
「なになに…」
その紙は作戦の報告書だった。
内容は【全ての財宝は手の中】が最初に起こした宝石強盗事件の際に残していったカードを元に、足取りを追跡する事の出来る能力者の居る組織に調査・殲滅依頼を出したという事。
そして居場所は突き止めたが、襲撃したメンバーが一人残らず殺害された上アジトはもぬけの殻になっており、止む無く作戦は中止としたという経緯が書かれていた。また、
以降は警察組織以外への依頼は原則禁止する旨の発令をしたと記載されている。
「なるほどね…」
「組織の名称や人数は警察が入手したのではなく、ヤツラが自ら残したものだったのさ」
「そういうことね…。そしてその痕跡を辿っていったら、あえなく返り討ちにあったと」
「そうだ。一応人数に関してはアジト襲撃の時に10人だったという報告がされていたと、生き残ったメンバーが証言している。だが、他の情報はからっきしだ」
能力者組織の襲撃をものともせず、警察には足取りを掴ませず、自己顕示欲が高く、自信家で、人を殺すことに躊躇がない。そんな組織。
「【全ての財宝は手の中】は控え目に言って、ヤバイ連中だな」
ここまでの情報を元に、俺は連中をそう評価した。
「そうだ。だから報酬が200万円でも、そんなヤバイ連中と遭遇するかもしれねえ依頼を手放しで喜ぶやつは案外少ねえんだよ。それが例え僅かな可能性だとしても、だ」
報酬200万円は高額だが、命の金額としては少なすぎる。
おっちゃんがこの依頼に頭を悩ませているのはそういう事だったんだな。
危険でも金のために動くやつだって居るだろうけど、3日後に予定が空いている人数は果たして…。
「大変だな、おっちゃん」
「ようやく分かってくれたかよぉ、卓也ぁ」
頭をかきながら、大きなため息をつくおっちゃん。
頭の中で依頼の段取りを早速立てているであろう所をこれ以上邪魔するのは悪いから、そろそろお暇しよう。
受けてくれる人が居なかったらどうなるか、とか。夏フェス期間だけ200万円もの大金をかける白縫父のことなど、まだまだ疑問は尽きないが、今度まとめて聞けばよい。
腕時計を見ると、14時を過ぎていた。
社長室での時間を引いても、2時間以上も昼休憩を取っている。
会社からしたら大事なお客さんの家族を接待しているので怒られることは無いだろうが、これ以上空けると同僚に迷惑をかけてしまう。
俺はいのりと愛に声をかけることにした。
「2人とも、そろそろ…」
「ねぇ、おじさん」
「あん?どしたお嬢ちゃん」
白縫が帰ってからは俺とおっちゃんの会話を聞くだけだったいのりが、またおっちゃんに声をかけた。
「その依頼、私たちで受けてもいい?」
「は…?」
いのりはとんでもないことを言い出し、おっちゃんは思わず面食らってしまう。
「さっきの話聞いてたか?いのり。ヤベー奴らと遭遇するかもしれないんだぞ」
「もちろん聞いてたわよ。でも実際にその連中が来るかどうかも分からないし、宝石展示即売会は3日目でしょ?護衛期間は2日目までだし、いいじゃない」
「それは"即売会を狙うなら"の話だろ。連中が目当ての保管されている場所を襲撃するとしたら、いつだって危ない。普通だったらもう今日から横濱には近づかない」
「仮にそうだとして、私の能力なら怪しい連中がいたら事前に察知できるからすぐに危ないところから離れることができるわよ」
ああ言えばこう言う…。向こうも同じなんだろうが。
「ていうか、何でそんなにやりたがっているんだ?報酬が欲しいワケでもないだろ」
「欲しいわよ、もちろん」
「え」
まさかの報酬目当て。小遣いが少ないのか?
