第40話 真里亜さんがみてる 前編 【第2章エピローグ】

「ごきげんよう、会長」

「ええ、ごきげんよう」

「ごきげんよう、塚田さん」

「ごきげんよう」



 優雅な朝のあいさつが交わされている。

 ここは花も恥じらう乙女の園。

 ではなく、"セントミリアム学園"高等部の遊歩道でのおなじみの光景だ。


 聖ミリアムは東京都 美鷹みたか市の広大な敷地の中にある、幼稚舎から高等部までの一貫教育を行うミッションスクールで、名家のご令息・ご令嬢を多く受け入れているいわゆる「お坊ちゃまお嬢さま学校」である。

 偏差値が非常に高く、東大・京大への進学者数は全国トップクラス。

 入学してしまえば高等部まではエスカレーター式に進学できるが、その分外部入学の難易度は高い。


 一応言っておくが、上級生と下級生がを結んだり、ロザリオを渡したりといった習慣は存在しない。

 ごきげんようという挨拶も、主に幼稚舎・初等部から在籍している女子生徒が使用しているが、義務ではない。

 男子生徒や、中等部以降に入学してきた女子生徒は使ったり使わなかったりだ。

(相手に合わせて仕方なくという生徒が多い)



「ごきげんよう、真里亜さん」

「ごきげんよう、洋子さん」


 道行く女子生徒からごきげんようの雨を浴びているこの生徒は、卓也の妹『塚田真里亜』その人である。

 彼女は聖ミリアム学園高等部の生徒会長を務めており、男女問わずほぼ全ての生徒に存在を認知されている。

 なので、毎朝登校する度に多くの生徒から挨拶を受けるのだ。

 真里亜は高等部から入学した外部生であるため、未だにこの挨拶には慣れない。

 しかし表情には抵抗感はおくびにも出さず、爽やかな笑顔を振りまいている。



 真里亜に対する周りからの評価は『成績優秀』『品行方正』『容姿端麗』『高嶺の花』『運動神経抜群』などなどなどなど…

 非の打ち所の無い完璧人間として認識されており、教職員や生徒の保護者からの評価も高い。

 高等部へ外部から入学しただけでも相当優秀なのだが、入学以来ずっとトップの成績をキープしている。



 さらに、真里亜は生徒会長を2年次ではなく1年次から務めていた。


 この学園では生徒会長に立候補するには上級生の推薦人を1人以上付けるという決まりがある。

 また、どんなに立候補者が優秀でも、推薦人が居なかったり推薦人があまり有名では無いと、有名な推薦人を付けた普通の生徒に負けてしまう事があった。

 さらに、会長以外の生徒会メンバーは会長が全て指名するというルールがある。


 そのため立候補するのは大体が現生徒会長が推薦する他の生徒会メンバーか、たまに生徒会メンバーが推薦する一般の生徒くらいだった。

 つまり"誰が立候補するか"ではなく"誰が推薦するのか"が重要であり、当選する生徒のほとんどが幼稚舎・初等部からこの学園に在籍する生徒なのだった。

(長く在籍している方が人間関係が築かれやすいからだ)


 ところが真里亜は、2年前に当時の生徒会長である四谷よつや 四音しおんから熱烈なラブコールを受け、熱意に負け立候補し会長となったのだった。


 四谷はある出来事がキッカケで真里亜の優秀さや非凡な才能を見抜いたが、真里亜の事を知らない生徒たちは大層驚いた。

 昔からのミリアム生でないどころか、高等部に入学したばかりの1年生が突如生徒会長からの推薦を受け立候補したからだ。


 その時の選挙では対抗に幼稚舎からミリアムに在籍している2年の生徒が風紀委員長の推薦で立候補したが、現生徒会全員が推薦する真里亜を相手にするには力不足であり、落選してしまった。


