第38話 かくしごと

「とぼけるんじゃないわよ!!アンタが私のジョセフィーヌちゃんを…!」

「まてまてまて」


 ホントに記憶にないぞ。

 一体なんのことを言っているんだ?ジョセフィーヌってフランス人?

 さっきまで戦っていたヤツの中にフランス生まれの人がいたのか。

 というか、そもそも誰も殺してないし。


「話が全く見えないんだが、人違いじゃないのか」


 侵入者を排除しに来たというなら迎え撃つが、ジョゼとやらの敵討ちなら他所を当たってもらいたい。

 しかし俺の問いかけに対しゴス女はさらにヒートアップしてしまった。


「シラを切ったってムダよ!!アナタが殺したところは見ていたんだから!ホラ!あんなに可哀想なジョセフィーヌちゃん…!絶対に許さないんだから!!!」


 そういってゴス女が指さした先には、変わり果てたジョセフィーヌちゃんらしきが横たわっていた。


「あー…」


 そっち系ね。

 ペットとかの動物を家族っていう人たちの1ランク上の人か、この人は。

 どうりで話が噛み合わないわけだ。せめて生き物であれよ。

 というか、あのぬいぐるみは念動力使いの仕業じゃなかったのね。

 クマに乗って飛んできてるし、このゴス女の能力か。


「そもそもジョゼから襲ってきたんだ、正当防衛では?」


 ちょっと慎重に言葉を選ぶ。

 こういう輩は、レベルを合わせてやらないと途端にキレだす心配がある。

 とどのつまり、あのぬいぐるみを人間扱いしてみる。


「はぁ?そもそも襲撃してきたのはアナタでしょう?あと馴れ馴れしくあだ名で呼ばないで」


 至極真っ当な正論で返されてしまった。

 明らかにのくせに、このゴス女…。

 そういう態度なら遠慮はいらないな。


「確かに、アナタの言う通りかもしれない!」

「はあ?何、急に」

「いやなに。言われてみたら確かに、何の罪もないジョセフィーヌさんに僕はとても酷い事をしてしまったようだ」

「…自分の罪深さがわかったみたいね」


 ゴス女の態度が少し軟化した。

 キモいけど冷静になれば話の通じるヤツのようだ、キモいけど。


「お詫びと言っては何ですが」

「何よ…?」

「ジョセフィーヌさんは後で僕が責任をもって」

「?」

「火葬しておきますね」


 その瞬間、ゴス女の乗っているクマがパンチを繰り出してきた。


「っぶね」


 俺はジャンプしてそれを回避すると、クマの上を飛び越え倉庫1階のコンテナに着地した。

 上を見ると俺の元いた場所付近の壁に、クマのパンチで穴が開いていた。

 単に操るだけではなく、相当なパワーが込められている。


「殺すゥ!!!」


 こちらに向き直すと、俺の真上まで飛んできてそのまま急降下プレスを仕掛けてくる。

 俺は素早く別のコンテナに飛び移り回避する。

 クマのプレスを受けたコンテナは歪に変形してしまった。

 すごいパワーだ。


「逃げんな!!!」

「こえー…」


 完璧にキレちまったゴス女は、逃げ回る俺を執拗に追いかけてクマアタックを仕掛けてくる。

 その度に色々な物が破壊され、倉庫内は悲惨な状況になってしまった。


 移動しながら俺はバッグからパチンコ玉を1個取り出すと、クマ目がけて弾いた。

 しかし玉はクマのふかふかボディにめり込み、勢いが殺されそのまま落ちてしまう。

 ジョゼと違いこっちのクマは、生半可な威力では破壊するのが難しい様だ。

 かといって、強くしすぎてもゴス女にケガをさせてしまいそうだ。


「仕方ないなぁ、信田のぶたくんは」


 国民的キャラクターのおなじみのセリフを言いながら、俺は次の秘密道具をバッグから取り出そうとした。

 すると。


『おい田辺たなべさん!あんまり暴れないでくれ、危ないだろ!』


 どこからか叫び声が聞こえてくる。

