第28話 あともう一杯
ウイスキーを割るのに使っていた水やソーダが清野を守るため形を変え、飛んできたナイフやフォークを見事にキャッチしていた。
改めてサーチを使い清野を注視すると、彼の全身を覆っているエネルギーの量が、彼が能力者であることをハッキリと証明していたのだった。
清野はポケットに両手を突っ込みながら、呑気にチーズ鱈を口にくわえ襲ってきた敵能力者の方を見ている。
敵の方も非常に驚いた様子で清野を見ている。
俺はそんな二人を交互に見ることしかできないでいた。
完全に蚊帳の外だ。
「っ!」
先に動いたのは敵の方だった。
水にキャッチされた食器ではなく、俺に当て損ない床に刺さった食器を再び動かそうと手をかざす。
すると床に刺さった食器がカタカタと音を立てて動き出そうとした。
しかし次の瞬間。
「ぐガッ…?!」
敵の近くにあったデキャンタから伸びた赤い触手が、すばやく敵の喉元に食らいつきそのまま敵を上に持ち上げ天井に叩きつけた。
恐らく赤ワインを操ったであろう清野は、相変わらずポケットに手を突っ込んだままだ。
予備動作もなくあれほどのスピードで水を操るのだから、能力の練度が高いことは疑う余地もなかった。
天井に勢いよく叩きつけられた敵は、赤ワインの触手に持ち上げられたまま宙ぶらりん状態となっていた。
苦しそうにうめき声をあげている敵を、さらに壁、床と連続で叩きつけ完全に沈黙したところで触手は敵を離し、元のデキャンタに戻っていった。
いや、清野が操作して戻したのだろう。
そして、ホールに立っている人間は俺と清野だけになった。
「なあ、清…」
俺が声をかけようとしたところで、既にスマホを取り出していた清野は誰かと会話をしていた。
「俺です。店内の敵は全員無力化しました。開泉者2名、完醒者1名、情報通りです」
『了解、突入する』
ちゃっかり聴力を強化していた俺は、清野と男の会話を盗み聞きしていた。
どうやら誰かに報告をしていたようだった。
そして1分もしないうちに、店の入り口のドアが開かれた。
店内には透明な盾と警棒を持った人間が4、5人入ってきた。
着ている制服から、一目で警察官だということが分かった。
ただし、普通の警察官と違って、全員が能力者だった。
全身をエネルギーが覆っているのがサーチで分かった。
「お疲れ様」
「清野サン、お疲れ様です!」
「バックヤードはアッチね、オーナーとか店長とかがそっちに行ったからヨロシク」
「はっ!」
清野の指示を受け、警察官たちはバックヤードに突入する側と、ホールで伸びている用心棒を拘束する側に分かれ、スムーズに作業に取り掛かった。
最低限の指示だけでここまで効率よく仕事ができるのは、統率が取れている証拠だ。
そして最初の突入から遅れること数分、さらに二人の人間が店内に入ってきた。
「お疲れ様です、鬼島サン」
「ご苦労だったね、清野君」
「……」
清野に声をかけたのは、鬼島と呼ばれる4、50代くらいの男性だった。
黒のスーツを身に纏っており、なんとも貫禄のある風貌はベテラン刑事といった雰囲気を醸し出していた。
男性から少し下がったところには、パンツスーツを着こなし不機嫌を全く隠さない表情でそっぽを向いている小柄な女性が立っていた。
おそらくこの二人も能力者なのだろう。
「それで、そこの彼はどちら様かな?」
ベテランっぽい方が俺を指して清野に訪ねた。
俺からしたら、アンタらは誰でこの状況はなんだと聞きたいところだったが、黙っていた。
「彼は民間の協力者で、私の友人です」
「そうだったのか。自己紹介が遅れて済まないね。私はこういう者だよ」
「はぁ…」
目の前に掲げられた警察手帳には【警察庁 刑事局 特殊犯罪対策部 鬼島正道】
と書かれていた。
そういえばさっき、真白がいのりの昔話をしていた時に出てきた刑事がキジマだったような気がしていたが、どうだったかな…
まあ漢字も分からないし、今はどうでもいいか。
「私は清野の高校の同級生で、塚田といいます。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。彼がここに連れてきたという事は、能力者という事でいいのかな?」
「ああ、はい。つい最近、なりましたね」
いきなり警察に引き合わされてしまい、俺はどこまで話してよいか分からず横目で清野をチラリと見やる。
すると通じてか通じていないかは分からないが。
「彼には何も言わずここに連れてきたので、もう一杯どこかでやってきますね。そこでちゃんと説明しておきます」
