第16話 さよなら世界 ようこそ異世界
女神から、俺が西田に気絶させられた後のことを聞いた。
彼女の心はとっくに壊れていて、それを俺が気づかぬうちに救っていたのだという。
そして最後は俺に感謝しながら、去ったのだとも…
分からない…
あんなに生きたいと願っていた西田が、どうして…?
結婚して、幸せになるんじゃなかったのかよ…
なんで俺なんかに、命を渡した?
俺が君に何をしてやれたって言うんだ?
俺の問いに対する答えを持っている者はもういない。
先ほどまで俺の近くで叫び、笑い、涙を流していた女の子は、その温もりごとどこかへ消えてしまったのだ。
自らの手で命を絶って。
俺への恩返しだと言って。
ゲームに勝利し生き残りを果たした俺だったが、喜びの感情は全く沸いてこなかった。
生き残ろうと必死に戦ってきた西田が消え、どうして飛び入り参加で手も汚さない俺がここにいる?
俺はさっきから、決勝戦の勝者と敗者の決定に異議を唱えずにはいられなかった。
そんな俺に女神が、伝え忘れていたことがあったと言ってきた。
「…伝え忘れていたこと?」
「そうだ、アンタに手紙を書いたと言っていたんだよ、あの娘が」
それを早く言ってくれ。
もしかしたらそこに答えが…答えとは言わないまでも、何かワケが書いてあるかも。
そう思い、手紙を置いたという西田のデスクまで向かうと、そこには四つ折りに畳まれた2枚の便箋が置いてあった。
オモテ面には「センパイへ」と書いてある。
俺はここに西田の心の中が書いてあると期待し、便箋をゆっくり開いた。
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センパイ
顔 ★★★★☆
割と整っていると思います。なにより好みです。でも、目に覇気がないので星4つです。
性格 ★★★☆☆
優しくて、ちゃんと間違っている時や厳しくする時は叱ってくれる。
でも、自分を大切にしていないので星3つです。
スペック ★★★☆☆
割と高い。いろんな事を知っているし、覚えるのも早い。
でも、積極性のなさが帳消しにしているので星3つです。
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…なんだこの食べナビ(有名グルメサイト)みたいなレビューは…?
俺の事を書いているんだよな…?
1枚目の便箋の上半分には、グルメサイトのような形式で西田から俺に対する評価が書かれている。
そして、どれも俺の事をよく表していた。
俺に情熱ややる気といったものが欠けていることを、西田はよく見ていた。
これが西田が最後に俺に伝えたかったこと…なワケないよな、流石に。
俺は、残りを読むために目線を下に移していった。
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駄目ですよセンパイ!そんなに簡単に私の言う事を信じちゃ!!
もし私が極悪人で、結婚も将来のビジョンもまったくのウソだったらどうするんですか?
死に損ですよ、まったく。
でも、ありがとうございます。
センパイが私に「生きてほしい」と言ってくれた時はとても嬉しかったです。センパイの言葉で、私の長く続いた地獄はようやく終わったんですから。決して大げさでもなんでもないですよ?
生きる希望を無くして罪だけが残った私を導いてくれたのは、他ならぬセンパイです。
本当に感謝しているんです。
どうせセンパイの事だから、「どうして自分が生き残ったんだ」なんて考えているでしょう?図星ですか?やっぱり。
もともとセンパイはパッション値が低いですからね~
そこにきて私という愛しい存在を失ってしまっては、もう生きる希望を無くしちゃっても無理ないですよね。
罪作りなオンナですみません…
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ここで1枚目が終わっていた。
すぐさま俺は2枚目をめくって見た。
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どうすればセンパイが私抜きでも前を向いて生きていけるか、何て言って励ませば良いかを考えたんですけど、良い言葉が見つかりませんでした。
それによくよく考えたら、私もこれから一人になるのはすごい淋しいなーと思うんで。
やっぱりセンパイも早くこっちに来てください!!
でも、私がこれから行くところは多分地獄だと思うんですよ。
なにせ罪もない人を9人も殺してしまったんですからね。
だから、来るとしたらセンパイも天国じゃなくて地獄ですよ。
あ、でもでも、私と同じように誰かを殺してこっちに来てもダメですよ?
そんな危ないセンパイが来られても困るんで。
だから、今日からセンパイは死ぬまで、自分の正しいと思った事を全力でやってみてください!
センパイってたまに発想がぶっ飛んでる時があるんですよ。
なので、死ぬときはセンパイに感謝している人と同じくらい、人から恨まれていると思います!
それで死んだら、ちょうど地獄に来れると思うんで、そしたら話でも聞いてあげますよ。
もう一度言いますからね?
今からセンパイは、私に会うために、全力で生きて、死んでください。
そうしたらきっと、冥土の土産話が両手いっぱいになっていると思うんで。
その時は向こうでお茶でも飲んで、話に付き合ってあげますから。
だから頑張ってください。
やる前から退屈だなんて思わないで、全力を出したら見えてくるものがあるかもしれませんよ?
