第5話 ああ素晴らしき神多
月曜日
俺は久々の出勤をするために支度をしていた。
事故にあったのが金曜日の昼で、次の週はまるまる休みとなり、さらに土日を挟んで今日になる。
つまり思いがけず9連休も取得してしまった。
9連休なんて大型連休は、大学を卒業して以来のことだった。
社会人生活の3年間で、大型連休のチャンスは何度かあった。
それこそ、ひと月前のゴールデンウイークなんて有休を1,2回使えばそれくらいの長さになっただろう。
同じ課の人たちも月次決算は余裕があるからしてもいいよと言ってくれていたが、俺は休まなかった。
俺は連休の使い方が下手だったからだ。
別に海外旅行は好きではないし、友達と飲んだり遊んだりしても一日で済む。
社会人になってすっかりオールもしなくなった。
つまり俺は、5連休を5連休としてではなく、1休×5日としか使えないのだ。
祝日も月曜や金曜に来るより、水曜日の方がよほど嬉しく思う。
なんならゴールデンウイークも、休み明けに溜まった仕事を一気に消化するのが嫌で、ちょくちょく出ているくらいだ。
そんなワケで、この9連休は俺にとっては特に嬉しいとかそういった感慨はなかった。
右腕がこんな状態だから、平日休みの友人を誘ってどこかに出かけるという気分でもなかったし、何よりスマホが壊れて誰にも連絡が取れなかった。
なので俺は、まずスマホの復旧をするためDoCuMoショップに向かったのだった。
保険に入っていた為、新しく買いなおすのに1万5千円の出費で済んだのは助かった。
最初修理できるかもと思い一応返してもらっていた元スマホだった鉄の塊を提出した時のDoCuMo店員の困った顔は印象深かった…
そして今は何世代か前の代替機を借りて使っている。
新しいのが準備できたら連絡をくれるそうだ。
有難いことに代替機と携帯アカウントを同期した途端に友人からの心配メールやメッセージが沢山届いたので、それらに対し自分は軽傷で済んだ旨の返信をしていった。
(誰かから俺が事故に遭ったことを知ったのだとか)
あと、改めて職場への報告をした。すでにおふくろから一報を入れてくれていたようだったので、自分の口からは状況説明と今後についての話をした。
総務部長はそんなに焦って復帰しなくても良いと言ってくれていたが、こちらから是非仕事させてくれとお願いしたら許可してくれた。
上長にあたる経理課長にも話をして、右手が使えないので素早いPC作業は無理だが邪魔にはならないですと説得をしたら、『ほんとに仕事好きだなぁ…』と呆れながら許可してくれた。
また、職場に置きっぱなしの荷物は郵送してくれた。
それと、ギプスがあるので期間限定で私服での出勤も許可してくれた。
本当に良い会社だ…。
そうこうしている内にそろそろ出ないと始業に間に合わない時間だ。
自分で復職を頼み込んでおいて初日から遅刻じゃあ立場がない。
俺は急いで鞄を手に取り、家を出た。
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JR神多駅から徒歩5分 神多ガーデンビル
俺の勤務地はこのビルの3,4,5階をオフィスとして借りている会社だ。
4階はバックオフィス系の部署が勤務ており、5階は営業部オフィスと役員たちの部屋が入っている。
3階は会議室や応接室が何部屋も入っており、来客は最初にここに来るようになっている。
ビル自体は7階建てで、1階にはエレベーターホール以外にコンビニも入っているので、大体俺は朝イチにここでコンビニコーヒーとお茶を買って自分のデスクがある4階へ向かう。
今日も自然と自分のデスクに向かうハズだった。
が、そうはいかなかった。
4階でエレベーターを降りて総務部オフィスの扉を開くと、そこには珍しい人がいた。
「おい!もう出てきて大丈夫なのかよ?」
「おはようございます国木田サン。珍しいっすね、こっちにいるの」
「お前が出社してくるっていうから、佐々木と待ってたんだよ!!」
この声の大きいオジサンは、第一営業部の
俺とは飲み仲間であり、たまに麻雀をやったりもするくらい仲は良い。
