第29話 エリート養成機関

「"プロパーが誰の事を指すのか"だけを言っても分かりづれーから、まずは俺らの組織の構造から説明してやるよ」

「ああ」


 プロパー職員を説明するにあたって、まず土台となる警察組織の事を教えるという清野。

 なんとなく気になって聞いただけだったが、思いのほか話が長くなりそうだった。

 しかし、警察の事について内部の人間から情報を得られるのは貴重な機会なので、俺は喜んで聞くことにした。



「…と、その前に」


 清野はポケットからタバコを取り出すと、おもむろに一本吸い始めた。

 じっくり肺にため込んだ煙を夜空に向けて吐き出すと、白い息はやがて宵闇に溶け霧散した。

 ひとしきり吸い満足感を得た清野は、左手に持ったタバコのボックスをこちらに差し出してきた。


「ホレ、吸うか?」

「ああ、いや、止めとくよ」

「嫌いだっけか?ピース」


 清野の吸っているピースという銘柄は、バニラの甘い香りのするタバコだった。

 人によっては苦手だというが、断った理由はほかにある。


「やめたんだ、喫煙は」

「ああ、そう」


 特段興味もなく話を流すと、清野は語り出した。


「じゃあまず、警察の中でも俺が所属するのが、刑事局 特殊犯罪対策部 第3課ってところだ。通称 特対3課って呼ばれている。ちなみに鬼島さんは特対部長代理で、後ろにいた大月って女は1課だ。ここ重要だから覚えとけよ」

「ああ…」


 俺は説明を聞いていたが、所属部署以外の情報に気を取られていた。

 清野を睨んでいた女が大月というのであれば、やはり二人は真白の話に出てきた5年前に南峯の家を訪ねてきた警察官で間違いなさそうだ。

 清野をスカウトしたのが8年前で、そこからずっとツーマンセルで動いていたのか…


 思わぬところで話が繋がった。

 しかも今日の午前に聞いた話が、夜の話に繋がるとは面白いもんだ。



「それでだ、特殊犯罪対策部なんて部署は3年前にできたばかりで、その前はって部署があったんだ。」


 真白の説明にもあった、あの二人の所属している部署名だ。


「それが3年前に部署名義変更をして、今の部署になったってワケか」

「いいや、名義変更なんてしてねぇ。特対は新設された部署だぜ」

「ん?わざわざ部署を解体して、新しく作ったのか?面倒くせえな」

「それも違う」

「はぁ?」


 何言ってんだコイツ、東大謎トレでも仕掛けてきてるのか…?


 清野の言う事がイマイチ掴みきれず、頭を働かせて考えていた。

 すると一旦話を切った清野は、自分のポケットをまさぐり何かを取り出した。


「コイツが何かわかるか?」


 清野が俺に見せたのは警察手帳だった。

 先ほど鬼島にも見せてもらったので、間違いはない。

 ただし鬼島のものと一つ違うところがあった。


「警察手帳だろ?でも中身は…からっぽかそれ?」


 清野が見せた警察手帳の、記章ではなく本来写真や名前・所属が書かれている方には何の情報もなく真っ白だった。

 だが清野は


「書かれているぜ、?」


 と、言った。

 一見何も書いていないように思えるが、書いてあるというのならを使って見ろということだろう。


 俺はサーチを使い、真っ白な手帳を見つめた。

 すると、何も書かれていなかった箇所にボンヤリと光が浮かんできた。

 その光はやがて文字となり画像となり、清野の身分を証明するようかたどられた。

 そこには「超常犯罪対策部 清野誠」と書かれていた。


「見えたか?これは以前俺が使っていた身分証明だ。ただし、証明するのは一般人にじゃない…」

「能力者に…か」

「そうだ。超対は警察官の中でも能力者だけが入る事の出来る、表向きには非公式の部署だ。だから解体も何もない。元から一般の警察官などにとってはだったんだからな」

「なるほど…」

「で、その体制に異議申し立てがあって、3年前に特対が設立されたってワケだ」

「異議?」

「ああ。超対が表向きには存在しない部署ってことは、専任になってしまうと警察官としての身分が証明できないんだ。だから一部を除いて他部署との兼任ということになっていたんだ」