それを今度私に聞かせてください。
それでは、またあとで。
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西田の手紙は、そこで終わっていた。
…
……
………
なんだこの手紙…
俺に対する感謝は伝わった…伝わったが…
気落ちしている俺に励ますでも、檄を飛ばすでもなく、言うに事欠いて、早く死んで私に会いに来いか…
しかも行き先は地獄で、誰も殺さず来い、とか。
「はぁ…」
ため息が一つ出る。
自分が結構ひねくれものだったことに気づいてしまったからだ。
普通に励まされたりするよりも、西田の手紙は俺の心に刺さった。
地獄に行くために全力で生きる
俺の落ち込んだ心は、この妙な目標の前にすっかり元気を取り戻していた。
いや、むしろ事故の前よりも自分に一本背骨が通ったような、そんな気さえ起こしていた。
この無理難題をクリアするのに、人生が退屈だとか、未練がないなんて言ってる暇はない。
誰もやったことのないことをやらなくてはいけないのだ。
そう思うと、さらに気持ちが昂っていった。
「ぷっ!くくくく…」
落ち着いたらなんか、おかしくなってきた。
なんなんだよ、最初の食べナビ風のレビューは。
人を飲食店みたいにレビューしてよ。
あー、おかしい…
助けてもらえた喜び
自分の不甲斐なさに対する怒り
西田を失った悲しみ
これからの目標に対する楽しみ
すべての感情が同時に出ると、どうやら人は笑ってしまうようだ。
俺はオフィスに誰もいないことをいいことに、ひとり大笑いしている。
目から涙をこぼしながら。
誰かに見られていたら、完全に不審者だろうが、今はそんなことどうでもよかった。
俺を助けてくれてありがとう。
助けてあげられなくてゴメンな。
早くそっちに行けるよう頑張るから
もう少し待っていてほしい。
鏡で確認したワケではないが、笑いながら泣いている今の俺は
きっと最後に俺が見た西田と、同じ表情をしているのだろう。
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ひとしきり感情を放出し落ち着いたところで、女神が俺に話しかけてきた。
そういえば居たんだったな、お恥ずかしい…
『お別れは済んだか?』
「おかげさまでな、そっちは上に戻らなくていいのか?」
『ああ、もうすぐ帰るぜ。それより、そろそろだな…』
「?」
次の瞬間、俺の体が光に包まれた。
温かみや抵抗感などはない、単なる光。
そしてその光はすぐに消えていった。
また、先ほどまであった何かの腹の中にいるような妙な感覚も消えた。
『ゲーム優勝おめでとう。これでアンタはようやく復活を果たした』
俺は死者と生者のあいだのような存在から、無事生者へとなったのだ。
勝者の決定を受けて、先ほどまで張られていた結界も解除されたのだという。
今をもって、1か月続いたゲームはようやく終わりを迎えた。
『それじゃアタシもそろそろ帰るとするかな…』
「色々ありがとうな、女神サマ。女神サマがいなかったら、俺はとっくに死んでいたよ」
『礼だったらミヨに言いな。アンタを助けたのはあの子だ』
「もちろんミヨ様にも感謝している。でも女神サマにも感謝しているからお礼を言わないと」
『…景品をやる』
「は…?」
そういうと、女神は俺に手をかざした。
すると直後、俺の目に光が纏ったのだった。
光が目の中に吸い込まれると、女神も手を下げた。
「これ…は?」
『瞳力だよ。本来目に見えないものが見えるようになったハズだぜ』
普通は能力者が長い時間をかけて開眼させていくところを、特別に与えてくれたそうだ。
俺の能力であればパワーアップも容易だし。
太っ腹なことだ。
『アンタはこれから地獄に行くために頑張るんだろう?なら、きっと役に立つはずだぜ。アタシはそれを楽しく見てるからよ』
目に見えないものが何を意味するのかは、近いうちに分かるそうだ。
きっとアタシに感謝するぜ、とニヤニヤしていた。
『それじゃあ早速、その状態で窓の外を見てみ?』
「窓?」
窓っていうのは当然オフィスの窓のことだろう。
流れ的に、瞳力で何か面白いものが見えたりするのだろうけど。
俺は疑問を持ちつつも、言われるままに窓に近づいた。
「何…だと?」
目の前には、馴染みの神多の街の景色が広がっていた。
しかし、所々がおかしい。
店先や看板、街の様々なオブジェに纏っているエネルギーが目に写る。
街行く人の何人か、いやごく稀に、強いエネルギーを纏っている人がいる。
男女関係なく。
空には、謎の浮遊物が存在している。
生物のカタチだったり、無機物のカタチだったり、様々だ。
電線にも、電気を纏った謎のスライムみたいなのがあちこち行ったり来たりしている。
遥か遠くには…竜…!?
ウソだろ、オイ。
視力を強化して見てみると、そこそこの大きさの竜の上に、スーツの男性が数人乗っていた。
とにかく世界観が滅茶苦茶だ…
ファンタジーと近未来SFと現代がごちゃ混ぜになっている。
これじゃまるで、現実世界ではなく異世界だ…
異世界…
俺はふと、最初に招間殿でミヨ様とした会話を思い出した。
『これってもしかして、俺これから転生ですか?』
『…まあそうですね』
『異世界に行くんすか?』
『まあ、ある意味…』
そう言うことか…
俺が居たこの世界は、最初からこうで
なんの力もない俺はそれに気づけなかった。
力を手に入れた今、初めて自分の居た世界のもう半分に気づくことができた。
見えていなかったもう半分は、確かに異世界だった。
俺はこれから、この異世界で生きていく。
女神からもらったこの命と能力、そして同僚の女の子からもらったこの目的を胸に。
【さよなら世界 ようこそ異世界】編 終
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