家の教育方針で、厳しくしているとか。ありうる…。
「でも別にお金に困っているわけじゃないわ。ただ、"一緒に"仕事をした対価としてお金はキッチリ貰うという意味よ」
一緒に、というところにアクセントを置いていた。
ここまでいのりが食い下がる理由はそこにあるのか。
「俺とこの仕事をするのがそんなに大事か?」
「大事よ。だって卓也くん、これからこの世界で生きていくんでしょ?だったら、私も一緒に居たいと思うのはおかしいかしら」
「別にこの依頼じゃなくてもいいだろ。もっと危険じゃないヤツだってあるハズだし、いずれは…」
「これを逃したら、また、フッと消えるかもしれないじゃない」
「ぐっ…」
そういえば、信頼ゼロだった。
あの時誘拐犯の家で突き放した事と愛のメールを無視し続けていたせいで、今日はずっと責められているな…。
本当にいのりの為を思うなら、ここでハッキリと断るべきなんだろうけど。
「なあ、愛も何か言ってやれよ。お嬢様、危ない事は止めてくださいってさ」
俺は愛を使って説得する事にした。しかし。
「私はお嬢様の意向に従います。むしろ私も付いて行きます」
と、ハシゴを外されてしまった。
って、別に元からかかっていないか、ハシゴは。
「いいのかよ、それで」
「はい。そもそも今日は卓也さんを逃がさないようご当主様に設けて頂いた機会ですので。私は超能力は持っておりませんが、ここでお嬢様が超能力者の世界へ入るキッカケを得る為の協力は惜しみませんよ」
「くっ…!」
「あっはっはっは!良く分からねぇが、包囲網だな卓也ぁ!」
愛はいのりに完全協力といった姿勢を見せる。
そして俺たちの様子を見て大笑いするおっちゃん。
いいのか、命の危険がある仕事なんだぞ…。
「あ、というかそもそもの話だけど、おっちゃん」
「あん?」
「俺まだここに登録するのに、審査通ってなくない?」
最後の頼みの綱。
白縫の登場のせいで有耶無耶だったが、先ほど能力を見せてからそれっきりだった。
もしそれで不合格なら、依頼はパァだろう。
「ん、ああ、登録するぜ」
が、その頼みの綱はあっさりと切れてしまった。
ヒョロヒョロだったな、その綱は。
そもそも俺が不合格でもいのりが依頼を受けたら、俺は付いて行かざるをえなかっただろう。
いのりがやる気である以上、最初から俺に退路は無かった。
「正直、俺も聞いたことのねえ未知の能力だが、伸びしろで言えば申し分ない。組織を1人で潰せるほどだから、応用力もあるんだろう。頼める仕事に困ることはないだろうよ」
きっちりおっちゃんのお墨付きまでもらえた。
こんな依頼じゃなければ、喜ばしい事なんだがな。
「はぁ…。やるんだな、本当に」
「もちろんよ」
「命の危険があるかもしれないんだぞ。それでもか」
「ええ」
「3連休、3人で日光行こうぜって言っても?」(横濱から離れた場所)
「…………………もちろんよ。ねえ愛」
「お嬢様…」
タメがなげえな。
しかし、どうやらいのり達の決意は固いようだ。
これ以上の説得は無駄だ。
「わかったよ、やろう。この依頼」
「そうこなくちゃ」
「その依頼、俺たち3人で受けて良いか?おっちゃん」
「ああ、構わないぜ。そしたら登録するから二人の連絡先等々、紙に書いてもらうぞ」
ちょっと待ってろと言うと、おっちゃんは厨房の奥のドアに引っ込んでいった。
その間、俺はいのりとも連絡先を交換させられ…させて頂いた。
よろしくねとテンション高めに腕に絡んできたが、もはやそれを振りほどく気も起きないほど2人との応酬に疲弊しきっていた。
俺1人、異世界へ飛び込むのは良い。例え死んでしまっても自己責任で済む。
が、この2人が一緒だとなると、不安だ。
それは戦力がどうとか言う以前に、折角普通の暮らしを手に入れたのに、また危険な目に合うかもしれない。
「自分でやりたいと言ったんだから自己責任だ」と突き放すのは簡単だが、そうもいかない。
つまりこの依頼、防衛よりも如何に危機回避をするかが肝要だと言える。
相手は人殺しもいとわない危険な集団。
対してこちらは4人中完醒者が2人、内1人は非戦闘向け。2人は能力者ですらなく、更に1人は存在も知らない。
まともにやり合えば、いや、やり合う前に全滅は必死だ。
俺は万が一接近してしまった時のために打てる手は無いかと色々と思案していた。
しかしそんな俺をよそに、いのりと愛はどこ見て回ろうかとか、服装がどうとか完全に旅行気分でいた。
いのりには「卓也くんは心配し過ぎじゃない?」と言われてしまう始末だ。俺がおかしいのか…?
