第15話 彼女が見た世界

◇私が目を覚ますと、そこは見たことのない場所だった。

 宇宙空間に椅子があるような、そんな変な場所。

 私は確か、そう。


 お昼を食べていたんだ、新しくできたビルの中で。

 それで大きな揺れがあって、天井とかが崩れてきて…


 ということは、ここはまさかあの世?

 死んじゃったのか、私は…


 そんなことを考えていると、離れたところにある椅子に誰かが座っているのが見えた。

 とりあえず私は話を聞こうと近づいてみた。



 男は自分を神だと名乗っていた。

 確かに雰囲気あるケド…

 そして神は私に"もう一度チャンスをやろう"と言ってきた。

 これから同じ境遇の人間同士で戦い、生き残った人だけがもう一度現世に蘇る、という内容だった。

 そして私には影を操る力というのが与えられた。


 ってちょっと待って、いきなりそんなこと言われても困る。

 死にたくはないけど、人を殺すなんて私には無理…!

 そう言ったんだけど、私には拒否権はないらしく、神は聞く耳もたなかった。

 それにゲームはもう間もなく始まるから、早く覚悟を決めろとも言われた。


 ゲーム…?ゲームってなに?

 このふざけた殺し合いがゲームですって…?

 人の命をなんだと思っているんだ、この人たちは。



 私の神に対する怒りも空しく、私の体は光に包まれ消えてしまった。





 ◇次に私が目を覚ますと、崩れたビルの中にぽっかり空いた不思議な空間にいた。

 周りを見ると、他にも生きている人が1、2、3…私以外に9人いる。

 まさかこの人たちが殺し合いをする相手…?