 当選してから少しの間は、真里亜に対する生徒からの風当たりは強かった。

 育ちの良い生徒が多いため露骨ないじめや陰湿ないやがらせ等は無いのだが、資質を疑問視する声が多かった。

 が、生徒会長としての初仕事で一気に風向きが変わる事となる。



 選挙が9月に行われ10月から正式に会長就任となるのだが、その直後には聖ミリアムの学園祭がある。

 この学園祭は、中等部と高等部が合同で開催する3日間の大規模な行事であり、来場者は延べ数万人にも及ぶ。


 出し物などの運営団体は主にクラス単位、部活単位、委員会単位、その他の4種類で参加は基本自由である。

 種類は出店や展示、部活の成果発表など多岐に渡り、中でも美術部の展示や吹奏楽部の演奏などは遠方からわざわざ見に来る人がいるほどレベルの高いものとなっている。


 出店などで出た利益は仲間内で分けても部費の足しにしてもOKなので、参加自由にも関わらず毎年多くの参加希望が出る。

 学園側はこういった収益事業も社会勉強の一環として容認しているが、必ず最後に収支簿の提出を義務付け不正などが無いよう目を光らせていた。



 この学園祭、生徒からは一つ不満点があった。

 それは、開催期間中の屋外での火気使用の禁止というルールだ。

 学園祭を彩る人気の出し物が飲食系なのだが、このルールにより生徒たちは出店できる内容が制限されてしまっていた。


 飲食系の出店をするためには、生徒は2つの手段のどちらかを取る必要がある。

 一つは作り置き販売で、その名の通り学園祭までに商品を作っておき当日は販売だけを行うスタイルだ。

 当然出来立てよりも数段味が劣ってしまうような品目のチョイスはできず、2日目、3日目は初日より準備期間が短いので計画性が重要である。

 予め3日間の販売見込み分を用意しておくという手があるが、売れなかった時のロスが大きく常に品質劣化との戦いが続く。

 こちらの手段は、販売できる品目の幅が自ずと狭くなってしまう。


 次に、学内の調理設備を使用するという手段だ。

 ミリアムには大きな学食やカフェに加え初等部から高等部までの家庭科室、付属施設の台所など調理設備が数多くあり、学園祭開始から常にここで調理をする班と、販売する班で分かれて出店を運営するという方法が取れる。

 これならばお客に出来立て・作り立てを提供でき、作りすぎによる食品ロスや商品不足によるチャンスロス等のリスクを減らすことが出来る。


 しかしいくら調理設備の数が多いと言っても、食品系出店の希望数に比べると圧倒的に足りず、使用できるのは運良く抽選に当たった限られた団体だけなのだ。

 在学中一度も調理設備の抽選に当たらなかったという生徒もざらにいる。

 それだけ競争率の高い、選ばれし者の手段だった。



 結論から言うと真里亜は初仕事で、学園祭期間中の野外での火気の使用をOKにしたのだった。


 真里亜は単に学園側に交渉するのではなく、事前に地域の商工会や商店街を巻き込み調理機材の確保や火気使用希望団体への安全講習の内容整理と約束の取り付け、食品の仕入ルートの確保など様々な根回しをしておき、まとめた資料をもとに学園側と話をつけた。

 こうして、希望団体全てが火気の使用を認められ迎えた学園祭は大成功。

 期間中に動いたお金はこれまでの比ではなく、ラインナップの豊富さは例年より遥かに勝り来場者数は昨年の1.4倍になった。


 これらの事実と真里亜の取り組みは瞬く間に学内に広がり、評価がガラリと変わった。


 しかし当の真里亜本人は、決して自身の評価を上げたくて動いたワケではなかった。

 初仕事となる学園祭運営に取り組むにあたり、真里亜はまず過去数年の学園祭を調べた。

 そこで受けた印象が「渋い」だった。それは出店メニューのラインナップに起因し、たこ焼きやヤキトリ・お好み焼きといった定番メニューがあるにはあるが、割合が少なかった。

