第6話 神多の変な人々

 お昼の約束をした時間に待ち合わせ場所に行くと、同期の篠田がいた。

 約束の2分前くらいだったが、待たせてしまったか。


「ワリ、待たせたか?」

「別に、今来たところよ」

「そうか、食べる店こっちで決めていいか?」

「別にいいわよ、アンタの復帰祝いだからね。ケガは大丈夫なの?」

「すっかりな」


 俺は包帯がぐるぐる巻きの右手をひらひらと振ってアピールをした。

 それを見て篠田は、まだ快気とは程遠いわね、とげんなりしていた。

 確かに見た目はアレだが、痛みは全くない。

 痛みは能力でゼロにしていたからだ。

 動かせないので、使えないことに変わりはないけどな。


 とりあえず詳しい経緯は移動しながら話すことにした。

 というのも、お目当ての店はオフィスから少し歩くからだ。

 その店は、この界隈の飲食店はあらかた網羅した俺が常連となっている店である。

 篠田もそのお店には何度か連れて行っており、存在は知っている。


 先ほども、どうせ宝来でしょ、と行き先を見抜かれていた。

 流石は同期、ツーカーだな。携帯会社じゃないぞ。



 神多駅から地下鉄・新二本橋駅の方に向かって歩いていき、途中の狭い路地裏に入ってすぐのところにその店はあった。

 中華食堂 宝来ほうらいだ。

 店先には食品サンプルが飾ってあるガラスケース、そしてのれんに引き戸。

 ハイソな店がひしめく二本橋の中でも、この店は異質だった。

 しかし、味は抜群に旨いのと、もう一つの個性が俺は大変に気に入りよく通うようになった。

 そして店主のおっちゃんとも顔なじみになったのだ。

 俺と篠田はここに入ることにした。


「おーっす、おっちゃん、二人ね」

「こ、こんにちは」

「よぉ、お二人さん!卓也ぁ、おめぇ死にかけたんだってなぁ?」

「相変わらずネタが早いね」

「おうよ、情報は俺の命だからな」


 おっちゃんは鉢巻きの巻かれたツルツル頭をペチペチ叩いて高笑いしている。

 そして客席で吸っていたタバコの火を消して、厨房に入っていった。

 昼時だというのに他の客はいない。

 そんなんで経営成り立っているのかと以前聞いたところ太い客がいるんだよ、とニヤリと笑って答えた。


「とりあえずスペシャルを…篠田もそれでいい?」

「うん」

「スペシャル二つね」


 あいよー!と元気よく返事して調理を始めたこのおっちゃんが中華食堂・宝来の店主、玄田げんだだ。

 俺はおっちゃんとか玄田のおっちゃんと呼んでいる。下の名前は知らない。

 さっき自分でも言っていたが、どこで仕入れてくるのか謎に情報ツウなのだ。昭和レトロな店をやっている割に…。


 ちなみに店はカウンター席が8つに、4人掛けのテーブル席が2つのみ。

 客席側にあるビールの冷蔵庫の上にはブラウン管テレビが置いてあり、入り口横の本棚には新聞・雑誌・あぶ〇ん・静かなる〇ン(しかもコンビニ版)が取り揃えられているというレトロっぷりだ。


