第12話 激突
オフィスビルの裏口が面しているやや細い路地。
俺はビルを背に陣取り、左右に視線を動かした。
右側には3体、左側には2体の影人形が構えている。
右側の3体のうち2体は右手の形状が刃となっており、残りは普通の腕だ。
左側の2体のうち1体は刃、もう1体は槍だ。
先日のやり取りを見るに、形状は自由自在に変えられるのだろう。
改めて非常に応用の利く能力だ。
俺は自身の右腕のギプスを能力で柔らかく弾力のある素材にすると、強引に腕から抜いた。
包帯も邪魔なので外す。
囲まれていると色々とやりにくいので、まずはこの路地を抜けよう。
俺は槍型の影人形に狙いを定めると、一気に距離を詰めた。
槍型は当然右手の槍をこちらに向かって突き出す。
こちらはそれをすんでのところで躱すと、右手で影人形の首を掴む。
そしてそのまま、ビルの壁に影人形を叩きつけた。
影人形の首の部分が破裂し、頭や胴体はビチャビチャと地面に崩れた。
その間、背後からもう1体の影人形が俺を切ろうと刃を振り下ろす。
素早く振り向くと、刃と腕の境目のところを掴む。
そして足をかけ体勢を崩すと腕力にモノを言わせて強引に地面にたたきつける。
最後に顔面を思い切り踏みつけると、破裂し胴体もろとも崩れた。
右側に居た3体の影人形がこちらに迫ってきていたので、俺はダッシュで離れる。
大通りに出ると、そのまま道に沿って走り続けた。
今のところ影人形に少しも引けを取っていない。
ここ数日は少しづつ筋トレをしつつ、
ハッキリ言って超付け焼刃なのだが、身体能力強化と併せることでそれなりの成果を出せたようだ。
武道の達人なんかには全く通用しないと思うけど。
道をしばらく走っていると、ある事に気付いた。
街に人が居ないのだ。
車や自転車もだ…
路肩や駐車場に止まっている車はあるものの、走っている車は1台も無い。
いくら休日のオフィス街とはいっても、明らかに普通ではなかった。
何が起きているんだ…?
『そいつは結界だぜ』
俺の疑問は思わぬ形で解決された。
この前の女神が、俺の近くを飛んでいたのだ。
思わず足を止めると、俺は女神の話に耳を傾けた。
「結界…?」
『ああ、この辺り一帯は現実世界から切り離された空間になっている。誰も入ってこれないし、誰も出られない。最終決戦に相応しい舞台となったワケだ』
見ろ、といって指さした先にはうっすらと白い壁みたいなものがあった。
それは内神多から
女神が言うように、この街は誰のも邪魔されず1対1で戦いを行う為のステージにされていたという事だった。
多勢に無勢の気もするが。
しかし、相手はこんな技も使えたのか…
『これは相手の技じゃねー、相手に憑いている神の力だ』
「は…?」
『元々このゲーム、開催中に1度だけ自分憑きの神に頼んで奇蹟を起こしてもらえるルールになっているのさ。ただし、あくまで神が"ゲームが面白くなりそう"と判断した願い事だけだがな。相手を殺して、とか能力を封じて、とかそういった直接的な願いは大体却下されるぜ』
それで今回は、俺が逃げてしまわないように(と、余計な邪魔が入らないように)結界で囲ったということか。
だが、俺は一つ納得がいかないことを口にした。
「俺は…?」
『ん?』
「俺のお助けチャンスは無いのかよ!?」
『あー…無い。担当であるミヨが不在だから』
「代理で力貸してくれよ!」
『正式な担当神じゃないから禁止されてんだよ。アタシができるのはせいぜい説明くらいだ』
「チクショウ…」
どうやら飛び入り参加の俺は、神から相当嫌われているらしい。
道化として踊って、最後は惨めに負ける事を望まれているに違いない。
まあでも、最低限の説明を受けられるだけ在り難いと思う事にしよう。
「はぁ…」
『ホラホラ、ため息なんかついてないで、敵が近づいてきているぞ』
大通りをオフィスビルのある方から、5体の影がこちらに向かってきている。
そのうち3体は走っており、もう2体は翼をこしらえて飛んできていた。