 それは何故か調べた所、火気厳禁というルールに行きついたのだ。


 真里亜はこの時「この渋さでは兄が学園祭に来てくれないかもしれない」と感じ、魅力的な学園祭づくりに勤しんだ。ただそれだけ。

 周りの評価はそれほど重要ではなく、別に生徒会長という地位に別段興味も無かった真里亜は「このまま粛々と1年やっていればいいかな」と思っていた。

 だが真里亜基準の「粛々と」は周りにとってはかなりハイレベルであり、簡単に真似する事の出来ない領域にあった。



 こうして生徒会長としての初仕事を終えた真里亜だった。







 ________________



 ○最後の仕事

 ________________



「真里亜のこと、みんなで支えてあげてね」


 時は遡り、真里亜が生徒会長に当選した直後の9月末日。

 前生徒会長"四谷"は、退任直前に他の生徒会メンバーにこう言い残した。

 実は四谷率いる生徒会は彼女以外の全員が2年生であり、四谷が今年度で学校を卒業した後も、もう1年学校に残るのだ。

 さらに真里亜は全員を生徒会メンバーに指名することをすでに決めており、次期生徒会は会長だけを変えて再出発する形となる。


 指名時、真里亜は四谷に「入学したての私に、誰がどの役職に適任かなんて分かるワケないじゃないですか」と文句を言った。

 それに対し四谷は「いやーごめんごめん」と、ものすごーく軽く謝った。

 それでも四谷は、真里亜にどうしても自分の跡を継いでほしかったのだ。



 そして最初のセリフに戻る。


 真里亜は諸々の手続きをするため生徒会室を離れており、前生徒会メンバーだけとなったタイミングで四谷が言った。

 その言葉に真っ先に答えたのは副会長だった。


「当然じゃないですか」


 眼鏡をクイっと上げ、男子生徒は「貴女に言われるまでもありません」と言わんばかりだった。


「ごめんねーシュンくん。本当は会長になりたかったでしょ?」

「全くないと言えば嘘になりますが、貴女が入学したての1年生を指名するほどです。きっと僕よりも凄いのでしょう?」

「…うん、そうだね。真里亜はきっとスゴイことをやってくれると思っている。それは私やシュンくんや他の誰にも出来ないことだと思っているよ」

「そうですか…」


 言いにくい事だったが、四谷はあえてハッキリと本人に伝えた。

 2年生のみんなよりも、新入生かつミリアム1年目の真里亜の方が会長に相応しいと。

 だがそんな彼女の評価に不満を覚える生徒は1人も居なかった。


 あえて口には出さないが、みな四谷四音という素晴らしい会長のもと生徒会を運営出来た事、そして彼女が選んだ新生徒会長を支えられることを光栄に思っている。

 それだけ四谷四音という人間は慕われていた。


 一方で四谷はまだこの学校に慣れないであろう真里亜を自分の都合で生徒会長に当選させてしまった事、自分の事を慕っていたメンバーを差し置いて真里亜を選んでしまったことを心残りに思っている。

