第39話 告白

「何…ってことだ…!」


 平の嘆きが聞こえる。

 開けたスペースに、今現在この倉庫に来ているNeighborのメンバーが集められていた。

 先ほどまで俺が戦っていた連中以外にも治療やサポート専門の能力者が奥で待機していたようで、全部で15人の人間(プラス俺)が東條の話を静かに聞いていた。

 そして東條の口から語られたNeighborの裏の顔に、平は絶句している。

 他のメンバーも一部を除いてそれぞれ似たようなリアクションをしている。

 中には自分の身に思い当たる節があるのか、怒りの表情を浮かべる者もいた。



 相手の過去が観える。

 先ほどの東條の衝撃のカミングアウトから数分後、俺は手始めに行動不能にした連中を1か所に集め、弱体化を解除していった。

 当然ながらみな俺のことを今にも攻撃しそうなくらい殺気立っていたが、平がそれを制していたので衝突せずに済んだ。

 ちなみにゴス女は弱体化をしていなかったので、クマを2個元通りにして近くに置いたら意識を取り戻した。なんなんだコイツ…。


 次に東條の能力が本物かどうかの説明に入った。

 始めに平と俺が、限られた人あるいは本人にしか知りえない情報を東條から耳打ちされ、能力が本物であることを理解した。

 その後平が本物であることをほかのメンバーに伝え、それでも信じられない人が同じく本人しか知りえない情報を耳打ちされ納得していた。


 俺は、昨日ランニング中にいのりのテレパシーを受け救出に向かい、いのりの為にひと芝居打ったことを当てられた。

 誘拐事件の事くらいであればいのり本人から聞いた可能性もあったが、助け出すまでの過程を詳細に当てられては信じざるを得なかった。


 そして東條が、これから俺がNeighborを襲撃した理由とこれまでのNeighborの悪行を話そうとしたタイミングで、俺はその場を離れた。

 そして壊れたコンテナや壁・床などを次々に補修した。

 東條に「聞かなくていいんですか?」と聞かれたので、俺は「もう大体知ってるから」と答えておいた。


 何人かがこちらの補修作業をチラチラ見ている中、東條は青柳や関係者から読み取ったNeighborの過去の行いをみんなの前で話した。

 途中で青柳が暴走しないか見張っていたが、その心配は無かったようだ。


 そして今に至る。


 平がショックを受けている中、東條は次に俺がここに来た理由と昨日の事件を話し始めた。

 その間も俺は倉庫の原状復帰に努めていた。

 というのも、正直ここまで来ると俺の目的はほぼ達せられたと言っていいので、興味も大半を失っていたというのが本音だ。

 だから詳細とか自分の事に関してはどうでもよかった。


 ただ、東條の話がほぼ終了しかけた頃になると、俺が補修を終えコンテナを元の位置に詰みなおそうとしているところを念動力使いが話を聞きながら能力で手伝ってくれる等、若干の心境の変化が見られた。