 この場にいる全員が夢と現実の区別がつかず戸惑っているように見えた。

 私だってそうだ。

 自分が先ほど見たのはただの夢で、この人たちは関係ないのかもしれない。

 そんな淡い期待を抱いていた。



 でも、そんな淡い期待は見事に崩れ去った。



 9人の内の、30代くらいの男が私に襲い掛かってきたのだ。

 恐らくたまたま近くに居て、一番倒しやすいと思ったのだろう。

 それにほかの参加者は状況を整理するのにいっぱいで、邪魔が入らないだろうし…


 私は男に体当たりをされ、地面に倒れてしまった。

 瓦礫に倒れ込んだので、肘や背中に痛みが走った。

 そこをすかさず馬乗りになり、男は右の拳を振り上げた。

 男の右拳には、炎のようなものが纏っていた


 これがこの男の能力か。


 私は両手を男の足で押さえつけられており、防御もできなかった。

 思わず目を瞑り、死を覚悟した。

 ああ、もう終わるのか…私の人生は、と。

 ところが、一向に攻撃が来ず、代わりに顔に水滴のようなものが落ちてきた。

 何だろうと思い目を開けるとそこには、地面から生えた黒い槍に喉と心臓を貫かれ苦悶の表情を浮かべる男の姿があった。



 反射的だった。

 男を殺す気もなければ、能力の使い方だってよく分かっていない。

 多分咄嗟に自己防衛本能が働いて、それが能力に作用してしまったんだと思う。


 だからみんな、そんな目で私を見ないでよ…


 男は絶命し、力なく私に覆いかぶさってきた。

 肌の感触、血の匂い、体温、全てが気持ち悪かった。

 たまらず体をよじり、男を私の上からどかした。

 すると何人かは悲鳴を上げて、私から逃げるように遠ざかっていった。

 叫びたいのは私だっていうのに…


 逃ゲナイデ               止マレ

 私ハコワクナイヨ            逃ガシタラ生キ残レナイ

 大丈夫                  死ネ



 1人が壁に向かって両手を当てている。

 4、50代のおばさんだった。

 見ると、壁に渦巻のような、ブラックホールのようなものを発生させていた。

 あれは出口を作っている…?それはマズイなぁ…


 私はダッシュでその人まで近づき、体から鞭のような影を伸ばしその先端を刃状にすると、おばさん目がけて猛スピードで伸ばした。

 脱出をしようと渦の中に足を入れる寸前で、私の刃が心臓を貫き、渦とは逆側に倒れた。

 良かった…間に合ったみたいで……


 周りを見てみると、他の人も各々の能力でこの空間から脱出を試みようとしていた。

 私はその人たちを、何となく早く脱出しそうな順番に殺していった。



 もう、誰が私の体を動かしているのか分からない。

 影を伸ばしたり、生やしたり、飛ばしたり、影を天井にくっつけて宙に浮いたり。

 次々と上がる悲鳴を聞くたびに、頭の中がフワフワしていった。


 途中から作れるようになった人型の影。

 これで相手を殺した時だけは、多少浮遊感が軽減した。



 生き残りが私以外にあと2人になった。

 この2人がちょっーと手強かったなぁ。

 1人がガタイの良い多分30代の男で、格闘技…レスリングでもやってたのかな?

