第13話 生きる意味
「…んっ」
俺はオフィスの自席で座って待っていると、西田の声が聞こえた。、
「目が覚めたか」
俺は席を立ち、ゆっくりと声のする方へ向かう。
今は結界の中なので、同じフロアどころか周辺に誰も居ない状態となっている。
俺と西田以外は。
俺は西田が気を失っている間に本人の椅子に座らせて手を後ろに縛り、さらに椅子と本人を括り付けておいた。
縛るのに使用した適当な紐は能力で硬化させており、影の刃でも切れないようにしてある。
あと鼓膜も破れていたので、回復しておいた。
これでゆっくり話ができる。
鼓膜が破れていた原因は、もちろん先ほどの音響攻撃だ。
戦闘中に俺の声量とスマホの性能、そしてさっきオフィスに寄ったときに西田の電話の受話器を強化しておいた。
電話に西田が出た瞬間、強化された俺の発声と強化された受話器のスピーカーによる音の弾丸が西田の鼓膜と脳を撃ちぬいたというワケだ。
「いつ分かったんですか?」
「ん?」
「私がゲームの相手だって、いつ気づいていたんですか?」
「ああ…」
違和感を覚えた点はいくつかある。
例えば、先日喫煙所で影に襲われた時、奇襲をかけたタイミングが良すぎたこととか。
あの時は気が緩んでいたとはいえ、俺も襲撃者を警戒していた。
にもかかわらず、人気のない場所で一人になったタイミングで背後から急接近だ。
凄腕の相手という線ももちろん捨てきれなかったが、身近な人間の可能性が俺の頭をよぎった。
そして2つ目は、この前西田が会話の中で漏らしたサバみそ定食の話だ
「西田は、倒壊したビルにテナントとして入っていた和食ダイニングのランチを食べたんだよな?」
「ええ、そうですけど…」
「あの店の1日限定10食のランチを」
「…そうです。2週間前のオープン日からやってた限定10食のメニューが美味しいっていうから、食べに行きましたよ。でもそれがどうして…」
「サバみそ定食はあの日しかやっていなかったんだ。ビルが倒壊した日のランチしかな…」
「え…」
そう、話題の限定メニューというのは本当はブリの照り焼き定食で、サバみそはあの日しか提供されなかったのだ。
メイン食材のブリが業者の手違いで届かず、その日急遽代わりに出したのがサバみそだった。
店員に直接聞いたから間違いない情報だ。
「…だから何なんですか?」
「ん?」
「私はあの日しかないサバみそを、大人気限定メニューと間違えただけですよね?それがどうして、私をゲーム参加者だという要素に…」
「俺もあの日食ってたんだよ、そのサバみそを、ギリギリ10人目の客として」
昼休みになってすぐに店に向かった俺は、なんとか10番目に滑り込むことが出来た。
店のオープンとほぼ同時に向かったにもかかわらず、ギリギリだった。
そしてランチを食べている最中に、例の倒壊事故が起きた。
俺はその日の記憶を途中まで忘れていたけどな。
そしてもし西田が同じ日に同じメニューを食べていたんだとしたら、おかしなことがある。
10食という数の少なさということで、俺よりも僅かに早く店に入ったと思われる西田が事故の被害者リストに入っていないのは不自然なんだ。
あの事故に巻き込まれていないワケがないんだよ、僅かな時間差で入店している西田がな。
「俺が西田に気付かなかったのは、その日西田はオフィスから店に行ったんじゃなくて登記簿謄本を取りに法務局に行って、そのまま店に行ったからだ。だから俺よりも先に店に着いていたし、店内はすだれで仕切られて半個室になっていたから、入ってしまえばお互いが認識できなかった。違うか?」
「…当たりですよ…流石センパイ、鋭いですね。というか、被害者リストとか調べていたなんて思わなかったですよ…」