 東條の話が終わるくらいに俺も原状復帰が完了したので、皆の集まっている場所に向かった。


「倉庫内の復旧が終わりました」

「塚田君…」


 Neighborを代表して平が話しかけてくる。


「今回の件、君と南峯くんには…もちろん二人だけではないが…非常に迷惑をかけた。済まなかった!この通りだ…!」


 平が深々と頭を下げる。


「いや、こちらもかなり無茶をしたんで、お互い様という事で。ご迷惑をおかけしました」


 青柳以外のみんなにはホント、ごめんねって感じだ。

 俺も平をはじめ集まっているメンバーに頭を下げる。


「東條も、今日はありがとな。この前俺に言いかけたことはこれだったんだな」

「はい。言おうか言うまいかずっと迷ってたのですが…塚田さんが先ほど神橋の事務所に電話をしてきてただ事じゃない雰囲気だったので駆け付けてみたら、すごい状況で…」


 俺にこの倉庫の場所を教えてくれたのは、他でもない東條だった。

 この前もらった名刺に書いてあった番号にかけたところたまたま東條が取り継いでくれて、俺は平たちが不在である事とここに居ることを知ることができたのだ。


「それで思わず直近の記憶を覗いてみたら、色々なことが分かって…何とかしなきゃ、隠してる場合じゃないな…って決心がついたんです」

「そうか。おかげでスムーズにいったよ」

「いえ…」

「じゃあ、俺はこれで」


 用事は済んだ。

 この事件をキッカケにNeighborが再スタートを切れるか、解散してしまうかは平の手腕にかかっている。

 もう二度と関わることもないだろう俺にとっては、どっちでも良かった。

 ただし。


「もしまた、Neighborが同じような活動をしているのを見かけたら、その時は遠慮なく叩き潰しますから、そのつもりで…。ねぇ、青柳さん?」


 俺はわざとらしく、離れたところにいる青柳に当てつけのように宣言する。

 当の本人はビクっと体を震わせ、目を逸らしてしまった。

 ちょっと虐めすぎたかな?まあいいか。


「南峯もNeighborは抜けると思いますんで。それじゃあ、俺はこれで」

「ああ、それじゃあ」


 こうして、俺の濃密な週末は幕を閉じた。

 1組の父娘(とついでにベテラン刑事)が長い闇から解放され、俺も借りを返すことができ、一つの組織が浄化に向かって進むことができるかもしれないキッカケを得た。

 成果としては悪くないだろう。


 だが、昨日もそうだがこのような無茶な手が何度も通じるとは思えない。

 この過酷な異世界を渡るために俺自身、もっと力を付け、信頼できる仲間を得なければならないと感じたのだった。










 _____________________________










 水曜日 11:30


「うーん…」


 Neighbor襲撃から3日が経った日の昼時。

 職場である神多オフィスのデスクの上で、俺は唸っていた。


「暑いから涼感のある"冷やかけうどん"にするか。いや、つけ麺も捨てがたい…。逆にカレーもいいな、気合い入るし…となると、どこのカレー屋にするかが問題だ…。ここらへんいっぱいあるからなぁ。欧風?インド風?和風?カシミール風?チキンカツとほうれん草なんかトッピングしたい気分だ。となると日の家カレーかハンコックあたりか…?」


 俺は今から食べるランチの事で本気で頭を悩ませていた。

 大の男が小声でブツブツと呟く様は、傍から見たらさぞかし不気味な事だろう。

 だが仕方のないことなのだ。サラリーマンにとってランチとは、砂漠のオアシス、深夜の高速道路のSA・PA、ボス前のセーブポイントに等しいのだ。

 つまり、それだけ大事な憩いの時間という事だ。


 忙しい時はコンビニ飯で済ませる事もあるが、平日はほとんど外食。

 独身で、自分の稼いだお金は基本自分の為だけに使える今、食費・交際費につぎこまないでどうするというのか…!