 土を操る能力で、全身に土の鎧を纏って、私に向かってタックルを繰り出してきたのだ。


 他の人と同じように影で切ったり刺したりしようとしたけど、鎧が硬くて弾かれてしまう。

 影を伸ばして天井に回避すると、私は男の足元から影を伸ばし体に這わせた。

 そして関節の可動域となる鎧の隙間から中に影を進入させると、心臓に刃を突き刺した。

 男は吐血して絶命し、体から土の鎧がはがれるとそのまま前に倒れた。



 そして最後の1人、高校生くらいの女の子。

 この子が恐らく時を止める能力だったハズ。

 というのも、攻撃が当たったと思っても、一瞬で全然違うところにいたりする。

 瞬間移動かな?とも思ったけど、移動した先で凄い息を切らしながら走っているから時を止めたのだと判断した。


 ただその娘、攻撃手段がなかった。


 時を止められる能力は確かに脅威だ。

 無防備なところに銃でもナイフでもいい、攻撃されたらひとたまりもないのだから。

 でも攻撃能力がないのでは話は別。

 私は影を身に纏って防御し、同時に壁を作りながらジワジワと追い込んでいけばいいだけ。

 やがて影の檻に閉じ込めたところで、押しつぶして殺した。




 浮遊感が消え、私は辺りを見回すと、そこには死体の山と血の海が出来ていた。

 生きているものは私以外に誰もいない、と思っていた。

 思わず胃の中身を戻してしまう。

 むせ返るような血の匂いと、土煙砂ぼこりが体にまとわりつき、非常に不愉快だった。

 ここで私が救助隊に見つかると怪しまれてしまうと思ったので、急いで脱出することにした。


 影を使い天井や壁を削って穴をあけたりしながら、慎重かつ迅速に人の居ないところを進んでいき、ようやくビルの6階まで来ることができた。

 最初の倒壊で、無傷の人と軽傷者は結構避難を完了していたみたいで助かった。

 今は重傷者や1階部分の人の救出に注力しているところだ。


 今、私が居たあの空間に入られると色々とまずいことになってしまう。

 明らかに事故の被害ではない死体が9つもあるからだ。

 なので私はあの空間に置いてきた影に、支柱を攻撃させることにする。

 そのために脱出できそうな階まで急いで登ってきたのだ。

 全身に影を纏い、少しでも見つかりにくくし、第2のビル倒壊を実行した。



 第2の倒壊で近辺が騒然としている隙に、私は6階から隣の4階建てビルの屋上に飛び移った。

 そしてすぐに屋上入り口とエレベーター管理室と思われる建物の間に隠れ、姿を見られていないか辺りをうかがった。

 大丈夫そうなので、私は急いでオフィスビルに戻っていった。



 上着だけ返り血で汚れてしまったので、とりあえずロッカーに入れた。

 帰りにビニール袋に入れて持って帰って捨てようと思った。

 あとは手や顔に付いた汚れをトイレで落とすだけというところで、運悪く人と会ってしまう。

 営業部の国木田課長だ。


 この時間、営業部の人はほとんど出払っていると思ってわざわざ5階のトイレを選んだのに。

 誤算だった…


「どうしたんだ西田、その汚れ?」


 課長は当然の疑問を投げかけてきた。

 ここで騒がれるのは少し避けたかった。

 何よりも今はそっとしておいてほしかったのだ。

 下手に転んだと嘘を言うよりも、軽く真実を混ぜて誤魔化したほうが良いと判断し、私はーーー


 現場近くにたまたま居て、土や埃で汚れてしまった。

 ケガなどはどこもしていないので、心配させないようこのことは黙ってほしい


 とお願いをした。

 あとでバレても別に構わない。

 一先ず今だけ、流すことができればそれで御の字だった。







 ◇午後になり、センパイが昼休憩から戻ってこないのは事故に巻き込まれたからなのではないか、という話で部内は持ちきりだった。

 もちろん私も心配であったが、それよりも自分のことでいっぱいだった。

 参加者を全員殺したのに、復活したという連絡が来ていないのだ。


 私は夕方、オフィスビルの屋上に出ると、自分の憑き神を呼び出しそこで話を聞いた。

 どうやら飛び入りで他の参加者が現れてしまい、まだゲーム終了に至っていないとのだという。

 そしてその参加者も殺してようやく私は生き返れるのだと。


 私は神に怒りをぶちまけた。

 話が違う、私は言われた通りに殺した、それはおかしいじゃないか、と。


 神は、俺に言うな、俺も怒っている、それに状況はこちらが圧倒的に有利だと言った。

 有利とは何かというと、私には最後の1人が誰か見て分かるようになっていて、相手にはこちらが分からないのだと言う。


 確かに有利な条件だった。

 私の能力は暗殺向きだし、見つけたら少し後をつけてグサッと刺してしまえばそれで終わる。

 凶器も残らないし、多少強引でも私が捕まることはないだろう。

 とにかく早くこのゲームから解放されたかった私は、この場は引いてオフィスへと戻った。



 丁度同じころ、ビルの下から最後の生存者であるセンパイが救出されたのだった。







 ◇事故当日の夜、私は悪夢にうなされていた。

 目が覚めると、嫌な汗が全身に張り付いていて気持ちが悪かった。

 喉も乾いた…

 水でも飲みに行こう…



「……大丈夫…?」

「ごめん、起こしちゃった…?」

