第14話 女神が見ていた世界

 ◇アタシが初めてコイツと会った時は、人の体型を変えて喜んでいるようなド変態だった。

 もうすぐ死ぬかもしれないのに、なんて呑気なヤロウだって思ったね。

 まあ、それはミヨからゲームについて一切の情報を聞いていなかったからだったが。


 コイツへの第一印象は"変わったヤツだな"だった。


 それは今も一緒だけどな





 ◇ゲームのことを伝えても、コイツは大して動じなかった。

 なんか色々と動画を見たり、道具を集めたりしてるみたいだ。

 けど、それでは足りないぜ…準備不足ってもんだ


 能力者同士の勝負ってのは、もちろん能力の当たり外れは大事だが

 何よりも能力のレベルが戦況を大きく左右するとアタシは思っている。

 アイツの持つ調律者の力は強力無比だが、クセが強すぎる。


 大器晩成型


 しっかり訓練を積んで、熟練度を上げて、認識できる範囲が膨大になってからがこの力の真骨頂だ。

 なにより能力は、戦いを経験する事でレベルがグンと上がる。

 その点コイツはまだ実戦を経験していない。

 それに関してはコイツのせいってワケではないんだけどな。

 …別にミヨのせいでもないからな!


 コホン!それは置いておいて…

 実戦経験のないアイツに対して、影使いは既に9人も殺っている。

 能力レベルの差で言えば、1と6くらい離れている。

 この差が戦いにおいてどれだけのビハインドか、同じ能力者ならば語るまでもない事だ。





 ◇他の神たちが盛り上がっている。

 アイツが影使いに刺されていたからだ。

 これまで攻めずに静観していた影使いが、とうとう重い腰を上げた。


 で、その結果がこれだ。

 情報も練度も経験も、全てにおいてアイツは影使いを下回っている。

 アイツが影使いに敗れて死ぬことは、もはや誰も疑わない事実だろう。


 その原因の一端は、神々による徹底したハブきにあった。

 アイツは憑き神であるミヨ共々、他の神から疎まれている。

 もちろんそれは、今回のの閉幕寸前に急に転がり込んで、場をかき乱したからだ。

 白けるなんてもんじゃあない、特に影使いの憑き神なんて非常にご立腹だ。

 自分の一人勝ちで終わるはずだったところに、急に水を差したんだからな。



 そのせいで、ミヨは今、神域と下界の狭間に幽閉されちまった…


 下界への過干渉だとか、神にあるまじき依怙贔屓だとか色々こじつけて

 訴えを聞いた主神によって、人間でいう牢獄へとぶち込まれた。


 アタシは、人間使ってゲームなんかやっているお前らが言えたことか!と思った。

 ていうか、ミヨもミヨで、なんでそんなバカことしちまったんだよ…?

 ワケがわかんねぇよ…



 めちゃくちゃ話がそれちまったが、つまりアイツの味方をするやつは誰一人いないってことだ。

 アタシだってせいぜい、中立の立場で少し助言してやれる程度だった。

 このままアイツが死ぬのが、最も丸くこの場が収まる方法だ…

 そうすりゃ影使いの憑き神も、気が収まって訴えを取り下げるだろうよ。

 アイツが死ねば…





 ◇次にアタシが下界へ降りた時、アイツは信じられない程成長していた。

 こっちはアイツが先日の重傷から復活しただけでも驚かされたのに、この戦闘中アイツは影使いを終始圧倒していた。

 死にかけたことによる能力のレベルアップだけでなく、工夫と策略でとうとう影使いを無力化することに成功した。


 影使いの憑き神の悔しがっている顔と、他の神の驚きっぷりったらないぜ!

 アイツはアタシが育てた!

 こりゃあ勝負あったな!オイ!








 ______________________________________



『俺を殺せ』


 アイツの言葉を聞いたとき、アタシのハラワタは煮えくり返っていた。


 おい、ふざけんなよ…!何を口走っているんだ…?

 折角苦労して倒した相手に、命を譲るだぁ?

 ミヨがあんなに走り回って、ギリギリで救った命を、そんな簡単に捨てるのか…?


 親友のミヨが、自分を犠牲にしてでも助けた命を無為に扱われたことによる怒り…

 それもある。

 でもアタシの中では、何故か期待を裏切られたことによる怒りが勝っていた。

 なんでこんなヤツに期待してしまったんだろうって。


 ミヨ、お前が犠牲になってまで助ける価値のあるヤツじゃなかったぜ、コイツは。

 中立の立場じゃなければアタシがコイツを今すぐ殺してやりたいくらいだ…

 そんなことしたらアタシまで幽閉されちまうからやらないが。


 自分の中の理解不能な怒りを、ミヨの行いを侮辱された怒りにすり替えて、憤慨した。

 でも、アタシはコイツに死んでほしかったのか、生きてほしかったのか、自分でもわからなかった。

 先日はコイツが死ねば丸く収まるって思ってた。

 しかし意外にも、コイツは影使いを出し抜いて上に立った。

 でも死ぬ。


 よくよく考えたら、それがベストなのでは?

 勝負に勝って試合に負ける。

 結果はミヨたちが参戦邪魔する前と変わらず、でも一矢報いた。

 それでお互い手打ちだ…


 …

 ……


 分からない。

 何かスッキリしない。


 ぐちゃぐちゃだったアタシの頭では、もう影使いにやられるコイツを見ることしかできなかった。

 ていうか、こんなときにイチャイチャしてんじゃねーよこのタコ!!