この前俺を追って来た時の飛行型か。
ただこの前と違う点は、右手がキャノン砲みたいになっている点だ。
あれで上空から撃たれたのでは、飛び道具の無い俺では分が悪いな…
…と、相手が思っているのならそれは間違いだ。
何も格闘術だけが俺の練習の成果ではない。
色々と準備した物の一つを、今ここで見せてやろう。
(神の理不尽に対する憂さ晴らしの意味も込めて)
敵との距離はおよそ30メートル。
俺はボディバッグからあるものを取り出すと、右手で強く握り。
そして右腕や肩をより一層強化して、大きく振りかぶる。
よーく狙いを定めて、十分に引き付けてから…
「うおらぁ!!!!」
右手に握ったものを敵に思い切り投げつけた。
俺の気合いの掛け声から数秒も立たないうちに、離れた所にいる5体の影は1体残らず四散したのだった。
「ーっし!」
『ヒュー、やるねぇ。一体なにしたんだ?』
俺は女神に説明するため、ボディバッグから先ほど投げつけた物を取り出し、女神の前へ差し出した。
「これだよ」
『これは…』
「パ
チンコ玉だよ」
『その改行はおかしい』
そう、俺が用意していた飛び道具とは、このパチンコ玉だった。
家の近くの1円パチンコで玉を沢山仕入れて、鞄に忍ばせていたのだ。
俺の能力の性質上、離れた相手に能力を行使することはできても、攻撃手段には乏しかった。
しかし、この投擲攻撃なら離れた相手にも有効であることが今証明された。
ポイントは腕全体や肩の力を強化するだけでなく、玉が手から離れた瞬間に、玉の重さを能力で2000倍くらいまで増やすことだ。
1玉およそ5.5gなので、10kgちょいの鉄の玉が時速150km以上の速さで飛んでいく。
(スピードガンで測ったワケではないので、正確な速さは分からんが)
最初投擲の練習をしたときは、野球ボールで行っていた。
ところが今までの人生でピッチングの練習をしてきたわけではなかったので、うまいことボールが目標に当たらなかった。
そこで散弾銃から着想を得て、小さい玉を数うちゃ当たる作戦に切り替えたところうまくいった。
パチンコ玉が命中し崩れた影は再び集まって、5体の影人形となった。
一つ気づいた点は、この影人形も一定のダメージを受けると行動不能になるということ。
例えば、先ほど影人形の首を掴みビルに叩きつけたところ、首がもげて体全体が崩れた。
首のないまま槍を振り回すのではなく、再形成しなければならなかったのは仕様か。
頭の部分に術者の視界を司る何かがあって、そこを潰されると作り直す必要があるとか。
作り直す際に、エネルギーを要するのか、とか。
色々と確認したいことがあるので、試してみよう。
俺は近くにあった進入禁止の道路標識を地面から引っこ抜くと振り回しやすい大きさに
カットして構えた。
そして影人形の集団に向かって突っ込んでいった。
________________________________________
先ほどの大通りとは打って変わって、ここは昔ながらの民家や個人経営の店などが立ち並ぶ路地。
俺と影人形の戦闘は、"消耗戦"へと移行していた。
なぜなら、幾度もの攻防の中で、お互いの攻撃が相手に有効でないことが分かったからだ。
影人形は刃や槍、砲撃、ハンマーや捕獲用のネットなど様々な変形を行いこちらに攻撃をしてきたが、全身の硬化に加え材質を柔らかくすることのできる俺の能力の前には、それらは無意味であった。
俺の方も、どこを潰しても再生してしまう影人形相手に、突破口を見いだせずにいた。
今はお互い相手の能力切れを待っている状態だ。
相手にしてみたら、俺の能力が切れれば当然刃も槍も通るし、治療もできないと見越している。
俺も相手と話をするためには、この影の能力が邪魔だった。
俺はなるべく影人形の頭を狙い、多く再構築を行わせるようにした。
再構築が能力消耗に繋がるかは正直分からないが、これ以外に手段が浮かばなかった。