 しかし、先ほど頼んだ『スペシャル』には、その情報収集力が存分に発揮されている。

 俺と篠田はテーブル席に着くと、事故の時の話をしながら料理が出来上がるのを待った。

 そして10分しないくらいで二人分のスペシャルが出来上がった。


「はいよ、スペシャル、ツーね」

「鶏白湯ラーメンにミニカオマンガイ丼に…これは?」

「レモネードだよレモネード、知らねーのかよぉ?」

「いや、知ってるけど…」

「これからレモネードブームがくんだよぉ?アンテナ低いねー」


 これだから素人は…とあきれていたので、俺は適当に相槌を打った。

 ちなみにカオマンガイとは、タイやシンガポールなどの東南アジアの庶民料理で、蒸し鶏のスライスをご飯の上に乗せて甘辛いタレをかけたものだ。

 一般的には粒が細長いタイ米の上に蒸し鶏を乗せるが、宝来ではご飯の代わりにチャーハンが使われている。


 そう、この店のもう一つの個性とは、世間よりも若干早く流行の食べ物を、おっちゃんアレンジで食べることができる点なのである。

 しかもこのアレンジが非常に旨く、逆に別の店で食べると「あれ?なんか違うな」となるくらいだ。

 俺はタピオカもバスクチーズケーキもチーズタッカルビもこの店で知った。

 ただし、新メニューが出るのも無くなるのも全ておっちゃんの匙加減なので、前食べたのが美味しいからと翌週もう一度行っても、ありつけるとは限らないのだ。

 そこが楽しいとこでもあるんだけど。



 俺たちの分のスペシャルを提供し終えると、おっちゃんは一仕事終えたとばかりに客席に来てタバコを吹かせはじめた。


「営業時間に吸い始めるなよ…飲食店は全面禁煙じゃなかったか?」

「いーんだよウチは、狭ぇーし、店員俺だけだし」

「そうなのか?」


 なら、食後に一本だけ吸おう…


「だめよ、ケガしてるんだから」


 …ちっ、ケチめ。


「あっ!今ケチめって顔したでしょ!」

「ケチめ」

「直接言われた!?」


 プリプリしている篠田をよそに、俺は食事を続けた。

 中々のボリュームだったので、完食する頃にはちと腹が苦しかった。

 結局食べきれない篠田の分も食べたというのもあるがな…


 食後に篠田とおっちゃんが他愛もない話で盛り上がっているので、俺はレモネードを飲みながら何となくニュース番組を見ていた。

 何年か前に話題になった、どんな顔でも美人・美男子に変える奇跡の美容整形医師の失踪の話題や、天才マジシャン・ジャック:マイナードの特集などが放送されていた。

 あんな事故があっても、世間は平和だ…

 変わったのは、自分だけだ。





 ________________________________________






 昼休み終了までは15分くらいあったが、もう一か所寄りたいところがあったので俺たちは宝来をあとにしていた。

 篠田には先に戻ってていいぞと言ったのだが、付いてきた。

 行き先は神多駅北口改札の近くにある交番だ。


 交番の前に来ると、中には夢中でスマホを弄りながらタバコをふかしている悪徳警官の姿があった。


「お巡りが勤務中にタバコ吸いながらソシャゲやってんじゃねーぞ」

「おー、卓也じゃねーか。元気か?」

「元気か?じゃねーよ。少しはお巡りらしく街を守ろうとは思わねーのかよ」

「あぁ?守ってンだろーが、ランドソルの街をよ。ホレ、巨大モンスター撃破」

「ゲームじゃなくて現実の街を守れよ…」


 このどうしようもないお巡りは、俺の高校の友達で 清野せいの まこと

 高校卒業と同時に警官になり、今はこの神多駅前交番に勤務となっている。

 俺はコイツほど名前負けしているヤツを見たことがない。

 それくらい清らかでも誠実でもないヤツだ。


 高校時代、ゲーセンでタイムハザード《ガンシューティングゲーム》をしていたら突然"モノホンの銃が撃ちたいから"といって警官を目指した。

 まさか本当に警察試験に受かるとは思ってもみなかったが…

 ニューナンブでは迫力に欠けると言って、ヤーさん同士の抗争の時の押収品であるベレッタをコッソリ隠し持っているのを俺は知ってんぞ…


「そういや、おめー死にかけたんだってな、卓也」

「御覧の通り元気だよ」

「そんな包帯ぐるぐるでかー?カレンちゃんも気を付けなよ?看病にかこつけて部屋に連れ込む気だからなーコイツ」

「なっ…!」

「先に言うんじゃねーよ」

「なっ…!!?」


 篠田は離れたところで自分の服の中を確認しているが、もちろん冗談だ。

 若い女が往来で下着のチェックなんかするなよ…


 清野は警察関係者なので、当然俺が事故にあったことは知っていた。

 とりあえず無事だということが伝えられたので、一先ずここに用はなくなった。

 昼休みも残り少ないので帰ろうとしたところ、清野が唸っていた。


「でもミョーなんだよなぁ…」

「妙?何がだ…?」

「ほら、シホーカイボーってやつ?あの事故で死んだ14人のウチの何人かは瓦礫やなんやらが落ちてきての窒息死とかじゃあなくて、鋭利な刃物みたいなんで刺された失血によるショック死みたいなんだよなぁ…」

「そうなのか?」


 内部情報を誰かに聞いたのか、俺にべらべら話し出す。

 いいのか、そんなこと話して…


「内装に使われていたパイプなんかの金属片が運悪く刺さったとかじゃないのか?」

「まあそう判断されて、結局事故ってことになったんだけどな?」

「大体あの状況で咄嗟に金目当てか何かで刺し殺したとして、ソイツも死んでるだろ」

「まあなぁ…でも名探偵としての俺の勘がなぁ…」


 警官は副業OKだったのか。



 これ以上は本当に昼休みが終わってしまうので、話を切り上げ篠田と職場に戻った。

 そして、午後の仕事が始まった。


 途中で一通、サッさんから夜の麻雀のお誘いメールが来たので、俺は即参加のメールを返信したのだった。

 どうやら俺の一日はまだ終わりそうにないようだ。


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