一度怪しんでしまえば、これまでの不可解な点が浮かんで見えてくる。
俺が事故後に初出勤して総務部の部屋で色々と質問攻めにあっていた時に、国木田課長は俺に向かって、よく無事だったなお前ら(・)と言っていたんだ。
直後、後ろにいた西田に話を遮られて、社長に呼ばれているからと俺を退出させた。
国木田課長にこの前確認したら、当日西田が事故に巻き込まれていた事を偶然知ったが大したケガも無いし、心配かけたくないからと口止めされていたことを話してくれた。
また、社長にも確認したところ、あの日報告の為に俺の事を呼んだ覚えはないとのことだった。
社長の中では、俺が自主的に報告に来たのだと思っていたそうだ。
もちろん西田に伝言を頼んでもいなかった。
「さっき俺が一度ここに来たとき、西田が隠れていることも分かっていた。だから一芝居打たせてもらった」
たまたま仕事に来たら正体不明の襲撃者に不意討ちされたように振る舞ったのも、能力切れに見せかけてわざと影人形の攻撃を受けたことも、全ては西田を殺さずに捕まえるための罠だった。
「それで、先輩は私を殺さないでどうするんですか?今更話すことなんてないでしょう…」
「聞こうと思ってな」
「…聞く?」
「全員を殺してまで生きたかった理由を」
「…え?」
何言っているんだコイツは?という顔をしている。
それはそうだろう。
全員殺さなきゃ死ぬ状況で、何で殺すのか?なんて聞かれたら答えは『死ぬから』以外に無いだろう。
だが俺は、どうしても西田が自分の為に積極的に殺しをするような奴には思えなかった。
たかが仕事の同僚ごときが何を知っているんだと言われたらそれまでだが…
西田の生きる意味を俺は聞きたかった。
最初は呆れとも驚きともとれる表情をしていた西田だが、俺がふざけてたり煽ったりするような態度ではないことを悟ると、徐々にだが話し出した。
「私には、付き合って2年になる彼氏がいるんです…」
それは知っていた。以前篠田と飲みに行ったときに、突然
『そーいえば西田サンて、付き合ってもうすぐ2年になるカレシがいるんだってさ!』
と俺に教えてきたことがあった。
「その彼と、近々結婚しようと思っているんです。それで今年度の末には寿退社して、再来年くらいには第一子も生まれて…!」
西田はずいぶんと先の人生設計まで細かく俺に教えてきた。
その後も子供の習い事がどうだとか、大学受験がこうだとか、それはもう先のことまで詳細に。
まるで子供が欲しいものを買ってもらう為に親を一所懸命説得しているような、そんな必死さを西田から感じた。
「…もう少しで私、幸せになれるところだったのに……なんで…なんで私なんですか!他にも沢山人がいるのに、どうして私が事故に巻き込まれなきゃならないんですか!もっと死んだ方がいい人間なんて沢山いるのに、どうして私なんですかぁ…教えてくださいよ先輩…!」
気付けば明るい人生設計から、ただただ悲痛な呟きを漏らすだけになっている。
気持ちは…分かる。俺だって同じ事故被害者だ。
西田と違う点は、俺はそんな先の事まで考えてはいないということだ。
だが、今は前とは少し違う。
この非現実的な日常の中で、自分のしたいことが分かった気がする。
それをするために、今日、西田を殺さず話を聞いたんだ。
そして気持ちは決まった。
「私のことを気の毒だと思うなら、助けてくださいよ…ねぇ先輩…」
「わかった」
俺はそう返事をすると、近くの席からカッターを拝借し、西田に近づいた。
それを見て、一瞬怯えるような表情をした西田だったが、すぐに覚悟を決めたのか目を瞑り、その時を待った。