対して影人形はこれまでの一点突破ではなく、俺を囲むようにしての波状攻撃を主体としていた。
なるべくこちらの攻撃回数を増やして、体力と能力を消耗させようというのだ。
しかし、こんなやりとりが20分くらい続き、俺は段々と焦れてきた。
相手の勢いは一向に弱まる気配がないし、こちらも体力には全然余裕がある。
ただ、影人形5体にチョロチョロされるのは鬱陶しいことこの上ない。
なので、俺は用意していた保険を使うことにした。
俺は路地を細かく行ったり来たりして、影人形をかく乱するように移動している。
狭い道から大きい道に出ようとしたところ、道の先から突如槍型の影人形が現れ刺突を繰り出してきた。
俺は避けきれず、鋭い槍で肩口にかすり傷を負ってしまう。
反撃し、槍型の影人形の頭を潰すと、再び大通りを全力疾走し影から距離を取った。
俺は逃げながらもボディバッグの中にあるスマホを操作し、あるところに電話を掛けた。
後ろからは、先ほどまでバラバラだった影人形が勢ぞろいで俺を追ってきていた。
恐らく俺の肩の傷を見て、好機と踏んだのだろう。
『なんだ、電話でもして助けを呼んでんのか?ここには入ってこれないと思うぞ。あの警官だろ?なぁ』
女神の問いかけは無視して、俺は逃げ続けている。
電話先の相手は忙しいのか、全然出てくれない。
一旦切って少ししたらまた掛けなおす、を何度か繰り返したが駄目だった。
(出るわけないよなぁ…)
俺は仕方なく覚悟を決めて、大通りから再度狭い路地に移動した。
当然ながら影人形も後を追って狭い路地に入ってくる。
迫る影人形を1体、また1体と潰していく。
突如、2体の影人形が正面から同時に攻撃を仕掛けてくる。
2体の刃を手で受け止めるも、パワーに押され反撃に移れずにいた。
すると、俺の背後から槍型の影人形が高速で近づいてきた。
『危ない!!後ろ!!!』
女神の警告も空しく、俺の体は槍型の影人形の激しい一撃に貫かれてしまった。
続いて目の前の2体の影人形も、右腕の刃で俺の体を刺した。
たまらず俺は地面へと倒れこんでしまう。
遅れてきた2体の影人形にも、体をそれぞれ刺された。
だがこちらがピクリとも動かないところを見ると、少し距離を取った。
すると…
『はい、もしもし…』
俺のスマホからは、地面に倒れた直後にかけた電話先の相手の声が聞こえた。
その瞬間、俺は自身の能力で傷・ダメージを全て回復させた。
加えて、肺活量・声帯・スマホのマイク性能など、とにかく色々と強化した。
そして素早くスマホを手に持つと、ものすごい量の息を吸い込み、スマホに向かって
<<<お疲れ!!!!!!!!!!!>>>
と叫んだ。
すさまじい音圧で周囲の建物などはグラグラと揺れていた。
遠くの方までガラスがミシミシとその衝撃にあえいでいる。
結界内じゃなければちょっとした事件になっているところだ。
俺は相手の神に感謝をした。
(もちろん皮肉を込めて)
そして、近くの影人形はゆっくりと崩れ去り、今度は再構成されることなく消滅した。
どうやら上手くいったようだ。
俺の追い詰められたフリからの音響攻撃が…
『な、なんだよ…?!一体』
女神が訳も分からずといった様子で狼狽えている中、ようやく邪魔な影人形が消せたところで俺はさっそく、その影の能力者の元へと向かうことにしたのだった。
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4階のオフィスに戻ると、ロッカーにあらかじめ用意しておいた着替えを取り出し誰もいないが一応更衣室で、この前よりも血まみれ&ズタズタになった服から着替えた。
着てきた服はオフィス内に捨てるわけにもいかないので、適当な紙袋に入れて持ち帰ろう。
そして俺は話をするために、総務部の部屋へと入った。
自分のデスクのすぐ近くで気を失っている 西田さくらに話を聞くために。
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