第7話 能力実験
俺の左手は今、モーレツに稼働している。
牌をつまみ、サンドウィッチを食べて、タバコを吸う。
これをかなり早めのローテーションでこなしていた。
ここは神多にある、雀荘「フルーツ」
サッさんに誘われて、終業後にサッさん・国木田課長・総務部長と卓を囲んでいた。
いつもなら金曜日の夜に徹夜でやるのがお決まりだが、今日は俺の退院祝いということもあり、平日&体を気遣って3時間のみとなった。
まあ半荘5回…もできれば良いかな。
左手ヘビロテの理由は、右手を怪我しているため麻雀・食事・喫煙を片腕だけで処理しなければならないからだ。
いつもはカレーを食っているが、片手でテーブルもないと流石に厳しいと判断し片手でも食べられるサンドウィッチにした。。
麻雀の強さは部長と課長が互角くらいで続いて俺の順で、サッさんはそれほど強くない。
俺は麻雀をゲームとして楽しむフシがあるので、勝ちに行く麻雀が中々できずにいた。
サッさんは始めてからまだそれほど日がたっていないので、全部の局で和了りを目指し振り込む。
俺たちは毎回管理職の二人に掌の上で管理されていた。
2時間くらいが経ったところで、俺は唐突に皆に変な質問を投げかけた。
「3人は、コレの為なら命張れる、とか人生賭けられる、みたいなものってあります?」
「急にどうしたんだよ塚っちゃん」
俺の突飛な質問に笑いながらも、みんな真剣に考えてくれる。
一番最初に答えたのはやはり国木田課長だった。
「俺はやっぱりガキンチョかなぁ。まだまだちいせえからよ、俺がタマ張って守ってやらねえとな!!」
「うむ…私のとこは娘も息子ももう大学出てるからなぁ…なんだろ?釣りかな?」
「釣り好きですよね総務部長!そうだ、今度車出しますから勝南でも行きますか?うちのチビたちも喜ぶんで!!」
アウトドア派二人が大いに盛り上がっている。
今度海に行く約束もちゃっかり取り付けてら…
「サッさんは?」
「俺は…バイクかなぁ…?」
「そういや最近行ってないな、ツーリング」
「治ったら行こうぜ、京都にでも」
「って遠いな」
ちょっとしたツーリングどころじゃなく、まあまあの旅行だぞソレ。
そして、質問したからには当然の反応が課長から帰ってくる。
「オメーはねーのかよ?そういうの」
「そうっすね…今のとこ」
「かーっ!枯れてんなぁ、おめーら二人とも」
「え、俺もですか?先輩」
「俺がオメーらくらい男前ならよ、毎日女とっかえひっかえしてるっつーのによ!」
「奥さんに言いつけますよ、先輩」
それはダメだろ!と課長が叫び、みんなで笑いあった。
そして俺は内心、3人を羨ましいと思っていた。
俺には、何としてでも生き残ってやる!という原動力になるものがなかったからだ。
あの時はたまたま生かしてもらえただけで、もしまたあのような事故が起きたらその差で、今度は生き残れないだろうな…
自分の手に浮かび上がる数字を見て、これが俺のかけがえのない何かになれば良いなと思ったのだった。
22:00
今日はお開きとなり、みんなで雀荘を後にし駅に向かっていた。
駅までの帰り道、嫌でも目に付くのはあの瓦礫の山だった。
夜で静まり返った事故現場は、まるでまだ俺があの中から抜け出せていないような錯覚を起こさせる。
あの瓦礫の中に俺が居たなんて嘘みたいだが、こうして生きて出られたのも信じられない。
でも俺はこうやってみんなとお喋りして楽しく過ごしている。
しかもこんな
俺が物思いにふけっていると、サッさんが聞いてきた。
「そういえば旨かった?あのビルの料理屋の…」
「…え?」
「いや、塚っちゃん言ってたじゃん、あのビルのどっかの店で、一日限定10食のメニューを食いに行くんだ、って。それでその日に崩れたんじゃんか」
そうだ…今の今まで忘れていた………
確かに俺はあの日例のビルで、オープンしたばかりのどこかの店に食いに行ったんだ、
限定ランチメニューを。
でもダメだ…どの店に、何を食いに行こうとしてたのかが思い出せない。
倒壊してるから思い出したところで意味はないんだけど、何か気になってしまっていた。
________________________________________
1週間は早いもので、あっという間に土曜日になっていた。
俺は朝からいつもの練習に取り掛かっていた。
この能力の練習と実験だ。
俺が瓦礫の中から復活したと同時に持ち帰った、人ならざる力、超能力、ギフト、スキル…呼び方は何でもよいが。
この
これまでに分かったこと
まずこの能力は、人や物体の持つ機能を高めたり落としたりすることができる。
瓦礫をどかすときの筋力アップや、右手のケガの痛みを消したときがそうだ。
対象を見ながら念じると、機能が数値として現れる。
ただし自身の機能に関しては念じるだけで頭の中に数値が浮かぶ。
俺の元々の視力は裸眼で0.3なのだが、今は能力で2.0にしてある。
これは鏡越しに眼を見たわけではなく、視力を念じたら頭に数値が出てきたのだ。
そして能力による変化は解除されず、元の数値に戻すことで解除となる。
この数値の単位は、必ずしも同じではない。
例えば、体温を念じて掌を見た時、そこには36.2℃という表記が出るが、痛みを消したいと念じると、そこには35と表示されていた。
35は割合でもない、言うなればポイントなのだろう。
試しに70にしてみたらかなり激しい痛みに襲われたが、0にしたら消えた。
この辺は能力の熟練度が上がったり、念じ方を変えれば違ってくるのだろうか…
