第11話 迫るエックスデー
水曜日
昨日は丸一日休暇を貰っていた。
俺が月曜日に流血騒ぎを起こし、その回復のため上司が半ば強制的に取らせたのだ。
腹部を刺されましたが今は能力で全快したので大丈夫です!と言うワケにもいかず。
(そんなことを言ったら頭の心配をされそうだ)
一応病院には行き、異常がないことの診断を医者から貰った。
ちなみに右手のギプスはまだ付けたままだ。
流石にこの短期間で完治したらざわついてしまうかもしれないと思い、言うのは留まった。
それにギプスを柔らかくしてしまえばいつでも着脱可能なので、戦闘においてそこまで不利になることは無いだろうと判断した。
もしかしたら油断してくれるかも、と期待したが、あの刺し傷を完治させておいて骨折は治せない、とは相手も思わないだろう。
そして今日
俺は犯人だと思われるとある人物に接触を試みたが、その人物は休暇を取っていた。
なんでも昨日から体調不良で休んでいるとか。
仮にその人物が犯人だとしたら、その休暇理由も怪しいけどな。
その辺の喫茶店に潜んで、また影人形で狙っていたり
影で顔を変えて会社の誰かに変装しているのかも?
相手の能力の可能性を考えると、やりようはいくらでもある。
だからこちらも、ずっと警戒を怠らなかった。
身体能力はずっと強化したまま、なるべく一人にならにようにし。
家では寝ずに、毎日違うビジネスホテルで寝泊まりする予定だ。
正直痛い出費だが、泣いても笑ってもあと1週間だ。
その間に向こうもこちらもお互いの首を狙う。
俺も会社を休もうかと思ったが、それは止めた。
日常生活を崩さないのは、7月1日以降も生き残るぞという自分なりの決意表明だ。
それに、少し話を聞いておきたい人が二人ほど居たからだ。
まあ、それほど長くはかからない。
_________________
そして昼休み
俺は一人で宝来に来ていた。
別に何か用事があったわけではないが、何となく、誰かと話がしたかったから。
犯人の目星がついているとはいえ、絶対ではない。
あの職場で心の底から安心して誰かと話す気にはなれなかった。
だから確実に関係者が居ないところで、他愛もない話がしたかった。
俺は引き戸を開けて、おっちゃんの店に入る。
「よっ、卓也じゃねえか。今日はなんだい?」
「あー…レバニラ定食、レバーマシマシで」
「……わかった」
おっちゃんはタバコの火を消すと、厨房に入っていった。
俺は水を飲みながらつけっぱなしのテレビから流れるニュースを見る。
行方不明者が年々上昇しているだとか、未解決事件がどうとか物騒な内容が目に付いた。
ほどなくして、俺の目の前にレバニラ定食が出てきたので、テレビから意識を移して食事に集中する事に。
しばらく食べていると、また客席に戻りタバコを吹かせていたおっちゃんが話しかけてきた。
「卓也おめー、何かあるのか?」
「…」
何かあったのか、ではなく、何かあるのか、か…
まいったね、流石おっちゃんだ…
「おめーがウチ来てそれ頼むときはよ、大体近くになにかあって気合入れたいときじゃねーか。違うか?」
「…ああ、実はちょっと大きな仕事がね、あるんだ」
そうだ、いつも気合を入れたいとき、ここで頼むのはレバニラ定食だった。
しかもレバーマシマシなんて、いつもより重大な案件だということを察しているのだろう。
このおっちゃん、情報が早いだけでなく人の感情の機微にも非常に敏感なのだ。
そんなおっちゃんだからこそ、俺はこうしてタイムリミット前に話がしたかったのかもしれない。
泣いたり、体が震えだす程ではないが、やはり本物の殺意に触れて俺は多少なりとも恐怖を感じた…のだと思う。
瓦礫の下敷きになって死ぬのとはワケが違う。
相手がいて、俺に殺意が向けられているのだ。
そんなことは26年間生きてきて一度も無かったのだから、戸惑いもする。
とはいえ、命を賭けた殺し合い前に気合を入れたかった!とは言えるわけもなく。
(やっぱり頭の心配をされてしまう)
適当に濁して返事をした。
けれど、何か少しでも吐き出したくて、中学生の相談事みたいな聞き方をした。
「まあ、レバニラとは関係ないんだけどサ…」
「ん?」
「もし、自分の寿命があと1週間しかないとしたら、おっちゃんならどうする…?」
いや、これすっごい恥ずかしいな!神妙な顔で何聞いちゃってんの!?