 信じらんねーぜ…



 だが、影使いがアイツを気絶させた後、さらに信じられないことが起きた



 アイツを床に横たわらせて、あとは首をハネるだけだというのに…

 なのに影使いはそれをしなかった。

 それどころか、自分のデスクに向かって便せんに何かを書き始めた。

 そんなもん書いてどうするんだ?

 というか今することなのかそれは…

 そんなもん後でいくらでも…


 後で…?



「センパイ、ちゃんと気づくかな…もういっそ手に握らせて」

『…なぁ』

「っ!?」


 影使いは、まさか誰かに声をかけられると思わなかったのかとても驚いた表情で振り向いた。

 だがアタシの姿を確認すると、安心して一息ついた。

 先ほどまで流していた涙は、今はもう見られない。


「なんだぁ…センパイの憑き神サマかぁ、びっくりした」

『いや、アタシはコイツの憑き神の代理みたいなもんで、担当ではないんだ』

「あぁ、そうですか」


 心底興味がないといった態度だ。


「用事があるなら早くしてくださいよ、もうあまり時間がないんですから」

『いや、そのだな…なんで手紙なんか書いてるのかなって…それじゃまるでアンタが死ぬみたいじゃ』

「死にますよ」

『…は?』

「だから最後にセンパイに手紙を書いてるんです。もういいですか?先輩が起きちゃうんで」


 いやいやいやいやいや

 どうなっているんだコイツらは

 お互いがお互いに勝ちを譲るとか!

 自分の命を何だと思っているんだ!?


「人の命でゲームをしているアナタ達に言われる筋合いはないですけどね」

『ぐっ…!』

「それに、私はもう先ほどセンパイに救われましたから。これはその恩返しなんです」

『恩返し?』


 アタシには理解不能だった。

 お互い恋人でもなんでもない同士で、命を、勝ちを譲るなんて…

 そう言うと影使いは


「本当の愛を知らないなんて、可哀想な女神サマ…」


 と、大げさに哀れまれた。

 なんかムカツク…

 オメー結婚したい相手いるって言ってたろ!浮気だ浮気。


「私はさっき気付いたんです、私の事を本当に理解わかってくれてたのはセンパイだって。それに気づくのが少し遅かったですが…最後に間に合って良かったです」


 悲しみと、喜びと、愛情に満ちた視線で、寝ているアイツを見ていた。

 本当に、コイツの為に死ぬんだな…



『にしても、救われたってなんなんだよ?コイツはお前になんかしたか?幸せになれとかなんとか言ってたけど。それでなんで…』

「女神さまには見えませんか?私の後ろに立っている、9姿が」

『……』

「この一か月間ずっと五月蠅かったんですけど、先輩が声を掛けてくれたらすぐ静かになったんです。他にも、私が言ってほしかった事をピンポイントで言ってくれて…」



 もちろん、アタシにはそんな人間は



 そうか…

 この娘はとっくに正気じゃなかったんだな…


 それもそうだろう。

 ゲームが始まる前までは、大学出て間もない普通のOLだったんだからな。

 正気でいられるほうが正気じゃない。

 そして、ずっと苦しんでいたこの娘を、アイツの優しさ(?)が救ってやったんだろうな…



「とまあそんなワケで、私は先輩に感謝しているんです。私を地獄から解放してくれたんですから。といっても9人も殺しているんで、違う地獄には行くかもですが」

『…かもな』

「あ、そうだ!丁度よかった。私が死んだあと、この手紙をセンパイに読むよう伝えてくれますか?」

『手紙?』

「はい!センパイが目を覚ました時に、ただ私が死んでたんじゃセンパイ一生引きずるじゃないですかぁ?それじゃ恩返しにならないんで、ちゃんと先輩が前を向いて歩いて行けるように、ちょっとしたアドバイスです」


 そう言うと、便せんを四つ折りにして、自分のデスクの上に置いた。

 そして寝ているアイツから少し離れたところに立つと、影を出現させる。

 右腕が刃になっている、先ほどまでよく使役していたタイプだ。

 そしてその影が刃を振りかぶったところで、何かを思い出したような顔をして急いでアイツの顔の近くにしゃがみこんだ。


 影使いは小さい声でささやくと、上からアイツの唇に自分の唇を重ねていた。



 今度こそやり残したことがなくなったようで、また離れた位置に戻った。

 そしてアタシに


「ちゃんと手紙のことを伝えてくださいね」


 と念を押すと、自らの能力で命を絶ったのだった。









 ________________________________________







 アイツが目を覚ました。

 どういう状況か理解できていないようで、必死に頭を悩ませていた。

 あの娘のことを伝えようと思ったが、この二人にアタシは随分と心を揺らされた。

 だから、少し意地悪をしてやろうと思った。


 あたかもコイツのせいで娘が死んだと匂わせるような言い方をした。


 すると、みるみる顔が青ざめていくのが分かった。

 影に刺された時だってしなかったような青白い顔になった。


 ていうか、気絶する前あんなにイチャイチャしてたんだから、自分のせいじゃないって分からんもんかね…?


 …

 ……


 見ていられなくなって、アタシはコイツに気絶している間のことを教えてやることにした。

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