 っとイカン、つい熱くなってしまった。

 方針も決まったところで、さっそく街に…


「…あっ!」

「え、どうしたの?塚田くん」

「あ、いや、すみません…。なんでもないです」


 つい大声を出してしまい、部長に聞かれてしまった…お恥ずかしい。

 というのも、今の今まですっかり忘れていた事を思い出した。

 神のゲーム決着の直前に、宝来のおっちゃんが俺に飯をご馳走してくれるって言っていたことを。


 あー何で忘れるかね、こんな大事なことを。

 きっとおっちゃんのことだから、特別なメニューとか出してくれそうだ。

 まだ覚えてると良いのだけど。


 そうと決まれば、カレーは一旦中止だ。

 とりあえず宝来に行ってみることにしよう。


 俺は鞄から財布を取り出すと、早速外に出る準備をして席を立とうとした。

 が、その時、俺のデスクにある電話機が鳴り始めた。

 こんなタイミングで内線とはツイテない。

 俺は心で舌打ちをすると、話が長引かないよう心掛け受話器を取った。


「はい、塚田です」

「お疲れ様です、社長室の小宮です」

「あー、お疲れさま。どしたの?」

「社長から、塚田さんを急いで呼んでくれって頼まれまして」

「あー…」

「お取込み中ですか?」


 今から楽しい楽しいランチだったのに…。

 でもまあ社長の頼みじゃ仕方ないか。

 はぁ…


「いや…、大丈夫。すぐ行くよ」

「社長、焦っている様子でしたけど、何かあったんですか?」

「んー…どうだろ。ありすぎて逆にわかんないや」

「もぉ、何ですかソレ」


 俺の冗談に笑っている小宮さんの声が、受話器越しに聞こえた。


「それより、この前教えたパスタの店行ってみた?」

「あ、行きました!すっごい美味しかったですよ、ウニのクリームパスタ」

「でしょ?」

「今も丁度星野さん達がそこでプチ女子会やっているみたいですよ。私も留守番じゃなければ行きたかったんですけどねー」


 星野さんというのは、小宮さんと同じ社長室所属で、小宮さんの直属の上司にあたる人である。

 プチ女子会の件は篠田が昨日言っていたので知っていた。

 メンツは広報部の篠田とその先輩と後輩2人。星野さんとデジタル設備部の子の計6人だったはず。


 留守番は、社長室の社員は2人しかおらず余程のことが無いと一緒にランチには行けないのだ。

 今日は小宮さんが留守番になったのだろう。

 この子は今年新卒で入ってきたのだが、とても大人びてしっかりした子だ。


「そりゃ残念だったね。あそこはピザもかなりイケるんだよ。今度食べてみて」

「あ、じゃあ連休明けにでも一緒に行って、ピザとパスタをそれぞれ頼んでシェアしませんか?1人じゃ2種類は食べきれないので」

「あーいいよ、じゃあ来週の火曜日にでも」

「やった、じゃあ楽しみにしてますね」


 俺は受話器を置くと立ち上がり、社長室に向かうことにした。

 話が終わり次第そのままランチに行けるよう、財布はケツポケットにしまう。


「社長に呼ばれたんで、5階に行ってそのままお昼行きます」

「はいよー」


 俺は同僚に一声かけると、5階へ向かった。









 ________________









「どうぞ」


 社長室の扉をノックすると、中から能代社長の声が聞こえてきた。

 俺は「失礼します」と一声かけ、部屋へと入る。

 すると中には意外な人物が居た。


「やぁ塚田くん、先日は娘共々、世話になったね」

「あ…」


 部屋には南峯財閥のトップ、南峯司。

 と、娘のいのり、そしていのりの世話係の真白愛がいた。

 その横には社長が珍しくそわそわした様子でいる。


「おい、こりゃあ一体どういうことなんだ…?」

「えーっと…」


 そんなの俺が聞きたい。

 予想外の訪問者に戸惑う俺と社長に向けて、南峯司は説明を始めた。


「いやね、先日彼には私もこの娘も大変助けられてね。是非ともお礼がしたかったんだが、彼が全く応じてくれなくて困っていたんだよ」

「はぁ…うちの塚田が…」


 はっはっは、なんて笑いながら司は語る。

 多分俺が真白からのメールを全てシカトしていた事を言っているのだろう。

 事件の翌日、再び真白がメールでお礼がしたいと言ってきたので、「いらない」とだけ返信しあとは応じなかったのだ。

 見ると、真白もいのりもちょっと不機嫌なようだ。


「詳しくは言えないが、礼はいらないと言われて『ハイそうですか』と簡単には引き下がれないくらい、彼には大きな恩を感じている。なので悪いと思ったのだが少し彼の事を調べさせて貰った。そこで御社に勤めている事がわかったのだよ」


