第30話 一触即発
「コイツが交番勤務をやっている理由を詳しく教えてあげてもいいわよ?」
大月とかいう女、突如会話に割り込んで来たかと思えば、偉そうにご高説賜ろうとしてきている。
なるほど、お噂の1課だけあって、かなり偉そうだ。
だが、先ほどの清野の態度から察するに、自分からはこの話題を話そうとしないかもしれない。
であれば、今はこの女から聞き出すというのも手だな。
それに清野のこの嫌そうな顔、聞かずにはいられないな。(友達として)
「それで、清野の理由って…」
「それよりこんなトコに来てていいのか?バーの後始末はお前の仕事だろ」
「とっくに終わっているわよ、そんなもの。後は戻って関係者の記憶をスクリーニングして、可能な限り処置するだけよ」
「あのバー、結構な従業員が居たろ。お前も運ぶの手伝えや」
「それこそ私の仕事じゃないわ。そんなものは4課がやればいいのよ」
清野のヤツ、無理やり話題を変えたな。
俺を差し置いて、同僚二人で業務連絡なんぞ行っている。
内容は先ほどのバーの事後処理の事についてだが、それにしてもなにやら気になる事を話しているな。聞いたら教えてくれるだろうか?
「なあ大月さんよ」
「何よ?」
「スクリーニングするって言うのは、なにかな?」
「教えるわけないでしょ、部外者のアナタに」
そりゃそうだな。
「さっき捕まえた従業員の記憶を読んで、能力者との関わりが浅いようだったら能力者に関する記憶だけを消して、オモテの生活に戻すっていう処置だ」
「ちょ…!なにをベラベラと」
「もちろん店長やオーナーは能力者の記憶だけを消せるほど浅い繋がりなワケはないし、消せたとしても罪はちゃんと償ってもらう。助かりそうなのは、せいぜい女の子たちくらいだな」
「へぇ」
「ハァ…」
俺の聞きたい事は清野が全て答えてくれた。
代わりに、大月は盛大なため息を披露してくれた。
捕まえた人間の処置の内容は口外無用だったのだろう。
それを、ただの一般人の俺にベラベラと喋った清野に対して大月が呆れるのも無理はない。
「こういうとこよ」
「ん?」
「こういう行動の数々が、コイツを特対の専任にしない大きな理由よ」
「…」
大月は呆れ口調で、先ほどの話題の続きを口にした。
"こういう行動"というのは、恐らく規則違反のことを指すのだろうが…
「コイツは上の命令を全く聞かないの。加えて普段の行いもサイアク。だから本来であればやらなくて良い兼務をさせられて、特対から遠ざけられているの。いい?アナタのお友達は能力者でありながら、能力者絡みの捜査にはほとんど参加できない爪弾きモノなのよ」
「あー…」
「…チッ」
3年前の組織改編でオモテの部署と兼任をする必要がないにも関わらず、清野が神多交番勤務になっていた理由はそういうことか。
コイツは上司に疎まれ、オモテの部署に追いやられていたってワケだ。
こう言うと他の地域部の人に大分失礼だが、能力者の警官からすればそうなのだろう。
素行に関しては間違いなく問題児だ。
何せ俺が交番に顔を出すたびにコイツは、タバコ吸っていたりゲームやっていたりタバコ吸いながらゲームやっているのだから。(あと押収品の拳銃を着服するし)
神多の平和よりもランドソルの平和を守ってるとかほざいているし、正真正銘純度100%のダメ警官だ。
だが命令違反に関しては、コイツが誰彼構わず盾突くとは思えなかった。
確かに昔から気に入らないセンコーの言う事は聞かないヤツだったが、尊敬するセンコーには素直に従っていた。
現に先ほどの鬼島という警官に対しては、大層尊敬と感謝をしていた。
なのでコイツが上司のいう事を聞かないのは、何か理由があってのことだろう。
「どう?」
「ん?」
大月が急に俺に質問を投げかけてきた。
だが主語がはっきりしないせいで、何を聞かれているのか分からず逆に聞き返してしまった。
「コイツのことよ。見損なったでしょ?」
「ああ…」
どうやら大月は清野が交番勤務になっている理由を聞かせて、清野に対する俺の評価を落としたかったようだ。
しかし残念ながら、俺の中で清野の評価は上がりも下がりもしていなかった。
「別に何とも思わないな」
「はあ?」
「確かにこのネタで、向こう1年はコイツを弄り続けることが決定したけど」
「チッ…だからヤだったんだよ、この話すんのは…」
「けど、コイツの評価は変わらないな。ていうか、最初から立派な警官になれるなんて思ってないし。普段から交番で勝手しているし、今更上司の命令無視なんてやっぱりなとしか思わん」
「よく分かってるじゃねーか」
先ほどまでバツが悪そうにしていたクセに、急に開き直ってでかい態度なのも清野の良いトコと言えるな。
だが大月は俺のリアクションが思っていたのと違い、大分つまらなさそうだ。
「コイツがコイツなら、友達も友達ってことね…」
「良かったな清野、同僚から褒められてるぞ」
「ああ、嬉しすぎて吐きそうだ。オエ」
俺に放たれた嫌味を華麗にスルーパスされた清野は、白々しく口に手をあてて吐く真似なんかしている。
