第31話 隣人、再び
「なあ卓也…お前には俺が、おかしなことを言っているように聞こえるか?」
清野からの問いかけは難題だった。
同僚が自殺して、清野はその犯人を探していると言うのだ。
「えーと、つまり…お前は同僚を自殺に追い込んだ犯人を探してるっていう」
「いや、確かに自殺したんだ。したんだが…アイツはそんなタマじゃない」
一瞬、誰かが自殺を強要したとかそういう話をしているのかと思ったが、違うようだ。
清野は死んだ同僚が"自殺をするようなヤツじゃない"と思いながらも、"確かに自殺をした"と思っている。
そして居るか分からない犯人捜しをしているという。
俺はハッキリと清野に告げた。
「率直に言うと、お前の言っている事はワケが分からない」
「…だよな。そうだな…おかしいよな」
「特に、おかしい事を言っているのかどうか自信が無いところが、かなり妙だ」
「…」
こいつの性格ならこの場合、「何か裏があるハズだ!ゼッテー真相を突き止める」とか「この名探偵の俺様が事件の謎を解く!」とか言いそうなもんだが。
イマイチ自分の思考と感情の整理がついていないように見える。
何かの能力の影響なのか…?
俺がもう少し掘り下げて考えようとしたところで、清野は。
「わかった、この話題はもう忘れてくれ」
「ん?いいのか」
「ああ、悪かったな、妙なことを聞いて」
と話を打ち切った。
そしてスマホで時間を確認し、そろそろお開きにしようと提案したのだった。
「今日はホントに助かったぜ。ありがとな」
「いや、俺の方こそ、色々勉強になったよ」
清野のおかげで警察組織の事がより深く知れた。
「ならよかった。…それでよ、念のために聞くが。お前さ、警察に入る気はないか?」
「あー…」
まさかのスカウトだった。
今から公務員か。近年、合コンでもモテると聞くし、中々の人気職だ。
だが、答えは最初から決まっている。
「遠慮しておくよ。俺は今の職場が結構気に入っているんだ」
「ま、そうだろうと思ったよ」
念のためと言っている時点で、清野も本気で誘っていないのは分かった。
多少は一緒に仕事をしたいと思ってくれているだろうと、少し自惚れてみるが。
「でかい能力者組織の狩りの時なんかは、能力者を嘱託雇用することがあるからよ。もし今度そういう任務があったら声かけていいか?」
「ああ、それならいいぜ。期間限定だろ」
「ああ」
俺と清野は帰る方向が違うので、バスター前で解散した。
清野の手には、重さと弾力を戻したコーヒーの空き缶が握られていた。
10年来の友人との8年ぶりの再会を果たした俺は、少し上機嫌で、足取りも軽く家路についた。
昨日から今日にかけて非常に濃密な2日間だったが、得られた情報は非常に多かった。
さて、この異世界をこれからどう生きていこうかな。
_________________
ある日の夜。
夕食や入浴、学校の課題などを済ませあとは寝るだけという状態で、パジャマ姿の少女南峯いのりはベッドの上でスマートフォンをいじっていた。
いのりは猫や犬などが自由奔放に遊びまわる動画を見て、余暇を満喫していた。
少ししたところで突如いのりのスマホに、メッセージアプリを通じてある人物から連絡が入った。
連絡の相手は、同じNeighborに仮所属をしている東條玖麗亜だった。
====================
クレア
「最近オフィスに来ないですけど何かありました?」
イノリ
既読「ちょっと家の事で忙しくてね」
クレア
「そうだったんですね」
「何かあったのかと思って心配しちゃいました」
「次はいつ頃来れそうですか?」
イノリ
既読「心配しすぎよ」
既読「いつ行けるかは、まだ未定ね」
クレア
「そうですか…」
「実は一つお話ししたい事がありまして…」
「来れる時に連絡頂けると嬉しいです!!」
イノリ
既読「分かったわ」
クレア
「宜しくお願いします!」
====================
軽いメッセージのやり取りを終えてスマートフォンを枕元に置くと、いのりは仰向けに寝そべり天井を見上げた。
そしてふと考える。
Neighborへは元々、取り組みに賛同して仮所属を決めた訳ではなかった。
自分が能力者であることを知る人間が父親と愛しかおらず、父親との軋轢のせいで家に居づらかったから、拠り所が欲しかっただけなのだ。
今は、卓也の言葉に少しだけ勇気をもらい、父親との関係の改善をするために日々を過ごしていた。
そうなると必然的にNeighborへと足を運ぶ回数も減っていった。
クレアは良い人だし、私の能力を知っても態度を変えない稀有な存在。
家族の件が解決したら、ゆっくり話したいと思っている。
しかし自分でも腑に落ちないのは、付き合いの長いクレアよりもどうして2回しか会っていない卓也の言葉に動かされているのかという点だ。
仲良くなるのに重要なのは会った時間や回数ではないのは承知しているし、家族の問題は元々心のどこかで早期解決を望んでいた。
だがそれでも解決へと足を向かわせたのは彼の言葉だった。
彼の言葉は「頑張ろう」と思えてくるような不思議な何かがあった。
交わることの難しい、硬化した父娘の心の片方を軟化させた。
そして今度は娘が、父の頑なな心を解きほぐそうと頑張るようになった。
一体なぜ?勇気が沸いてくるのだろう…
それは物知りな自分の使用人も、膨大な情報量のネット世界にも、どこにも答えは載っていない。
何処にもない答えに思いを馳せながら、いのりは眠りにつく。
同時に、早く以前のような父娘関係に戻れるようにと祈りながら。
__________________
「ふっ…ふっ…」
清野と囮調査をした翌週の土曜。
俺はまたしても皇居ランニングに興じていた。
あれから月次決算が滞りなく終わり、オモテの暮らしは安定していた。
しかし問題は異世界だ。
あれからNeighborが接触してくることは無かったが、フリーで活動している能力者の何人かに声をかけられ、その度に断って来た。
どこにも所属していないため、中小組織からの勧誘は今後も後を絶たないことが予想される。
俺は何処にも属する気も無ければ、能力者として食っていく気も今は無いのでこう何度も声をかけられては正直鬱陶しい。
何か良い策は無いものか…
考え事をしながら走っている俺の視界に、信号待ちをしている白のハイエースが飛び込んで来た。
横を通り過ぎる時に、「誰か誘拐されてたりして」なんて下らない想像をしていた。
(ネットに毒されすぎだな、イカンイカン…)
俺は自分の気持ち悪い思考を反省すると、頭を空っぽにしてランニングをするためペースを上げようとした。
しかし、その瞬間だった。
(…けて…)
(!?)
(助けて…)
この、頭の中に直接電話がかかって来たような感覚。
南峯のテレパシーだ。
聞き間違いじゃなければ、助けを求めている。一体何処から…?
俺は意識を集中すると、もう一度だけ小さいながらも声が聞こえてきた。
(助けて…)
(…)
声の出どころは恐らく、丁度今すれ違った白のハイエースだった。
俺はすぐに自分の足を強化し、体重をできるだけ軽くすると、南峯が乗っていると思われるハイエースを追跡するため走り出した。
心の中で
(やっぱりハイエースじゃねーかああああああああああ!)
と叫びながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます