第4話 優しい人たち

「知らない天井だ…」


 目を覚まし、開口一番そう呟く。

 もはや伝統芸能と言ってよいだろう。

(使えるシチュエーションは限定的だが)

 知らない天井だけど、場所は知っている。

 ここは順地堂大学病院の病室だ。

 しかも贅沢なことに、個室だった。


 俺は自身の能力を使い強化したパンチで瓦礫を吹っ飛ばし、何とか地上に出ることができた。

 そして直後に駆け付けた救急隊員に運ばれ今に至る。

 どうやら地上に出た瞬間安堵感と能力使用による疲れからか、俺は寝落ちしてしまったらしい。

 最後に空を見た時は間もなく日も落ちて夜に差し掛かろうとしていたが、今病室の窓から見える空は太陽がほぼ真上に来ている。

 少なくとも12時間以上は眠ってしまっていた。

 もしかしたら丸1日以上寝ているかもしれない…


 そんなことを考えていたら、おもむろに病室の扉が開かれ誰かが入ってきた。


「あ、塚田さん、起きたかい?」

「………チェンジで」

「デリ〇ルじゃねーよ!」

「あ、すいません、つい…」


 誰かが気を利かして頼んでくれたのかと。

 そして写真よりも大分実年齢高めの娘が来ちゃったのかと。


「ま、そんだけ元気なら心配ないね」

「あー、どうもご迷惑をおかけしました」

「いいわよ、仕事だからね」


 あっはっは!と豪快に笑い飛ばすオバちゃん看護師。

 超失礼なことを言われても気にしてる様子はない。

 パワフルな人だな。好感が持てる。


「ところで看護師さん、俺はどれくらい寝てましたか?」

「んー、17時間くらいかねぇ。どうかしたのかい?」

「いえ、スマホも財布もないので、日時を確認する手段がなくて」

「ああ、そりゃそうだね。確か財布は無事だったけど、スマホは瓦礫に潰されて壊れてた、って誰かが言ってたねぇ」


 看護師は、あんたの右手と一緒でね、と付け加えた。

 看護師が俺の右手を指さし、俺も自身の右手を見る。

 現在俺の右腕にはギプスが付けられており、自由が利かない状態となっていた。

 後の診断では確か中手骨頸部骨折と言われた。

 ただし、瓦礫に潰されたからこうなったのではない。

 原因は瓦礫を吹っ飛ばした時のパンチだった。


 つまり間抜けなことに、俺は自分の能力で自分の体を壊したことになる。

 あの時は無我夢中で腕の筋力ばかりを強化してしまい、骨がそれに耐えきれずポッキリ…


 それにしたって融通が利かないよなぁ、とぼやきたくなる。

 普通パワーを上げたら、全体的に強くなってくれよ。


 でもまあ能力の熟練度が低いおかげで筋力強化の上限値が低く、骨折もこの程度で済んだんだと前向きに考えておこう…

(右腕全体の骨が粉々にならなくて良かった)