 さっきの念動力使いだ。相当切羽詰まっているのか、声に余裕がない。

 田辺というのが恐らくゴス女の名前だ。

 味方である彼女の暴走に念動力使いも巻き込まれているらしい。


 ということは、念動力使いは1階のどこかに隠れているハズ…


「まとめて潰すチャンスだ」


 俺はバッグから取り出したを開けると、1階を中心に逃げ回った。

 逃げ回る際にわざとジョゼを踏みつぶしたりして、ゴス女をさらに怒らせてみたりした。

 そしてクマがあるコンテナを攻撃した時。


「うわぁ!!」



 あそこか…。

 ゴス女、もといクマへの仕込みもちょうど頃合いだった。

 そろそろ仕掛けるとしよう。


 逃げ回りながら先ほど悲鳴がした辺りを見ると、僅かに動く人影があった。


「くそ…田辺さん、めちゃくちゃしやがって…!」

「はじめまして!」

「しまっ…!」


 コンテナから出てきた大学生くらいの男。

 俺はその男の肩を掴むと、能力で筋力の弱体化と気泉を閉じた。

 その場で膝をつく男を抱えると、3階の適当な場所に持って行った。

 あの場所に置いておくと、巻き込まれる可能性があるからだ。


 そして、倉庫の1階の開けた場所に降りると。


「死ねェ!!」


 クマonゴス女が俺目がけて急降下してきた。

 俺は今度は避けずに右手を上げると、クマの攻撃を受け止めた。


「っ…!」


 凄まじい衝撃だが、潰されずに堪えることが出来た。

 俺にダメージが与えられないと知ると、ゴス女は一旦距離を取る。

 お互いに動きを止めた。


「…あら、鬼ごっこはおしまい?」

「ええ、残念ですが」


 俺は名残惜しそうにそう言うと、バッグから秘密道具を取り出した。

 そして、それをゴス女に向けて構えた。

 秘密兵器【発火マン】の噴射口をクマに向けて。


「それは?」

「じゃあな、ゴス女」


 発火マンのトリガーを引く。

 能力で強化された発火マンからは、凄まじい勢いで炎が伸びた。

 その炎はゆうに5メートル以上は離れていたクマにまで届き、そして。


「きゃああああああああ、ヴィクトーちゃああああああああん!!!!!!」


 クマの体を勢いよく焼き始めた。

 ていうか、ヴィクトーっていうのかソイツ。


「あ…あ…あ…」


 ヴィクトーに火が付いた瞬間飛び降りていたゴス女は、自分の家族が焼かれていく様を傍らで見ている事しか出来ないでいた。

 時折言葉にならない呻き声を上げながら涙を流し、そして。


「あ…」


 クマのぬいぐるみが原型を失い黒い塊になったと同時に、気を失って倒れた。

 ゆっくりと近づいてみたが、攻撃を仕掛けてくる様子はもうなかったので念動力使いと同様適当な場所まで運んでおいた。

 あのクマだった炭も、流石に可哀想なのであとで治しておいてあげようと思う。



 さて、後は何人いるのかな。

 ダメージはほとんど受けていないが、チンタラやっている暇はない。

 さっさと片づけて平を引きずり出さなければ…。

 そう思い辺りを見回していると、突然。


「っと…」


 先ほどのように、倉庫内に強い風が吹き始めた。

 そして俺が立っている位置より少し先の方から、1人の男がゆっくりと近づいてきた。


「開泉者が4人、完醒者が3人」


 男は落ち着いた様子で、俺に語り掛けてくる。

 俺の左腕を切り落とし、いのりを誘拐するよう仕向けた張本人の、青柳だ。


「よくもまあ1人で、ウチの能力者を7人も倒したもんだ。しかも、そっちはほとんどダメージを負っていないように見受ける。開泉者なのによくやる」

「そりゃどうも。それより、もうコソコソ隠れてないでいいのか?お母さんへ遺言は書き終えたのか?だったら俺に渡してくれよ。ポストに投函くらいはしてやる。切手代はサービスするぜ」

