第41話 真里亜さんがみてる 後編 【第2章エピローグ】

 真里亜は生徒会長の任に就くにあたり、事前に仕事の下調べをしていた。

 年間スケジュールは当然の事ながら、1つのイベントにおける生徒会の過去の活動までを、生徒会資料室に保管してある膨大な資料を読んで予習したのだ。

 もちろん全ての資料を読んだワケではなく、サッと活動記録に目を通した中で気になる点を見つけたらちゃんと調べるというやり方を取っていた。

 学園祭での屋外火気厳禁というルールも、下調べで知る事になる。


 そしてもう一つ、"予算配分の不公平さ"にもこの時気付いていた。



 生徒会が学園祭での火気使用の規制緩和を発表したところ、各地が喜びに沸きあがった。

 理由は、少ない調理設備の枠を巡る抽選からの解放および、毎年売上の高い商品を自分たちも100%取り扱うことが出来るからだ。

 しかも真里亜が話をつけた商工会や商店街の協力で、プロ仕様の調理器具レンタルや格安での食材仕入が可能となった為、食品系店舗の出店の手間は格段に減りコストも抑える事ができた。


 ただし学校側が学園祭期間中の屋外での火気使用をする場合には、使用団体は商工会が行う安全講習を必ず受講する事を条件とした。

 そのため今回は"仮申請期間"を設け、そこで火気使用に手を挙げた団体の代表者には必ず講習を受けさせた。

 これで本申請後に火気を使う使わないに関わらず、学校側の提示した条件をクリアできる様にしたのだ。


 大方の予想通り、仮申請期間には多くの団体から応募のメールが届いた。

 ラインナップを見てみると、たこ焼き・焼きそば・ヤキトリ・フランクフルト・じゃがバター・もつ煮・唐揚げ・天ぷら・チキンステーキ・鈴カステラ・うどん・ラーメン エトセトラエトセトラ…。

 各団体の希望をリストにしてみると、縁日の出店のようなラインナップがずらりと並んだ。


 お金持ち学校の割に俗っぽいのは、意外とこういう方がお嬢様・お坊ちゃまのウケがいいからだった。

 また、たこ焼きや唐揚げなど調理に少し技術のいる商品でも、商店街の店主等プロの手ほどきを受けられるよう手配をしてあるので、存分にやりたい事を希望することが出来た。


 仮申請内容に一通り目を通した真里亜は、ある場所に出かけた。







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 とある部室のドアがノックされる。


「どうぞ」

「失礼します」


 ゆっくりとドアが開かれる。


「あら、会長さん、ごきげんよう」

「ごきげんよう、さそうさん」


 訪問者の真里亜を柔和な笑みで迎え入れてくれたのは、茶道部2年のさそう 令音れいんという女子生徒だった。

 彼女は茶道の名家"哘流"の令嬢で、茶道部の現部長だ。

 真里亜と同じく長い黒髪と落ち着いた雰囲気を併せ持つ大和撫子さで、全学年にファンを持つ人気を誇る。


「珍しいですわね、会長がわざわざ部室までいらっしゃるなんて」

「あれ…哘さんお一人ですか?」

「ええ、他の方たちは学園祭のリサーチに行かれてまして…。何でも、究極のお好み焼きの作り方を見つけるとかなんとか」

「ああ、なるほど」


 茶道部の仮申請内容は『お好み焼き』である。

 そこで部長以外の部員たちはみなパソコン室へ行き、早速お好み焼きの事を調べに行ったということだった。


「そういえば、真里亜さんには一度お礼を申し上げないと、と思っておりましたの」

「お礼…ですか?」

「ええ。今回の学園祭での取り組みについて、ですわ。これまでどの生徒会長も出来なかった…いえ、やろうともしなかった事をやって頂いて、多くの方が喜んでおりますわ。ウチの部員たちも、先日から気合いが入ってますの」


 令音は部員たちの喜ぶ姿を浮かべ、とても嬉しそうにその様子を真里亜に語った。

 それを聞いていた真里亜はおもむろに話を切り出した。


「哘さん、実は今日はそのことで相談があって来ました」

「相談ですか?」

「はい、実は…」


 突然相談と言われ不思議に思う令音だったが、真里亜の話に耳を傾けた。

 そして、すぐにその内容に驚かされるのだった。



「…というわけです」

「なるほど、それで本申請ではお好み焼きを取り下げて、お茶とスイーツに、と…」

「無理にとは言いません。折角火気の使用が解禁されて張り切っているところに水を差すのも申し訳無いですし。ただ、茶道部なら今流行りのお茶とスイーツを高い水準で完成させることが出来るのでは…と思いまして。何せ、本学園で最もお茶に詳しい皆さまです。お茶選びから凄い手腕を発揮してくださると踏んでおります。それに売上にも良い影響があると思いますし」