「なんかうなされてたから」


 隣で寝ていた彼が心配そうにしていた。

 かなり酷くうなされていたらしく、起こしてしまったようだ。

 大丈夫だから寝ててと伝えると、彼は再び眠りについていた。


 彼とは大学4年生の時に、友達の主催する合コンに付いていったときに知り合った。

 顔はすごいタイプというわけではなかったけれど、すごく情熱的にアプローチを受けてその後彼から告白され、OKして付き合い始めた。

 付き合って約2年、お互いの両親にも紹介は済ませていた。



 キッチンまで行くと水を一杯コップに注ぐ。

 そしてそれを一気に飲んで乾いた喉を潤すと、リビングの方を向く。

 そこには、が大挙していた。


 私が殺した9人が、真っすぐ立ってこちらを見ている。


 そして皆口々に 死ね 殺す といった言葉を呟いていた。


 負けたんだからさっさと成仏してくれれば良いのに…

 うるさいったらありゃしない。


 私は水を飲んだコップを軽くゆすぎ洗い桶に入れると、寝室へと戻った。

 そして、死者たちの呟きが聞こえないよう耳をふさぎ、眠りについた。








 ◇事故から10日近く経って、センパイが戻って来た。

 私はショックで倒れそうになった。

 戻って来たセンパイの頭上には、【11】という数字が浮かんでいたからだ。


 これが神の言っていた、私だけが見えるゲーム参加者の証なのだろう…

 11番目の参加者だから11か…


 総務部の部屋の一角では、センパイと仲の良かった営業部の人や他の総務部の人も集まって質問大会になっていた。

 センパイと仲の良かった私も参加しないワケにはいかず、その一角に加わる。

 センパイは交友関係が広いな、と感心していた。


 途中営業部の国木田課長が、センパイとその後ろにいた私を指して、事故の被害者だと示唆するような発言をしてしまった。

 たまらず私は会話に割って入った。

 社長が呼んでいた、と嘘をついて。


 センパイと軽く会話をしたが、こちらを疑ったり警戒している様子は一切見られなかった。

 それどころか、そもそも警戒をしている様子が見られない。

 本当にセンパイが参加者なのかと疑いたくなるくらいだが、頭上に掲げられた数字が私の疑念を一瞬で打ち消す。


 しっかりしろ私!

 生き残るためにはセンパイをちゃんと殺さないと…!


 できるのか?私に。


 本当に…?







 ◇先輩の復帰から早くも1週間が経った。

 私は未だにセンパイを殺せずにいた。

 それどころか、1度も襲撃すらできていない。

 最初の9人とは違い、お世話になっていたセンパイを、自分が生き残るために手にかけるのはものすごくためらいがあったのだ。


 それに9人と言えば、私にとり憑いた亡霊どもの呟きもずっとなりやまない。

 正直寝不足だ。

 一度神に、私にとり憑いている亡霊の祓い方はないのかと問い詰めたら『そんなものはない』と一蹴されてしまった。


 寝不足とこのジメジメとした暑さのせいで、私の体調は最悪だった。

 総務部の部屋に入る前に呼吸を整えようと止まっていたところ、センパイから声を掛けられた。

 つとめて普通にしているのに、体調の悪さを見抜かれてしまった。


 適当なところも優しいところも、いつも通りのセンパイだった。

 いつも通り過ぎて思わず私もいつものようにツッコミを入れると、調子が戻ったかと安心していた。

 優しいなぁ…本当に。


 咄嗟にランチに誘い、一緒にお昼休みを過ごした。


 多分このお昼休みは、以前の私で居られたかけがえのないの時間だったと思う。





 昼休みが終わり私たちはオフィスに戻ってきて、センパイとは廊下で別れた。

 センパイはよくお昼ご飯終わりにタバコを吸いに行く。

 ただ、非常階段にある喫煙スペースはどの時間も誰かしら人がいるので、襲撃するにもリスクが高い。


……


 分かっている…

 そうやってこの1週間、襲撃を先延ばしにしてきたのだ。

 機会を作ろうともせず、次がある、まだその時じゃないと言い訳をして。

 それほどセンパイを手にかけるのには抵抗があった。



 私はセンパイと別れて、そのまま3階の女子トイレの一室に入ると、影で人型を作り喫煙所に向かわせた。

 念のため、センパイの様子を見に行くためだ。


 私の影の能力はレベルアップしたため、【感覚移譲】を使えるようになっていた。


 普段は人型でも鞭でも槍でも、影を操作する際は目で見て行う。

 見えない場所の影は操れない事もないが、どうなっているか分からない為、動きが単純になってしまう。


 感覚移譲によって、自分の視覚などの一部ないし全部を影に移すことで、本体の私が直接見ていなくても精密な動きを可能とする。

 喫煙所へと偵察に向かわせている人型に、私の視覚と聴覚の半分を移譲した。

 そして本体である私は片耳と片目を塞いで、影の操作に意識を集中させている。

 感覚の全部を移譲してしまうと、本体が完全に無防備になってしまうので避けながら。



 喫煙所への道すがら、営業部の佐々木さんとすれ違った。

 能力で作った影はどうやら一般人には見えていないらしく、ぶつからないようにだけ気を付ければ社内を堂々と歩かせても問題がなかった。(一般人も触ることはできる)