 自分の判断を誤りだとは少しも思っていないが、みんながそれを理解してくれるかどうかは分からなかった。


 思わず複雑な表情を浮かべる四谷。

 しかし、そんな彼女を見かねた一人の女子生徒が声をかけた。


「もう、会長。どうせ会長の事だから『みんな怒っているんじゃないか』とか思っているんでしょう?」

「あっきー…」

「みんな会長が大好きなんですよ?その会長が認めた真里亜ちゃんなんだから、異議なんてありませんよ」


 うんうんと頷く他のメンバーたち。


「そして会長が『支えてくれ』って頼むなら、私たち、精一杯やります!」

「みんな…」


 こんな自分をここまで慕ってくれている後輩たちに、四谷は感謝しかなかった。

 思わず目頭が熱くなる。

 そんな彼女をよそに、副会長が一歩前に進み四谷を真っすぐ見据えた。

 そして


「四谷さん。1年間生徒会長お疲れ様でした!本当にありがとうございました!」

「「「ありがとうございました!!」」」


 副会長を皮切りに皆がお礼を伝え頭を下げた。

 下を向き表情は見えないが、すすり泣くような声も聞こえる。

 全員が四谷との別れを惜しんでいた。


「あはは…えーっと…うん、こちらこそ、ありがとうね、みんな…」


 四谷の目からは大粒の涙がこぼれている。

 上手く言葉が出せない中、何とか振り絞って出たのが「ありがとう」だった。

 自分が選び共に過ごした生徒たちは、みんな最高だと改めて実感した四谷。

 そんな生徒1人1人と握手を交わし、最後の時を過ごす"前"生徒会なのだった。


「まだ何か月かはいるんだけどねー」

「確かにそうですね!」

「それより、真里亜ちゃんを苛めちゃダメよー?」

「あはは、そんなことしませんよ。男子なんて美少女新生徒会長の誕生にみんな浮足立ってるんだから」

「そ、そんなことねーし」

「あはは」



 生徒会室からはしばらく笑い声が絶えなかったという。







 ________________



 ○クイズ

 ________________


 1月某日。

 真里亜が学園祭の次に取り掛かった大きな仕事が、各部活・委員会の次年度予算編成だ。

 年末には大規模なクリスマスイベントもあったが、実行委員会が組まれるので生徒会はほとんど活動はしておらず、あってもサポートくらいだった。

 なので生徒会主導の行事としては学園祭以来である。


「各団体の来年度の予算、まとめておきました」

「えー、もう?というか1人で?」

「はい。間違っている所があれば教えてください。」


 真里亜から全団体の予算配分の原案を渡された会計担当の女子は驚いていた。

 というのも、予算は各団体の【基本金額】【変動金額】【特別報奨】【寄付金】という4つの項目を軸に金額を決めるのだが、これを1団体やるだけでも大変なのに全ての団体の予算を決めるとなるとかなり骨が折れる。

 なのでこの時期は会長と会計担当のみならず、生徒会総出で業務にあたっていた。


 ところが「そろそろ本格的に予算に取り掛からないと」という今の時期に、真里亜があっさりと原案を提出してきたので、会計担当のみならず他の生徒会メンバーもみな同様に驚きを隠せないでいた。



「うわ…すごい細かく計算してある…」

「エビデンス厚っつ…!」

「というか、これほぼ新規作成じゃない」

「会長、これは全てお一人で?」

「はい、年明けに少し」


 生徒会メンバーが手に取った紙の資料には、各団体の金額根拠となる資料がキッチリと添付されている。

 そして、昨年までの予算金額を踏襲しつつ、ほぼ全ての団体の予算を新たに組み直していた。


 この学園の予算はどう配分されているかを野球部を例に説明すると。

【基本金額】というのが、団体を運営するのに最低限必要な金額を指す。

 練習試合や大会に行くための遠征費や合宿代の一部、練習道具、設備の補修・買換費用もこの中に含まれる。

 12月中旬までに各団体からは諸費用・修繕等計画書を提出してもらいそれを精査し、この基本金額の参考にする。

 ちなみに、大会で勝ち進んだり道具が予定よりも多く壊れるなどし当初の申請よりも多くの費用が掛かりそうな時は、9月にある補正予算時期に追加申請する事が可能だ。

(もちろん審査がある)


【変動金額】は部員1人あたりに掛かるであろう費用×部員数で算出する。

 外部施設の利用料など、人数について回る費用はこちらに入れる。

【特別報奨】は、大会やコンクールで一定の成績を残した時に発生するボーナスのようなものである。

 この学校では甲子園出場で30万円が次年度の予算に追加される。

 無論、これは良い実績を残し全国にPRをしたいという学校側の意図が介在するが、それはそれ。

 部員たちはこの報奨目当てで必死に頑張るのだ。(委員会には残念ながら特別報奨は無い)


 最後に【寄付金】だが、これはその名の通りミリアムのOB・OGなどが後輩の為に学校に寄付したお金の中で、"特定の部活充て"に納められたものが分配される。

 仮に野球部のOBが、今の野球部の為に最新式のバッティングマシンを買ってほしいという名目でお金を寄付した場合、それは使途指定寄付金ということで全額が野球部に配分される。