そんな西田に近づき、カッターの刃を出すと
手と体を縛っている紐を切った。
「…え?」
殺されると思っていた西田は、自身の拘束を解かれ何が何だか分からない様子だった。
「西田」
「…はい」
「俺を殺せ」
体の自由を取り戻した西田に、俺は有りえない一言を放ったのだった。
______________________________________
「何を言って…」
「俺を殺して、お前が生き残れと言ったんだ」
西田は訝しげ、というには優しいか…警戒マックスな顔をしている。
先ほどまで俺の張った策略の話なんかを聞いていたんだ、また何かあるのかも…と探りを入れている様子だ。
冷静に考えれば俺は西田をいつでも殺せる状態にあったし、今更何の罠にかけるんだという結論に至りそうだが、この状況では難しいかもな…
俺は西田に補足説明をする。
「俺は…昔から器用だったんだ」
「……」
「勉強でもスポーツでも、少しやっただけで基礎なら人よりも早くモノにできた。多分、コツを掴むのが上手かったんだと思う。そうすると、すぐに"ああ、こんなもんか"って考えになって、分かった気になって、一つの事をやりきろうって風にならなかったんだ」
俺の唐突に始まった自分語りに、警戒しながらも西田は耳を傾けていた。
俺は俺で、考えがまとまらないまま浮かんだことをそのまま口から発している状態だ。
「だからよく妹には『もっとやる気を出せば凄いところまで行けるのに!』って、それは今も言われてるんだけど、その動機が無いんだ。何のためにやるのかって。それに比べて西田は、頑張って生きようとしてただろ。俺よりもよっぽど生きるべきだと思ったんだ。俺には西田みたいに誰かを殺してまで生きようって気が…」
そこまで言って、自分の失言に気が付いた。
見ると西田の表情も少し険しくなっていた。
これじゃまるで、これまでの西田の行いを揶揄しているようだ。
違う…!
俺が伝えたいのはこんな事じゃないだろ…
俺が気付いた気持ちはこんな事じゃないハズだ…
「…っていうのは建前で!」
…苦しい。
無理くりテンション上げた感が痛々しい。
西田も無表情で白けきった雰囲気を出している。
変な汗が止まらないが、もう突っ走るしかない。
「俺は西田に…生きてほしいと思っている。幸せになってほしいと思ってる」
「…っ!?」
ゲーム参加者が西田かもしれないと思ったとき、ああ、この娘だったら命を諦めても良いかなって思ってしまった。
もし邪な事を考えていたらちょっと嫌だなとか考えていたけど、先ほどの生きたい理由を聞いて、安心した。
俺はこの明るくて頑張り屋な後輩の事を、思いの外気に入ってたのかもな、なんて事を伝えた。
つか俺は何を後輩に言ってるんだろう。
もうすぐ結婚する人にカミングアウトして、セクハラと言われてもおかしくないな。
「…ぷっ!」
俺の斜め上の告白を聞いて呆気に取られた顔をしたかと思えば、今度は吹き出したよこの後輩。
必死に笑いをこらえている姿に、すこし恥ずかしくなった。
「…笑うなよ」
「だ、だって…さっきまで命をかけて闘っていた相手に、こんな情熱的にプロポーズされるなんて思ってもみなくて…あーおかしい」
「プロポーズ?それは言いすぎじゃ…そこまで」
「いえ、プロポーズですよ、今のは、もはや!」
そうか、まあ西田がそう言うならいいけど。
ちょっと変わった感性してるなとは思った。
でも、すっかり元気になってくれたようで、俺としても嬉しい限りだ。
…いや、西田の言う通り、好きじゃん!俺。気付かなかったよ。
でも、これから死ぬの分かってるのか?俺。
もうさっさと終わりにしよう、うん!