 そして非常階段への扉の前に着くと、音を立てないようにドアを少しだけ開ける。

 影を薄く変形させて隙間を潜り抜けさせると、再び人型に成型した。


 非常階段にある喫煙所の様子を確認すると、私の心臓は飛び上がった。

 今、喫煙所にセンパイ以外の人がいなかったのだ。

 念のためセンパイの死角になるところで1階から7階まで調べさせたが、誰一人いない。


 心臓がさっきから五月蠅い。

 千載一遇のチャンスに手が震えている。

 これでは精密な操作ができるかどうか。


 一旦落ち着いてから出直すか。 殺れ

 まだあと1週間近くもある。   殺れ

 気分も悪くなってきたし。   殺れ


「ん?」


 振り向いたセンパイと目が合った。

 瞬間、刃状にした右手を深く突き刺していた。




 人型の操作を終えると、私はトイレでそのまま吐いてしまった。

 目を瞑ると、吐血したセンパイの苦しむ顔が今でも瞼の裏に焼き付いている。

 触覚は移譲していないのに、無いはずのセンパイの首を絞めた感触が左手に残っている。

 止めを刺すことはできなかったが、あの傷ではもう助からないだろう。

 あとはゲームクリアのアナウンスを待つだけだ。


 トイレの個室から出て、鏡の前で自分の顔を確認した。

 酷い有様だった…

 まるで隣にいる亡者たちのような、死人のような顔だ…


 まだ亡者どもはボソボソ呟いていた。

 もう私が全員殺したのに、本当にしつこい。

 このゲームは私の勝ちなんだよ、いいかげん消えてくれ。

 心の中で悪態をついても、一向に消える気配がなかったので、仕方なく私はデスクに戻ることにした。


 デスクに戻って30分近く経ったが全く気分が良くならない。

 なので、私は早退をすることにした。

 早退を申し出ると部長からはとても心配されたが、大丈夫ですと言ってオフィスをあとにした。



 そしてビルを出て駅に向かう途中


 ビルを挟んで反対方面から歩いてきていたセンパイを目撃し、私の気分は更に下がっていった









 ◇どうして死んでいない…

 分からない…

 あんなに重傷を負っていたのに…

 ただでさえ重い頭の中は、日中の出来事に対する疑問で渦巻いていた。


 きっとセンパイの能力に、助かった秘密があるんだ。

 依然、相手を知っている私が優位なのは変わりないが、相手の能力が分からない上に自分の能力を晒してしまった。

 一方でセンパイは、私の正体は昼の時点では知らないハズだが、私の能力を見た。

 お互いに正体の半分だけを認識した状態である。


 10:0だった私のアドバンテージが7:3、いや6:4くらいまで縮まっているかもしれない。

 それにもしかしたら、勘のいいセンパイなら私の正体に迫っていてもおかしくはない。

 自分がのんきにしていたせいで、勝負の行方がどちらに傾くか分からなくなってきている。

 私は自宅リビングのソファで、若干の焦りを感じながら座っていた。


「どうしたんだよ、そんな難しい顔して」


 彼がおもむろに私の隣に座ってきた。

 彼には今日早退したことは伝えていない。

 なので、私の体調が悪いとは少しも思っていないだろう。

 彼は私の頭を自分の胸に引き寄せると、髪に口づけをしてきた。

 こういう時は大抵夜のお誘いの合図だ。

 だが私は、今はとてもそんな気分になれず、やんわりと断ろうとした。


 だが、彼が私の頬に手を添えた瞬間、その感触が、体温が、私の脳裏に、最初に殺した男の感触をフラッシュバックさせていた。


「っ!?止めて!!!」

「ぐおっ!」


 思わず私は彼を突き飛ばしてしまった。

 幸いにもソファから少し落ちただけなので、ケガはなさそうだった。

 私はしまったと思い、彼のもとに近づいた。


「ってーな…」

「ごめんなさい…大丈夫」

「…もういいよ」

「…え?」

「お前さぁ、ウザいんだよ。最近なんか暗いし、そもそもクソ真面目でつまんねーしよぉ!」

「…え?え?どうしたの急に…突き飛ばしたことは謝るから、ゴメンね?」

「急じゃねーよ!合コンじゃキャピキャピしてて軽いノリかと思ってたら、全然違げーし。人の様子ばっかうかがって色々言ってきてよ!おふくろかよ!オメーは!」