と、フォローを入れてきた。
「ふむ…、まあ、じゃあ、よろしく頼むよ」
ベテランは少し困ったような、呆れたような感じで許可をくれた。
俺らが話している後ろでは、先ほどのオーナーと店長その他スタッフが連行されていくのが見えた。
出入り口から出ていく直前、オーナーがこちら(主に清野)を睨んでいたが清野はどこ吹く風といった様子で気にもしていなかった。
「おし、行くぞ」
「お、おお」
「鬼島サン。スミマセンが、あとは任せますね」
「ああ、ご苦労様。明日はゆっくり休んでくれ」
清野は「ウス」と軽く返事をすると俺を従えて店の外へ向かった。
すれ違いざま、鬼島の後ろに立っていた女性が清野を睨んでいたのだがそれも清野は無視して進んでいった。
_____________________________
バスター神宿
神宿駅南口に数年前にできた建物の名称で、駅周辺十数か所に散っていた高速バス乗り場などを集約し、そこにタクシー乗り場を加えた施設となっている。
神宿駅新南口にも直結しており、隣にはオフィスとテナントが入った複合ビルが併設され、新しい神宿の名所となった。
そして俺は今、バスター神宿の前を通る甲州街道のガードレールに腰を掛けていた。
バスター前の歩道はかなり広く作られており、そこを多くの人が行き交っている。
現在の時刻は23時くらい。
この辺で飲んでいたであろう若者が帰宅する電車に乗るため覚束ない足で改札へ向かったり、スーツケースを転がしながら女の人がバスターミナルから出てくる様子をぼーっと見ていた。
俺が今座っている位置から甲州街道を挟んで背中側には、神宿ルミナスという商業ビルが併設された旧南口改札がある。
そちら側の歩道もかなり広く、夜になるとストリートミュージシャンや漫才を披露するパフォーマーが10メートルおきぐらいにいる。
パフォーマーの前にはお客がまばらに集まって、そのパフォーマンスを見ていた。
「ほれっ」
「…っと」
清野は俺を残しどこかへ消えたかと思えば、缶コーヒー片手に戻ってきた。
そして二つある缶コーヒーのうちの一つを俺に投げてよこしてきた。
プルタブを開ける音が同時に聞こえ、お互いブラックのコーヒーを軽く口に含んだ。
夜とはいえまだまだ暑いこの時期に、アイスのブラックが染み渡る。
ブラックBOTH最高だ。
もう一杯と言うのは、どうやら缶コーヒーのことだったようだ。
先ほどの店であれだけタダ酒を飲めたし、まあ文句はない。
それにこれからお互い話すであろう話題を考えると、こういう誰も聞き耳立てていないような広いスペースが丁度良かったかもしれない。
「あのさ」
「あのさ」
ガードレールの隣に腰かけた清野と、話し出すタイミングが被ってしまった。
といっても、一言目はもう分かっているので、聞くまでもないのだけれど。
「能力者になってたんだな」
「能力者だったんだな」
ここも同時だった。
清野がジェスチャーで「先に喋れ」と促してきたので、俺から話し始めた。
「俺はまあ、先週くらいかな?異変に気付いたのは。いつの間にか力が強くなっていてさ。原因は知っての通り、先日俺が巻き込まれたビル倒壊事故だろうって」
俺は、警察組織に居る清野は「事故で能力が覚醒することがある」ことを知っている前提で、まず今の状態を大まかに説明をした。
なので清野は説明の別のところに引っかかった。
「それは誰に言われた?」
「Neighborって名乗る組織の人間が昨日俺に接触してきて、能力の事とか警察の事とか基本的な事はそこで聞いた」
次に俺は神のゲームの事は伏せつつ、自分に起きたことを簡潔に清野に話した。
ビル倒壊事故の事は既に知っているので、ゲーム終了後…つまり俺が能力に目覚めた設定にしている、1週間前から昨日までの事についてを。
力が強くなったこと、目に力を込めると変なものが見える事、そして能力者で構成された組織に接触した事について。
ハッキリとは言わなかったが、あたかも開泉者であることを装う感じで。
恐らく、清野に俺が能力者バレしたとしたら今日の夕方に手配書を見ていた時だ。
だからサーチが使える事を隠すのは話がややこしくなるので、素直に打ち明けた。
「先日お前が事故の事について調べてほしいと言ってきた時に、なんとなく目覚めかけている感じがしたんだが、今日改めてお前を見た時に覚醒してると確信したよ」
「それで、俺を囮捜査に同行させたのか?」
「…その通りだ。悪かったな、黙って危ないトコに連れて行っちまって」