そもそもこの能力に熟練度があるのかも分からないので、今後も継続的に試してみよう。
そして、自分以外の対象に能力を行使する場合だが。
丁度家にあった空き瓶で分析すると、まず強度ないし硬度を意識すると例によって数値が出る。
この値を下げることで、手で握って少し力を込めるだけで瓶がチョコレートのように簡単に砕けるのだ。
逆に数値を上げることで、コンクリの地面に思い切り叩きつけても壊れなくなる。
2つ以上の変化も可能だ。
例えば空き瓶の強度と弾力など。
科学・化学に強い人間なら、物の成分を調整する事でさらに幅広い使い方をするのだろうが生憎と自分にその知識はない。
これを機に勉強するのも良いが、当面は硬さとか長さとかで運用していこう。
この能力のキモは認識力だ。
色々な変化対象を調べておくことで、万能にも凡庸にもなると思う。
これからも認識範囲と、変化の速度アップは鍛えておいた方が良さそうだ。
試した中で、この能力で出来ないこともいくつか把握した。
まず物を増やすといった事だ。
例えば、空き瓶を一つから二つにするとか、壱萬円札を一枚から百枚にするとかだ。
数を意識してお札を見ても、数値は現れなかった。
データはどうかと思い、通帳とネットバンキングの明細画面を見たが結果は同じだった。
(というか最初の方に試した)
そして、対象の機能から大きく逸脱する変化もダメだった。
沢山試したワケではないのだが、例えば手の温度を1万度にする、とか皮膚の硬度をダイヤモンドよりも硬くする、とかは駄目だった。
水の温度変化は今のところ10~60度の範囲だ。
出来ないことは数値が出ないか、上昇・下降限界で分かる。
これで金儲けするには何が一番効率が良いだろう…?
例えばジムトレーナーになって、能力で体重を落としたり筋力を増やしたりすれば、人気になって儲かるな。
ということで、自分以外の人間にどこまで能力が使えるかを今日は試そうと思う。
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俺は家から1番近いデパートに来ていた。
ここは8階建てで衣食住から趣味のアイテムまでなんでも揃う。
人も多いし、色々と試すにはうってつけだと考えた。
俺はエスカレーター横の適当なベンチに腰掛けると、まずは有効距離を調べることにした。
とりあえず道行く人の視力を変化させようと念じてみたが、他人の視力は数値として出なかった。
次に足の長さを認識してみると、時間はかかったが頭の中に現れた。
どうやら離れている人間の認識できる数値は、明らかに見て分かるものでないと駄目なようだ。
身体的特徴は大体の数値を思い浮かべて、微調整していくとハマった時点で浮かんでくる。
かなりの集中力と時間を要するな。
しばらく人の往来を観察し続けてみたが、有効距離は大体30メートルくらいだった。
まあまあ広いかなといった印象だ。
望遠鏡で見たら範囲は伸びるのか、今度どこかの展望台に行ったら試してみようと思った。
それにしても、自分とモノに行使するのに比べて、他人に行使できる能力は対象に取れる項目が狭いなと感じた。
最初はバフ・デバフかけ放題の強能力だと思ったが、意外と対人には効果が薄そうだ。
(もちろん今後強くなるかもしれないが…)
さて、次の実験だ。次は衣料品売り場で行う。
移動してきたのは、老若男女様々な人に合った服を販売している店だ。
俺はその店の試着室が見えるベンチに座っていた。
最初のターゲットはあの中学生っぽい男子だ。
男子がズボンを持って試着室に入る直前に、俺は能力を使った。
更衣室に入ってしばらくすると、男子が出てきてツレの男子に興奮気味に説明している。
ツレも驚いたように背比べをし始めた。
俺は能力で男子の身長を5センチ伸ばしたのだ。
俺は自分の聴力を強化し、成長を喜ぶ男子と悔しがるツレの会話を聞いていた。
どうやら実験は成功のようだ。
次のターゲットは、あの女子高生っぽい二人組にしよう。
それぞれ服を選び試着室に入る直前に、俺は二人に能力を行使した。
次の瞬間、二人のちょっとした悲鳴が辺りに響いた。
ある客は心配そうに、ある客はうるせぇなと嫌そうな顔をして悲鳴のする方を見た。
直後、二人同時に試着室を出て、興奮したように話している。
俺は二人に、グラビアモデルばりのナイスバディになるよう能力を使ったのだ。
試着に選んだ服も、着てきた服も当然サイズが合わず、まあまあピチピチだ。
主に男性客が二人に目を奪われていた。
うーむ、やりすぎたかな…でもまあ喜んでいるし、いいか。
しかしエロいな…などと考えていると、突如後ろから声がした。
『お楽しみのところ悪いんだけどよ』
俺は一瞬心臓が飛び跳ねた。
なにせ女子高生をエロいスタイルにして喜んでいる変態だ。
ポリスメンに鎖付きブレスレットをプレゼントされてもおかしくない状況に顔を強張らせながら、恐る恐る後ろを見た。
するとそこには、会ったことは無いが見覚えのある雰囲気の女性が立っていた。
そう…まるで、あの時息を切らせていた変な女神の様な…
神秘的なオーラを纏って、こちらを見ていた。
そして、あまりに荒唐無稽な発言が飛び出し、我が耳を疑った。
『このままだと、アンタ死ぬぞ』
女神のような死神の宣告が、俺に放たれた。
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