「…ふざけやがって。五体満足で帰れると思うなよ?Neighborにケンカを売ったツケはきっちり払ってもらうからな」

「ふざけてんのはお前だ。まさか他の7人みたいに"軽傷"で済ませて貰えると思ってないよな?俺の左腕といのりを怖がらせたツケはきっちり払わせてやる」


 戦闘前の舌戦が繰り広げられる。

 青柳は第一印象の柔和な雰囲気は完全になりを潜め、本性である忌々しい雰囲気を纏い俺の前に出てきた。

 まるで自分の能力を誇示するように、無駄に風を吹かせながら。


「今度は左腕だけで済まないからな」


 そう言うと、青柳は右手をこちらに向ける。

 そして目には見えないが、そこに風が集中していくような感覚が伝わってくる。

 あの日の夜の感覚に似ていた。風の刃が来る。


 だが、俺は猛スピードで青柳との距離を一気に詰めた。


「ははは!飛び込んでくるとは。気でも狂ったか」


 楽しそうな青柳の高笑いが聞こえる。

 青柳との距離は残り2メートル。

 もう1秒もしないうちに、この拳を叩き込める。


「真っ二つになれ!」


 青柳が風の刃を飛ばそうと叫んだ。

 次の瞬間、辺りから音が消えた。



「……あ…れ…?」


 かざした右手をくぐり、俺の拳が青柳の左脇腹にめり込んでいた。

 一方で俺の体は真っ二つになっていないどころか、かすり傷ひとつ付いていない。

 先ほどまで吹き荒れていた風も今は止み、静寂が2人を包んでいる。


「どうし…グッ!」


 苦しそうにしながらも喋ろうとする青柳の顎に、左拳を叩き込んだ。

 すると青柳は、そのまま無様に床へ倒れ込んだ。

 だが俺は倒れた青柳の髪の毛を掴むと、無理矢理立て膝の体勢を取らせる。

 とても能力なんて使えるコンディションではないだろうが、一応気泉を閉じておいた。


「よォ。さっきまで随分余裕そうだったのに、どうした?」

「きさ…」


 喋りだそうとする青柳の鼻っ柱に、膝蹴りをお見舞いする。


「ゲブッ!!」


 またしても床に倒れこむ青柳を持ち上げ、目を見ながら話す。


「それと、随分と楽しそうに笑ってたよなァ、さっきまで」

「ぁ…ぐ…ぅ…」

「どうしてそんなに楽しそうにしてられるんだよ、なぁ?」


 真里亜よりも年下の少女を誘拐させ、泣かせた。

 父親思いの優しい子を。


「お前みたいなヤツが笑って生きてんじゃねーよ」


 青柳の顔面に右フックを食らわせ、地面に叩きつけた。


「おい、俺が話しかけてんだから無視すんなよ」


 立ち上がり脇腹に蹴りを入れてみるが反応が無い。

 どうやらさっきので気を失ってしまったようだ。


 Neighborの風使い。

 変幻自在、不可視の攻撃は念動力使いよりよっぽど厄介な能力だった。

 俺は攻撃を受けながら自己回復で強引に近づき、気泉を閉じようと思っていた。

 しかし最初からバカみたいに風を吹かせ続けるもんだから、俺の視界には常に"風速"の表示が出ていた。

 おかげで風を止めるのに苦労はしなかったぜ。


 残すはボスを残すのみだ。

 俺は青柳が平を避難させていた部屋のある方を見た。

 すると。



「その辺で止めてあげてくれないだろうか、塚田くん」


 探し人が向こうからやってきてくれた。

 俺が青柳にさらに攻撃を加えるものだと思い、出てきたらしい。


「どうも平さん。俺にNeighborを渡す気になったんですか?」

「まさか。私はNeighborを暴力に屈して誰かに渡したりはしないよ。そんなに欲しいのなら私を殺して奪うといい…」

「そうですか。では」


 俺は拳を握り力を込めると、平にゆっくりと近づいた。


「そろそろ能力を出したらどうです?手遅れになっても知りませんけど」


 平に能力を見せるよう促してみる。


「残念ながら私は開泉者でね。能力は持ち合わせていないのだよ」

「へぇ…」


 意外だ。

 まさか超能力者集団Neighborのトップが開泉者だったとは。


「意外そうな顔をしているね」

「まあ、そりゃ」

「私はね、数十年前に開泉したんだが、今日まで終ぞ完醒には至らなくてね」


 平は急に語り出した。