 逆に「とにかく後輩の為に」といった名目で寄付されたお金は学校が受け取り、学内トレーニング施設の拡充や図書購入などなるべく多くの学生が恩恵を受けられるような用途で使用される。


 寄付金はOB・OGの多い人気の部活ほど充実しており、あまり人気の無い部活は貰えたり貰えなかったりだ。その格差は泣けるほど大きい。


 団体の予算は、主にこれら4つで構成される。

 寄付金以外のお金は学園が原資なので申請が大変だが、寄付金は無条件のエクストラボーナスなので、案外パーッと使われがちだ。

 先に述べたようにこの学園は名家の生まれが多く、日々の暮らしに困窮している生徒の割合は少ないが、この辺りの使い道や喜び様は案外普通の学校と変わらない。


 また、我が子可愛さでジャンジャン寄付をする親御さんが出ないよう、同じ人物からの寄付は原則3年に1度、金額にも上限を設けている。

 あくまで高校の部活動という範疇を超えないようにという学校側の配慮だった。


「もし問題が無ければ、各団体のアドレス宛に資料の送付をお願いします。私と副会長はこれから学内掲示板に告知ポスターを貼ってきます。メール本文には申し立て期間の記載も忘れずにお願いしますね」

「わかりました」

「では、行きましょうか副会長」

「はい」


 生徒会室を後にする真里亜と副会長。

 残ったメンバーは、引き続き予算の原案の精査に当たった。



「会長」

「はい?なんでしょうか副会長」


 学内に数か所ある掲示板にポスターを貼るため廊下を移動中、副会長が真里亜に話しかけた。


「随分と大胆に組み直しましたね、予算」

「そうでしょうか?本来のあるべき配分にしたつもりですが」

「それは…そうでしょうが。きっと申し立てが来るでしょうね」


 申し立てとは、告知されてから一定の期日までに配分された予算に不服がある場合生徒会に申請をすることで、予算の再編成を要求できるという制度だ。

 もし主張が通れば次年度使える予算が増えるので、少しでも配分に疑問を感じたら積極的に申し立てをするスタンスの団体がいくつかある。

 別に意見が通らなくても申請団体にデメリットは無い。


 だが副会長が懸念しているのはではなかった。


 この学園の予算配分は、ひらたく言うと不公平だった。

 配分には学校側が用意した計算方式が存在し、本来はそれに基づいて算出する。

 だが、長くやっているとどうしても不正の温床に繋がってしまう。

 不正と言ってもそれほど悪質なものではなく、あるのは【特別報奨】狙いの"成果の水増し"だ。


 例えば、華道部。

 淑女のたしなみとしてかつては非常に盛んだったこの部も近年は部員数が減少の一途を辿り、今では多くても10人行かないくらいとなってしまったのだ。

 しかしその昔、ある華道部員がコンテストで史上最高得点での金賞を受賞したことがあった。

 当然その成果は特別報奨となり次年度予算に多大な影響を及ぼした。

 ところが華道部はその成果を翌年以降も予算申請に利用したのだ。


 基本的には成果が予算に反映されるのは翌年分のみだ。

 しかし華道部はその次の年にも弁の立つ3年生がその当時の生徒会メンバーに「史上最高得点は前代未聞の快挙だ。後世に伝えるべき名誉だ」等と熱弁し、本来貰えるはずのなかった特別報奨を申し立てにより獲得してしまった。

 この時、部も生徒会も「そのうち塗り替えられるだろうから」とあくまでこれは一過性のものだと考えていたのだが、その得点は未だに破られず今日に至るまでこの"申し立てフォーマット"は生き続けてしまっていた。


 学園側はよほどの不正で無ければ基本は干渉しないスタンスであり、これらのメソッドはいくつかの中小部活にも受け継がれ利用されてしまっていた。

(もちろん過去に絶大な成果をあげたことがあるのが前提である)

 一度認めてしまった事は、取り下げるのが難しい。


 真里亜は今回、それらの水増しも全てまっさらにし予算を組み直した。

 副会長はその点で申し立てが来るのではと思っていた。

 これ関連の申し立ては非常にもつれて、無駄に体力を消費すると代々言い伝えられてきたのだ。

(面倒だから初めから"前年同"にする代もある)