「…」


 言葉巧みな真里亜の提案に、令音は少し考え込んだ。

 確かに張り切っている他の部員たちのやる気を削ぐことになりかねないと思ったが、売上の点は魅力的だった。

 真里亜の言う戦略の事は最もだし、何よりここまでお茶の事で信頼をしてくれる後輩の

 期待を無下に突っぱねるのはどうなのかと思ったのだ。



「…少し考えさせてください。他の部員たちにも相談してみないと、私の一存では…」

「もちろんです。金曜日までにお返事をくだされば結構ですので」

「はい」

「それでは」


 こうして茶道部を後にした真里亜だった。

 この後もう2か所別の場所に行き、同様の提案をした。

 そしてどこの部活も本申請時には真里亜の思惑通り、最初の商品を取り下げ、真里亜の提案する商品に切り換えた。


 真里亜は、申し立て常連の部活に対し、学園祭で"スイーツ系""ドリンク系"を販売するよう言って回ったのだった。



 今回の学園祭、火気の使用解禁により多くの部活は粉モノや揚げ物、焼き物に飛びついた。

 何故なら、例年の学園祭では調理設備を勝ち取った団体がこれらの商品をチョイスし、ほぼ全ての団体が高い売上を叩き出していたからだ。

 そこにプロの手ほどきを受けられると来たら、沸き立つのも無理からぬことだった。

『自分たちもランキングTOPに入るチャンスが来た』と。


 そうなると必然巻き起こる、圧倒的"甘味不足""水分不足"に。


 真里亜はあえて仮申請時に揚げ・焼き・粉モノを制限しなかった。

 それは申し立て常連の団体に、不足している甘味・飲み物系へと商品をスイッチさせ多くの団体と差別化をさせる為であった。


 直接出向き、発言力のある人間が一人の時を見計らい偶然を装い訪問し、説得。

 茶道・華道にゆかりのある飲み物やスイーツを提案し、流行りだなんだと言ったり、時には相手のお茶や華に対するプライドを刺激し、見事首を縦に振らせた。

(日本舞踊は商品とは関連性が薄いので苦労した)


 また、先ほど副会長が確認したように、出店場所にも細工をした。

 くじ場所への申請を取り下げさせ、出店場所を真里亜が操作できる様にする。

(各団体には売上のためだと言って、納得させた)

 そして次に周りの店だが、食品以外のアクセサリーや手芸品・ゲーム系の店などは遠ざけ、味が濃く喉が渇くような粉モノ・揚げ物を中心に固めた。

 そうすることで生まれる。油染みタレ纏う中に吹く甘味・飲み物という爽やかな風、熱気満ちる砂漠の中のオアシスが。


 もちろん学内には自動販売機がいくつか設置されており、敷地のすぐ外にはコンビニもある。

(校内のコンビニは学園祭期間は休み)

 なので飲み物が全く入手できないという状況ではない。

 その点は商品でカバーする事に。


 華道部・茶道部が販売した商品は、先も触れたとおり流行りを踏襲しつつも部の強み・ブランドが活かせるようなものにした。

 コンビニや自販機では買えない希少性と伝統ある部活の監修という信頼性で、学園祭でサイフの紐が緩んだ来場者を狙い撃ちしたのだ。


 学園祭の開催期間は11月上旬であり、気温は寒い時もあれば暑い時もあるという微妙な時期であった。

 真里亜はそれを考慮してアイスとホット両方を用意させたのだが、気温は20度前後の晴れという恵まれたコンディションになった。

 特に華道部のソフトクリームを心配していたが、揚げ物などで火照った体には丁度良く、高い売上を叩き出した。

 日本舞踊だけは他二つとは違い食品に関するブランドは無いので、普通に売れ筋の商品をチョイスさせた。



 そんなわけで真里亜は3つの部活に対し、学園祭準備期間にちょくちょく通い打合せをし、時に裏で少し手を回し、見事に売上上位に入れさせることに成功した。






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「そうやって恩を売っておくことで、縛ったんです。元々予算を水増しして貰っていたという負い目と併せて、申し立て不申請へと…。今回それぞれの部に足を運んでみたらそこまで部費に困窮している様子もありませんでしたし、きっと慣習でやっていたのでしょう。もちろん絶対に申し立てをしないという保証はゼロでしたが、あれだけ学園祭で稼がせてもらった協力者が取り仕切る予算案に不当にゴネるような恥知らずはこの学園には居ないと信じていました。仮に申し立てがあっても通すつもりはありませんでしたが…」