「それもそうだな。その警察手帳を一般人に見せても、ガワだけしか見えないしな」


 最初に清野から見せられた時の俺みたいなリアクションになるだろう。

 能力者犯罪の捜査をしていても、一般人に聞き込みとかする際に身分証明をする機会はあるだろうしな。


「んで、兼任っつーことで、普段は超対じゃない方の業務をしていて、有事の際は超隊の方の仕事をするということになってんだ」

「メインはもう一つの方ってことになってんだもんな」

「そうだ。ところが最近の多種多様な犯罪に対し、手が空いている者だけで対応するのが難しくなってきたこと。職員の負担がかなり大きい事、一般職員の不信感、やりくりする管理職の限界などなどなど…諸々の理由で兼任の体制が維持できなくなっちまって廃止されたんだ」



 清野曰く諸々の理由とは、能力者犯罪で例えば炎を操る相手に対して有効な水使いが適宜用意できないとか、集団能力犯罪で頭数が揃えられないとか。

「手が空いている」という状態の多くは非番・休暇を意味するので、職員から「我々はいつ休めばいいんだ」というクレームが昔から多かったとか。

 稀有な能力を持つ職員は休暇中じゃなくても直属の上司よりさらに上からの指示で持ち場を離れる事があり、何も知らされない職員からの「アイツはしょっちゅう持ち場を離れるな」などの不満が募っていること。

 ここ最近の犯罪件数の増加に、兼任かつ管理職の負担も限界を迎えたことなどが挙げられるそうだ。


 なるほどどうして、どれも納得の理由だったが、むしろ今までよくやってこれたなという感じだ。

 清野は、そもそもの能力者犯罪数が増加の一途を辿っていることと、敵能力者の質が上がってしまったことが大きいと語っていた。

 それまでは、もちろん厳しいのは変わりなかったが何とかやれてたのだという。


 まあそれも清野の主観でしかないワケで。

 若くて体力のある職員なら良いが、表で立場のある人間や体が弱いものにはハードワークはキツかっただろう。

 それに若い職員は遊びたい年頃だろうに、プライベートまで気が休まらないのでは続けられなくなる。

 多分清野が言うよりもずっと前から限界が来ていたとみるべきだ。



「とまあそんなワケで、今の特対ができたってこった。特対は表向きにもちゃんと存在する部署だから、能力者たちはどこかと兼任する必要が無く、能力者犯罪に集中できるって寸法よ」

