第43話 破格

「何よここ…汚いお店ね。本当にここが何でも依頼を受けてくれるっていう万屋なのぉ…?」


 いきなり悪態をつきながら入って来たこの娘は、店内をきょろきょろと見回していた。

 そのリアクションは、俺の中の"イヤなお嬢様"そのものだった。

 いのりさんが良い子でよかった…さっきこのリアクションをされていたらちょっと凹んでいたかもしれない。


 しかしこの娘、何やら気になる事を言っていたな。万屋とかなんとか。

 表の準備中という看板が見えないハズはないだろうし。どうやらこの娘、飯を食いに来たワケではなさそうだ。

 だが先ほどから瞳力を使って観察しているが、能力者ではないように見える。

 では一体なんだ。

 俺が頭の中であれこれ考えていると、店主であるおっちゃんが動いた。


「おいお嬢ちゃん、準備中って文字が見えなかったか?今は営業時間外だぜ」

「何よ、別にお昼を食べに来たんじゃないわ。パパに言われて、私を護衛してもらう為の依頼に来たのよ。ここって何でも仕事を引き受けてくれるんでしょ?」


 娘は生意気な態度でおっちゃんに返答した。

 やはりここが中華料理店をやっているだけではない事を知って訪ねてきたようだ。

 護衛を依頼しに来たみたいだが、こういう飛び込みの仕事もあるのか。

 先ほどまでの説明だと、警察から直接依頼が来るということだったが。


「何か手紙みたいなモンは預かってねえか?」

「ああ、そういえば預かっていたわ。っと…はいこれ」


 護衛と聞いてすぐさま接客を切り替えるおっちゃん。

 そして娘が取り出したのは、いわゆる長形2号という縦長の封筒だった。

 宛名や差出人などの記載は無く糊付けだけしてある状態の封筒を受け取ったおっちゃんは、厨房に磁石で付けてあったハサミを取り出し封筒の端っこを切断すると、中から三つ折りになっている便箋を取り出した。


 そしておっちゃんは何も言わず便箋に書かれている内容を確認し始める。

 内容までは見えなかったが、その便箋の一部に例のエネルギーが纏っていた。

 恐らく差出人がおっちゃんに向けて何か秘密のメッセージでも記している、と推測する。


「ごきげんよう、白縫しらぬいさん」

「あら…、南峯さん?とその付き人さん」

「ごきげんよう、白縫様」


 おっちゃんが内容を確認している間、俺以外の3人が挨拶を交わし始めた。

 驚くことにどうやら以前からの顔見知りだったようだ。


「友達?」

「ええ、以前社交界で知り合ったのよ。白縫しらぬい千歌ちかちゃんっていうの」

「ワォ…」


 社交界…。何ともハイソな響きだ。やはりいのりはお嬢様なんだな、と再確認した。

 社交会ソレ碧山あおやまとかポンギで開催されているんだろうか。

 旨い飯が沢山食えるのかな、などと想像を膨らませていると。


「おじさんは誰?」

「おじ…」


 おじさんだって…。まだ26だぞ俺。まあこのくらいの年代の娘からしたら、おじさんになるのか、20代中盤は。でもちょっとショック。

 俺が中坊のときは20代中盤の女教師なんてテンション上がったけどなぁ、

 お姉さまキターーーーって言って。

 そろそろスキンケアでもするか…?