「本当にもう大丈夫なのか?塚っちゃん?」
「サッさん。ホレ、この通りだぜ」
「はは、包帯ぐるぐるじゃんか…」
佐々木と呼ばれたこいつは、俺と同期入社で営業部の
こいつとはプライベートでも服を買いに行ったり遊びに行くくらい仲良しで、塚ちゃん・サッさんと呼び合う仲だ。もちろん飲みにもよく行く。
イケメンにも関わらず性格も良く(?)、イヤミな部分を全く感じない。
男の俺から見てもこいつがモテるのは疑う余地が無いのに、浮いた話がないのが不思議だった。
軽く補足すると、もともと国木田課長はバックオフィスに対してそれほど良く思っていない人だった。
しかし俺とはサッさんを通じて話すようになり、飲んだりこうしてわざわざ心配して見に来てくれるようにまでなった。
業務上でもよく助けてもらっている。
俺が営業部の経費精算の仕事をスムーズに遂行できるのは、サッさんと国木田課長のおかげと言っても過言ではない。(せっついてくれるから)
そうして話をしていると、どんどん他の社員が集まってきてしまった。
やれ奇跡の人だとか、殺しても死なないとか、好き勝手言っている。
生存者なら他にも沢山居たでしょと話しても、瓦礫の下から生きて発見されたのは俺だけだと言われた。
ついには総務部長と経理課長も来ていたので、お礼を言った。
「あのビルが倒壊したって聞いて、あそこに昼飯食いに行くって言ってた塚っちゃんが全然戻ってこないから心配したよ」
「俺、サッさんに飯行く話してたんだっけ?あの日の記憶が曖昧でさー」
「しっかしよくお前ら無事だったよなー!!神に愛されてるな!」
「…確かに女神に愛されているかもですね」
ドジで体力の無い女神だが。
「………あの、先輩、ちょっといいですか?」
国木田先輩との話を遮るように俺の後ろから控えめに声をかけてきたのは、総務部総務課の
彼女は去年うちに入ってきた新人で、同じ部ということもあり、よく面倒を見ていた。
ランチやたまに飲みにも行き、悩みや会社の愚痴を聞いたりしている。
その可愛いさと守ってあげたくなるキャラクターで、営業部男性社員からの人気は非常に高い。
しかし一見すると小動物系だが、話してみると活発で芯の強い娘だった。
男性社員では彼女と一番仲が良いのは俺だ、と思う。自惚れかもしれないが…
「どうしたの?」
「社長が呼んでいました。社長室に来てくれって」
「社長が?わかった。なんだろ…?」
「さぁ…?報告してほしいんでしょうかね?」
ということで、集まっていた人たちの話を打ち切ると自分のデスクに鞄を置き、一つ上の階の社長室に向かうことにした。
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神多ガーデンビル5階
エレベーターホールを出てすぐのところに営業部のオフィスに入るための扉があり、基本的に誰か人がいるときは2枚ある扉のうちの片方は開きっぱなしになっている。
扉の近くを通ると、人の話し声が聞こえてくる。営業部の社員が取引先の人に電話でアポを取ったり、訪問する前の軽い打ち合わせをしているようだ。
目的の社長室は、営業部オフィスには入らずに通路を進んだ先、役員室エリアにある。
その役員室エリアに入るには電子キーが施された扉を通る必要があるのだが、社員であればもれなく解除コードが教えられているので問題は無い。
俺はキーを解除すると、そのエリアに足を踏み入れた。
調度品や絵画が飾られている廊下を通り、社長室の前までやってきた。
「塚田です」
「おー、どうぞ入ってくれ」
「失礼いたします」
社長室の扉を3回ノックし自分の名を名乗ると、奥から入室の許可が聞こえた。
役員以上の部屋すべてに言えることだが、何か粗相があってはいけないと思うと、入室するだけでもいやに緊張する。
何故なら自分の無礼は、すなわち上長の教育不行き届きとみなされる可能性があるからだ。
社長は比較的フランクであまり気にするタイプではないが、それでも抜かりはない。
しかし、ノック2回はトイレノックだから止めろなんて言うが、そもそもトイレの個室にノックなんてするか?