 真里亜の口から語られる回答。

 入念な予習と行動力、根回し、地道な活動、人の心理を読む力、先見性、気付き。

 真里亜の持つ能力を存分に発揮し辿り着いた今日の結果。

 申し立て0件は決して

 彼女が積み上げた戦略というタワーの頂点、その"成果"だった。


「単純ですが、いい作戦でしょ?」


 真里亜はニッコリと笑う。

 ここだけ切り取って見たら、学園の生徒であればあっという間に好きになってしまう程の輝く笑顔。

 だが他の生徒会メンバーはみな、言葉を失っていた。


 メンバーの心は多少なりともショックを感じていた。

 火気使用の解禁に学園が沸く中、既にその先を考え行動に移していた事。

 生徒会に入り1年ちょっと、学園の為に働けていることに誇りを持っていたが、自分よりも年下のミリアム歴1年も満たない生徒が次々と成果を残した事。

 これまでの人生で前会長四谷さんよりも優れた人はいないと思っていたが、もしかしたらこの後輩はそれ以上かもしれない事。

 多くの人が、自分が望んだ答えになるべく近づくように進んでいく中、会長はゴールまでのストーリーを先に描き進んでいくタイプである事。

 などなど。


 内容や性質は違うが、メンバーは真里亜の資質に改めて驚かされた。

 前会長が下級生を推薦した時は『会長が言うなら』と思い、規制緩和に奔走している時は『行動力があるな』と思っていた。その程度の評価だった。

 しかしその裏でこのような読みと動きをしていた事。

 そのスピード・鋭さを聞かされ、その事に今日まで誰一人気付けなかった事に各々が各々に少し失望していた。

 副会長がかろうじて答えを導き出していたが、それもクイズという形で誘導されたに過ぎない。


 この衝撃が、メンバーの心にある変化をもたらした。



「さて、折角申し立ての場を設ける必要もなくなりましたし、今日は解散しましょうか。私はこのことを先生に報告してから帰りますので、戸締りをお願いしても良いですか?」

「あ、ハイ。大丈夫です」

「ではまた月曜日に」


 コートを羽織り荷物を手にすると真里亜は生徒会室を後にした。

 そして部屋には6人の生徒会メンバーが残された。


 しばしの沈黙が続いた。

 最初に口を開いたのは庶務の男子生徒だった。


「なぁ…俺たち…もっと頑張らなきゃな…」


 普段の彼はお調子者で、生徒会のムードメーカー的な存在だった。

 体育会系気質で、竹を割ったようなサッパリした性格は男女問わず好かれ人気の高い生徒だった。

 生徒会に何かを提案したい時は彼を窓口にする生徒がとても多く、前生徒会では何か困難に直面した際に会長と同じくらい皆を引っ張っていく存在であった。

 そんな彼が、珍しく、少し気落ちしていた。


「四谷会長はさ、俺たちに足並みを揃えてくれてさ、一緒に頑張ろうって人だったのかもしれないよな。今さら、気付いたんだけど…」

「…」

「でも今の会長は、俺らが受け身で居たらあっという間に置いていかれそうな、そんな感じじゃないかって、さっきの話を聞いて思っちまったんだよ。だから、もっと色々な事に、一つ一つちゃんと考えて取り組もうぜ。そして少しでも会長の助けになれるよう頑張ろうぜ」

「コウくん…」


 彼は四音と真里亜、2人の会長の本質の違いを真っ先に言葉にした。

 そしてその上で今の会長の真里亜に付いていけるよう、己を鼓舞し、皆を鼓舞しようと語りかけた。


「…コウの言う通りだ」


 今回真里亜の領域に最も近づいた副会長が、庶務に続いた。


「俺はもう今の会長を『四谷さんの推薦した後輩』とは思わない。四谷さんが自分で言っていたが、間違いなく俺たちよりも能力が上だ、四谷さんも含めてな。しかもコウの言うように、今の会長には俺たちの助けなんて必要ないかもしれない。実際に今回の事も、俺たちは関わってないどころか知りもしなかった。それが俺は悔しい…!」


 学園祭の来場者数や総売上の増加、申し立て申請0件という快挙を自分たちの手柄のように喜んだ生徒会の面々。

 ところが実際は自分たちも観客の一部に過ぎない事に気付いた副会長は悔しさに口を噛みしめた。

 何だったら、右も左も分からない1年生会長に指導していると錯覚していた事に恥ずかしさを覚えるほどだ。


「だから、これからは会長に食らいついていくつもりで取り組むことにするよ。少しでも会長の助けになって、そして会長のノウハウを一番近くで学ぶんだ…!」

「だな!」

「…うん、そうだね」



 彼らはこの出来事をキッカケに大きく成長する。

 恐らくどの世代の生徒会でも無かった経験。突如現れた後輩会長がもたらした悔しさは、彼らの後の人生に大きな影響を与えた。

 だが当の真里亜は、それを知る事は無い。


 ともあれ、生徒会メンバー全員の心には火が付いた。

 もう誰も1年生会長を疑う事は無い。むしろ真理亜に心酔する者も現れるほどだった。

 そしてみな、残りの任期を全力で取り組もうと誓った。




「会長、お茶のおかわりはいかがですか!?」

「いえ、もう大丈夫です…」


 だが、たまにおせっかい…。


(3杯も4杯も飲めません…)












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 ○卒業式


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「…以上、在校生代表、1年B組 塚田真里亜」



 壇上では生徒会長の真里亜が卒業生に向けて送辞を述べていた。

 今日は聖ミリアム学園高等部の卒業式。

 この学園では送辞を生徒会長が、答辞を最も成績が優秀な生徒が代表して述べるしきたりとなっている。

 ちなみに、1年生が送辞を読むのは数十年ぶりの出来事だった。



「春の暖かな日差しが体全体に感じられ、校庭の木々の芽もふくらむ季節となりました…」


 真里亜に続き壇上に上がり答辞を読むのは、前生徒会長の四谷 四音である。

 今年は送る側と送られる側の代表が、現生徒会長と前生徒会長になったのだった。

(1年生会長による送辞に比べると、よくある構図ではある)

