第9話 忍び寄る 【影】

 月曜日

 女神からゲームの話を聞いたのが土曜日で、日曜日は色々と”備え”をしていたらあっという間に連休が終わってしまった。


 先週までと打って変わって、ちょっと家の近くのコンビニに行くのにもだ。

 もしかしたら敵は近くに潜んでいて、俺を殺す好機を伺っているのかも…と思うと、とても隙は見せられない。

 自宅だって全くの安全というワケではないのだ。

 それでも俺が夜眠りにつけるのは、今の俺の状況を冷静に分析した結果だ。


 分析というのは、まずそもそも相手は11人目の参加者が俺であることを把握していないのでは?ということだ。

 一昨日の女神の話によると、俺がこのゲームに急きょ参戦となったのは、時間的に相手が事故現場から立ち去った後だった。


 あの日他の参加者を皆殺しにした10人目は、恐らく自分に殺人容疑がかからぬよう、警察に保護される前にその場を後にしただろう。(神による記憶操作で有耶無耶にできそうではあるが)

 そしてどこか違う場所に移動した時に、11人目の参戦を知ったハズだ。

 しかし顔を確認しようにもソイツ10人目も迂闊に現場には近づけないし、何より当の俺は瓦礫の下なのだから見ようがない。

 つまり相手は、俺の顔を確認するチャンスが限りなく少なかったと思われる。


 もちろん能力によっては俺の探索をしたり、警察や病院に知り合いなどがいれば俺の情報を掴んでいる場合もある。

 だが仮に最後の相手が俺だと知っているのだとしたら、今まで襲ってこないのはおかしい。

 ゲーム開始と同時に9人を即殺したやつが、俺だけ2週間以上放置する理由がない。

 能力が未知数なのはお互い同じだし、最初に入院していた時や先週1週間俺は普通に出勤していたのだから、殺ろうと思えばいつでも殺れたはずだ。

 特別な事情が無い限り、チャンスはいくらでもあった。


 以上の事から俺が事故から2週間以上も無事なのは、相手から見つけられていないからだと判断した。

 それに、寝不足でいざという時に動けないのでは本末転倒だ。想像の域を出ないことで、余計な消耗があってはならない。



 とはいえ、相手を見つけられていないのはこちらも同じこと。

 ゲームの期限がある以上、このままでは遅かれ早かれ死んでしまう。であれば、打てる手は打っておかないといけない。

 俺は身支度を整えると、いつもより早く家を出た。








 ___________________









 俺は神多駅に着くと、いつもとは違うコンビニでコーヒーとお茶、そしてあるモノを購入し、に向かった。

 悪徳警官の清野に会うだめだ。


「清野、いるか?」

「よぉ、卓也」

「頼んだモノは用意できてるか?」

「ったりめーよぉ!俺を誰だと思ってんだぁ?」


 ホラよと言って清野が渡してきた書類を受け取ると、代わりにコンビニで買った袋を清野に渡した。

 そして俺は早速受け取った書類に目を通し始めた。

 俺が頼んだモノとは、と、だった。

 万が一名簿に職場の人間や知り合いの名前が載っていた場合、この1週間そのことに一切触れないのは不自然だ。

 つまりそいつは、現場に居たことを隠したかったゲーム参加者の可能性があると踏んだ。

 写真は事故後に現場に戻って来た犯人らしき人物が写っていないかなという淡い期待を込めて頼んだ。


 だが、そんな俺の拙い推理も淡い期待も、空振りに終わった。

 名簿には職場の人間はおろか、知っている名前も載っていなかった。

 事故当時の写真にも見知った顔は写っていなかった。

 やはり相手は全く知らない人間か、或いは警察にも保護されずどこかに姿を消したか。

 無駄足だったな…


 俺が落胆していると、清野が俺を呼んだ。


「オイオイオイ!なんだよこれはよォ!?」

「何って、報酬だけど…?」

「俺が夜勤で疲弊してる中調べものしてやったのに、その礼がこれかぁ!?あ?」

「疲弊って、俺が昨夜電話した時、FPSやってたろ?音聞こえてたぞ、受話器から」

「……シミュレーションだよ!!いつ不届き物が現れてもカクホできるようにな!!」

「なんでオマワリがライフル装備して犯人確保するんだよ、ねーだろ?んなもん」

「……」


 あ、こいつ、あるな…ライフル

 この交番のどこに隠してやがんだ一体…


 それにしたってブーブー騒ぎすぎだろコイツ。

 ちゃんとコイツの喜ぶもんを…


(あ…)