鍵がかかってりゃ中に入ってるし、かかってなければ入ればよいだろう…
なんて、マナーの窮屈さに少し辟易としていた。
入室し一礼すると、後ろ手に扉を閉めて社長のデスクの前までやってきた。
「報告に参りました」
「ああ、わざわざ済まないね。かけてくれ」
「わかりました」
社長は高そうなソファを指さし座るように促してきたので、入り口に近いほうに腰を掛けた。
その間、社長はアイスコーヒーの缶を二つ冷蔵庫から出して、一つを俺にくれた。
「お前、これでよかったよな?」
「はい、ありがとうございます」
「ほんと好きだよな、缶コーヒー」
「この一杯の為に働いていますから」
「じゃあ、沢山買って持っていこうか?」
「あはは、お手柔らかにお願いします」
軽く冗談を言い合う。
この気さくな男性が、会社の現社長
5年前に、父親である先代の社長が退任し会長となったことで、社長の座を引き継いだ。
世襲とはいえ彼自身非常に優秀で、引き継いでからも業績は年々上がり続けている。
社内に彼の社長としての手腕を疑うものはほぼいないだろう。
そして現社長はバックオフィスの我々にも非常に理解を示してくれていた。
先代社長や今の役員の大半は営業部上がりのせいか、総務や経理をコストセンター、つまり売上を生み出さない部署として認識しあまりよく思っていない。
確かに総務経理の社員が商材を売り込んで契約を取ってくるなんてことはしないが、逆に給与計算や勤怠管理、現金出納や決算を営業部で完結できるかというと現実的ではない。
個人的には持ちつ持たれつの関係だと思うのだが、プロフィットセンターである営業部は贔屓して、総務経理等バックオフィスは、良くて無関心という役員が多い。
(実際営業部の方が労働環境で言えば大変なので、負担にならないよう配慮はしている)
だが社長はそんな我々の声もしっかりと汲んで、ダメな提案のときはダメ、良いときは採用してくれる。
バックオフィスの社員にとって非常にありがたい存在である。
「大変だったね、ソレ」
俺の右腕を指さす社長。
「そうですね、利き腕が使えないことが日常生活でこんなに不便だとは思いませんでした」
「俺も高校の時バスケ部で、右腕を怪我した時は大変だったよ…」
「部活あるあるですねー」
「まあケガした理由は休み時間に遊んでたバレーボールのせいなんだけど」
「えぇ…」
そのあとも社長と他愛もない話をして過ごした。
呼び出すから何かと身構えたが、彼なりのケアだったのだろう。
向こうから特別な話を切り出すことはなかった。
話が一段落付くと俺はコーヒーのお礼を言い、社長室をあとにした。
退室する際、がんばってと激励をもらえたのが嬉しかった。
自分のデスクに戻ると、溜まっていた書類に目を通し午後から取り掛かる仕事の優先順位を頭の中で組み立てていった。
同僚があらかた処理してくれていたのと、休み中も自分にしか分からない案件だけはPCからメール対応をしていたおかげで、それほど仕事は溜まっていなかった。
書類と同時にメールチェックを行っていると、ふと一通のメールが届いた。
差出人は俺とサッさんの同期で、広報部の
中を開いてみると、そこには
『お疲れ 今日復帰したんだって。良かったわね。それでもし空いてたらさ、お昼でも行かない?別に心配してるワケじゃないからね?復帰祝いってやつよ。もちろんアタシのおごり。どう?もう埋まっちゃってる?返信待ってます。』
と書かれていた。
「なんじゃこら…」
思わず笑えてくる。
俺はこの天然ツンデレ娘に待ち合わせ場所と時間を指定したメールを返信し、午前中に終わらせる仕事に急いで取り掛かった。
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