そんなことを話していると、奥から戻って来たおっちゃんに登録に必要な情報を記入する紙を渡され、俺といのりは記入し始めた。
「じゃあ依頼は3人で受けるってことで本当にいいな?」
「ええ」
「了解だ。まあ護衛対象が若い女子だし、年が近くて同性のお嬢ちゃんは適任かもしれねえな。待ち合わせ場所と時刻はこの紙に書いてあるから後で読んどけよ」
そう言って、ペラ1枚の紙を俺に渡してきた。
そこには土曜日の15時に横濱駅へ行き、そこから依頼人に連絡し指定の場所へ向かう事、という内容が記載されていた。
そして白縫の携帯と思しき番号が記載されていた。
ここにかけて、白縫の居る場所まで行けという事か。
「集合が午前中だったらどうしようかと思ったけど、向こうも学生だから午前中は学校だったわね。安心したわ」
「お嬢様が戻ってから支度をしても、集合時間には余裕で間に合いそうですね」
いのりは午前中授業があるので、待ち合わせ時間に間に合わないかもしれないと心配していたようだ。
そのまま愛と一緒に当日の動きについて打合せを始めたので、俺は登録用紙に記入しながらおっちゃんに質問をした。
「なあ、その例の集団と鉢合わせる確率って、どれくらいあると思う?」
「…そうだな。まあ、8%ってとこじゃねえか」
「というと?」
「まず連中は、価値のあるお宝なら何でもかんでも奪うってワケじゃない。全国でこういった展示会、即売会なんてものはしょっちゅう開かれているが、やたらめったら出没したなんてことは無い。恐らくヤツらの中でも奪う基準だとか趣味・嗜好なんてものがあって、それに基づいて動いている」
「なるほど」
「次に、ヤツらが釣られてくるだろうと言われている今回の展示の目玉商品、【純潔の輝石】って代物なんだが、これが本物かどうかが不明なんだ。一応カタログには記載されているが、本物の写真じゃなくてサンプルしかない。この石はそもそも幻の宝石と言われ、これまで市場に出回った試しがないから、画像も存在しないんだろう」
「うさんくせえな」
「そう、胡散臭いんだよ、そもそもな。だからあくまで"可能性"って話なら、まあ8%くらいだろうな。この宝石が本物で、ヤツらの嗜好にマッチしてたら奪いに来るかも、って程度だ」
それくらいなら、そこまで必要以上に心配することはないのか。
来るかどうかも分からないヤツらと会うかもしれない事を心配していたら精神がすり減ってしまうだけだ。
一応万が一の時の為に出来るだけ準備はしておき、あとは近づいてしまったらその時考えよう。折角の休みだし、2人みたいに俺もなるべく楽しもう。
やがて俺といのりが用紙に記入し終わると、おっちゃんが受け取り今日のところは解散となった。
オフィスに戻る時には15時を回っていたが、案の定俺は怒られることは無かった。
社長と親父さんは商談が終わり雑談で盛り上がっている所だったようで、社長の機嫌はすこぶる良かった。
「もっとゆっくりしても良かったんだぞ」なんて事まで言ってきた。あんたそれでも社長か。
「塚田くん、どうだい?良かったらこの後ウチで食事でも。この前の事も色々と話したいと思っているんだが」
「おー行って来いよ」
「いや…ちょっと。明日の総振を今日の19時までに処理しないとなんで…」
「むぅ…流石の私も期限を伸ばすにはちょっとな…」
いや、やらんでいい…。
いくら銀行の経営者と言えど、そんな勝手が許されるワケはないのだ。
「大丈夫よ。また直ぐに会う事になったの」
「何?本当か。あとで詳しく私にも教えてくれ」
「分かったわ」
そう言うと、いのりと愛と親父さんは会社を後にしていった。
依頼は2日間にかけてだから外泊なのだが、果たして大丈夫だろうか。
ていうか、親父さんに何て説明するつもりなんだろう。
いや、もう細かい事はどうでもいいや。なるようになるさ。
これ以上先の事を考えてたらストレスが溜まってしまう。
ただまあ、パワフルだよなぁ、いのりと親父さん。
俺は本性を現した父娘に押され気味だった。
_________________________
『もしもし?』
「ああ、俺だ」
『玄田さん、どうしました?』
「例の依頼、決まったぜ」
卓也達3人が去った後の店内で、玄田が誰かと電話で話をしていた。
『本当ですか、よかった。スミマセン、無理を言ってしまい』
「気にすんな。いつも仕事を融通してくれてるからな。たまにはサービスだ」
『そう言ってもらえると助かります』
先ほど卓也たちにも説明した通り、普段は警察から依頼された仕事を登録者に斡旋し、達成したら警察から報酬を受け取るという運営をしている。
故に今回のように一般の依頼を受けるという事は特例だった。
しかも相手は能力の事を知らない一般人。リスクもそれなりに大きい案件だった。
事の発端は白縫の父親が電話の相手を介して自分の娘を2日間、警察に保護させようと目論んだところから始まった。
もちろんそのような私用に部下を動かすことは出来ないが、どうしても断ることが出来ず、報酬ありの依頼という事で玄田に話を持ち掛けた。