 俺はサイフを取り出すと、紙幣入れのところに本来の報酬を見つけた。

 報酬(こいつ)を財布に入れていたのをすっかり忘れていた。

 痛い腹を探られて不貞腐れている清野に、俺は報酬を渡した。


「おー!こいつはパイナップルカード《現金チャージのカード》、しかも1万円じゃねーか!!」

「あんまりウルセーから、追加報酬だ」

「やっぱり持つべきモンは親友だよなァー!」


 清野は興奮した様子で早速スマホを弄って、何かのゲームに課金を済ませている。

 俺はこの手のゲームは全くやらないが、1万円課金しても秒で消えるという。

 パッケージソフトを買うよりもよほど金がかかるじゃんと思うのだが、ハマる人はとことんハマるらしい。恐ろしいセカイだ…


 カードからゲームへの課金が終了したのだろうか、用済みになったカードをごみ箱に捨てると清野はおもむろに話しかけてくる。


「しかし被害者のリストとか、オメー何かヤバイ事に首突っ込んでんじゃねーだろーな?」


 まあ、そう思うよな…

 被害者が被害者リストなんて、何に使うんだって話だ。

 しかし清野はそれ以上詮索するのではなく、手が必要なら貸すと言ってくれた。

 流石腐れ縁だ。 この危機的状況で、この気配りはただただ在り難かった。


 しかし、"手を貸す"か…

 案外有りかもしれないな。

 別に第三者の手を借りてはいけないなんて言ってなかったよな。

 銃も(多分)沢山持っているだろうし。


(…よし!)