 だが真里亜は


「きっとよ、副会長」


と、余裕の表情を浮かべていた。


「…え?」

「まあ、締め切りが来れば分かります」


 副会長はこの余裕の根拠が分からないまま、あっという間に時間は流れた。



 申し立て申請の期日である、金曜日の16:40。

 生徒会室には会計と書記の2人が席に座っていた。

 他のメンバーはまだホームルームが終わっておらず、部屋には来ていない。

 書記はパソコンのメーラーと数十分間にらめっこをしている。

 メールで申し立て申請が来た場合、来週の月曜日には話し合いができるよう速やかに準備をするためだ。


「ねぇー」

「んー?」

「申し立て申請、あれから何件増えたー?」

「昨日と一緒」

「あー…」


 部屋に2人しかいないせいか、何とも気の抜けた会話が続いている。


「昨日も一昨日も一昨々日もずーーーーーーーーーっと一緒」

「あーね…」

「なーんで1んだろー」


 早くに予算原案が出来上がったおかげで例年よりも告知時期が早まり、2週間弱、申し立て期間を設けることが出来た。

 出来たが…生徒会には申し立て要請が1件も来ていなかった。

 生徒会2年目の2人にとって、いや真里亜以外の生徒会メンバーにとってかなり異様な事態となっている。


 水増しの件が無くとも要請は出てくるものなのだが、見事に何もない。

 告知が届いていないのかと思い何度か他団体に確認もしたが、ちゃんと届いてますよと返答が来た。

 ちゃんと予算案も申し立て要請期間も確認したうえで、0件なのだ。


「あと何分ー?」

「んーと、20分弱」


 要請が受け付けられるのは、今日の17:00まで。

 それを過ぎれば、もう予算に納得がいかなくても1年間は原則変えることが出来ない。


「うーっす」

「2人ともお疲れ様」

「あ、お疲れ様ー」

「来た?例の」

「それが、まだ…」

「うそォ!?」


 そうこうしている内に、真里亜と副会長以外のメンバーが生徒会室に揃った。

 部屋には5人が、締め切りを今か今かと待つようになった。

 それぞれが「そんなことあるもんなんだね」とか「こっちとしてはありがたいけど」などと雑談を繰り広げている。

 そして、遂にその時が来た。


「今何時になった?」

「17時02分…」

「ということは、今年の申し立ては…」

「ゼロ…?」

「すごい…!いつ振りなんだろう」


 生徒会室の隣に併設された資料室には、過去の申し立てを記録した議事録が保管されていた。

 だが、申し立て自体が行われなかったという年は残っている記録の中では無かった。

 生徒会史に残るこの珍事に、5人のメンバーはテンションが上がっていた。


「会長ってすごいね!こんなこと初めてだよ」

「だな、不満ゼロだもんな」

「でもさぁ、普通の予算内容だったよね?」

「うんうん、むしろ公平すぎっていうか、絶対異議があると思ったよね」

「茶道部とか華道部とか日本舞踊部とかな」


 メンバーが特定の部活を名指ししている。

 彼が挙げたこの3つこそ、申し立て常連の部活なのであった。

 期限を無事超え、思わず気が緩んで名前を出してしまう。



 生徒会室が緊張からの緩和で大盛り上がりを見せている中、部屋に6人目が入って来た。


「お疲れ様、どうしたみんな、廊下まで笑い声が聞こえているぞ」

「お疲れ様です副会長。すみません、五月蠅かったですか?」

「いや、まあそこまでじゃないよ。しかし珍しいな」

「いえ、実は今年の申し立て申請が0件だったので、つい嬉しくて」

「…!」

「…副会長?」

「シュンくん?どうしたの…」


 副会長の尋常ではない驚きように、他のメンバーの弛緩した気持ちが再び緊張状態へと切り替わった。


「いや…でもまさか…そんなバカな…!」

「おい、どうしたんだって!?」


 副会長はまだ頭の中の整理が付かず、一人でブツブツと唱えている。

 他のメンバーが一旦席に座らせ、温かいお茶を淹れたりし落ち着くよう努めた。