 父娘揃って、勝手に俺のこと突き止めるのが好きだね。

 家とか職場とか。


「それで能代社長」

「は、はい」

「なんでも社長は近々事業拡大をしたいと考えているとか、いないとか…?」

「え、あ、はぁ、まあ…」

「彼の代わりに、社長にお礼しちゃおうかなー…なんて」

「え!?」


 うわー…

 悪い顔しちゃってまあ。

 流石稀代の経営者、緩急の付け方が上手いんだから。


「どうかな社長?悪いようにはしないケド、商・談・で・も?」

「は、はい、是非…!」


 あーあ、落ちたな…

 天下の南峯財閥トップが本当に悪くない話を持ち掛けてきたら、中小企業経営者はイチコロだろう。


「じゃあいのり、私はこれから社長とビジネスの話があるから、いのりは塚田くんにこの辺の美味しいランチでも案内してもらいなさい」

「はい、お父様」

「じゃあ社長、さっそく話をしようか」

「はい!」

「じゃあ私たちは行きましょうか、卓也くん」

「…」


 俺はこの場で唯一の味方を失い、あえなくいのりと愛に包囲されてしまう。

 この部屋に足を踏み入れた時点で、敗北は決まっていたということだ。


「やられた…」

「なぁに、卓也くん」


 いのりは俺の腕を抱き込み、気持ち悪い甘えた声で話しかけてくる。


「腕、極まってるんだケド…」

「当 て て ん の よ」


 余計力を込めてきた。

 何も当たっていないんですが、それは。

 しいて言えばアバr


「んー?」

「何でもないです…。社長、じゃあ行ってきます…」

「あ、おう。あ、くれぐれも失礼の無いようにな!あと汚い店に連れてくなよ?」

「はーい…」


 こうして、俺はいのりと真白の2人を引き連れて神多でランチをすることになった。







 ________________







 トラットリア ボナペティート


 神多駅を出て二本橋にほんばし通りを歩いて5分のところにあるイタリア料理店。

 夜は美味しいお酒とそれに合う肉料理を提供しているが、ランチタイムは数種類のピッツァ、パスタにサラダ・スープ・デザート・ドリンクが付いて1,000円という安さで、主に女性客に支持されている。


 1階はカウンター席と足の長いテーブルと椅子の席が少し、2階には最高12人の団体客が入れるテーブル席がある。

 今は卓也の勤める会社の20代女子社員6人が、2階でプチ女子会・暑気払い・情報交換会といった様々な名目を詰め込んだ食事会を行っていた。

 そこには、卓也の同期である篠田可憐もいた。



「んで?どうなのよ、その後カレとは」

「…え?」


 メイン料理も食べ終わり、それぞれがコーヒーやデザートを食べながら愚痴や近況報告をしている中、篠田の先輩である相羽あいばが唐突に篠田に話を振った。


「どうって…何がですか?」

「とぼけてんじゃないわよー、塚田くんに決まってんじゃない。もう告ったの?」

「いえ…、特には…」

「かぁー、奥手ねぇアンタは」


 相羽は篠田が卓也に気がある事を知っており、2人の仲が中々進展しない事にしびれを切らしている。

 篠田も、できれば卓也との仲を一段階先に進めたいと思ってはいるのだが、前に踏み出せないでいた。


「分かるのよ。アンタ高校までは女子校で、大学時代も部活に打ち込んでばっかで男っ気のない青春時代だったから、どうすればいいか分からないっての。でもね、いつまでもそんなんじゃ、他の子に取られちゃうわよ?」