「別にいいさ。結果的にお互い無傷だったわけだし」
そう。先ほどの状況から見て、清野はぼったくりバーに客を装い潜入しオーナーを摘発するという仕事を請け負っていたのが分かった。
ただし、普通の捜査ではなく能力者絡みの案件だ。
そこに俺を連れていき、様子を見ようとしたのだろう。
なんというか、強引なヤツだ。(昔からだが)
「さっきの店は指名なしの一見客をカモにしている悪質なぼったくりバーでな。
それだけなら俺が出る幕は無いんだが、用心棒に能力者を雇っているってタレコミがあったんだ。それで俺が一人で行く事になった」
「なるほど、そこに俺が丁度現れたと」
「そうだ。本当は見せるだけで相手と戦わせるつもりは無かったんだが…ずいぶんと慣れてたな、戦いに。先週目覚めたにしては、無傷で開泉者を一人倒してたな」
…そりゃそうだ。
こんなんでも、3回死にかけて、1回は命を諦めた。
逆に命を譲ってもらって、おめおめと生き延びちまったが…たかがゴロツキに今更遅れを取ったりはしない。多少は死線を潜り抜けた。
「色々と動画を見て、勉強したんだよ」
「ふーん…」
もちろんそんな事言えるはずもないが、誤魔化せている感じもしない。
あえて深くは聞いてこないだけだ。
「ま、いいや。次は俺の番だな」
「ああ」
「俺が能力に覚醒したのは高3の時だな。夏休みに行った海で、実は溺れちまってよ。そん時にコイツが使えるようになってな…」
そう言うと、清野は缶の中にあるコーヒーを操り空中に浮かべて見せた。
そしてコーヒーが抜けて空になった缶を掌の上に乗せると
「ほい」
コーヒーを薄い刃状に変形させて、掌の上の缶を軽く撫でるように通過させた。
直後、カランと音を立て硬いスチールのコーヒー缶の上半分が、アスファルトの道路に転げ落ちた。
店で見た【水を操る能力】だ。
先ほどは敵を捕まえたりナイフをガードしていたが、こんな芸当もできるのか。
応用が利き、かつ熟練度もかなりのものだ。
掌に残った缶の断面がナイフのように鋭く綺麗だったのが印象的だった。
清野は空中に残っているコーヒーを操り自分の口の中に流し込むとそれを一気に飲み込んだ。
「で、まあ警察に入ったいきさつなんだが、あんときゃ銃が撃ちてーからとか適当言ったけどよ、本当は覚醒直後に警察からスカウトが来たんだ。店に最後に入って来た二人組が居ただろ?あの二人がウチに来たんだ」
清野が海で溺れかけた事も、スカウトを受けていた事も初耳だった。
だがスカウトの方は真白が話していたいのりの時と同じだ。
どこからか調べて、自宅に警察が訪ねてくる。
「で、そこから警察試験に合格するために猛勉強して、何とか受かって警察官になったってワケよ」
「裏口じゃないのか?」
「俺も名前だけ書けば受かると思ってたんだけどな?ところが鬼島サン…さっきのおじさんの方がな、「テストだけは何としてでも受かれ」って言うもんだからこっちも必死よ。こちとらガッコの授業もまともに聞いてねーし…キツかったぜ」
「…」
いきなり警察になるとか言い出したかと思えば、あれよあれよと試験に合格して本当になってしまったから、仲間内じゃ「清野でもなれんなら、誰でもなれる」なんて揶揄したもんだが、裏でそんなに努力していたなんてな…
能力の秘匿義務があるから仕方ないとはいえ、俺は清野の事を何にも知らなったんだと、改めて思い知った。
「入ってからもキツかったけど、鬼島サンが気にかけてくれたおかげで中途の俺でも何とか潰れずにここまで来れたんだから、あの人には感謝してもしきれないぜ、ジッサイ」
「あの怖そうなオジサンがねぇ…」
「めちゃくちゃいい人だからな、見た目と違って」
「へぇ…って、待ってくれ…」
「どうした?」
「さっき清野は自分の事【中途】って言ったよな?でも高校卒業時に試験を受けて一発で合格したんだから、プロパー社員ってことになるんじゃないか?」
警察を社員とは呼ばないだろうが、新卒入職組のハズだ。
中途ではない。
そんな俺の反応に清野はニヤリと口を曲げて、嬉しそうに答えた。
「中々鋭いじゃん…昔からそういうところあるよな。まあ卓也の言う通り、普通の警察官ならプロパーになるんだろうな、普通なら」
「普通…」
「だが特対(特殊犯罪対策部)は違う。本当のプロパーは別にいる」
特別に教えてやると語る清野の顔は、最高にドヤっていた。
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