 やがて副会長は落ち着きを取り戻し、ゆっくりとみんなに語り掛けた。


「済まない、少し取り乱した…」

「ううん。それよりもどうしたの、急にあんな…」

「そうだぜ、嬉しくねーのかよ」


 歓喜の渦に満ちていた他の生徒会メンバーとは対照的に、切迫した様子の副会長にみな違和感を抱いている。

 申し立てが無いという事は第1稿が皆に認められたという事であり、生徒会の仕事が認められたという事に他ならない。

 また、申し立て申請が出た場合のアレやコレやの工程が丸々無くなるので手間も省ける。

 本来であれば手放しで喜ぶべき状況だ。

 では一体なぜ副会長はこんなにも狼狽えているのか、その理由が本人の口から語られる。


「実は、この前会長と2人で校内を回っていた時の事なんだが」

「ああ、ポスター貼りに行ってたね」

「そうだ。その時にまあ話の流れで、会長の予算案ではきっと申し立て申請が来るでしょうね、的な事を言ってしまったんだ」

「確かに…あれじゃあね。さっきまで私たちも華道部とか来ないの珍しいねって話をしてたところだし」

「あの公平な配分では、そのあたりがまた申請してくるだろうと思ってたんだ。ところが会長が『そうはならない』って…」

「え…?」

「そんなこと言ってたのか?会長が!?」

「そうだ…」

「それで、副会長はなんて?」

「いや、何も…まだ予算を経験したことが無いから、分からないんだろうって…」

「…」


 みな、答えの無い問いに次の言葉が出てこなかった。

 申請0件という珍事をまるで予期していたかのような真里亜の発言に、思考は暗中・霧中・迷いの森の中だ。

 本当に分かっていたのか、それとも適当に言ってみただけなのか。

 ここにいる人間だけでは分からなかった。


 そうして場が煮詰まったタイミングで、丁度良く渦中の人物が現れた。



「お疲れ様です」

「あ、会長…」

「先生からの頼まれごとをしていたら遅くなってしまいました。あら…みなさん、どうしたんですか?そんな顔して」

「教えてください会長」

「?」

「どうして申請が0件って分かったんですか?そもそも分かっていて言った事なんですか?」

「うんうん!」

「ああ…その事ですか」


 真里亜は室内のPCに目をやる。

 モニターには先ほどまでチェックしていたメーラーが開きっぱなしになっており、今日も申請が1件も無かった事が確認できた。

 少し微笑むと、副会長に話しかけた。


「やっぱり0件でしたか」

「ええ。会長の言う通りでした。でも会長は何故こうなることが…?」

「うーん…答えだけ言うのは簡単ですが、あえてクイズにしましょうか」

「クイズ…ですか?」

「はい。皆さんもご一緒に参加してください。こほん…。さて問題です。どうして今年は申し立て申請が0件だったでしょうか?」


 人差し指を顔の前で上に向けて少しウキウキした様子の真里亜が、他の6人に問題を出す。

 その様子は年相応の可愛らしい女の子といった様子だった。


「はいはい、会長が事前に説得した!」

「ぶーっです」

「お金を渡しておいた、だろ?」

「それもぶーです」

「会長が脅した!」

「…私をなんだと思っているんですか」


 メンバーが色々と回答しているが、全て外れだった。


「もー、わからないよー真里亜ちゃん」

「難しいな…」

「確かにノーヒントだと難しいかもしれませんね。じゃあーヒントです。直近の学園祭の収支簿の中、です」


 会計担当が早速パソコンの前に座る。

 彼女はメーラーを閉じると、デスクトップから"学園祭"フォルダを開く。

 さらにその中の"収支簿"フォルダから"20181114 収支簿まとめ"というエクセルファイルを開いた。

 すると最初の画面に、学園祭で営業活動をした全団体の収支情報が"純利益の高い順"でソートされ表示されていた。

 最後に保存した時に純利益のランキングでも見ていたのだろう。


「…あぁー」

「ん?…ああ」