「分かってますケド…」

「これまではそれでも良かったかもしれないけど、最近塚田くん変わったでしょ?本当にウカウカしてられないわよ」

「あ、それ分かります!」

「私も私も!」


 2人の会話に、横で聞いていた篠田の後輩たちが加わって来た。


「塚田さん、最近変わりましたよねー!」

「そうそう!何といっても…」

「「あの目!」」


 後輩2人は意見が見事に一致し、大盛り上がりをしている。

 そして篠田以外の3人も、それを聞いてうんうんと頷いていた。


「去年までの塚田くんって、何ていうか…元気が無いというか覇気が無いというか…」

「そうそう、やる気が無いワケじゃなくてね。むしろ仕事はテキパキこなすんだけど。生命力が欠けてる…みたいな?」

「そうよね。ところが先月くらいから、目に力がこもったみたいで、すっごいギラギラしている時があるのよねー…凄い鬼気迫るというか。」

「はぁ…」


 生返事をする篠田。

 卓也を近くで見てきた篠田にとっては、そんな事は百も承知であり、改めて言われるまでもない事実だった。

 だが、そうなった原因は篠田ですら分からず、困惑しているのもまた事実である。

 同じ同期であり塚田とも仲の良い佐々木に聞いても、答えは得られなかった。


「何かあったのかしらね…篠田はなんか聞いてないの?」

「いえ、私も特に…」

「そっか。まあでも、生命力が溢れてる感じを見ると、彼って意外と悪くないというか、背は高いし顔も割と整っているし、いい物件なのよねー…」

「物件って…」

「私も彼氏いなかったらアタックしたんだけどなー」

「え?」


 急な発言に、思わず相羽を凝視してしまう篠田だった。


「冗談よ、冗談!」

「なんだ…」


 ホッと胸をなでおろす篠田。

 だが今度は神妙な面持ちで相羽が語り始める。


「私は冗談だけどね、他の子はそうじゃないかもしれないわよ。社長室の小宮ちゃんとか、塚田くんと話すときすっごい楽しそうなの、私知ってるのよ」

「相羽ちゃん、良く知ってるわねー」


 後輩の話題が出て、嬉しそうに話し出す小宮の先輩の星野であった。


「小宮ちゃんって結構シャイというか男性と接するのがあんまり得意じゃないみたいなんだけどね、塚田さんの事はカッコいいカッコいいって嬉しそうに話すのよー」

「やっぱり?」

「篠田ちゃんの応援はしてあげたいんだけどね?後輩の事も放っておけないのよねー…」

「うぅ…」


 伏兵の存在に焦りを覚える篠田。

 まさか自分以外にもこれほど塚田の変化に気付く者がいたとは、想像もしなかった。

 自身の経験の無さを反省する篠田であった。


「というワケで、ライバルは社内にも、もしかしたら社外にもいるかもしれないのに、そんなんでどーすんのよ。頑張りなさい」

「…はい」


 先輩に諭され、まずは行動に移さなければならないと決意を固める篠田だった。

 しかし、そんな決意をぶち壊す光景が飛び込んでくる事となる。


「あ、あれ塚田さんじゃない?」


 篠田の後輩が、店の窓から見える二本橋通りの反対側の歩道を指さす。

 つられて他の5人も卓也の姿を探す。


「あ、ほんとだ。歩いてる。あ…」


 次の瞬間、店の2階にカチャンと大きな音が響き渡った。

 それは、篠田が手にしていたティースプーンが皿の上に落ちる音だった。

 篠田は窓の外を見てフリーズしている。

 原因は、卓也がいのりと愛を引き連れて親しげに話している光景を目にしてしまったからであった。

 ちなみに腕は組んでいないが、いのりが卓也の服の袖をガッツリ掴んでいた。


「うわー…あの子カワイイ…」

「後ろにいる女の人も、クールでスタイルも良くてカッコイイ…」

「塚田くん…スミにおけないわね…」


 相羽が固まっている篠田に声をかける。


「で、どうするの?」


 連休前の食事会は、最後にとんでもない展開を迎えたのだった。











 ________________










 二本橋通り


 俺は南峯と真白を引き連れて、ランチタイムで人通りの多い通りを進んでいた。

 隣には南峯、少し後ろに真白という位置で歩いている。

 俺の腕は解放してくれたいのりだったが、依然袖は掴んだままだ。


「歩きづらい…」

「そう?」

「そろそろ離してくれない?」

「イヤよ、どこか行っちゃうじゃない」


 全く信用されていないようだ。

 仕方ないから袖は諦め、俺は先ほどの展開になった理由を確認する。


「…話したんだな、親父さんに」


 南峯司は俺に恩を感じていると言った。

 ということは、いのりを誘拐するフリをしていたのが俺だと知っているということだ。

 本当の誘拐犯も捕まった今、何故わざわざ真実を話したんだろう。


「話した…というより、愛の挙動が不審すぎてお父さんに怪しまれたのよ」

「お、お嬢様…」

「なに?不審って…」

「卓也くんからのメールの返事を待っている様子がおかしすぎてね」


 まとめると、こうだ

 俺に何度もメールをしているのに、最初の一通以外一向に返事がなく、ずっとソワソワソワソワしていたという。

 それを不思議に思った司(と最初はいのりも)が問い詰めたところ観念して話すことになったのだと。


 全てを知った司は俺に対して義理を果たすのと、娘たちに引き合わせるため作戦を練り、今日決行した、ということだ。

 行動力もそうだが、情報収集能力もあっぱれだ。


「親父さんの行動は分かった。けど、どうして俺に関わろうとするんだ?もういいだろう。前に真白には言ったけど、折角普通の日常に戻れるんだから何も自分から能力者と関わる必要なんてないじゃんか」


 親父さんとの和解。それはずっといのりが望んでいたものだ。

 いのりのテレパシーはオンオフが切り替えられるし、今後少なくともNeighborの襲撃は無いと思う。

 であれば思う存分、友達と学校帰りに遊んだり部活に打ち込んだり、そういった普通の暮らしが出来る。

 それを家に帰って司に報告して、あーだこーだ話せばいい。


「確かにそうね」


 いのりは俺の意見に同意する。


「気兼ねなく学校生活も日常生活も送れると思うわ。でもね」


 一旦間を空ける。


「それと引き換えに好きな人と二度と会えないのはイヤ。恩人にお礼すら言えないのもゴメンよ」

「…好きな人?」


 何かイマ、さらっと凄い暴露が聞こえたような。

 聞き間違えか?