 そして、順調に答辞が進み、四谷が最後の一文を述べお辞儀をしたところで会場内に拍手が鳴り響いた。


 卒業式・入学式は、学園敷地内に存在するこの【アウグスティヌスホール】で行われる。

 収容人数は2500人で、演奏会や劇、講演会などを行う多目的ホールだ。

 今日も卒業生とその保護者、そして2階席には1、2年生の希望者で多くの席が埋まっていた。


 予定では卒業生代表が答辞を読み終えたら在校生代表とともに壇上からはけて、次のプログラムに移行する事になっている。

 ところが四谷は階段ではなく、共に下りるハズの真里亜の方へと近づいた。

 当然、会場は軽くどよめき、進行係も式次第に無い展開に驚いている。

 焦っていないのは、四谷本人と、真里亜と、客席の生徒会メンバーだけだった。



「もう、今日は晴れの日ですよ、四谷先輩」

「いやー、折角お互い代表に選ばれたし、ついねー」


 相変わらずの四谷の奔放ぶりに少し困ったように笑う真里亜と、あっけらかんと応える四谷だった。

 というのも、四谷が会長の任を降りてからはほとんど生徒会には顔を出さなかったのだ。

 すぐに受験勉強に切り換え、無事第一志望の大学に受かった後も何やかんや忙しく、遊びに行く機会を見失っていた。


「いやー…しかし」


 2階席の一番前に座る生徒会の面々を見る四谷。


「あの子たちの顔つきも大分変わったよねぇ…目に火が入ってる」

「そうですね。何かあったんでしょうね」

「…うーん?」


 四谷は100%真里亜の影響だと踏んでいたのだが、当の真里亜の反応は知らないと言った様子だったため、少し戸惑った。


「…まあいいや。それより学園祭の件に予算の件、聞いたよ。大活躍だったんだってね。よくやったねぇ、やっぱり私の目に狂いは無かったね」

「私を褒めているのか、自分を褒めているのか、どっちなんですか」

「もちろん両方だよ」


 あははと笑う四谷。ため息をつく真里亜。

 観客席の多くの人はマイクを通さない2人の会話がよく聞こえず、どういう状況か分かりかねていた。

 会話が聞こえないのは生徒会メンバーも同様なのだが、彼らは口々に「四谷さんがまた何かやりはじめたよ…」とか「会長かわいそー」と呑気に感想を言うなど、呆れながらも落ち着き払っていた。


「いやね、実は真里亜にずっと言いたかったことがあってさ…」

「? 何かありましたっけ?」

「あはは…えーとさ」


 四谷は珍しくバツが悪そうにほっぺをかきながら苦笑いを浮かべる。

 だが意を決したように真里亜に向き合うと、勢いよく頭を下げる。


「ごめん!真里亜」

「ちょっと、どうしたんですか?会長」

「あたしは真里亜 に確かな可能性を見出したから生徒会長に推薦したし、それは間違いじゃなかった。でも、真理亜の意思をあまり尊重してやれなかった…。1年生で会長にさせられて相当負担をかけたと思う。だから…!」


 四谷が溢れ出す自責の念を抑えられず大衆の前で謝罪する。

 それは衝動だった。本当はこんなところで言うハズでは無かったが、成長した生徒会の面々と真理亜の顔を見たら感情を抑えることが出来なくなってしまった。

 まだ右も左も分からない年端も行かぬ少女に自分のエゴを押し付けてしまい、そのくせ自分はロクに助けもしなかった。

 そんな無責任な自分に嫌気がさしていた…。


 しかし、そんな自棄になっている四谷に、真里亜は優しく包み込むように話しかける。


「謝らないでください、四谷さん。確かに最初は少し面倒だなと思いました。3年間、私は静かに過ごす予定でしたからね。でも四谷さんに説得されて会長になるのを選んだのはこの私です。そこには一切の後悔はありません」

「真里亜…でも…」


 四谷はまだ納得していない。

 真里亜は本当に後悔も苦労もしていないのだが、大丈夫といっても通じないみたいだ。

 こうなったら、少し強めに言って、ビックリさせて立ち直らせた方が早いな。

 そう思った真里亜の口から、驚きの発言が飛び出した。


「情けない顔をするのはお止めなさい、四谷四音。自分の目に狂いは無かったのでしょう?ならもっと、堂々としていなさい」

「!?」


 例えるなら、グニャグニャの体に無理矢理脊椎をぶっ刺された感覚。


 真里亜の静かな喝は、情けなく折れた四谷の体を強引に真っすぐに戻した。

 真里亜も普段上級生には決して使わないような言葉遣いになったのは、みんなの憧れている前会長がこのような公の場所で自分の為に醜態を晒すのを防ぐためだった。

 四谷の心残りを吹き飛ばし、みんなの憧れの会長のまま前に向かわせるための配慮である。


「アナタはこれからも安心して前に進んでください。でも、寂しくなったらいつでも帰ってこれるよう、お気に入りの座布団は捨てないでおきますよ」


 お茶目にウィンクする真理亜。


「……ふふっ」


 四谷は姿勢を正すと、一度目を瞑り深呼吸をした。

 そして、右手を前に差し出した。


「真理亜」

「四谷さん…」


 真里亜は四谷の握手に応じるため数歩近づき、その手を取った。

 だがその瞬間、四谷はその手を引っ張り真里亜を自分に抱き寄せると


「ありがとね」


 と耳打ちした。

 次の瞬間。



 あああああああああああああああああああああああああああああああ!