 パソコン操作をしていた会計担当がエクセル表を見て最初に納得したような声をあげ、それを聞いた他のメンバーが画面をのぞき込むと、続けて皆納得したようだった。

 それを少し離れた所にいる真里亜がにこにこと見守っていた。

 副会長だけは、画面を見て一瞬納得したが、再び熟考を始めてしまった。

 だが他のメンバーはもう、クイズの終わり、気味の悪いもやが晴れたような爽快感に包まれていた。


「わかったよ真里亜ちゃん」

「それは良かったです」

「申請が1件もなかった理由は、ズバリ"学園祭で沢山儲けた"から!でしょう?」


 パソコン画面に表示された表には、今回の学園祭での活動で純利益額の高かった団体TOP10の中に、件の華道部・茶道部・日本舞踊部が全てランクインしているという結果が記載されていた。

 メンバーたちはそれを見て、今回申し立て常連の団体が申請してこなかったのを『学園祭で多くの利益が出たので報奨を貰う必要が無くなったから』だと予想した。


「…ファイナルアンサー?」

「わっ、クイズ番組だー」

「あははっ」


 昔流行ったクイズ番組の、司会者が使うお決まりのフレーズを言う真里亜。

 それを聞いたメンバーたちはかなりウケていた。


「はーいファイナルアンサーでーっす…」


 メンバーの1人が回答を確定させようとした瞬間。


「ちょっと待った」


 なんと副会長からSTOPがかかったのだった。


「なんだよシュン、どうした」

「ごめん、ちょっとパソコン見せて」

「え、うん…」


 そう言って副会長は会計担当の子をパソコンの前からどかすと、自分が操作できるよう席に座る。

 そしてエクセル表の純利益や売上といった数値ではなく、販売した商品名が分かるよう操作した。すると


 ・茶道部 「抹茶ラテ タピオカミルクティー お茶スイーツ」販売

 ・華道部 「ハーブティーと華薫るソフトクリーム」販売

 ・日本舞踊部 「わたあめ レモネード」販売


 申し立て常連の団体が今回取り扱った商品名が表示された。


「……!?」


 その時、副会長に電流走るっ…!


「副会長…?」

「おいおい、なんなんだよ今日は一体」

「なんか様子が変だよ?」


 メンバーたちが口々に副会長を心配する。

 しかし当の本人はそれらには一切反応せず、真里亜に質問をし始めた。


「…会長」

「何でしょう?」

「確かこの3つの団体の出店申請書って、会長が直接部室に出向いて取りに行ってましたよね?」

「はい」

「くじ場所(※敷地内で人通りの特に多い人気の出店場所。使用権利は公平にくじ引きで決める事からこう呼ばれるようになった)以外の店の配置って、会長が決めてましたよね?」

「はい。少し手伝っていただきましたが」

「そうですか…」


 質問を終える副会長。

 真里亜は相変わらずにこにこしているが、先ほどまでと違い少し期待に満ちた目をしている。


「分かりました、今回の申し立てが0件だった理由が…」

「え?」

「儲かりすぎたからだろ?」

「いや、違う」


 他のメンバーの回答を否定し、自ら回答しようとする副会長。

 周りはワケが分からないと言った空気に包まれている。


「では、どういう理由ですか?」

「はい、会長…アナタは他の生徒たちが様々な商品を売っている中、"恩"を売っていたんだ!!」


 静寂が部屋を包む。

 副会長が名探偵のように自分の推理を披露しそれが皆に刺さった、からではなく、若干白けた空気になってしまった。


「…何言ってるの?」

「どうしたんだよ、シュン」

「ぐっ…!」


 仲間たちの冷ややかな反応に、途端に恥ずかしくなる副会長。

 そんな中、真里亜は喜んだ様子で答えた。



「副会長、大正解です!」


「「「えーーーーーーー!!!」」」



 副会長は見事、正解に辿り着いていた。


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