対して大月は不機嫌さをさらに増していた。
「はあ…なんで鬼島さんはこんなヤツに任務なんか頼むのかしら…私に言ってくれればコイツよりもすぐに解決できるっていうのに」
「そりゃー、鬼島さんの中ではオメーより俺の方が評価が上だからだろ?」
「飲みすぎて脳みそが止まっているのね。気持ち悪い妄言が垂れているわよ」
「いい加減現実を受け止めろ。足踏みはそろそろ止めようぜ?な?」
大月のちょっとした口撃から、清野も売り言葉に買い言葉で返し、段々とキツイことを言い合うようになる二人。
このままだと口喧嘩に発展してしまうと思った俺は、割って入る事にした。
「おい二人とも、もうその辺に…」
「そういやぁ鬼島さんがこの前、そろそろ補佐を変えたいなーって言ってたな。もっと優秀で性格の良い子が入って来たって」
「っ!」
清野が鬼島の補佐の話をした瞬間、周りの空気が変わった。
前方にいる大月から放たれる強烈な圧が、ひしひしと俺の肌に突き刺さる。
直接向けられているのは清野だが、近くにいる俺も圧されるほどのプレッシャー。
これが長年能力者を相手に仕事をしていた者の力か。
これに当てられた清野も、大月に対して強い怒りを発していた。
先ほど一緒に戦い、そして今隣にいる俺には、清野が既に臨戦態勢であることが容易に感じ取れていた。
口喧嘩なんて生易しいもんじゃない。
あと一押しで、こいつらここでガチバトルをおっぱじめるところまで来ている。
「鬼島さんには、『囮捜査で負ったケガが原因で、帰宅中に殉職した』と伝えておくわ」
「一気に2階級特進なんて、鬼島さんも喜ぶぞ。地獄への良い土産ができたな」
この二人、いよいよ始めちまいそうだ。
俺は周囲を見渡した。
まだ神宿駅周辺には多くの人が行き来している。
今ここでバトルなんてしたら、大勢の一般人に見られるどころか、ケガなどをさせてしまう恐れがある。
今の二人が加減するほどの理性を残しているとは到底思えないし、能力者の存在がバレるだけでもアウトだ。
二人の立場上、厳罰は免れない。
俺が何とか止めなければ。
どちらか片方を無力化してしまえば早く収まるかもしれないが、生憎二人とも手練れだ。
ましてや大月の能力は全くの未知数。
俺が不意打ちをかまして何とかなる可能性は正直分からない。
であれば、俺が取るべきは攻撃ではない。
俺は大きく息を吸い込み、肺に思い切り空気を溜めた。
更に能力で声帯などを強化し、準備完了。
さぁ、俺の伝家の宝刀を食らえ。
「破っっっっっっ!!!!!!!!!!」
俺は地面に向かって、ものすごい大きな声で叫んだ。
大気が震えるのを感じる。
西田の時にも使った音響攻撃だ。
ただし、目的は二人の無力化ではない。
「くっ…!」
「何っ…?」
一触即発だった二人は、突如発せられた大音量に耳を塞ぎ苦悶の表情を浮かべている。
だが、行動不能になる程ではない。
数秒もしないうちに回復するだろう。
しかし…
「何だ今の音…?」
「…どこから?」
「びっくりしたあ…」
「あの三人がなんかやってるの…?」
周囲に居た人たちが、音の出どころであるこちらに注目していた。
反応はそれぞれで、喧嘩だと思う者、事件・事故だと思う者、自然現象などなど…
だが俺にとって周囲の反応はどうでもよく、重要なのは注目を集めることのみであった。
「…ちっ」
「…ふんっ」
頭に血が上り周囲の目などお構いなしだった二人も、流石に戦う前から注目されてしまっては続行することは不可能なようだ。
二人とも先ほどのプレッシャーは鳴りを潜め、冷静さを取り戻していた。
水を差され不完全燃焼といった表情だが、能力者バレするよりかはずっとマシだ。
注目していた周囲の人たちも、俺たちに動きが無くこれ以上の進展が無いとみるや興味を失い、やがて散り散りに去っていった。
そして
「…私帰るわ」
「おう、じゃあな大月サンよ」
「ケッ」
それからすぐ、大月は不貞腐れながら帰っていった。
同じく隣で不貞腐れる清野を尻目に、俺は大月に別れを告げた。
しかし、本当何事もなくて良かった。
まさか二人があそこまでキレるとは思わなかった。
最悪、大月を切り捨ててでも清野を助ける算段は立てていたが、そうならなかったのは幸いだ。
「悪かったな…」
「ん?」
「変なことに巻き込んじまってよ」
「ああ…」
殊勝なことに、あの清野が素直に謝ってきた。
あまりにも珍しいので、こちらもどう返事をして良いか分からず曖昧な相槌しか打てずにいた。
「俺もハシャいじまってな…気が大きくなってたかもな。お前が機転を利かせてなかったら二人ともヤバかった…と思う。アイツは鬼島さんのことになると結構ムキになるクセがあってな…分かってて、弄りすぎちまった。ちと大人げなかったな」
「…何をそんなにハシャぐようなことがあんだよ」
俺は苦笑いしつつ聞いた。
確かに酒は入っているし、囮捜査とやらも無事成功した。
そのせいで多少浮かれるのは分かる。
だが、分かってて大月の譲れない点を突いてマジ喧嘩寸前まで行くようなタイプでもなかっただろうに。
一体どうしたんだ?