「他の一般職員からはどういう認識の部署なんだ?そこは」

「文字通り【特殊犯罪】を取り締まる部署ってことになっているが、活動の多くは伏せられているからな。一定の不信感はあるだろうよ」

「そりゃそうだろうな」


 部署立ち上げと同時に様々な部署の人間が異動しただろうが、普通の人が辞令を見てそいつらが能力者という共通点を持つことなど分かるハズもない。

 能力の事を隠しながら生活するのが辛いというのは、警察官も同じかもしれないな…



「話は大分戻るが、卓也、俺の所属するのはどこだったか覚えてるか?」

「ん?特殊犯罪対策部だろ?」

「その先は」

「第3課」

「そうだ、そして第3課は、で構成されている課だ」

「そんな分け方をしてるのか、面白いな」

「ああ、そして第2課だが、ここには警察官になった後で能力に覚醒した人間、つまりで構成されている」

「なるほど。確かにそういう人が居てもおかしくないもんな」

「そして、第1課だが、真のプロパー職員ってのはここに所属している人間の事を言う」


 清野はたっぷりともったいぶるように溜める。


「もったいぶってないで、早く言えよ」

「そう焦りなさんな。第1課はある施設の出身者で構成されてんだ。それがよ」


 清野はタバコを持っている右手を俺の前に差し出す。


「コレって…タバコがどうかしたか?」

「ちげーよ。ピースだよピース。ピースって施設の出身者がここ1課にいんだよ」

「だからピースって何の施設なんだよ…?」

「あーちょいまっちー…確か施設の写メ撮ってたな」


 清野はスマホを操作し、なにやら写真を探していた。

 一瞬、警察職員でも知らない部署の内部施設のことを話していいのか? と思ったが、ここで指摘して途中で止められても困るので黙ることに。

 それにもうここまで聞いておいて、今更心配しても野暮だろうと思ったからだ。


「あ、これだこれ、ホレ」

「どれどれ…」


 清野が目当ての写真を見つけたようで、俺にそれを見せてきた。

 そこには研究所のような施設の外観が写されていた。

 立派な両開きの門扉に、警備員の詰め所があり厳重に管理されている様子だった。

 これがピース平和という施設か。


「あともう一枚…」


 清野が画面をフリックすると、今度は施設の看板のような画像が映し出された。

 そこにはアルファベットでこう書かれていた。


【P I E C E】

 Psychic

 Institute

 Education of

 Children for

 Elite


 優秀な子供たちを教育する超能力の研究所…みたいな意味だろうか。

 それぞれの単語の頭文字を取って、ピースPIECE


「ってか、綴りちげーじゃん!」

「え?」

「お前の持っているタバコはPEACEで、こっちはPIECEだろうが!」

「…まあ、細けーことは気にすんなよ!ハハハハハハ!!」

「…まあいいや」


 多分、平和という願いもかかっているハズだろうしな、うん。

 しかし…俺ももっと勉強しとくか、英語…とりあえずTOEICの勉強から。

 こうはならんようにな。



 笑ってごまかしていた清野は、ようやく普通のテンションに戻り続きを話し始めた。


「オホン!ここはな、どういう基準か分からんが全国から連れてきた18歳未満の素質ある子供たちを育てて、優秀な能力者にするための施設だ」

「優秀な能力者って…そんな教育方法があるのか?」

「さぁな、俺も実際受けたワケじゃないし、同じカリキュラムをやっても開泉すらしない人間もいるからな」

「そうなのか」


 素質ある人間が能力に目覚める手伝いをするのがこの施設の教育ということか。

 まあ、素質ってのがなんなのかすら俺には分からないけれども。


「そしてピースには2があってな、に分かれる。前期課程は能力覚醒訓練を中心に一般教養などの基礎を身に着ける。後期課程は能力に覚醒した人間が受けることができ、そこでは徹底した知識の習得、武術鍛錬、精神鍛錬、能力鍛錬など、スーパーエリートとなるためのカリキュラムをこなす。話によると、警察学校よりも断然厳しい訓練らしい」

「そんなにか…」


 映画とかにある、感情のない優秀な兵士を育てるための訓練施設みたいだ。

 それがこの国にもあったとはな。


「そして警察試験合格までに後期課程に進めた中で、1課に配属される。こいつらをプロパー職員と呼ぶのは、俺みたいなヤツよりもっと前から警察の内部組織で訓練を受けているからだ。同い年でも歴がまるで違う」

「そういうことか…。でも完醒状態だけって…」

「そう、ピース出身だからって全員が1課に入れるわけじゃない。開泉止まりだと4課に配属になる。元一般職員だろうが中途だろうがピース出身者だろうが、開泉者は全員4課になる」

「そこは出自関係ないのね」

「俺は裏ではそいつらのことをバニラって呼んでいる」

「ゲームかっ」


 バニラとはゲーム用語で、なんの特殊能力も持たないキャラクターを指す。

 開泉して身体能力は高いが固有能力のない職員のことを、こいつはそう呼んでいるのだ。

 ピースといいバニラといい、小粋なジョークを飛ばしてきやがる…

 ウザイ


「さらにピースで能力者になれなかったヤツは一般職員になる。もちろん能力の事は他言無用だが、前期課程ですら相当厳しい訓練だから、優秀な一般職員になることが多いらしい」

「ほー…考え方次第だな、そこは」


 鶏口牛後。

 特対で落ちこぼれるより、一般職員の中で活躍して社会に貢献できる方が幸せな時もある。

 入職したら特対とそれ以外の部署が一緒に仕事をするなんて機会もあまり無さそうだし、見るたび嫌な気持ちになる事も少ないだろう。


「そして5課がバックオフィスだ。能力者ではあるが任務に向かない能力だったり、捜査等できないようなケガをしたヤツがここにいる。事務仕事なんかをここでやってもらっているぜ。ちなみにピース出身者はここには入らない」

