第8話 神様の言うとおり

「俺が、死ぬ?」


 突拍子もない発言に俺は思わず聞き返していた。

 これが道端の占い師から横を通り過ぎる際に言われたひと言であれば、ハイハイと聞き流していただろう。

 だが目の前にいるこの女は、人ではない。

 明らかに人よりも上の領域にいる存在…

 神か、あるいはそれに準ずる何かであることは五感以外からでも伝わってきていた。


『ああ、死ぬ。正確には6月いっぱいだ』


 やけに正確だな。となると、あと10日も無いな…

 折角この前の女神に助けてもらったというのに、ずいぶんアッサリと失うな…俺の命は。

 死んだかと思ったら助けられ、戻ってきたと思ったら死に際でなんとか切り抜けたと思ったら、もうすぐ死ぬ。

 いい加減、落ち着かせてくれ。


『だからこんなとこで悠長に遊んでねーで、さっさと相手を探して殺れってことだ』

「…は?」


 相手?やれ?

 どういうことだ、話が見えてこないぞ。

 こいつは死神で、俺に寿命を告げに来たとばかり思っていたのだが、様子が違うな。


「あの、死神サマ、ちょっといいか?」

『誰が死神だ!アタシをあんなのと一緒にするな!!』


 あんなの…ってことは一応いるのか、死神。

 女はプリプリしながら、どっからどう見てもヴィーナスだろうが!と腰に手を当てて俺に訴えてきている。

 まあ確かに、可愛らしい容姿ではあるが、この前の女神に比べると胸が…

 言ったら怒られそうだから、俺は口をつぐんだ。


『ていうか、ミヨから何も聞いてねーのか?』

「みよ?」

『この前、招間殿しょうかんでんで話した女神だよ』

「あー、なんかずっと息を切らしていて、ほとんど話せなかったぞ」

『…はあ、そういうことね』


 女神は軽くため息をつき、納得したように呟いた。

 ちなみに、【招間殿】とは神が人間とコンタクトを取る際に招く"生きた人間がギリギリ足を踏み入れられる神域"のことだという。

 つまり俺は先日、死んで転生したのではなく、ということだった。

 ていうか、あの転生スペースにはそんな名前があったのか。


 普通は目の前の女神みたいに、人間界に下りて直接人間と話すというのは難しいらしい。

 ということは、この瞬間俺かこの女神にとっての有事だということになるのか。

 嫌な予感がする。というか、死ぬとか言われてるしな。


「詳しく教えてくれ、女神サマ」

『そうだな…』


 どこから話したもんかと少し考え、ようやく女神は語りだした。


『これはな、ゲームなんだよ。神が主催した、悪趣味なゲームさ』

「ゲーム…」

『そうだ、そしてアンタは、まだ瓦礫の下から助かっちゃいないのさ』



 それから女神は粛々と、今の俺の状況説明をしてくれた。


 先日のビル倒壊事故で死ぬはずだった10人の人間は、死ぬ直前に神によって招間殿に呼び出され、一人ひとつ異能の力を与えられ、現代に戻った。

 その際に一人一人に神が担当として憑き、お互いを殺し合わせる。

 最後に残った一人は景品として正式に現代に蘇り、副賞として能力をそのまま貰える。


 最後の一人になるまでは、厳密にはこの世の存在でも死者でもない状態で、死ねば最初からビル倒壊事故で亡くなった被害者になるのだという。

 先ほど女神が告げた期限の6月いっぱいとは、生き残った一人以外の人間を、人々の記憶の中でのリミットだという。

 その間に最後の一人が決まらなければ、全員仲良くあの世行き、今回のゲームは No Winnerだ。


 聞いてる途中で思わず口を挟む。


「記憶の操作とか能力譲渡とか大それたことができるなら、全員助けてくれたっていいじゃないか。何もそんな…」

『そりゃあつまらないからだろ?』

「つまらない?」

『言ったろ、これはゲームだ。全員が生き返ってハイおしまい、なんて誰も望んでない。皆でおてて繋いでゴールするなら、最初から徒競走なんてしなきゃいい。が知りたいからやらせるのさ』

「人の命でか。狂っているな」

『ああ、バカげているぜ…』


 女神は忌々しい、といった顔で語っていた。

 お前は、そんなバカげた神の連中と同じじゃないのか?