 ちなみに現在は、筋力は元の数値に戻してある。


「それじゃあ塚田さん、お昼過ぎにはご家族がお見えになるから」

「そうですか」

「私はお昼ご飯を取ってきますけど、何か他に必要なものはありますか?」

「じゃあメビウスのボックスを」

「買わねーよ!」


 看護師は一通り検査を終えると、一度病室から退出した。

 右腕以外に目立った外傷は無いが、念のため脳など体の内側の検査をやってみて、異常が無ければ退院までそれほど日にちはかからないとのことだった。

 ただし右腕は2か月くらい安静にしてくださいね、とも言っていた。






 _______________







 昼食後


 俺は特にすることもなく自室のベッドでラウンジから持ってきた新聞を読んでいた。

 ちなみに先ほど財布は無事戻ってきたので、缶コーヒーとテレビカードを購入することが出来た。


 ながら見のニュース番組では昨日の事故のことが取り上げられており、現場である瓦礫の山を見て俺はよく無事でいられたなぁなんて思っていた。

 今度出勤する時、見に行こう。

 他に見たい番組も無かったのでテレビは消して、適当な新聞記事を読んで過ごすことにした。

 右手が使えないと読みづらいな…


 あと病院食は味気なかった。

 別に不摂生で入院したわけではないので健康食ではないのだが、それでも【病院のごはん】という感じだった。

 オバちゃん看護師に、追加でとんこつラーメンを頼んだら、ばーか!と言われた。

 ああ、ジャンクが足りない…



「兄さん!!!!!」


 突然ノックもせず勢いよく扉が開かれたと思ったら、これまた勢いよく近づいてくる少女が一人。

 そしてご丁寧に怪我をしていない左サイドに回り込むと、横から俺の胸に抱き付き顔を埋めて、スンスンと泣き出した。

 抱き付かれた際咄嗟に上げた左手で頭を撫でると、その少女に声をかけた。


「どうしたんだぁ?そんなに泣いて、なぁ真里亜」

「……………」


 へんじがない、ただの妹のようだ

 そう、この絶賛すすり泣き中の少女は俺の妹、塚田真里亜 17歳。

 高校の制服姿なのは、午前中授業があってそのままここに来たからだろう。


 妹は俺と違い優秀なので、なかなかの進学校に通っている。

 今日みたいに土曜日の午前中も授業があるし、午後だって本当なら図書室で大学受験の為の自習をしていたところだったろう。

 悪いことをしてしまった。


「真里亜、6月とはいえ今年受験生だろう?こんなところに来てていいのか?」

「………………」


 素直に感謝を伝えられない捻くれ者で悪うござんした。

 でも、いいかげん何か喋ってくれないと、兄さん困っちゃうよ…

 俺が途方に暮れていると、病室の入口から救いの声が聞こえてきた。


「いよー卓也ぁ!メビウスのボックス買ってきてやったぞー?」

「ちょっとアナタ、病人にたばこなんて…」

「最高だよ、親父…と、おふくろもありがとう」


 なんて気が利く親父殿だ…!と俺は内心感激していた。

 今入ってきた二人は真里亜の両親で、父親は健次郎 母親は敦子という。

 つまり今この病室に、塚田家が全員集合したのだった。


 そして俺はみんなに、自分の怪我が思ったより大事に至らずに済んだことを伝えた。

 それを聞いておふくろはほっと胸をなでおろし、親父はそれでこそ息子だ!と何故か誇らしげにしていた。


 不運なことに、持っていたスマホは壊れ免許証入れなどはオフィスの鞄に置きっぱなしにしてしまっていたことから、身元照合に時間がかかった。

 それに加え今回の事故の被害者が多かったことから、家族への連絡が今日になってしまったらしい。


 病院からの電話で俺の容態は聞いていたが、それでもおふくろは俺の顔を見るまでずっと心配していた。

 本当は真里亜は学校に行っていたこともあり、メールで軽く伝えて両親だけでお見舞いに来るつもりだったらしいのだが、メールを見た真里亜が鬼の形相で帰宅して、親父を殴り無理矢理病院に付いてきて、今に至るのだという。


 俺がどんな内容のメールをしたんだと聞くと、親父は真里亜が心配しないように『タクヤキトク キニスルナ』と送ったらしい。

 俺の電話に鬼電したが一切反応がなく(潰れて壊れていたから当然だが)本当に心配したと、ようやく喋るようになった真里亜に涙ながらに訴えられた。

 訴えてる途中で親父がまたしてもぶたれていたが…


「心臓が止まるかと思いました!私じゃなければ死んでいるところです!!」

「真里亜じゃなければ心臓止まってないよ…」

「それでどれくらいで退院するんだ?卓也は」

「体の中の検査をして、異常がなければ退院自体は数日後らしいよ?」

「ちょっとアナタ、私先生に詳しく聞いてくるわね」

「おう、頼んだ」


 そんな感じでこの日は面会時間いっぱいまで家族が病室にいた。



 そしてそこから数日間、俺は色々な検査や警察の事情聴取などを受けつつ過ごした。

 幸いにも体の中身に異常は見受けられなかったので、すぐに退院することができた。

 事情聴取は能力の事は当然言えず、他の事はあまり覚えていないので、警察に話せることはほとんどなかった。

 警察も特に不審に思うことはなく、大変でしたねとあっさり解放してくれたのだ。


 退院日、家族が迎えに来てくれた。

 しばらく実家から職場に通えばどうだと提案されたが、それは断った。

 実家からだと職場のある神多までは遠いし、乗り換えも二回増える。

 この腕で満員電車に巻き込まれるのは避けたいので、やんわり断っておいた。

 真里亜だけは最後まで食い下がってきたので、なだめるのに苦労した。


「怪我が治るまで、私が兄さんの身の回りの世話をします!」

「いや、いいって。右手が使えないくらい大丈夫だから。それにウチベッド一つしかないし、狭いし、泊まれないよ?」

「大丈夫です、横に狭ければ縦に重なれば良いんです!!」

「そんな理屈通らんわ、ドヤ顔すんな」

「これからずっと私が兄さんの世話をするんです!これだけは譲れません!」

「一つも譲ってねぇからなソレ。ギブアンドギブだからな」


 結局、今日だけということで妥協する…

 俺もつくづく甘いなと実感したのだった。

 それから真里亜は終始ご機嫌で、鼻歌なんぞ奏でながら近くのスーパーに買い物に行った。(もちろん一緒に)

 両親と別れ際、親父と真里亜がサムズアップを交わしていたのが気持ち悪かった。

 そして夕食時


「夕飯は特製ハンバーグです!」

「ワーイ」

「隠し味は何だと思いますか?」

「愛情デスカー?」

「愛情は隠していませーん!」

「スゴーイ」


 そんなこんなで、終始テンションの高い妹の相手をしながら夜が過ぎていった。

 学校では男女ともに絶大な人気を誇り、文武両道、品行方正な漫画のような美少女を義妹に持てて、俺は幸せ者だなー。

 義父も義母もみんな良くしてくれるし、なんて恵まれているのだろう。


 血の繋がった家族はいないけど、俺は優しい人たちに囲まれて暮らしていた。

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