しかも内容は子供の悩み、打ち明ける前の枕詞!!
冷静になってみるとかなりおかしなことを聞いたと反省し、取り消そうとした。
「いやゴメン、今のはやっぱり…」
「やり残したら一番後悔しそうなことを済ませる、かな」
「え…?」
「一般的にはよ、親孝行とか、家族で過ごすとか、誰かに思いを伝えるとか言われてるだろ?でも、みんながみんなそうじゃねえハズだ。もし家族がいたって、最後に学生時代の思い出の味が食いたいってやつがいるかもしれねえし。読みかけのあの漫画の最後がどーしても気になる!とか。病気の親ほっぽり出して、童貞捨てるために風俗行きたいってやつだってなぁ」
「風俗て」
「だってそうだろ?これから病気の親より早く死んじまうのに、女を知らないで死ぬのか…と思いながら死ぬんじゃ、死にきれねえだろうよソイツは」
「まあ、確かにそうかもな…」
「1週間もあれば、2、3個あっても全部叶えられるかもしれねーしな」
「そりゃあまり大きいものじゃなければ」
おっちゃんは一度大きく咳ばらいをする。
そして再び話し出した。
「何が言いたいかってーと、世間とか常識とかに囚われずに、しっかりと自分の願いを見極めて、後悔しないように生き抜け!ってことよ」
「…生き抜け」
「残り寿命が消化試合だなんてヤツぁそうそういねーからな?人生一番の大見せ場!!くらいのつもりで過ごしゃあ、冥土の土産も両手じゃ抱えきれなくなるってもんよ」
がっはっは!と高笑いをしている。
ていうか、ぼかしたのに完全に俺に向けて言ってるよね?やだ恥ずかしい…
しかし、何か背中を押されたような気がする。
俺のやりたい事…
そうだな、そのためには次の戦闘で相手と話をしなきゃな。
生け捕りなんて容易ではないのは分かっている。
正面切って出てくるような相手なら話しかけることも容易いが、なにせ影に戦わせているのだから。
色々と作戦を立てないとな。
話も終わり、食事も終えた俺はおっちゃんに礼を言うと店を出ようとした。
すると後ろからおっちゃんが話しかけてきた。
「もしその大きな仕事ってのが一段落ついて元気そうなら、イの一番にウチに来い」
お祝いにご馳走してやるよ!と言ってくれた。
俺はサムアップすると店を後にした。
おっちゃん、ありがとう…勇気が沸いてくるよ。
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結局その後、犯人と思しき人物は木曜・金曜と休んだ。
まだ体調が戻らないらしい。
俺は平日その人物と会うことが出来なかった。
まあ、仕方ない。
相手はもう7月まで出社する気はないのかもしれない。
穏便に話をするにはオフィスが一番だと思ったんだが、どうやら戦闘は避けられなさそうだ。
そして土曜日。
俺はというと、オフィスに出勤してきていた。
しかも、闇出勤というやつだ。
流石に立て続けに休みすぎて、仕事が溜まっていた。
しかも今週は出血騒ぎのせいで、体に悪いところは何もないというのに、残業しようとすると周りから帰れと言われてしまう。
この状態で休日出勤の申請をしてもどうせ通らないだろうということで、無断出勤だ。
オフィスに同じ課の人間がいる可能性もあるが、ここまで来ればすぐには追い返されないだろう。
6月の月次決算の準備もしたかったしな。
実は前々から仕事がたまるとコッソリと闇出勤していた常習犯なのだ。
このことは土日もオフィスにいる事が多い営業部や広報部、つまりサッさんや篠田、あと西田にも昼飯の時に話したりするので知られている。
土日はビル正面のエレベーターホールは閉まっているので、裏口の小さい扉から一度地下に入り、守衛さんの詰め所を通り地下のエレベーターからオフィスに入るようになっている。