 そう聞くまでもなく、この女神はゲームを主催する神を嫌悪している様子が見て取れた。


 神からしたら、どうせ死ぬはずだった命に救済のチャンスを与えているつもりなのかもしれないけどな。

 確か現在の事故による死者は14人、チャンスすら与えられなかった人が結構いたんだ。

 そんな人たちに比べれば、俺は運が良いのだろうな…

 見世物にされていると思うと癪に障るがな。


「状況は大体理解したよ。俺はあと10日足らずで、他の参加者9人全員見つけ出して倒さないと死ぬってことだな」

『そりゃちょっと違う』

「まだ何かルールがあるのか?」

『いいや、そうじゃない。アンタが見つけるのはあと1人だ』

「……まさか」

『そのまさかだよ、残る参加者はアンタともう1人だけだ』



 俺が入院して家で静養して職場に復帰している間に、もうゲーム参加者同士の殺し合いはほとんど終わっていたのか。

 今日までに発表されている死者14人というのは、この上にさらに9人の事故被害者が入る予定、ではなく…この14人の中に既に俺ともう一人以外の8人が入っているという事だったのか…

 説明もロクに受けていない俺が今日まで生きてこれたのはたまたまだな。

 誰か一人にでも殺意を持って襲われていたら、防衛できていなかっただろう。


『ちなみに』

「…まだ何かあんのか」

『その残ってるヤツは、1人で他の参加者9人全員を初日の、しかもビル倒壊の直後に殺しているぜ』

「まじか…」


 つまり俺は、一人で参加者全員皆殺しにした狂ゴリラを探し出して相手にしなきゃならないのか…

 ため息が出るってもんだ。

 しかし、まあ…生きる目的が希薄な俺でも、むざむざ殺されるのはゴメンだ。

 迎え撃つ準備をしないと。


 そう心の中で決めた俺だが、女神の先ほどの発言を思い出し指摘をした。


「あ、そういえば女神サマ」

『ん?なんだ』

「残りのヤツが殺したのは8人だろ?9人だと計算が合わないぜ」

『ああ、それで合ってるよ』


 何故ならアンタは11人目の参加者だからな


 だってさ。 一回で設定詰めすぎじゃない?

 つまりなんだってばよ。


『本来なら今回のゲームは初日でとっくに終わっていたハズだった。ところが、9人目が死ぬ少し前に急きょアンタが参戦したんだ。10人目はそのことを知らずに事故現場から立ち去ったから、今日までこのゲームが長引いちまったんだよ』


 俺の参戦は残りの1人にとっても、神々にとっても予想外の事だったという。

 どんだけ俺は運が良いんだ…

 幸運パラメータがあるなら、きっとEXだろう。

 最後に女神がボソッと、一人を除いてな、と言ったのが聞こえたが。



『ということで、説明は終わりだ。アタシはそろそろ神域に戻らなきゃな』

「ちょ、待って!」

『あ?』

「このゲーム、参加者には神が手助けに憑くんだろ?帰っちゃダメだろ」

『アタシはミヨの代わりに警告に来ただけで、別にアンタに憑くワケじゃない』

「じゃあミヨ様はまだ来ないのか?」


 その時、辺りの温度が急激に下がった気がした。

 さっきまで女神然としていた目の前の女の様子が明らかに変わったからだ。

 女神から放たれる怒気が、俺に強烈に突き刺さっていた。

 何がスイッチになったのかは分からないが、呼吸が苦しい。

 やはり人間とはステージが違う存在だということを改めて実感する。


『…ミヨはワケあって来れねーよ。アンタは一人で戦え、分かったな?』

「そ、そうか」


 これ以上質問はするなといった迫力で会話を打ち切られた。

 未だに放たれる怒気は、俺をこれ以上踏み込ませないのには十分な圧だ。

 仕方ない、不利なことこの上ない状況だが、ミヨ様にアドバイスもらったしな…


『アドバイス…?』


 あれ、俺声に出してたか。

 これはお恥ずかしい…


『なんだよアドバイスって』

「いや、色々聞く前に時間が来ちゃって、最後に何かないか聞いたら」

『なんだって?』

「いや、『何とか切り抜けろ』って…」

『…』


 俺の言葉を聞いた途端、女神はポカンとしたかと思うと

 急に吹き出した。

 その後、堪えながらも腹を抱えて笑っている。


『全然アドバイスじゃねーじゃん…』


 だよな…俺もそう思う。

 でも、俺憑きの神様が言うんだから、その通りにするしかないよな。


『変なヤツだなアンタ。ポジティブだったり、ちょっとネガティブだったり』


 ワケわかんねーヤツ、と言われた。

 その顔はまだちょっと笑っている。

 あんなに強烈に放たれていた怒気もすっかり消えていた。



 そして程なくして女神は帰っていった。

 まあせいぜい頑張れよとありがたい言葉を残して。

 俺はというと、いきなりの出来事に少し戸惑いながらも、迫りくる脅威にどう立ち向かうかを考えていた。

 瓦礫の下で一度諦めた命だけど、折角貰ったチャンスなら精一杯やってみようと思う。前向きなんだか後ろ向きなんだか自分でも分からないけど。


 しかし、さっきまで女神とか神々とかバンバン飛び交っていたな。

 傍から見たら相当アタマのイカれた会話をしていたと思う。

 でも信じるしかないんだよ。

 自分でもおかしいと思う。でも…


 女神が去って、デパートの客を見て、俺は神々の存在を疑う事は出来なかった。

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