『それで、誰が引き受けてくれたんですか?テレポーター系の能力者あたりですか』
「今回受けてくれたのはな、新人だ。だが実力は問題ねえ」
『へぇ、新人ですか』
「ああ、塚田卓也と南峯いのりっていうんだが」
『っ!…そうですか』
「知ってるみたいだな」
『玄田さんも人が悪い。私が彼らの事を知っているのはご存知でしょうに』
「はっはっは、悪い悪い。ついな」
『全く…』
「そう怒るなよ、鬼島」
電話の相手は、警察庁特殊犯罪対策部の鬼島正道だった。
玄田は電話の相手をからかうように笑うと、手元にある本をめくる。
めくったページには、先日ぼったくりバーの取り締まりに協力した卓也が鬼島と会った事、誘拐事件の際に話をしたことなどが簡潔に記されていた。
もちろん玄田はその場に居合わせたわけでも、誰かに話を聞いたわけでもない。
全ては彼の能力【
彼の能力は、一度会って話をした相手の"日記帳"を作り出すことができるというものだ。
以降日記にはその人物に起きた出来事が記されていく。
玄田はこの能力で鬼島と卓也が既に出会っている事を知っていた。
ただしこの能力は得られる情報が非常にざっくりとしているのが欠点だった。
日常生活の中で起きる事はほとんど記載されず「いつも通りの日を過ごした」等としか出てこない。
さらに、特徴的な出来事があっても大体2,3行でまとめられてしまうので、細部まで把握する事は出来ない。
誰と会ったか、何を見たか、どのような能力を得たか等、得られる情報の質にムラがある能力でもあった。
『別に怒ってはいませんよ。しかし彼がこの件に絡むという事は、職員を本格投入した方が良いかもしれませんね…』
「横濱にか?なんでまた」
『なんとなく』
「なんだよそりゃあ…」
根拠のない鬼島に、玄田は呆れる。
しかし鬼島は、根拠は無いものの確かな予感があるようだった。
『彼と会ったのは2回くらいですが、彼はこう…強い引きのようなものを持っているような気がするんですよ』
「引き…ねぇ。ってことは例の強盗を引き寄せてるって感じか?」
『うーん…それもありますが』
珍しく歯切れの悪い鬼島であったが、玄田は急かさず何を言おうとしているのかをじっくりと待った。
『純潔の輝石の"本物"が出てきそうな気がするんですよね』
「はは、引き寄せるのはそっちか」
『ええ。自分で言っていて、なんかそんな気が強くしてきました。すみません、ちょっと配備について検討してきます』
「おう、がんばれよ」
『はい、今回は助かりました。また改めてお礼を』
「いーっていーって。いいから行って来い」
『では失礼します』
玄田は切れた電話をカウンターにある充電スタンドに差すと、卓也の日記を取り出しページをめくった。
めくったページはおよそ1か月前。
「完醒者となった」と、未だかつてないほど短く、詳細も不明の情報が記載されていた。
この直前に店を訪れた時の、あの覚悟を決めた表情の理由も一切分からない。
身に着けた能力も、先ほど本人から聞くまで分からなかった。
「引き寄せる…ねぇ」
何人もの人間を見てきた玄田だが、ここに来て塚田卓也という人間の印象がブレてきていた。
能力を身に着ける前までは普通のサラリーマン。
やや情熱に欠けるが明るく面白い人間だと感じた。
だが最近の日記を見るとやっていることが大胆不敵で、以前の彼の印象からは信じられない行動だった。
しかしその変化の原因があると思しき期間の日記はほぼ空白で、玄田は珍しく情報不足に陥っている状態にあった。
「ま、これからだな」
塚田卓也という人物をじっくり観察しようと決めた玄田だった。
_________________________
「せんぱーい、メール来てますよー。特対本部から」
神多交番のPCで特対本部から特対職員、つまり警察内部の超能力者宛のメールを確認した男が、奥の居住スペースでゲームをしている人物に声をかけた。
「んだよ、こんな時に…」
居住スペースから忌々しそうな顔で現れたのは、卓也の友人の清野誠だった。
彼はプレイしていたFPSゲームを中断させられ、若干機嫌が悪かった。
「僕だってゴールドギアス見てたら強制的にメーラー立ち上がってウンザリしてるんですから…」
清野を先輩と呼ぶこの男も勤務中にアニメ鑑賞をしており、2人は揃いも揃って真面目に仕事などしていなかった。
それどころか、警察内の電子系能力者にこのシステムを止めるよう脅そう、などと物騒な事を話している始末だった。
「で、メールってなんだよ?」
「なになに…えー、次の3連休は横濱に【全ての財宝は手の中】が出現する可能性があり、周辺に職員を配備する事を決定した。近隣の交番にも注意を呼び掛けている。特対の職員は特に警戒されたし。ですって」
「俺らにゃカンケーねえじゃん」
「ですね」
2人は興味なさげにメール内容を最後まで確認すると、メーラーをそっと閉じた。
そして清野は居住スペースでFPSに、後輩はアニメ鑑賞にそれぞれ戻ったのだった。
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