「はぁ…しかしこう言うのを聞くと、それぞれの課の対抗意識とか凄そうな構造だな」


 なんとなく俺が素直な印象をこぼすと、清野が「待ってました」と言わんばかりに話しだす。


「もうめっっっっっっっっっっっっっっっっちゃ意識すげえよ!!特に1課は、ピースの中でも早く後期課程に行けた奴ほど厳しい訓練を長期間受けるから、遅くに後期に来たヤツのことを下に見てんだよ。あと言い忘れてたけど、18歳未満で能力に覚醒してスカウトされて来たヤツは18歳までの期間をピースの後期課程で過ごすから。ここでもまぁ~ダルいマウントの取り合いよ!」


 第1課は選民思想の強い人間が結構多いらしく、態度のウザさなどを力説された。

 そして清野の想像によると、1課の中のヒエラルキーはこのようになっているという。



【1課 ピース出身完醒者(後期課程長い)】>【(後期短い)】>>>2課>3課>>>4課 一般など>4課 ピース出身開泉者>>>>>>>ピース出身 一般職員(論外)



 開泉者が集まる4課の中でピース出身者の評価が低いのは、「ピースの面汚しだから」だそうだ(全部清野の独断と偏見だが)

 ただし、4課から完醒者になることもあるらしく、そいつは1~3課のどこかに異動になるということだ。

 ただし、ピース出身の4課が1課に行くと、結構酷い扱いを受けるという事らしい。


「じゃあ最初に言っていたあの大月ってのは、1課だし歴も長いみたいだしヒエラルキーのかなり上位にいるんじゃないのか?」


 清野がスカウトされた時に既に鬼島の補佐をしていたということは、8年前には能力者だったことがわかる。

 今の年齢がいくつかは知らないが、相当昔から警察官として活動していたんじゃないか。


「ああ、大月は12年前、8歳の時にピースに連れて来られた。そして10歳の時に完醒者となり、以降後期課程を受けながらもちょくちょく鬼島さんの手伝いをしていたんだ。警察官になったのは2年くらい前だが、能力者歴で言えば俺よりも先輩だな」

「じゃあ、ハイスクールヒエラルキーでいやぁ、アメフト部のキャプテンと付き合っているチア部のエースってとこだな」

「なんでアメリカンで例えた」


 なんとなく

 まぁ、おかげで警察組織の事が良く分かった。


 ・その昔、能力者の警察官は、超常犯罪対策部とどこかの部署の兼務で活動していた事。

 ・超常犯罪対策部は表向きは存在しない非公式部署だという事。

 ・3年前に特殊犯罪対策部という公式な部署になり、多くの能力者はそこの専任になった事。

 ・特殊犯罪対策部にはいくつかの課があり、職員の出自により分けられる事。

 ・1課にはピース出身の完醒者、2課には元から警察に所属していた完醒者、3課には完醒してから警察になった者、4課には開泉者が、5課にはその他サポート役が配属される事。

 ・ピースという、警察官になる前の子供を鍛え、優秀な能力者に育成する組織が警察内部に存在するという事。

 ・ピースには主に能力覚醒を目的とする【前期課程】と、覚醒後の能力者を鍛える目的の【後期課程】という2つの段階が存在し、外部で見つけた未成年の能力者は後期課程に入るという事。


 こんな感じか…


 あれ、でも待てよ…


「なあ清野、特対になってからは他と兼任になる必要はないんだよな?」

「そうだな。元々一般部署の重要なポジションにいた、とかじゃなければ原則は専任だ」

「だよな。ならなんでお前は神多交番の勤務なんだ?確か地域部の仕事だろありゃ」

「…」


 清野はバツが悪そうに黙ってしまった。

 あれ、俺なんか(変な質問)やっちゃいました?

 もごもごと喋りかけるかかけないかという状態を繰り返している清野の代わりに思わぬ人物が俺の疑問に答えたのだった。


「ソイツが不良警官で手が付けられないから、遠ざけられているのが理由よ」

「お前…」

「アンタは確かさっきの…」



 甲州街道のガードレールに座って話している俺らの前に、先ほど鬼島の後ろにいた大月という警察官が現れたのだった。


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