第2話 割と順調な転生前
「ん…」
ぼんやりと意識が戻っていく。
覚醒しきっていないが、遠くの方では水が穏やかに流れる音がしているのが分かった。
そして先ほどまで背中に感じていた生温かい感触はなく、今度は逆に頬から足にかけて冷たい感触がする。
どうやら床にうつ伏せになっているようだ。
ここは天国か?まさか地獄?
生前そこまで善行は積めなかったが、地獄に行くほどではないだろう…と無駄に自分を励ましてみる。
ともかく辺りを確認しようとゆっくりと瞼を開け、体を起こした。
「………!?」
ほんの数秒周囲を確認した瞬間、俺は勢いよく起き上がった。
今度は立ち上がり、じっくりと、自分のいる空間を確認した。
まるで宇宙の中にガラスの床が敷かれたような場所。
等間隔で並べられた脚の長い燭台。
そして自分が寝ていた場所のすぐ横には、RPGで魔王が座っているような立派な椅子が置かれていた。
徐々に自分のテンションが上がっていくのが分かる。
そう、これは間違いない…!
転生モノによくある空間だ!
ライトノベルを読まない人にとっては訳が分からないであろうこの謎空間だが、俺は興奮が抑えられず鼻息が荒くなってしまう。
これは本当にワンチャンあるかもしれないと、年甲斐もなくワクワクしていた。
これであとは、超絶イケイケな女神でもいれば…
……いた
その女神は少し離れたところで、同じく魔王が座っているような椅子に腰をかけていた。
真っ白な(女神風)ローブを身にまとい、綺麗な銀髪に黄金のティアラがよく似合っている。
右手には翼を広げた鳥のようなデザインの立派な杖を持っている。
顔は下を向いているからよく見えないが。
というか、すごい息を切らしていた。
杖を支えにして、前のめりに倒れないよう呼吸を整える様が目に映る。
そんな神聖っぽい杖を、高尾山の駅近くの売店で売っている杖みたいな使い方していいのか?
俺は心配になり、恐る恐る近づき声をかけた。
「あの…大丈夫ですか?」
「ハァ…ハァ…ハァ…オホッ!ゴホッゴホッ!」
左手でビシッと制された俺は、”少し待て”という女神の意思表示を汲み取り、黙って待つことにした。
そして、何もないまま体感にして10分弱くらいが過ぎた。
なんだこの時間…
最初の興奮もすっかり冷め、ただ無為に過ぎていく時間に退屈を覚え始めたところで、ひときわ大きく深呼吸する音が聞こえた。
「すぅ……ふぅ……お待たせしました、塚田さん」
女神から少し離れたところで仰向けに寝転がり爪を見ていた俺は、ゆっくりと体を起こし呼吸の整った女神のもとへ向かった。
顔を上げた女神は、とても端正な顔立ちをしていた。
目鼻立ちはくっきりしており、なにより二つの黄金の瞳が俺の目を惹いた。
そして抜群のプロポーション。
そして抜群のプロポーション。
誤植ではなく、大事なことなので繰り返した。
まあそれはさておき、話ができるようになったみたいで良かった。
俺は軽く労いの言葉を女神に投げかけた。
「大変でしたね、大丈夫っすか?」
「何がでしょうか?」
「は?」
「え?」
いやいや、無理があるだろ…
何をなにごとも無かったように振舞ってんだこの人…いや神。
「いや、めっちゃ息切らしてたでしょ…さっきまで」
「…?」
「いやいや、何言ってんのこの人?みたいな顔されても」
「おぉ死んでしまうとは情けない…」
誤魔化し方下手くそかこいつ…あとネタが妙に俗っぽいんだよな。
これ以上の追及は無意味なので、俺はもう話を進めることにした。
「あなたは女神ですよね?」
「はい。あなたたち人間からすれば、私は神にあたる存在ですね」
やはりそうか。まあいかにもな見た目をしているし。
死んでしまうとは~とか、回復中に飲んでいた
「これってもしかして、俺これから転生ですか?」
「…まあそうですね」
「異世界に行くんすか?」
「まあ、ある意味…」
我ながら阿呆な質問だ。自分で言うことになるとは思ってもみなかった。
女神の歯切れが悪いのは多少気になるが、確認ができてよかった。
俺はこれから異世界に転生するんだ…!
女神の休憩中に冷めきったテンションが再び盛り上がってきた。
最近そういう創作ものが流行ってて、何番煎じだよと辟易することもあるがいざ自分がそういう立場に置かれると、とても嬉しいものだ。
しかし、転生モノの中には超過酷な境遇だったり、人外になったりする作品も少なくない。
自分で言うのもなんだが俺には過酷な状況を乗り越えるほどの気概は無いし、できれば生まれ変わっても人でありたい。
そこはしっかり確認しておこう。
「あの、ところで転生先は…」
そう女神に問いかけようとしたところで、上からゆっくりと光が下りてきて
俺の体を包んだ。
そして、俺の体が光の道を通るようにゆっくりと浮かぶ。
「え、ちょ…ナニコレ!?浮いてんスけど!」
「あ、時間切れです!転生が始まりました!」
「おい!まだ聞きたいこと全然聞けてないんだけど!?」
「あ、時間切れです!転生が始まりました!」
「ゲームの村人か!?」
このおっちょこちょい女神の回復待ちでここでの時間の大半を消費してしまい、大した情報を得られないまま第二の人生へと旅立とうとしている。
もう残された時間は少ない。俺は最後に一つ質問を投げた。
「これだけは知っておけって事、何か無いすかー?」
「…あなたには“Tuner”の能力が与えられますー!それで頑張って切り抜けてくださーい!」
「…ありがとうございまーす!」
結局、俺はどんな異世界に飛ばされて何をするのか、何が待ち受けているのか、そんな情報は一切得られなかった。
「頑張って切り抜けるって…」
何をだよ、と思わず笑みがこぼれた。
ドジで可愛い誤魔化し下手な女神には不思議と怒りの感情は湧かず、やはり可愛いは正義だなと俺は改めて実感したのだった。
「ま、あとは臨機応変にやるか」
そう前向きなことを独りごちったところで、目の前がホワイトアウトした。
そして俺 塚田卓也の人生は再びスタートしたのだった。
瓦礫の布団の中で…
「リスポーン地点ここかい!!!!!!」
俺を待っていたのは馴染みの掛け布団と敷布団だった。
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