 地味にダメージを負っていると、いのりが代わりに紹介をしてくれた。


「この人は塚田卓也くん。私のフィ…」

「!? どうも!南峯さんと真白さんの友人の塚田卓也です!よろしくねー」


 アブねえ…!なんかヤバいこと言おうとしたよねこの娘。

 初対面の、しかもこんな年端もいかない子になんて紹介をしようとしてんだ。

 いのりは妨害&苗字呼びでむくれているが、無視しよう。


「ふーん…」


 一方の白縫は、こちらを値踏みするようにじっと見ている。そして。


「南峯さんって年上趣味だったのね」


 と核心を突いたのだった。


「別に年上趣味なワケじゃないわ、好きな人がたまたま10歳年上だっただけよ」

「そう」


 年下好き男の言い訳のテンプレみたいなセリフを吐くいのりに対し、白縫は特段興味無さげに聞き流した。

 いのりのこめかみが若干ピクつき始めたころに、愛が助け舟を出した。


「白縫様はどうしてこのような場所へいらしたのですか?先ほど、食事ではないって仰ってましたが」

「ああ…パパに言われてね。実は今度の3連休に横濱で開催される夏フェスにパパと遊びに行くことになっているの」


 ああ、そういえばそんなのあったな。

 確か海の日を含んだ3連休に横濱駅から中華街駅あたりまでのエリアで開催される、ライブや出店、その他イベント盛りだくさんの夏の祭典だ。

 そこに父親と行くのか。仲がいいんだな。


「でもパパのお仕事が忙しくて最終日しか一緒に回れないの。それで、初日と2日目だけは1人で見て回るって言ったら、危ないから護衛を付けろって…。普段はそんなことしないのに。それでパパがこのお店が護衛の依頼を引き受けてくれるからって言うから来たんだけど。どう見ても飲食店よね。住所間違えたのかしら」


 確かに、護衛を付けると言ってここに連れてこられたら誰だって困惑するだろう。

 "表の文字が見えていない"のならな。

 やはりこの娘は能力者では無さそうだ。瞳力でもエネルギーの発生は確認できず、

 本人は能力者歓迎の文字が見えていない。

 気泉の発生を抑える技術(あるのかどうかは知らないが)を有し、尚且つすっとぼけているという可能性が無きにしも非ずだが、それをする必要はないハズだ。


 情報漏えいを危惧してとぼけているかもしれないが、少なくとも俺もいのりも、常人ではありえないエネルギーを常に纏っている。

 そんな俺たちを前にとぼけるのは無意味だろう。

 それとも、気泉は抑えられても、瞳力は使えないとか?

 そっちの方が無理がある。


 まあ、この娘が能力者かどうかを考えること自体が無意味なのだけど。



「それにしても白縫様のお父様は随分とその、心配性ですね」

「確かにそうよね」


 愛が思った事を述べると、いのりもそれに同意した。

 そして俺も愛と同じ意見だった。


 お金持ちが普段から自分や家族にボディガードを付けるという事自体は特に珍しくない。

 以前いのりがウチに訪ねてきた時は外人のオニイサンが同行していたし、そもそも愛がほとんど一緒にいる。

 しかも誘拐事件以来、さらに警戒を強めたとここへの道すがら言っていた。

 だが宝来ここは完醒者専門の派遣組織だ。ただの護衛を頼むにしては些かやりすぎと言ってもいい。

 もし本当にそこまでの心配性ならば、白縫がここへ来るのに1人なのは少しおかしい気がする。

 何故夏フェスの間だけそれほど警戒する?