 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!

 キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!


 会場に居た生徒から、男女問わず割れんばかりの歓声が上がった。

 指笛を鳴らすものまで出てくる。

 先ほどまでのしめやかな空気はどこへやらといった状況だ。

 教員が静かにするようアナウンスをしているが、全く届いていない。


「よしよし…」


「「「「「「「!?」」」」」」」


 胸の中で喜びと寂しさで涙を流す四谷の頭を撫で、背中をポンポンと叩く真里亜を見て、会場は更にヒートアップした。

「そっちが受けェ!?そっちが受けだったのォ!」とか、「タワーを建設するぞォォォ!」と訳の分からぬ言葉を口走り錯乱する生徒たち。

 保護者ドン引き。ここは本当に名門私立学校なのだろうかと疑いたくなる光景だ。


 この狂乱は十数分続いたのだった。

 そしてしばらく伝説の卒業式として語り継がれる事となった。







 ちなみに

 真里亜 169センチ

 四谷  157センチ


 丁度いい。











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 ○伝説の選挙


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 時は流れ、9月上旬。

 真里亜は2年生に、他の生徒会メンバーは3年生に進級して早半年。

 夏休みも終わり、今月はいよいよ次の生徒会長を決める選挙が行われる。

 そしてちょうど、生徒会室では選挙に向けての打合せが行われていた。


「というわけで昨年同様、選挙の運営は資料に記載のように進めていきます。まあ、皆さんは2回目ですし、私よりも全然慣れていると思いますので全く心配はしておりませんが…」


 そう。

 人間は真里亜を除いて皆、2年連続の生徒会であった。

 そして今年の選挙運営も例年と大きな変更は無い為、右も左も分からないなどという不安は存在しないのだ。


「はいはーい、かいちょー。このリストの生徒たちはなんですかー?」

「…四谷さん、今は"生徒会の”打合せ中です。静かにしていてください…」

「ひどっ…」


 真里亜は軽くため息をついて、前会長である四谷を諫めた。

 実は四谷は、卒業してからちょくちょく生徒会に顔を出すようになったのだ。

 生徒会長退任後から卒業までの半年間よりもよっぽど来ているくらいだ。

 ちなみに彼女曰く、大学の成績は全く問題ないとのこと。

(卒業式で生徒代表になる程なので、その点を心配している者はいなかったが)


「四谷さんはさておき、確かに気になっていました。なんですコレ?」

「あーシュンくんまで酷いよぅ」


 副会長も四谷と同じようで、生徒会選挙打合せ資料の最後に付いていた見出しも何もない生徒のリストに興味深々だった。

 その横では相手にされなかった四谷が大げさに泣く真似をして皆にアピールをしている。


「四谷さん、泣かないで、よしよし」

「あっきーーーーー!!!」


 四谷は書記の胸に飛び込んだ。

 これではどちらが上級生なのか分からない。


「あっきーだけだよ、私の事を慕ってくれるのは…」

「あ、でもごめんなさいね。私は四谷さんより真里亜ちゃん派なの。勘違いしないでください」

「 」


【四谷 LP0】


 魂の抜けた四谷だったモノを椅子に置き、皆は改めて真里亜に向いた。

 そしてリストの内容に耳を傾けた。


「このリストは、私が厳選した『次の会長候補』と、『生徒会候補』の生徒をまとめたものです」

「…は?」

「私はこの1年で、次の生徒会長に相応しい生徒を2年生と1年生の中から見極めていました。そしてこの中の誰が当選したとしても生徒会メンバーを決める時に経験者から選べないのでは困ると思い、それぞれの役職に適任の生徒も選んでおきました」


 例年は生徒会メンバーの半分が2年生、もう半分は1年生というように生徒会経験者が途切れないよう、ルールではないが何となくバランスよく選ぶようになっていた。ところが一昨年に四谷が全員1年生を指名し、去年は真里亜がメンバーをそのまま継続指名したため、今年の会長が生徒会メンバーに指名する生徒の中には経験者が居なくなってしまったのだ。(真里亜を除く)


 そのため真里亜は、そんな新会長のために2年生と1年生の中から能力に足るものをピックアップしリストにまとめたのだった。


「別に新会長がメンバーをもう決めているというのであればそれに越したことはありませんが。1年生が会長に就任した場合、まだ上級生の知り合いもそれほど居ない中、友達の中だけでメンバーを揃えるのは大変でしょうからね、去年の私みたいに」