「じゃあ、そろそろ…」
バツが悪くなった俺は、西田を急かすように立ち上がった。
強化を使わずに影人形で俺の首をハネれば、多分生き返らないハズだ。
全身に施していた強化を解くと、彼女の目の前に移動した。
すると西田は。
「…後ろ向いていてください」
と俺に頼んだ。
「はいはい」
見つめあっている相手の首をハネるのは流石に抵抗があるらしい。
俺は西田の居ない、窓の方を向いた。
「最後にいいですか?」
「いいよ」
「私のどこが好きですか…?」
「顔と身体」
「真面目にお願いします」
まだ引っ張るのかよ、ソレ…と思ったけれど最後の出血大サービスだ。
俺が気に入っている西田の良いところを全部教えてやろう。
「一見キャピキャピ系だけど根が真面目で真摯なところ」
「あとは?」
「自分よりも周りのことを第一に考えられる優しいところ」
「…それで?」
「自分が落ち込んでいても無理して周りを明るくしようとしてるところ」
「他には…?」
「意外に芯が強くて、間違っていると思ったことはハッキリ伝える点」
こんな感じで、促されるままに良いところを挙げ続けた。
最後の方はすげーどうでもいいこととか、小学生並みの感想とかになっていた気もするが。
しばらくすると満足したのか、西田の促しが止んだ。
「…ありがとうございます。もう、大丈夫です」
「そっか…」
いよいよお別れの時が来た。
ノーコンティニュー、これでおしまい。
流石にこの死に方でガチの異世界転生はないだろうな、なんて考えていた。
後ろで影人形が出たのが分かった。
少し緊張していると、突然首のあたりに強い衝撃が走った。
「ウッ…!!」
意識が遠のいていく。
視界が歪み、前のめりになりそうなところに、両肩を引っ張られる。
影人形だ。
影人形が俺の両肩を後ろに引っ張り、今度は仰向けに倒れそうになる。
俺は床にぶつかる衝撃に反射的に身構えていたが、想定していたものは来なかった。
(何だ…?柔らかい…)
後頭部に感じる柔らかい感触が、頭と床の激突の衝撃から守った。
膝枕だ。西田が正座をし、俺を膝枕してくれていたのだ。
ずいぶんサービスいいじゃないか。
意識が無くなる直前、俺が見た西田は
満面の笑みで
涙を流していた
________________________________________
うっすらと意識が覚醒していく。
今どんな状態だっけ…
ここは天国か…?それとも地獄?
いや、見知った天井…
「っ!」
勢いよく飛びあがると、俺は周囲を確認した。
しかし間違いない、ここは総務部の部屋だ。
どうして総務部の部屋にいるんだ?おかしい…
殺されていないとおかしい。
俺が生きて総務部の部屋にいてはダメなはずだ。
いまいち状況が理解できていない俺に、突如声がかけられる。
『よぉ、目は覚めたかい?』
「女神サマか…」
『ああそうだ、アンタの仮担当の女神様だ』
オフィスには西田がおらず、先ほどまで姿を消していた女神サマの姿があった。
「なあ、あの後どうなった?ゲームは?西田が居ないんだが、どういう事だ!?」
『まあまあまあ、落ち着けよ』
女神は食い入るように質問攻めをする俺をなだめた。
そして俺の質問に一つずつに答え始めた。
『西田さくらはアンタが気絶した後、影人形で自分の首をハネて自決した。ゲームはアンタの勝ちだぜ。生き残ったのはアンタだ。西田さくらの遺体は多分彼女の墓の下だ。最初からビル倒壊事故で亡くなったことになるって言ったよな?ここにはもう、西田さくらはいない』
…は?
西田が自決?
言っている意味が分からない。
俺に分かるように説明してくれ…
『いやーそれにしても、見事な精神攻撃だったな。まさか相手を自決させるなんて、恐れ入ったよ』
精神攻撃?
何を言っているんだ?
俺にはそんなスキルは備わっていないぞ。
どういう…
「ッ…!」
まさか…
俺が「人を殺してまで」とか言ったからなのか…?
それでもう生きるのに嫌気がさして…
俺はその場で膝から崩れ落ちた。
助けたいと思っていた相手を、知らず知らずのうちに追い詰めていたかもしれない。
そう思うと、全身に力が入らない。もう自分の足で立っていることが出来ない。
俺は何てことをしてしまったんだろう。
どうして俺だけがここにいる?
後輩一人救えないで、何がやりたいことだ…
しばらく声にならないつぶやきを吐き続けていた。
だが、そんな茫然自失な俺を見て、女神がようやく言葉を口にする。
『チッ…見てられねーな。嘘だよ、嘘』
「………嘘…?」
『よく聞けよ?あの後本当は何があったのか、今から教えてやる』
女神は、俺が寝ている間の出来事を話し始めたのだった。
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