 その事に愛もいのりも違和感を覚えているようだった。


「ウチのパパはアタシが可愛くて可愛くて仕方がないのよね」


 しかし当の娘は父親を、"ただの娘を溺愛する父親"だと信じて疑わなかった。


「そう、なのですか?」

「ええそうよ」


 違和感を拭いきれないままの愛が会話を続けてやると、白縫がさらに自慢げに答えた。


「私がここ最近、月に一回貧血を起こすようになったって言ったら、パパが毎回MRI検査をするようになったの。ホント大げさよね、ふふっ」

「それは…すごいですね」

「そうね…」


 月に一回の貧血って言ったら、女性特有のアレだよな。

 それに対してMRIは、異常だ。本当に度を超えた心配性なのか。

 白縫の顔は、これ以上疑問を抱くのはバカバカしくなるほど満足げだ。

 本当に仲が良い父娘に思えてきた…もう考えるのはよそう。

 いのりも愛も俺と同じ気持ちに至ったのか、既に柔和な笑みを浮かべていた。



「お嬢ちゃん」


 俺たちの会話が一区切りしたところで、おっちゃんが白縫に声をかけた。


「なに?」

「手紙は読ませてもらった。オーケイだ。この依頼、ウチで引き受けさせて貰うぜ」

「それはよかったわ」


 どうやらおっちゃんは白縫の護衛を、ここで引き受けるに足るものと判断したようだ。

 内容が気になるところだが、教えてくれるだろうか。


「当日は横濱駅で護衛とお嬢ちゃんを落ち合わせるようにって指示だから、今日はお嬢ちゃんの連絡先を聞いたらおしまいだ。帰っていいぜ」

「あら、どんな人が来るのか教えてもらえないの?」

「これから調達すんだよ…。3日も無ぇからな、急がねえと…」


 めんどくさそうに厨房の奥の事務室のようなところからノートを持ってくると、白縫に連絡先を書かせた。

 連絡先を書き、ここでの用事を終えた白縫はいのりと愛と一言二言挨拶をかわすと店から去っていった。

 時間にして20分足らずであったが、インパクトの強い娘だったな。


「やれやれ…」

「お疲れ、おっちゃん」

「参ったぜ…ったく」


 とても面倒くさそうに答えるおっちゃん。

 確かに凄い依頼人だったが、それにしたって参りすぎな様子だ。

 何か差し入れでもした方が良いかな、なんて考えるほどだ。


「ああ、そうだ。そういえば聞きたかったんだけどさ」

「ん?」

「ここって、今みたいな直接来る依頼も受けているんだな」

「……はぁ…」


 なんだ、またため息なんてついて。

 今度は俺悪いことしてないよな…?