「っぷい!」

「…はぁ」


 真里亜はちょうど去年自分が会長に推薦された時の事を四谷にぶつけた。

 四谷はそっぽを向いてその当てこすりのような真里亜の発言を無視した。


「まあ、冗談はさておき、話を戻します。会長候補の方は下の枠の10人です。別に普通に立候補があればそれならそれで構いませんが、もし誰も居なければ生徒会はその10人の中から1人を推薦します。ただし、2年生は私では推薦ができないので、皆さんが全員で推薦をお願いできますか?」


 年によっては、会長選挙への立候補が無い時がある。

 その時は生徒会が候補者を決め、説得し生徒会推薦として候補を立てる。

 また、推薦人は上級生でないとならないという縛りがあるので、真里亜は1年生の生徒しか推薦することが出来ない。

 なので今から皆で話し合って決めた会長候補が2年生だった時の為に、予めお願いをした。


「さて、ではこれからまず会長候補を決めておき…って、聞いてますか?皆さん」


 イマイチ反応の薄い他の生徒会の面々。

 そこに真里亜が突っ込むと、副会長が答えた。


「我々はもう既に推薦する人を決めてます。一般から誰かが立候補しようがしまいが、必ずその人には出馬してもらいます。これは生徒会の総意です」

「なんだ、そうでしたか。そうならそうと言ってくださいよ。で、誰ですか?その候補者というのは。このリストの中には居ない方ですか?それなら…」


 真里亜は、副会長がそこまで言う人なら安心だと思い、リストの中の誰がその人なんだろうと確認した。

 しかしふと皆の方を見ると、真里亜以外の7人が真里亜を指さして見ていた。

 四谷などニヤニヤした顔で愉快そうに指をさしていた。


「…えーっと」

「我々が推薦するのは、会長、アナタです」

「………え?」










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 校内掲示板の、生徒会長立候補の欄に【塚田 真里亜 2年】という札が貼られている。

 そして今日が立候補の期限日だったが、他の候補者の名前が見られない。

 真里亜の単独出馬となっていた。


 ミリアムでは1週間の立候補期間の後、推薦期間に移行する。

 立候補者はこの推薦期間中に上級生からの推薦が得られなかった場合、正式な会長候補となれず脱落してしまうのだ。


 もちろん立候補者は事前に上級生にお願いをしておくので、ここで脱落するなんてことは滅多に無い。

 が、たまに1年生でどうしても会長になりたくて誰とも推薦の話を付けぬまま立候補し、そのまま推薦期間が過ぎ脱落してしまうということはある。


 しかし今回はそんな無謀な1年生も、満を持して立候補する2年生も、どちらも存在しなかった。



 校内にあるカフェテラスでは、唯一の立候補者にして現生徒会長の真里亜と、OGの四谷がお茶を飲んでいた。


「はぁ…」

「どったの真里亜?元気ないね」

「四谷さんもその場にいたでしょうに…」


 その場とは、先週の生徒会での出来事を指していた。

 そこで今年引退する真里亜以外のメンバーが、全員真里亜を推薦すると宣言したのだ。

 もちろん真里亜は今年は立候補するつもりはないと断ったのだが、そこで副会長がある賭けを持ち掛けてきた。


『賭け…ですか?』

『はい、簡単な内容です。立候補期間中、最終日午前中までに1人も立候補する生徒が居なかったら、会長が立候補してください。もちろん、お互い裏で候補者を妨害したり後押ししたりするのはナシです』

