第17話 かぞく【第1章エピローグ】
日曜日
自身の生き残りを賭けた死闘から一夜明けた今日。
俺は電車で都内にある実家に向かっていた。
一人暮らしのアパートから実家へは、在来線を乗り継いで1時間ちょっとかかる。
日曜日という事もあり電車の利用客はまばらだが、あえて各停に乗り座りながら向かった。
なんとなく、座ってのんびりと行きたい気分だったからだ。
どうして普段滅多に帰らない実家に足を運んだかというと、恩返しがしたくなったからである。
俺の本当の両親は、俺が幼いころに事故にあい亡くなっている。
それ以来、母親の妹夫婦である今の親父とおふくろに引き取られずっと育てられてきた。
二人には本当に良くしてもらってきた。
俺が良い事をした時には褒めて、悪いことをした時にはちゃんと叱ってくれた。
それは実の娘、真里亜が生まれてからも変わらずに接してくれた。
本当に人間の出来た二人だと、尊敬している。
だが、俺は疎外感をいつまでも拭えずにいた。
俺の両親が亡くなったのは俺が5歳の時だったので、中途半端に知恵があったのも悪かった。
もっと俺が小さい時に亡くなっていれば、二人を本当の両親だと思ったままいられたのに。
…なんて、身勝手な言い分だけどな。
そして俺が8歳のとき、真里亜が産まれた。
中々子供が出来なかった二人にとって、真里亜は念願の娘だった。
俺はこのまま徐々に愛情が全て真里亜に行ってしまう事と、天涯孤独になる未来を勝手に想像し、二人に反抗的な態度を取ってしまっていた。
中学に上がる頃は露骨に反抗するような態度は取らなかったものの、二人の愛情に対し正面から向き合う事はできなかった。
さらに俺が高校の時、真里亜は小学校中学年くらいだったが、その時は真里亜とも折り合いが悪かった。(といっても真里亜が一方的に俺を嫌っていたのだが)
理由は二人の接し方が、俺に対しては甘く、真里亜に対しては厳しいように見えたらしく「真里亜は本当の子供じゃないから厳しいんだ」と勘違いしていたのだ。
その後、真里亜と二人で話す機会があり、何とか誤解を解くことが出来た。
それ以来だろうか、真里亜が俺にベタベタするようになったのは。
真里亜は自分が二人の本当の子だと分かって、俺にも優しくできるようになったんだろうけど、俺は何も変わっていなかった。
むしろ3人の絆がより強固になってしまったと実感していた。
流石に高校生だったので、それはとても良いことだと分かっていたし、それで再びグレたりするような事は無かった。
むしろ俺はなるべく二人に負担をかけないよう、高校では無色な生徒をしていた。
問題を起こさないのは当然として、目立たず、部活にも入らず、学校生活を家に持ち込むような行動をなるべく取らなかった。
そこそこ勉強し、それなりに友達と遊び、普通の学生時代を過ごせていた、と思う。
大学はなるべく二人に負担をかけたくなかったので、学費の安いところを選んだ。
間違っても医療系や芸術系、外語系を志望するわけにはいかなかった。
しかし、東大に行くほど頭が良かったわけではないので、猛勉強してやっと都立の大学の経済系学部に入学することができたのだった。
大学時代はサークルには入らず、勉強と遊びとバイトでそれなりに忙しかった。
バイトは家にお金を入れるためと、遊ぶ金のためにやっていた。
バイト先がファミレスだったので、クルーとはかなり仲良くなってしょっちゅう遊んだ。
大学の友達とも授業終わり車で飯を食いに行ったり、休日に旅行に行ったりした。
思えば、大学時代が一番楽しかったかもしれないな。
そして、在学中に学んだ簿記が思いの外面白く、現在の会社に経理として入社する事になった。
新卒で経理を募集しているところはあまり多くなかったので、運が良かったと思う。
立地的に実家から通えない距離ではなかったが、家にこれ以上居たいとも思わなかったので
一人暮らしをすることにした。
真里亜には猛反対されたが、社会人になって実家を出るのはよくあることなので、親父とおふくろには特段反対されなかった。
そして今に至る。
どうして急に恩返しなんかするのかというと、今回の件で、周りの人たちを大切にしなきゃいけないなと思うようになったと言うか…
いつまでも余所余所しくするのは、子供だな…と。
うん、上手く言い表せない。
一人で感傷に浸っているのも嫌だとか、色々思うところがあった。
いきなり本物の家族の様にはなれないけれど、仲良くやりたいと思う。
誰得自分語り終了
電車の一番端の席に座りのんびりと揺られていると、ふとドア上のモニターに目が行った。
電車のドア上にあるモニターには、天気予報やニュースが代わる代わる表示されている。
なんとなくボーっと見ていると、あるニュースが表示された。
『死者15人を出したあの事故から1か月』
そう
世間的には、あの事故で亡くなった人の数は【15人】になっていたのだ。
俺が事故の最後の救出者で、それまでに出た死亡者の数は14人だった。