「開泉者というのは非常に危うい立場なんだ。一般人よりも身体能力は上がるが、それを活かす場面がほとんどない。もし活かすとするならば、世界を変えなければならない…」


 能力秘匿の義務があるからな。

 スポーツや格闘技の道で身体能力を活かそうとすれば、それは超能力の存在を露呈することに繋がりかねない。

 あるいは超能力による一般人への不利益強制として処されてしまう可能性もある。


「かといって、超能力者の世界に行けば上がいる。完醒者だ。彼らは我々開泉者の身体能力向上に加え、一つの特別な力を身に着けた存在だ。余程のことが無い限り開泉者が完醒者よりも重宝される事はない。戦いにおいてもそう、どんなに格闘技を極めた開泉者だって、格闘技の心得が無い念動力使いに勝つのは非常に難しい。君には驚かされたけど」


 そうだ。

 完醒した者は身体能力と引き換えにスキルを得たワケではない。

 身体能力は向上しつつ、スキルが使えるのだ。

 そこには完全な上下関係が出来てしまう。


「つまり開泉者は一般の世界でも能力者の世界でも生きにくいのだ。私はそんな開泉者を救済する為にNeighborを立ち上げた。元々会社経営をしていたが、その傍らに情報を集め能力者と接触した。中には開泉者だけでなく青柳くんのような完醒者も賛同してくれて、組織がどんどん大きくなった。能力者が互いを助け合い、この世界を生きていく為の組織、Neighborが出来上がっていった」


 異世界を一人で生きていくのが難しい開泉者を中心とした人達の為の組織。

 それがNeighborだという。

 話を聞いて、そして組織の事を語る平の強い意志に触れ、俺は確信した。

 この人は非道な命令を出した人間ではなく、このやり方を変えていける人物であると。


 そうと分かれば早速、事情を説明してみよう。、

 こんなことをした俺と青柳、どちらの話を信じるかは明白だが、少なくとも今後警戒はしてくれるハズだ。最悪、誘拐されたいのりの証言を貰っても良い。

 警察に捕らえられているメンバーは残念ながらトカゲのしっぽ切りになるだろうが、これで青柳も目立った動きはできまい。


「平さん、あの…」


 俺がNeighborの囲い込みの件を平に話そうとした、その時。



『待ってください!!!』



 1人の少女の声が、倉庫内に響き渡った。

 俺と平は二人してその声の方を見る。

 するとそこには、Neighborのメンバーにして俺と組織を引き合わせた女子大生、東條の姿があったのだった。


 東條は慌ててこちらに駆け寄ってくると、平に話しかけた。


「リーダー、今回の件、塚田さんは悪くないんです!全くではないですが…」

「どういう事なんだい、東條くん。何か知って…」


 平が質問を言い切る前に、東條は今度はこちらに向いて話し掛けてきた。


「塚田さん、リーダーを責めないでください!リーダーはいのりちゃんの件を何も知らなかったんです!」


 平の態度を見ていれば誘拐や襲撃を指示していないという事は分かる。

 だが何故それを東條が言い切る?何故それを知っている?


「ちょちょっ…!落ち着いて東條くん、何がなんだか…」


 俺と同じく疑問を抱いた平は、東條を落ち着かせ話を聞こうとする。


「東條」

「っはい」

「東條は何を知っている?」


 俺は落ち着いた口調で、ハッキリと確認した。

 本来ここにいるハズのない、しかしまるで最初から中心人物のように存在する東條に向かって。

 すると、多少落ち着きを取り戻した東條はポツリと喋った。


「…全部です」

「全部…?」

「ハイ。青柳さんたちがこれまでしてきたことも。昨日いのりちゃんが誘拐されたことも、それを塚田さんが助けて、その報復のために今日ここに来たことも、全部です」


 それは、今ここで平と俺が対峙している原因となった全部だった。

 本当に東條は、全てを知ってここに来たという事らしい。


「実は私、誰にも言っていない秘密があるんです」

「秘密…?それは一体」

「それは…」


 相当な決心が要る事の様で、東條は軽く呼吸を整える。




「私、過去を観る能力が使えるんです」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る