【現実ノ異世界】

金木犀

【第1章】 さよなら世界 ようこそ異世界

第1話 男は転生を夢見て眠る

――――意識が朦朧としている。

 視界は真っ暗で、記憶も曖昧でハッキリしない。

 先ほどまで自分が何をしていて、どうして今に至るのかその経緯がまるで思い出せない…

 ただ一つ分かるのは、仰向けになっている自分の胸の下辺りまでが瓦礫で埋まっているということだけだった。


「グ…っ!ごほっ…!ごほ…」


 大量の血液が口から溢れ出している。

 幸いにも首から上は動くので、何とか口内の血液を顔の横に吐き捨てることができた。

 これで血液が気道を塞いでの窒息死なんて事にならずに済みそうだ…


 とはいえ、自分に確実に死が迫っているのが分かる。

 痛みはないが先ほどから寒気が止まらない。

 そして同時に背中から足にかけてぬるま湯に浸かっているように温かい。


 目では見えないが、恐らく自分の体から出た血液で半身浴している状態なのだろう。

 下半身上半身ではなく後ろ半分の半身浴だが。

 窒息死はせずに済んでも、どのみち同じくらいの時間で死に至ることは自明である。

 そこに死に方の違い以外に大きな意味は無かった。


(口の中が鉄臭…)


 ふと朝学校に登校し、水道の水を飲んだ時の味の記憶が蘇った。

 あれ、しばらく出しっぱなしにしないと飲めないんだよなぁ…

 体育とかで、外の滅多に使われない水道の水飲む時もな。

 と、どうでも良い事を思い出している。


 いよいよ脳がこれまでの人生の記憶を整頓し始めた。

 もう自分が何者であるかをハッキリ思い出したので、最後に自己紹介。


 俺の名前は「塚田 卓也」

 一般企業で経理の仕事をしており、丸3年が経つ。

 趣味はマラソンとほんの少しオタク趣味を嗜んでいる。

 誕生日は5月3日生まれの牡牛座 年齢は26歳


 享年も…26歳になっちまうな、このままだと。


 どうしてこんな薄暗い場所で、瓦礫の掛布団とコンクリの敷布団に挟まれてオネンネしているのかは未だに思い出せない。

 ちょっと掛け布団も敷布団もだな。

 俺はもうちょい柔らかい方が好みよ。担当者に伝えといてね。


 そういえば、もう間もなく死ぬというにも関わらず不思議と「未練」みたいなモノは感じていなかった。

 理由は自分がこの世界に少しからだと思う。

 こういう言い方をすると、何か自分が高尚な者の様に聞こえるが、実態はそうではない。

 単に俺が空っぽなだけだ。


 同年代の友人達はスポーツだったり趣味だったりと夢中になれる何かを見つけたり。あるいは恋人や奥さん、早い人だと子供も居て、それらの為に仕事を頑張っている。


 俺にはそれがなかった。

 正確には、この歳になるまでそれを


 では日々が平凡で退屈で緩慢な毎日なのかと聞かれると決してそうではない、と思う。思いたい。

 仕事は大変だけど面白いと思うし、恋人は居ないけれど休日には数少ない友人と飲んだり出かけたりして遊んでいる。

 映画やドラマを見れば時には泣くし、お笑い番組を見れば笑うような普通の感性で日々を過ごしている。


 でも、それは一過性に過ぎなかった。

 人生の時間を捧げてまで成し遂げたいことや守りたい人、夢中になれる何かが無かった。

 だからこうして死に直面しても、大きなやり残しはほとんどない。

 せいぜい友人に借りっぱなしのマンガ返せなかったな、とか。

 妹や両親が悲しむかもな、とか。

 休載を繰り返すあのマンガ、とうとう完結まで読むことができなかったな、とかそれくらいである。


 26年生きた最後なんて、案外あっけないもんだな、というのが正直な感想だ。

 たぶん、このよくわからない死に際というのも少なからず影響している。

 だって、気付いたら瓦礫の下って…しかも前後の出来事を思い出せないって。

 なんの感慨も生まれてこないってもんよ。

 救いを見出すとするならば、めちゃくちゃ苦しいとか、痛いだとか、そういう最期を迎えなくて良かったなという。



 意識が遠のいてきた。目もかすんでいる。

 誰も求めていない自分語りはそこまでだと言わんばかりに、思考が遮られていく。

 面白くないからな、聞いてる方も、演じてる方も。


 まあ仕方がない。こーなったら残り時間も少ないことだしとりあえず"今流行りのアレ"を願いながら、人生に幕を下ろすとしよう。



(生まれ変わったら、異世界でチートスキルを身に着けてハーレムを築けますように!!!)



 なんてな…はは。

 そんなどうしようもないことを願いながら

 塚田卓也のつまらない人生は終わりを迎えたのだった。


 あーあ…


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