4階に着くと、まず正面入り口の扉のセキュリティーをカードキーで解除しようとしたが、既に開いていた。
しかし、総務部の部屋のシリンダーキーには鍵がかかっており、中は真っ暗だった。
「誰かいるかと思ったんだけど、違うのか」
経理課の自分のデスク近くの明かりだけ点けると、カバンと飲み物を置いた。
営業事務の部屋の方は明かりが点いていたから、誰かいるのだろう。
俺はPCの電源を入れると、会計ソフトとWEB予算管理サイトを立ち上げた。
ところが、WEB予算管理サイトの方が『ネットワークに繋がっていません』と出てしまった。
俺は自分のPC周りのLANケーブルや元の配線におかしな所がないかを一通り見て回ったが、特に異常は見当たらなかった。
なので仕方なく、内線で守衛室にかけてみることに。
するとしばらくして、一人の男が出た。
『はい、守衛室です』
「あ、4階オフィスのものですが、なんかインターネットが繋がらなくて。配線とか電源は大丈夫みたいなんですが」
『あー、聞いてない?今日ウチのビルね、ネット回線の工事やってて、17時までどの階も繋がらないんだわ』
「あー…なるほどですねー、少々お待ちください?」
そんなことは初耳だった。
俺は一度内線を保留にすると、部屋の掲示板まで移動して確認した。
するとそこには確かに今日ネット回線工事が行われるので、終日使えない旨のお知らせが貼られていた。
おそらく今週火曜日の朝礼か何かで知らされたのだろう。
俺はその時運悪くいなかったし、掲示板も見ていなかった。
俺は掲示板近くの西田の席の電話機を借りると、保留を解除した。
「あーもしもし、工事のお知らせ書いてありました。スイマセン」
『よろしくお願いします』
通話が切れたので、俺は受話器をそっと戻した。
この西田の電話機、音量設定マックスなのだが、ちと音量が足りないので借りたお礼に音量を俺の能力で強化しておいた。
それにしても、ツイてない。
よりにもよって今日が工事だなんて。
ネットが使えないと、売上や請求書情報の吸い上げなどが行えないのだ。
そうすると会計ソフトだけで出来る事も限られてしまう。
俺は仕方なく、書類だけ軽く整理して今日は帰ることにした。
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(…ん?)
1時間もしないうちに書類整理を終えた俺は帰宅する為ビルの裏口から出ると、一瞬だが変な違和感を覚えた。
まるで、何かの体内に飲み込まれてしまったような。
知らない場所に迷い込んでしまったような、そんな感覚に。
「おっ…と…?」
そんな感覚の直後、俺の背中に衝撃が走った。
首だけ振り向くと、例の影が俺の背後に立っている。
そして先日の喫煙所での襲撃の時と同様、刃となった右腕を俺の体に突き立てていた。
ただしあの時と違うのは、その刃が俺の体に全く通っていないという点だ。
俺は反時計回りで影の方に振り向きざま、左腕による裏拳を影の顔に叩き込んだ。
そしてそのまま右足で、ボディに強烈な蹴りを入れた。
影はたちまち吹き飛び、離れたところにある電柱にぶつかると崩れ落ちた。
しかしこちらも前回同様、影にダメージは通っていないのかゆっくりと立ち上がった。
さらに地面から4体もの影人形が現れ、計5体の影人形が俺の前と後ろに陣取っていた。
やはり仕掛けてきたか…
刃を通さなかったのは、肌もシャツも上着もくまなく硬化しておいたからだった。
俺は全身にさらに強化を施し、臨戦態勢へと入った。
5体の影人形の奥にいる"本体"を引きずり出すために。
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