 それからも彼は、自分のことより人のことばかり気にする世話焼きなところや、変に頭が固く頑固な面など、今まで我慢していた不満を全てぶちまけてきた。

 私は重いのだと、しきりに言っていた。


「もう帰るわ…じゃーな」


 そう言い残し、部屋から出て行ってしまった。



 独り部屋に残され茫然としている私に、亡霊どもが相変わらず死ねだの何だのと呟き続けた。


「うるさい!!!!!!」


 私は近くにあったスマホを亡霊に向かって投げつけたが、当たるはずもなく。

 音を立てて床に落ちた。

 落ちた衝撃で彼と旅行に行ったときに買ったストラップが壊れてしまった。










 ◇私は幸せになりたかった


 このゲームに勝って蘇り、彼と結婚して幸せに暮らせると思ったから


 でも…私との幸せな結婚を望む彼はどこにもいなかった


 私に生きていてほしいと願う人も、どこにもいなかったのだ


 どうして私をゲーム参加者に選んだの?


 私は瓦礫の中で死ぬはずだったのに




 どうして私は、生きているんだろう








 ________________________________________










 ◇私はセンパイの行動を読み、休日のオフィスで待ち伏せをし、神の力を行使してセンパイを殺そうと企てた。

 ところが、成長したセンパイに完全に上を行かれ、正体までバレていた。

 流石はセンパイ、ヤル気になれば私なんかが及びもしない力を持っている。


 ところが、殺せたはずの私を捕まえると、センパイは話がしたいと言い出した。

 ゲームを続けている理由を聞かれたので、私は結婚だとか将来だとか色々と語ってみた。

 なるべく大げさに、悲劇的に。


 するとセンパイはなんと、自分を殺せと言い出したのだ。

 いやいや、折角勝ったのに、蘇れるのに、自分で勝ちを捨てたよこの人…

 生きる意味とか動機だとかなんか色々言ってたけど、正直あまり耳には入ってこなかった。

 そんなに死にたかったのか…と呆れ始めていた。

 拘束も解いてくれたので、それじゃあ遠慮なく…

 と思っていた瞬間だった。



「…っていうのは建前で!」



 情緒不安定ですか…?

 センパイ、そんなキャラじゃなかったでしょ。

 顔も心なしか赤いし、緊張している?

 なんで?





「俺は西田に…生きてほしいと思っている。幸せになってほしいと思ってる」


 思ってる…


 ってる…


 る…





 あー…なるほどですね…

 先ほどまでの亡者どもの呟きが、ピタッと止んでますね。

 ゲームセットです。

 降参です。


 センパイそれ、私が一番欲しかった言葉だって、分かってて言ってます?

 分かっていないだろうなぁ…きっと。

 唐変木だし。


 私は思わずおかしくて、吹き出してしまった。

 仕方ないので唐変木にも分かりやすく、アナタの情熱的アプローチについて教えてあげた。

 ついでに、この私のどこにそんなにメロメロで骨抜きでゾッコンLOVEしてる(死語)のかを聞いてみた。



「一見キャピキャピ系だけど根が真面目で真摯なところ」

「自分よりも周りのことを第一に考えられる優しいところ」

「自分が落ち込んでいても無理して周りを明るくしようとしてるところ」

「意外に芯が強くて、間違っていると思ったことはハッキリ伝える点」

 etc


 いや、大好きかよ!?

 あー…ほんと、センパイはもう…


 この約1か月、本当に地獄だった。

 精神はすり減り、体も衰え、生きるのがただ辛かった。

 でも、センパイのたった一言で、


 すごいなぁ、ほんと。

 この想いがあれば、私は違う地獄でもやっていけると、そう思えるほど救われたのだった。




 センパイを気絶させた後、ちゃんと先輩が前向きに生きていけるよう手紙を残しそれを女神に託した。


 そして自分の能力で影の人型を呼び出すと、その刃で自決した。


 センパイへの感謝の気持ちを胸に、満足してリタイアしたのだった。


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