 意を決して、俺は清野に話しかけた。






 _____________________








 オフィスに着いた俺だが、家を早めに出たおかげで交番に立ち寄ったにしては始業時間までまだ割と余裕があった。

 なので俺は手に持っていたコンビニコーヒーからポタポタと水滴を垂らしながら、オフィス内をゆっくりと歩いていた。

 今日もジメジメとした暑さが体を包む。夏の到来を感じさせるとともに、自身の命のタイムリミットを改めて教えられているような、そんな気候だった。


「あれ?」


 総務部のオフィスに向かう途中の廊下に、西田さくらがいた。

 中に入らないで何をやっているんだ。


「西田」

「…先輩?」

「ああ、具合でも悪いのか?」

「えー、なんでそう思うんですか?」

「言ってなかったか。西田検定準1級の俺にかかれば、一見平気そうな西田の体調不良も分かるんだ」


 ちなみに、1級は本人と彼氏と両親だ。


「ダメですよ先輩、適当な嘘言っちゃ」

「お、いつもの調子が出たか?」


 この後輩、よく俺に『ダメですよ』と言うのが口癖だ。

 俺が適当なことばっかり言うから、気付いたらこうなっていた。

 昔はなんでも素直に信じていたのに、どうしてこうなった…

 俺のせいです、ハイ。


「ねえ先輩、もしよかったら今日のお昼、一緒にご飯どうですか?」

「今日?いいよ、行こうか」

「また愚痴聞いてください!」

「はいよー」


 西田は仕事でミスって落ち込んだりすると、こうして俺に愚痴を吐くため呼び出すのだ。

 もちろん逆のパターンもある。

 今回はずいぶん深刻そうな感じだったが、大丈夫そうで良かった。


「場所はどうする?」

「んー、そうですねー…」


 西田は人差し指を口に当てて、あざといポーズで考えている。

 ウーム…あざと可愛い。


「倒れちゃったビルに、美味しいサバみそ定食食べられるトコがあったんですケドねー」

「………ああ」

「あっ!ゴメンナサイ…無神経でしたよね」

「いや、大丈夫。そろそろ始業時間だから、行きたい店が決まったらメールして」


 西田は元気よく返事すると、俺たちは揃ってオフィスに入っていった。

 魚の口になっちまったよ…和食が良いな、などと考えていた。




 ___________________







 昼飯が終わり、西田は先に自分のデスクに戻っていった。

 そして俺はというと、オフィスビルの非常階段に向かっていた。

 何故そんなところに用があるのかというと、ヤニを補給するためだ。


 ウチの会社の喫煙所は、外の非常階段にある。

 元々は喫煙室というのが社内にあったのだが、非喫煙者の猛烈な反対を受け今では外の階段でしか吸う事が出来なくなってしまった。

 ビルの3階から5階までウチの会社が借りているので、必然喫煙スペースは3階のドアを開けたところから5階のドアまでだ。


 灰皿は3階と4階の間・4階と5階の間の踊り場に置いてあるが、灰さえちゃんとすれば階段部分で吸ってもOKだった。

 以前は、チェーンスモーカーの会長(元社長)が5階のパントリーにタバコの自販機を設置していたが、それも2年前に撤去されてしまった。

 なのでタバコを切らした場合は外まで仕入れに行かなければならない。


 撤去の判断をしたのは現社長だ。

 だが現社長も愛煙家だ。

 以前喫煙所でたまたま会った時に、どうして撤去してしまったのか聞いたら、「女性陣がね…」と辟易とした様子で答えてくれた。肩身が狭いぜ…

 当然空調も無いので、夏は暑く冬は寒い。

 寒い中吸うタバコは旨いが、暑いと駄目なんだよなぁ…



 俺が4階から非常階段に出ると、3階との間の踊り場に先客がいた。

 サッさんだ。

 声を掛けると、ゆっくりと振り向いた。


「…塚っちゃんか」

「よっ、暗いなサッさん」

「今、塚っちゃんと西田さくらがビルに入ったのが見えたよ」

「ははっ、ここに俺が来るのは読まれていたか」

「まあね…」


 何か歯切れが悪いな…

 元気もないみたいだし、仕事でトラブったのか?

 今晩あたり飲みにでも誘ってみるか。

 ぶっちゃけそれどころじゃないんだけど、心配だ。


「なぁサッさ…」

「悪い、俺もう戻るわ」

「あ、ああ。午後も頑張ろうな」


 そういって、サッさんは3階から社内に戻っていった。

 後でそれとなーく聞いてみるかな…

 俺は左手で胸ポケットのタバコを取り出すと口に一本くわえて左手でライターに火をつけてヤニを補給し始めた。


 ふーっと肺の中の煙を外に吐き出すと、天にのぼり溶けて消えた。

 午前中も堂々と街を闊歩したが、特段変わった様子は無かった。

 俺も周囲におかしな様子の人間が居ないか等注意していたが、ここまで何もないと、いよいよ共倒れが見えてくる。


 女神は今の状況が、全員にとって想定外だと言っていた。

 きっと本来のゲームは、最初から全員が一か所に集まってそこでバチバチやるんだと思われる。

 実際ソッコーで一人勝ち抜けたわけだし。


 参加者同士がお互いを分からない状況は、探知能力がないと出会う事すら難しいに成り果てている。

 仕切っている神が居るのなら、膠着状態が続いている今何か横やりを入れてきてもおかしくないのだが、そんな様子もない。

 俺の見えていない場所では状況が動いているからなのか?


 考えても分からない。

 丁度一本吸い終わったので、思考を切り上げてオフィスに戻ることにした。

 踊り場の柵から外を覗くような姿勢でいた俺は灰皿にタバコを捨て、オフィスに戻ろうと

 階段の方に振り向いた。


「ん?」


 4階への階段側ではなく、3階からの昇り階段に 何か がいた。

 だ。

 真っ黒な人型の何かが棒立ちでこちらを見ている。

 見ているといっても目があるわけじゃない。

 足先から頭のてっぺんまで、影を人の形に固めたような何かがこちらを向いて立っていたのだ。



「がっ…!」


 唯一、人と違う形をしているのは、右手がブレード状になっている点だ。

 光沢が無いので、実際の刀やサーベルのように見た感じ切れ味が鋭そうには思えない。

 しかし、見た目とは裏腹に真っ黒なブレードは切れ味抜群だった。


 予備動作も無く繰り出された突きに対して反応できず、人型の影に俺はみぞおちを深く刺し貫かれてしまった。


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