「…能力に目覚めてからはよ、お前や他のヤツらとたまに遊んでも、どこか壁を感じちまってな。まあ、能力秘匿の義務のせいなんだが…。この8年間、本当に心から通じ合えるダチが居なくなって、ずっと一人でさ。だからお前が能力者に覚醒したと分かって、ついテンション上がって…」
「…」
「って、何言ってんだろうな。飲みすぎちまったクソ…」
清野の照れながらの独白。
それを俺は静かに聞くだけだった。
正確には、自分のバカさ加減に呆れて言葉が出てこなかったからだ。
俺は先ほどまで、10年来の大事な友人にも能力を明かすことのメリットとデメリットを天秤にかけ、話す話さないなどと考えていた。
だが目の前の清野は、俺が自分と同じ世界に来たことを純粋に喜んでくれている。
普段は取らないような行動を取るくらいハシャいでいるというのだ。
それを目の当たりにして、俺だけが能力を隠すなんて真似は有り得ない。
相手が友人であっても、みだりに自分の能力を明かさないのは合理的な考えだが、俺にはできそうもなかった。
「8年も待たせて悪かったな、清野」
「…へっ」
「実は、もう一つお前に話さなきゃならないことがあるんだ」
「あん?」
そう言うと俺は、清野の足元に転がっている真っ二つになったコーヒーの空き缶を拾い上げた。
そして缶の切断面を合わせるようにくっつけると、能力を使い元の状態に戻した。
そしてそれを清野に手渡した。
「ホレ」
「ん?…うおっ!?」
俺から缶を受け取った清野は、前のめりになり座っていたガードレールから落ちそうになった。
「…?は…?え…?」
何とか転ばずにはいられたが、受け取った缶の異様さに疑問符を浮かべている。
俺は能力で缶のライフを回復、つまり切断された状態を元に戻した。
更に重さを5キロにまで上げ、
先ほどから清野が不思議そうに弄っている高さ15センチにも満たないコーヒーの空き缶は、重さ5キロの柔らかい金属で出来た世にも奇妙な缶に姿を変えたのだった。
「これが俺に目覚めたあらゆるモノの数値を操る能力だ」
__________________
「そんな能力、今まで聞いた事ねえな…」
俺は清野に、自分の能力をざっくりと説明した。
8年間警察で勤務していた清野でも、初めて聞く能力だったようだ。
結構レアなんだな、これ。
「確かにスゲエ能力みたいだけど、なんで俺に話した?さっきまで隠してたろ?」
清野の言う通り、先ほどまでは開泉者のフリをしてやり過ごそうとしていた。
だが友人に隠すのは違うなと思ったから話した…などと素直に言うのは恥ずかしいので。
「まあ、何となくな…俺だけ清野の能力を知ってるってのもフェアじゃないし」
と誤魔化した。
さらに
「それに警察なら、能力を探す能力者なんてのも居そうじゃん?後で隠してるのバレても感じ悪いかなって」
などともっともらしい事を一言付け加えておいた。
しかし完全に思い付きで喋ったのだが、清野からは予想外の反応が返って来た。
「能力を探し出し、内容を知る能力者は確かに警察に居た。けど1年前に突然自殺しちまった」
「自殺…?」
「ああ、そして俺は今もその犯人を探している…」
清野の表情が強張り、声のトーンが一段低くなる。
そして自殺と言い切っておきながら、犯人を探していると言った。
「なあ卓也…お前には俺が、おかしなことを言っているように聞こえるか?」
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