『え?そんな条件でいいんですか?』

『はい』


 真里亜は内心、楽勝じゃんと思っていた。

 生徒会長を目指す生徒にとって、今年はが居ない千載一遇のチャンスだったのだ。

 真里亜は、そんな好機を逃す生徒は居ないだろうと思っていた。


 最大の敵とは生徒会に推薦される生徒会の生徒(1,2年生)の事である。

 そう、今年は生徒会から出馬する生徒が存在しない年なのだ。

 真理亜以外はみな卒業し、2期連続出馬をする可能性も限りなく低い。

 そうでなくても1人くらい立候補する者が出てくると思っているが。


 では何故、連続出馬をしないのか。

 それはこの学園の会長特典にあった。


 この学園の生徒会長を務めると、いくつかの特典が付与される。

 まず大学の指定校推薦の最優先権。そして3年の春休みに海外姉妹校へ1か月間、全費用無料で留学することができる。

 他にも資格取得にかかる費用の負担や、学費の減額など多岐に渡る。

 生徒会長の業務は激務だが、それに見合うだけのリターンは十分であると言える。


 そんな大量の特典があるからこそ、普通は2期連続で出馬する者は居ない。

 生徒会長を2期連続で務めたとて、特典が増えるわけではないからだ。

 であれば、そんな豪華特典を受ける人数をむざむざ減らしたりはしない。


 その昔、生徒会長就任にまだこれほどの特典が無い名誉職だった時代には、続けてその任に就いたという記録もある。

 が、そもそも1年から会長の任に就く事がほとんど無いため、そんな2択に迫られることが稀であった。

 なので近年ではそのような事態は無かったのだ。



 話を戻そう。

 生徒にとって絶好の出馬チャンスの今年に0件はあり得ないだろうと踏んだ。

 真理亜自身に特別仲の良い後輩はいなかったし出馬要請をしに行ったりもしなかったので、噂になったりもしていない。

 この1週間、真理亜の周りは平穏そのものだったのだ。

 去年は四谷が1年の教室に訪ねてきて出馬の話をするもんだから、しばらく騒々しい日が続いたが…。


 そうした要素から立候補があると踏んだ真理亜は副会長との賭けを飲んだのだ。

 だが賭けは真理亜の負け。約束通り今年の会長選にも出馬することに。



「…何故でしょう…?」

「んー?」

「普通に考えれば今年は会長になれる確率が高いハズなのに…」

「あー…」

「百歩譲って生徒会から一般生徒を推薦するかもしれないとして、締め切り前日まで動かなかったら普通無いと思いません?」

「…みんな真理亜に今年も会長になってもらいたかったんじゃない?」

「それは無いでしょう。仮にそうだとしても、そしたら誰かが会長になって、私を生徒会に指名すれば良いじゃないですか」

「なるほど…」

「指名されれば私だって断りませんよ。生徒会経験者は私しかいないわけですからね」

「だねぇ」

「会長特典が1回分無駄になったんですよ?勿体ないと思わないんですか?」

「あーね…」

「四谷さん、真面目に聞いてますか?」

「聞いてる聞いてる」


 四谷は真面目に聞いていなかった。

 何故なら四谷もこの展開を読めていたからだ。

 先ほどから繰り広げられている、少しズレた考察を聞くのが内心面倒くさかった。


 実は四谷は3日前にも生徒会に遊びに来ていて、真里亜と一緒に校内を歩く機会があった。

 その時、すれ違う生徒から『会長、選挙がんばってねー』とか『会長、引き続き宜しくねー』と声をかけられていた。

 それに対して快く返事をしていた真里亜だったが、今日のこの反応を見る限り『選挙"運営"よろしく』と勘違いしているなと感じた四谷だった。


「真里亜ってさ…」

「なんですか?」

「自己分析苦手?」

「なんですか急に…?」


 他の生徒はみな真里亜に2年目も生徒会長をやって欲しい、やるべきだ、やるに違いないと思っての立候補ゼロだったが、気付いていないのは本人だけだった。


 しかも来週には更なる驚きが待ち受けているのを、この時2人は知らなかった。







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「四谷さん、こっちこっち!」

「なになに!?どうしたのあっきー、そんなに急かさないでって…!」


 またしても学校に遊びに来ていた四谷を見つけた書記は、急いであるところに行くようせっついた。

 四谷は訳も分からずそれに付いて行くしかなかった。


 そして、学内掲示板の前に着くと、四谷は絶句した。


「これ…は…」


 掲示板には真里亜の名前があり、その下にある推薦人欄には、なんと総勢【31名】の推薦人名が書かれていたのだった。

 生徒会の6名を除くと、実に25名の3年生が真里亜を推薦していた。

 しかもそのメンツが凄く、各委員会の委員長や部活の部長など、高等部の知名度ランキングの上から集めましたと言えるほど錚々たる顔ぶれが名を連ねている。

 1人の候補者にこれだけの推薦人が集まるのは、ミリアムの歴史において初の快挙だった。


 そもそも単独出馬の今回、推薦人を2人以上付けるのは無意味な事であったが、"2つの思惑"が重なりこのような結果を生み出した。


 1つは真理亜への評価。

 この1年間で真理亜の行ってきた取り組みは各学年・団体に分け隔てなく多大な恩恵をもたらした。

 なので副会長や四谷の読み通り、ほぼ全ての生徒が真理亜の続投を望んでいるという意思表示を込めている。

 例年の『立候補者が居なかっただけ』とは違うということを明確にしたかったのだろう。


 そしてもう1つは後輩への置き土産だ。

 列挙されている推薦人は皆3年生であり、全員が団体の長(元も含む)だった。

 ここで推薦人に名乗り出ることで、自分の部や委員会の後輩に何か恩恵をもたらすかもという打算がこのような状況を生み出した一因といえる。



「はは…」


 思わず笑ってしまう四谷。

 まさかここまで凄いことになるとは、1年前には想像もしなかった。

 まぎれもなくミリアム史に残る生徒会長の誕生に、四谷は内心歓喜していた。


