第3話 受け取った唯一の特典

「うおおおおおお…!」


 俺は再び瓦礫の山の下にいた。

 正確には、胸の部分より下が瓦礫の下敷きになっている。

 自由が利くのは両腕と頭だけで、埋まっている部分は、瓦礫の重みで悲鳴を上げている。


 先ほどまで謎空間で行われていた転生前のやりとりは、全て俺の見ていた夢だったのだろうか。

 だとしたらぬか喜びもいいところだ。

 折角ファンタジー世界で無双しようとしていた俺の予定が大きく狂ったのだから…(何に対しての無双なんだっていうのは置いておいて)


 またしても俺はこの痛みに耐えながらゆっくりと死ぬのを待つだけなのかと、悲観していた。

 そう、この体を押しつぶす痛みに耐えながら、近いうちにやってくる死の恐怖に…


(……………?)


 俺は微かな違和感を覚えた。

 痛みなんてあったか…?いや、痛みだけじゃない、おかしいのは…!


 もはや現実と夢の認識が曖昧になりかけてはいたが、もし謎空間に行く前の時間が現実だとしたら、今の状況は少しおかしい。

 まず、先ほどは

 多分だけど体の大半はとっくにペシャンコになっていたハズだ。

 痛覚がヤバすぎて脳が遮断したのか、詳しくは分からないが。


 そして、あんなに大量にあった血液が無くなっている。

 さっきは水たまりになるくらいあったハズだ。

 それこそ、仰向けに寝そべったときに後ろ半分浸かるくらいには…


 一つおかしな点を見つけるともう止まらなかった。

 体が潰れるほどの瓦礫が乗っているにも関わらず、今感じる苦痛は友達がふざけて上に乗ってきて、人数が増えてどんどん苦しくなってくる程度だった。


(もしかしたら本当に、さっき一度死んで、そして蘇ってここにいるのか…?)


 どの道このままでは先ほどと同じく瓦礫に潰されて死ぬだろう。

 でももし仮に、、謎空間を経てここに戻ってきたのだとしたら…!

 徐々に心臓の鼓動が速くなってくる。



『あなたには“Tuner”の能力が与えられます』



調の能力…!本当にそうなんだな!?コレが能力なんだな?)


「なぁ、女神さんよ!!」


 もちろんこれは興奮から出た無意味な独り言で、返事がないのは分かっている。

 それでも叫ばずにはいられなかった。

 心臓が猛スピードで鼓動を刻んでいる。

 死に瀕しているというのももちろんあるが、それ以上に先ほどから感じていた違和感の中でひときわ大きいモノが1つ。

 死ぬ前とは比べ物にならないくらいの"力の漲り"を全身に感じていることを自覚したからだ。


 そして自分の両腕に、これまでには無かった数字が浮かび上がっていた。


 この数字が何なのか、具体的には分からないし、もちろん何の説明もない。

 だが俺は直感で、この数字が、こそが自分に与えられた能力によるものだと理解していた。

 できれば色々と実験したいところだが、その時間もない。

 俺は直感を信じて、その数字を2倍、3倍と増やしていった。


 両腕の数字が上限まで達すると、俺は一度深く深呼吸をした。

 今度は早まる鼓動を抑え、目の前の瓦礫に照準を定める。


(この瓦礫を吹っ飛ばしたらもっと崩れてきて、生き埋めになったらどうしよう…)


 もっともな心配だが、その心配を取り払うには情報も時間もなさ過ぎた。

 もうエイヤ!でやるしかないのだ。

 当たって砕けろ、もとい、(拳を)当てて(瓦礫を)砕け、だ。

 余計なことは考えるな卓也!


 もう一度深く息を吸うと、今度は吐かずに止めた。

 そして右腕を振りかぶる。


「うおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 俺は叫びとともに拳を目の前の瓦礫に思い切り打ち付けた。













 ________________________________________




 夕方。

 テレビでは大半のチャンネルで昼間から同じニュースを繰り返し伝えていた。

 番組や局が変わっても、違うアナウンサーが同じニュースを繰り返し読んでいる。


『本日正午、JR神多駅の近くで商業ビルが倒壊するという事故が起きました。これまでに分かっただけでも、死者14名 負傷者225名が出ており、現場では依然救助活動が行われております』


 東京の神多駅付近にある7階建ての商業ビルが倒壊し、被害者が多数出たという事故を報道していた。

 ビルは先週オープンしたばかりで、1、2階には和洋中様々なレストランがテナントで入っている。

 神多はオフィス街であり、ビル内は事故当時ランチを楽しむサラリーマンやOLで溢れかえっていたという。

 倒壊の原因は未だ分かっておらず、現場では懸命な救助活動が続けられていた。


『現場にはリポーターの山田さんに行ってもらっています。山田さーん』

『はい、現場の山田です。私は今倒壊したビルの近くに来ております』


 ニュースキャスターに呼ばれて出てきた山田というリポーターが、現場の凄惨さや近隣住民に当時の状況などを聞いてスタジオに伝えている。

 だが、どの情報も少し前からずっと変わらない情報だった。


 負傷者が何人だとか、近くに働くOLやサラリーマンに話を聞いてどの人間も口を揃えて、大きい音がした、行ってみたら崩れていた、と同じことを話していた。

 スタジオでは専門家とキャスターが、手抜き建築がどうとか、耐震強度がどうとか、事故の原因について議論を交わしている。


『事故現場では救助活動と瓦礫の撤去作業が行われております。現場からは以上です。』

『山田リポーター、ありがとうございました。引き続き注意して続けてください」

『はいー…うわっ!』

『山田リポーター、どうしました?』



 テレビを通して、中継先から衝撃音が響いた。

 続けて人々の悲鳴や、近づかないでください、離れてくださいという注意喚起の声がしていた。

 現場は騒然としている。


『山田リポーター大丈夫ですか?』

『はい、えー…どうやら倒れたビルの瓦礫が倒壊したようです。瓦礫が再度倒壊して…あっ!』

『何かありましたか?』

『生存者です!新たに男性の生存者が瓦礫の下から発見されたようです!!』



 発見されたのは近くに勤務する会社員男性。

 男性は意識を失っており、すぐに救急車で近くの病院に搬送された模様。

 男性は右手を骨折していたが、他に大きなケガもなく、専門家によると崩れ方が奇跡的に良かったので、潰されずに済んだのだろうということだった。


 会社員男性の名は塚田卓也。

 彼は暗い瓦礫の下から無事生還したのだった。


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