「ウチでは普通、飛び込みで依頼なんか受けてねえんだよ」

「そうなのか。でもあの子の依頼は受けてたよな」

「あの子の父親がな、俺のツテである警察の人間と古い付き合いみたいでな。どうやら泣きつかれたらしいんだ」

「えぇ…」

「さっきの手紙には依頼内容と、謝罪文がズラリと並んでやがったよ」



 おっちゃんにいつも仕事をおろしてくれる【警察の人】と古い付き合いの白縫父が、娘が2日間1人で夏フェスを回る事に不安を感じ「なんとかならないか」と懇願。

 困った警察の人が仕方なくおっちゃんにこの件を"特別な依頼"として回してきた…というのが今回の顛末らしい。


 さらにおっちゃんを悩ませる要素が。

 それは白縫も白縫父も能力の事を知らない"一般人"だという事だ。


 対象が一般人の場合、護衛をする人間は本来の任務に加え守秘義務にも気を使わなければならない。

 能力者の間では当然のルールだ。

 そのため登録者の中には任務内容に一般人が絡んでいるだけで嫌がる者がいるほどだ。

 ただでさえ2,3日で人員を確保しなければならないのに、条件が厳しいとおっちゃんは嘆いていた。


「ちなみに、報酬はいくらくらい貰えんの?」


 俺は好奇心で思わず訪ねてみた。


「2日間の護衛で、200万だ。1人で受けても2人で受けても、200万」

「にひゃっ…マジか」

「マジだ。さっきの子の父親は成功報酬にそれだけ出すと言っているらしい」

「ベトナムドンで、じゃなく?」

「日本円に決まってんだろ」


 いやいやいや、気前が良いとかってレベルじゃないだろう。

 どう考えてもおかしい、たかが2日間の護衛にその金額は。

 ケタが1つ違う。相場は知らないが先日交番で見た手配書だって、【連続殺人犯の男】に50万円、【警官殺しの女子高生】に85万円だった。

 なのに、子供がお祭りを見て回るのに付いて行くだけで200万円…。


 さっきの話じゃないが、「じゃあ今も護衛付けとけよ」だ。

 おかしいだろ、普段は放っておくの。そもそも、警察にお願いなんかしなくても20万円で10人のボディーガードを雇ったって過剰戦力だ。

 おっちゃんに回してきた警察の人とやらも、わざわざこっちに言わずに普通のボディーガードを頼んだ方が良いと言ってやればよいだろう。


「ていうかおっちゃん」

「あん?」

「登録している人で断るヤツはいないだろう、その条件で」

「…」


 さっきから困った様子のおっちゃんに、そもそもの疑問をぶつけた。

 金に困窮していないヤツだって、この好条件なら受ける。俺だってそうする。

 完醒者なら単純な身体能力も常人のそれではないのだから防衛力も問題ないし、肉体強化だけなら一般人に能力者バレする心配もほぼない。

 おっちゃんが最初に声かけたヤツでマッチング完了だ。


 ところがおっちゃんは相変わらず苦い顔のまま答える。


「今回の件は、そう単純な話じゃねーんだよコレが…」

「なんだよ…?」

「これは確定情報じゃないんだが、その横濱で行われるっていう祭りな…。ヤバイ連中が居合わせる可能性があるんだよ」

「ヤバイ連中?」

「ああ。3日目に開かれる宝石展示即売会で、能力者の強盗集団が襲ってくるかもしれねえんだ」

「そんなヤツらがいるのか」

「ああ、ヤツらは…【全ての財宝は手の中】という名で活動している」

「…は?」



 なんだそのダサい名前は…。









 ___________________________________









 金曜日 10:45

 駅前のどこにでもあるコーヒーチェーンの店内の片隅で。大学生くらいの男がアイスコーヒーを片手にスマートフォンを操作していた。

 スキニーにロング丈シャツというラフなスタイルで、炎天下の中街ブラで火照った体を空調と飲み物で冷却しつつ、適当なネットサイトを見て時間を潰している。


 ここへは街ブラの休憩がてら寄った…のではなく、ある人と待ち合わせをするのにこの店を指定したのだ。

 ついでなのは街ブラの方であり、男は別段欲しい物も見たい物も無く先ほどまではただ辺りを彷徨っていただけだった。

 そしてコーヒーが半分くらいまで減り、結露したグラスの水滴がテーブルに水たまりを作り始めたころに、待ち合わせの人が現れた。


「よう真人まさと。悪い、待たせたな」

「いや、大丈夫ッスよ虎賀こがさん。さっき着いたとこッスから」


 先に店に着いていた飯沼いいぬま真人まさとと同じくアイスコーヒーを頼んだ男は向かいのテーブルに飲み物を置くと着席し、遅れたことを謝罪した。

 飯沼は早く着きすぎたのは自分だからと、男の謝罪を申し訳なさそうに流した。

 この男が飯沼と待ち合わせをしていた人物であり、【全ての財宝は手の中】のリーダー虎賀こが天陽てんようだった。

 年は飯沼より2,3歳上で、スキニーとシャツの上にサマージャケットという飯沼と同じく夏らしいラフな格好で現れた。


「それより虎賀さん、

「おおそうか、それはよかった。どれ…」


 虎賀は飯沼からハガキのようなものを受け取ると、そこに書かれている内容を

 精読し始めた。そしてそれほど時間もかからず内容を把握すると、再び飯沼に向いた。


「いいホテルを使ってるんだな」

「確かに、めちゃ高級ッスよね」

「まあともあれ、ギリギリにはなったが何とか場所は分かった」

「スミマセンね、俺の【ハガキ職人ヘヴィーリスナー】は、確定した事までしか分からないんで…」


 飯沼の能力ハガキ職人ヘヴィーリスナーは具現化したハガキに知りたい内容を書き、ポストに投函すると、24時間後に答えの書かれたハガキが手元に現れるという、捜査系能力だ。

 ただし自分でも言うように、『不確定な事実』や『未来の出来事』を質問しても白紙で戻ってくるため無駄になってしまう。

『過去の出来事』や、まだ実行されていないが『確定した内容』に関しては知る事ができる。


 仮に『明後日の会議の参加者は誰』という内容を書いて投函した場合、ハガキが戻って来る24時間後までに決まっている参加者が書かれたものが現れる。

 が、それ以降に変更になった場合にはその情報は抜け落ちてしまう。

 このハガキは一般人にも見たり触ったりすることが出来、記入も普通のボールペンで良いので飯沼本人が投函しなくても問題ない。

 ただし答えの書かれたハガキは必ず飯沼の手元に戻って来る。


 ちなみに、ハガキはポストに投函された時点で一度消えるので郵便局員が見る事は無く、内容確認後は飯沼の好きに消せるが、具現化しておけるハガキは質問前、回答後合わせて4枚までとなっている。



「念のため。この後すぐ同じ内容で確認してくれ。変更があった場合には実行部隊に知らせなきゃいけないからな」

「了解ッス。じゃあ虎賀さん、また明日」

「ああ」


 飯沼はグラスに残ったコーヒーを一気に飲み干すと、足早に店を去った。

 そして残された虎賀は他のメンバーに先ほど能力で知り得た情報を共有する。


 計画は、滞りなく進んでいくのだった。


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