 こうして、真里亜が選んだ生徒会メンバーと共に新たな生徒会が発足した。









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 ○聞き捨てならないですね


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「…これでブラコンじゃなければねぇ」

「あら、ブラコンを欠点みたいに言われるのは心外ですね」

「ふふふ」


 お昼休み。

 校舎の外にあるベンチで真里亜と友人2人が、並んで仲良くランチを取っていた。

 手には校内のカフェで人気の"クリームチーズと生ハムのオープンサンド"とアイスティーを持ち、談話しながら穏やかな昼のひと時を過ごしていた。


聖来せいらさんだってお兄さんと仲が良いですよね?」

「ええ、わたくしも真里亜さんのように兄を慕っていますよ」

「将来結婚するなら、お兄さん以外は考えられないですよね?」

「えーっと…」

「駄目よ聖来。真里亜を甘やかしたら」

「甘やかすとはなんですか、洋子ようこさん」


 真里亜がブラコンだということを知っている人間は少ない。

 ここにいる親友2人と、数人ほどだ。

 それは今年の3月に卒業してしまった旧生徒会メンバー達はおろか、四谷でさえ知らない内容だった。

 別に特別隠しているわけではなかったが、元々あまりプライベートな事を誰彼構わず話すような性格ではない為、自然と少ないだけなのだ。


 洋子と呼んでいる女子は真里亜と同じ高等部からミリアムに入学してきた生徒で、自然と話が合い気付けば親しくなっていた。

 聖来と呼ばれる女子とはある出来事がきっかけで知り合い、聖来が真里亜を慕うようになり仲良くなっていった。



「いやー、それにしても、明日の午後から2.5連休だねー」

「そうですわね。洋子さんはどちらへ?」

「うーん…海でも行こうかなぁ…折角だし。聖来は?」

「わたくしはお母さまと買い物に行きますわ」


 来週の月曜日は海の日で休みの為、世間は明日から3連休だった。

 しかしミリアムは土曜日の午前中も授業があるため、厳密には2.5連休だ。

 とはいえ、祝日はゴールデンウィーク以来久々の為、ミリアム生もどこか浮足立っていた。


「真里亜はどっか行くの?」

「図書館でも行く予定です」

「えー、つまんないなぁ…真里亜の成績でも内申でも会長特権でも、進路余裕じゃーん。遊ぼうよー」

「遊ぶのは夏休みからでもいいでしょう」

「えー」

「ふふ…」


 嬉しいのはここにいる3人も例外ではなく、口ではこう言っている真里亜もやはりどこか嬉しそうだった。

 心のどこかで、もしかしたら兄が帰って来るかも…と期待もしていた。



『えー!素敵ですのね、南峯さん』

『そ、そう?そうかしら?』


 真里亜たちから少し離れた所で、とても盛り上がっている会話が聞こえてきた。

 1年生3人が昼食を取りながら話していたのだ。


『そ、それでお返事のほうは?』

『保留…というか、まだ気が無いのは分かっているから、これから頑張るわ』

『いいですわねー』


 少し大きい声だったので、真里亜たちの方にも会話が聞こえていた。

 どうやら女子が大好きなコイバナの最中だったようだ。


「おーおー、元気だねぇ。あのタイの色は1年生かな?」

「そうみたいですわね。しかも、真ん中の方、南峯家の娘さんですわね」

「南峯…って、あの銀行の?」

「はい。いのりさんって言って、確か初等部からミリアムにいらしたんですけど、途中からすごく…なんというか、暗い感じの性格になってしまったらしいですの。それまでは明るく活発な方だったみたいなのですが…」

「ふーん…」


 真里亜が1年生3人、とりわけ南峯いのりという生徒の方を見る。

 そこには、恐らく意中の男性の事を笑ったり、照れたりと表情をころころと変えながら話す様子が見えた。


「なんか、元気そうですけど」

「そう…みたいですわね。間違いだったのかしら」


 少なくとも今のいのりを見る限りでは、"元気が無い"とは程遠い、むしろ話に聞く昔の性格そのもののようだった。

 何か問題を抱えていたのが解決してこのようになったのか、それともその噂話自体が誤りだったのか。

 どっちみち3人の中に南峯いのりという人間の生い立ちに詳しい者はいないため、想像の域を出なかった。


「まあいいじゃない。それより連休さぁ…」


 洋子が会話を元に戻そうと話し出した。しかし。



『えー!じゃあその方と連休中は横濱にお出かけになりますの!?』

『ええ、まあ2人きりじゃないんだけどね…』

『羨ましいですわー』


 ドンドンとヒートアップしていく会話に、洋子の声はかき消されてしまった。

 特にいのり以外の2人が半ば興奮状態であった。

 それほどお嬢さまにとっていのりの話は、中々に刺激の強い内容と言える。


 洋子は声には出さず、肩をすくめたようなポーズで"ヤレヤレ"と表現した。

 それを見て聖来はうふふと優しく微笑んだ。

 真里亜はそれほど興味もなく、飲み物を飲もうとした。

 が、しかし。



『それで、お相手の方はなんて名前ですの』

『うん、塚田…卓也くんって言うの』

「っ!?」


 いのりが大事そうに卓也の名前を口にした、その瞬間。

 真里亜からどす黒いオーラが噴出したのだった。



「ま、真里亜?」

「真里亜さん…?」


 ゆらりと立ち上がった真里亜は、そのまま1年生の座っているベンチへと歩いて行った。

 その体には、禍々しいエネルギーを携えて…。


「ねぇ…」

「え…あ!?か、会長!どうしてここに!!?」

「こ、光栄ですわ…!」

「ごきげんよう、会長」


 いのり以外の2人は憧れの会長が突如目の前に現れ、動揺を隠せないでいた。

 しかしいのりは、普通の上級生に対する態度で真里亜に挨拶をした。



「ええ、ごきげんよう…。ねえ、さっきの話、詳しく私にもしてくれませんか」



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