しかし昨日の夕方以降どこのニュースサイトも、新聞も、テレビも過去の記事を遡って見ても、記録では15人の死亡者となっていた。
これが以前女神の言っていた、記憶の書き換えというやつだった。
昨日西田との戦いに決着がつき、俺の生き残りが決まった。
そこで敗れた西田は、神の力によって最初から事故で亡くなったかのように事実を改変されたのだ。
このことを覚えているのは、きっと俺だけだろう。
神の力の凄さを思い知ると同時に、恐ろしくもあった。
俺が事実として認識している出来事は、もしかしたら書き換えられた偽物なのかもしれないと。
この世界の何が実像で何が虚像か、確認する術はない。
だがそんなことを考えていても仕方がないので、やめた。
そうこうしているうちに、実家の最寄り駅に到着した。
俺は電車を降り、ホームで小さいペットボトルのお茶を買うと、飲みながら歩いて実家に向かった。
おふくろには予め家に帰る事は伝えてあったので、到着予定時刻を再度メールした。
一応帰省の名目は、俺の右腕の完治の報告という事にしてある。
昨日医者に診てもらい、右腕が完治したと言われたという設定だ。
本当は先週の月曜日には治っていたし、ギプスや包帯は昨日勝手に外した。
つまり、帰省の理由は俺の恩返しのためのこじつけに過ぎなかった。
そして10分ほど歩いたところで我が家に到着した。
______________________________________
玄関の前に立つと、俺はチャイムを押した。
もちろん実家のカギは持っていたが、自分の来訪を知らせるためにあえて押したのだ。
到着時刻を10分前におふくろにメールしていたので、インターホンから声がすることなく扉が開かれた。
出てきたのは案の定、おふくろだった。
「おかえりなさい、卓也」
「ただいま」
「右手のケガはもういいのね?」
完治した事は事前に伝えてあったが、心配性なのか再び確認してきた。
俺はそれに右手を振ったりグーパーしたりして応えてみせる。
それを見てようやく安心したのか、中に入るよう促してもらえた。
俺は玄関に入り内側から扉の鍵をかけると、靴を脱ぎスリッパに履き替えリビングへと向かった。
リビングに入ると、ソファでゴルフクラブを磨いている親父が目に入った。
俺の存在に気が付くと、「よっ」と短く挨拶をしてきた。
特に右手の事を聞かないのは、完治していることは既に聞いているからだろう。
そこには男女の反応の違いが顕著に出ていた。
俺は親父とは反対側のソファに腰をかけると、おふくろが出してくれた冷たい麦茶に口をつけた。
駅で買った小さいお茶は、道すがら既に飲み干していた。
というのも、今日の気温は30℃に達しており、少し外を歩くだけで汗ばんでくるほどだ。
熱中症予防のためにこまめに水分を取るようにして正解だったな。
小さいお茶1本を飲み干してなお、出された麦茶が体に染みわたっていた。
キンッキンに冷えてやがる…!旨すぎるっ…!犯罪的だ…!だった。
俺と親父が二言三言会話している間に、おふくろは2階にいる真里亜に一声かけていた。
するとものすごい勢いで下に降りてくる足音が聞こえてきた。
そして勢いよくリビングの扉が開かれた。
「よっ」
と俺が声をかけても、扉を開けた張本人である真里亜は返事をせず、無言のまま俺の座っているソファの隣に腰を掛けた。
そして俺の顔に自分の顔を近づけると
「なんで言ってくれなかったんですか!!!」
と近距離で音響攻撃を仕掛けてきた。
…なるほど、俺は西田にこんな酷いことをしてしまったのか、すまん…
キーンとなる耳と少しふらつく頭が回復するのを待ち、改めて真里亜に声をかけた。
「いや、言っておいたよ、おふくろに」
「私は聞いてません!」
「親父も知っていたし」
「…!」
「睨むなよ、真里亜には卓也からとっくに言ってると思ったんだよ…」
「どうして私に直接メールしてくれないんですか!?」
「一度メールし始めると、止まらないからだよ(お前のメール攻撃が)」
「!? そんな、楽しすぎて止め時が分からないなんて…!」
真里亜は照れてクネクネしている。
国語って難しいなぁ。
そういえば昔、国語のテストで「この場面を書いている時の作者の気持ちを書け」という問題で俺は回答を「おなか空いた」にしたらバツにされたっけ。
だって貧乏生活でハラを空かしながら一生懸命書いてたかもしれないじゃん、と先生に言ったら夏目漱石ならともかく、宮沢賢治でそれはないと言われた。
ひねくれものですいませんね。
そして
真里亜はまだ不服なようで、おふくろのいる台所へ詰め寄っていった。
どうでもいいじゃねーかそんなこと、と思ったが追及が止まなさそうだったので黙っていた。
結局おふくろは「真里亜に前もって話すと勉強に身が入らなくなるから」と言う理由で黙っていたらしく、本人も思うところがあるようでそれ以上の追及はしなかった。
正直、真里亜はもう勉強しなくても好きな大学へ行けると、個人的には思っていた。