「ハッキリ言うわ。私は卓也くんが好きよ。助けてもらったからってだけじゃなく、全部を好きになっちゃったわ。もう卓也くんの居ない生活なんて想像できないわ」


 なんて男らしい告白。

 そして高校生とは思えない重い想い…。

 そんな風に思われていたのか。


「ちなみに、愛も卓也くんの事が気になっているわ」

「ちょっと」


 冷静にツッコミを入れる真白。

 それにしても、その話はホントか?

 済ました顔に変わらぬ態度で、正直よくわからんのだけど。


「あ…う…」 


 目が合うと、顔をそらす真白。

 信じられん…


「私にも愛にも、卓也くんは刺激が強すぎたみたいね」


 みたいねって言われても…

 何故か上機嫌で言ういのり。

 だけど、俺は。


「そう言ってくれるのは嬉しいが、俺は2人に特別な感情は抱いてない」

「でしょうね」


 自分の気持ちをハッキリ伝えた所、即答された。

 どういう事だ。


「私たちは既に卓也くんの凄いところもカッコイイところも沢山知っているわ。でも卓也くんは私たちの事をほとんど知らない。だから何とも思ってないのも納得ね」

「はい」


 そりゃそうだ。

 何せまだ会って1か月も経っていないんだから。

 確かに普通とは違う濃い体験をしたとは思うが、ハッキリと"どう思っている"みたいなのは正直ない。

 良い子だとは思うけど。

 逆になんでそんなに俺の事を思ってくれているのか、信じられない。


「だからこれからずっと傍に居て、私たちの魅力を知ってもらうわ」

「そういう流れなん?」

「当たり前じゃない。本気を出せばすぐにイチコロなんだから。ね、愛」

「…ですね」


 真白は観念したようにいのりの話に乗っかった。

 もう俺と真白にいじられて慌ててたいのりも、能力の事で弱気になっているいのりも居ない、とても逞しい子に成長していたのだった。


「これ以上南峯に関わるなって言っても、無駄みたいだな…」

「いのりよ」

「ん?」

「いつまでそんな他人行儀な呼び方してるのよ。いのりと愛って呼びなさい」

「分かったよ、南峯さん」


 つねられた。

 呼び方がそんなに重要かね…

 妹以外を名前で呼ぶことなんて滅多にないぞ。(あだ名はあるけど)

 でもまあ、本人たちが望むなら。


「じゃあとりあえず、これからもよろしくな、いのり、愛」

「ふふっ」

「よろしくお願いします、卓也さん」


 初めて異世界に仲間が出来た。

 今まででは有り得ない、ちょっと不思議な縁だ。


 異世界への入り口では悲しい事があった。

 でもこれからどんどんこういう仲間が増えていけば、この世界の事をもっと好きになれるかもしれない。


 まだまだ俺の物語はこれからだ。


 塚田卓也の次回作にご期待ください。

 なんて、これじゃ打ち切りみたいだな。


「今度改めて、お父さんに卓也くんの事を紹介するわね」

「いや、いいよ…別に」

「卓也くんの実家ってどこなの?」

「はえーよ!」












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 ______________________


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 二本橋の路地裏



 俺はいのりと愛を連れお目当ての店、宝来に到着した。

 先ほど社長から、汚い店には連れて行くなと言われたので今日は止めようと思ったが、いのりは「卓也くんの好きな店なら食べてみたいわ」と言うので結局ここにした。


 何をご馳走してくれるのか内心ワクワクしながら店に近づくと、俺はあるを覚えた。


 何だろう…敵意とかそういう類のものではないのだけど。

 そう、どこかにエネルギーを感じるのだ。


「どうかしたの?」

「イヤ…」


 店の前で立ち止まる俺を不思議に思い、いのりが声をかける。

 俺は念のため瞳力を高め辺りを見回すが、特に怪しいものは見つからなかった。

 気のせいかと思い店に入ろうとした瞬間、それが目に飛び込んで来た。


「これは…」


 店の扉には、交番の手配書のようにエネルギーで書かれた文字が浮かんでいた。

「能力者歓迎 依頼斡旋」と書かれている。


 俺は急いで扉を開けた。


「おっちゃん!!」


 俺が呼びかけるとおっちゃんがフロアで、まるで来るのを待っていたかのように

 こちらに向いて立っていた。

 そして。



「よォ、遅すぎんだよ卓也ぁ。待ちくたびれちまったじゃねーか」


 ニヤリと笑い、俺たちを歓迎したのだった。






【汝の愛すべき隣人】編 終


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