有名進学校で成績はオール5、品行方正、おまけに生徒会長ときている。
内申点だけでもカンストしてそうなのに勉強にも余念がないのが、俺とのデキの違いを物語っていた。
あーよかった、歳が近かったらご近所さんから「妹は出来が良いのに兄貴は…」なんて比較されていたに違いない。
そんなことを思っていたらおふくろが、夕飯はお祝いに外食でもしようかと提案してきた。
俺はそれを受けて、みんなに
「今日は俺の復帰祝いかもしれないけど、俺にご馳走させてくれない?」
と提案した。
親父とおふくろは怪訝そうな顔をしていた。
真理亜は…よく分からない表情でこちらをジッと見ている。
なので俺は続けて理由を話した。
「いや、今回みんなにかなり心配かけたし、病院でも色々と助かったから、普段の感謝とせめてものお礼にと思って…どうかな…?」
自分でも理由としては薄いか…と思ったが、親父とおふくろは満更でも無さそうだった。
良かった、なんとか説得できた。
俺が安堵していると、隣に座っていた真里亜から鋭い質問が飛んできた。
「兄さん、何かありました?」
「何かって、何が?」
「……」
なるべく平静を装ったつもりだったが、真理亜は俺の顔をジッと見て黙っていた。
かなり勘が鋭い娘だから、昔から嘘や隠し事をするのにも一苦労だった。
大体こうしてしばらく見られては向こうから話を切ってくるので、きっとバレていたんだろう。
だが今回は、何かあったというところまでは分かっても、その内容までは分からないハズだ。
真理亜は今回も「まあ、いいですケド…」といって話を終わらせた。
なんか変に緊張したのは、いつものことだった。
方針が決定したところで、早速食べナビで店探しをしようと思いスマホを見ていたら
「「卓也!!」」
「兄さん!!」
と、三人に同時に呼ばれた。
「え?何…?どうしたの?」
「オメー…、まだどこか痛むのか?」
「は…?」
「泣いてるわよ、卓也」
そこで初めて、自分の目から涙が流れていることに気が付いた。
流石の親父も、急に泣き出す息子を見て焦りを感じているようだった。
しかし当の俺はというと、痛みなどどこにも感じていなかった。
痛覚は遮断していないが、ダメージがあれば能力ですぐに回復できる。
思い当たる原因があるとすれば、きっとアレだ…
西田が、最後に書いた手紙。
あれにふざけて食べナビ風レビューを書いていたからだ。
昨日の今日では心に残ったダメージが癒えていないようで、サイトの閲覧をキッカケに思い出し自然と涙を流してしまったのだろう。
チクショウ…なんてことをしてくれたんだ西田は…、と俺は心の中で悪態をついた。
とにかく、突然涙を流し出す息子(兄)に対しどういう反応をすれば良いか分からず戸惑っている三人を放っておくわけにもいかないので、少し考えて、ひねり出した返しが
「いやー…やっぱ泣けるわ、食べナビ…」
だった。
親父とおふくろの反応はそれぞれ
「お、おう…」と、「そ、そうね…」、だった。
この溝は、俺の能力でも治せない。
ただ真里亜だけは、何も言わず俺の顔を見ている。
その表情は、戸惑いと心配と何かが混ざっているような感じに見えた。
俺は心配するなと言わんばかりに頭を撫でたが、俺の服の袖を掴む力が僅かばかり強くなるだけだった。
______________________________________
午後11時
俺は自分のアパートに戻ってきていた。
あのあと家族四人で中華を食べて、アパート近くまで車で送ってもらったところだ。
親父は紹興酒とビールの飲みすぎでダウンしていたので、真里亜に介抱を任せおふくろの運転する車で送ってもらった。
片道1時間くらいの間、先ほどの涙の原因を問われるのを躱すのが大変だった。
俺も酔っているので、結構適当に返していたかもしれない。
多分大丈夫なハズだ…
俺はひとっ風呂浴びてから部屋着に着替えると、ベッドにダイブした。
そして仰向けになると、1か月前にも同じように瓦礫の下で仰向けの状態で意識が戻り、そこから全てが始まったことを思い出していた。
あの時はただ必死に助かろうとしただけだったが、そこから死にかけたり、自分で死のうとしたりと、とにかく色々な事があった1か月だった。
今日は一日中、眼力をオフにしている状態で過ごしていたので、これまで通りの日常を謳歌することが出来た。
だが、能力者となってしまった以上、いつまでも目を背けてばかりもいられない。
また、戦いに巻き込まれることだって十分あり得る。
だが、例えその時が来たとしても、今度はちゃんと自分の命としっかり向き合える。
そんな気がした。
ミヨ様と西田に半分ずつ貰ったこの命、絶対に手放したりしない。
俺は決意と期待を胸に、徐々に強くなっていく眠気に意識を委ね、そのまま眠りについたのだった。
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